2010年04月06日
浅田真央と採点問題 / フランケンシュタインとの決闘
第百回世界フィギアスケート選手権の舞台は、優雅なるイナバウアーの記憶が甦るトリノ、パラベーラ・アイスリンク。「パーフェクト」と高らかに宣言できた演技で、勝利の「鐘」を打ち鳴らし、浅田真央が2度目の世界チャンピオンに輝いた。その完璧なるフリー・スケーティングは129.50点で実は2位。トップは、バンクーバー五輪の素晴らしさとはほど遠い、まったく冴えのない動きで、転倒さえしたキム・ヨナだった。その差はわずか0.99点。どうしても素直な祝福が贈れない。なぜ、呆れてしまうほど不可解な採点結果になったのか。 技術点では1.57点(キムの転倒による減点1を含む)だけ上回った、浅田真央のフリーの演技。最初のトリプル・アクセル(3A)は成功して、基礎点8.2点にGOE(各要素の質をみて加減される点)で0.6の加点。次の3Aからのダブル・トゥーループ(2T)のコンビネーション・ジャンプは、トリプルではなくダブルにダウン・グレードされて、9.5点から4.8点に下がり、GOEがマイナス0.48点。12要素中2つを終えて13.12点だ。 ちなみに、フリー1位のキムは前半2つのジャンプで19.7点、3位の安藤15.3点、4位14,2点、5位12.5点、6位16.8点、7位15.7点、8位14.3点、となっている。地球上の女性でほとんど誰もできない技の成功に、地球の裏側から絶大な拍手を送っていたら、観客席もテレビ画面でも肉眼では見極めできないエッジの動きで、1位どころか他の選手にも遅れをとっていた。なんて不条理なんだ。 審判団は9人のジャッジの上に、レフェリーやテクニカル・コントローラー、正副テクニカル・スペシャリスト、ほかにもデータ・オペレーターとリプレイ(再生)・オペレーターがいる。限られたカメラの数と位置からの映像では、全員でどれだけ凝視しても、ジャンプで4分の1以上の回転不足があるかどうかのダウン・グレード判定を、限られた時間で完璧に判断できるはずがない。0.1秒ほどの瞬間の出来事の、どこからが向こう側か、こちら側か。映画「マトリックス」のワンシーンのごとく、360度全方位カメラを設置して、エッジに全地球測定システム(GPS)のチップを埋め込んで、映像とデータを瞬時にコンピュータ解析するシステムは、コスト的にも導入できそうにない。つまり、人間が採点するしかない。 浅田とキムの技術点の推移だけをみていく。15番滑走のキムは、12要素のうち7番めのトリプル・サルコウで転倒、10番めの2Aがパンクして0点になった時点では、58.25点(減点1含む)だ。20番滑走の浅田が、7番めの3連続ジャンプ、バンクーバーでは失敗した3T、9番めの2Aを跳び終えて、もうトップに立っていると拍手喝采を贈っていた時点では、まだ55.02点。次のフライングコンビネーションスピンで58.52点となりやっと追い越した。 つまり、キムは、どちらかのジャンプが成功していれば、技術点で上回っていた。または、浅田がステップやスピンのどこかでヨロッとでもしていれば、コケたヨナより下だったかもしれない。最終盤のストレートライン・ステップでの激しくも華麗な躍動、フィニッシュに至る渾身かつ繊細なスピン。肉体的にも精神的にも驚嘆すべきスタミナが、1.57点の差を勝ち取ったといえる。 ところが、キムの演技構成点は、浅田を2.56点も上回り、その差を軽々とひっくり返していた。一般に芸術点とも呼ばれ、スケート技術、要素のつなぎ、実行力/遂行力、振り付け、曲の解釈の5項目を、10点満点の0.25点刻みで出した評価の平均(フリーでは1.6の加重をかけて)で採点する。美やセンス、思想、哲学などのおよそ定量化できないものをなぜか数値化できるソフトが発明されるまでは、あくまで人間が採点するしかない。 特等席に座っていながら、氷上のスケーターではなく、タッチパネルつき電子画面の映像を見て、瞬時に判断と裁定をくだす。なにが素晴らしいか、誰が優れていたかなんて、感じるヒマなんてあるわけない。審判員の脳裏にインプットされた過去の情報や序列を元に、ひたすら点を付けるだけだ。その合計が、積み重ねてきた技術の採点結果を、ひらりと飛び越えてゆく。 完璧ではないテクノロジーを導入せざるをえないシステムは、フランケンシュタインのように制御不能になっても仕方がない。インプットしたデータやフォーマットが間違っていても、モンスター自身は修正できないからだ。採点システムにおける審判員も、もはやモンスターの構成要素にすぎない。解決策は、モンスターそのものを排除するか、犠牲者を出し続けながら修理を繰りかえす。 採点に関わるものすべてが、自分がモンスターではないのかと自問しながら、万人が納得できるまで、テクノロジーの進化とともに、何度も何度も、修正を繰りかえし、繰りかえす。つまり永遠の作業だ。 当時最先端のテクノロジーであった初期のDNA鑑定が、忌まわしい冤罪の要因となったように、公正明大なジャッジを標榜しても、どこかで犠牲者は生まれる。「燃え尽き症候群」と評されるほど、あきらかに覇気が無く、演技にも精彩さを欠いていた五輪金メダリストを、モンスター・システムの暴走が、総合2位にした。安藤美姫やイタリア代表のカロリーナ・コストナーなどと同じように、彼女も犠牲者だったのかもしれない。 もし、キムがショート・プログラムのトリプル・フリップに着氷していれば優勝もありえたわけで、現実だったならばそら恐ろしい。総合芸術のひとつの到達点でもあるオペラの国、イタリアのファンは、表彰式でもブーイングの大合唱をしただろう。東アジアの列島市民は、「ハンド」を見逃されて決勝ゴールを奪われたカルチョ(イタリア・サッカー)のゴール裏くらいに絶望と怒りに震えたはずだ。手の感触を黙っていた選手は、許されざる罪人にまで貶められたかもしれない。 隣国の誇る最高級アスリートは、そうはならなかった。私たちは、そんな不幸なことをせずに済んだ。最初から最後の一瞬まで、魂と身体に炎を燃やし続けた浅田真央のおかげだ。祝福よりも先に感謝をしたい。 その偉業と功績に応えて、かどうかは不明だが、日本スケート連盟が、自国のメディアでさえ「浅田真央に有利に働く」と報じる採点方法の変更案を、国際スケート連盟の総会に提出するという。世界でただ一人しか有利にならない(と受けとられかねない)変更案。万人にとっての不条理を指摘しない改正は、交渉事として考えれば、他国からは不平と非難の的にもなる。みすみす選手を犠牲にしてはならない。 人類創造に失敗したゴシック小説の正式タイトルは「フランケンシュタイン、または現代のプロメテウス」。ギリシア神話でプロメテウスが人類にもたらした「火」は、文明や知恵、テクノロジーなどの比喩として使われる。ニ百年の時を越えて現代に呼吸する作品の著者は、メアリー・シェリーという名の、まだ二十歳をすぎたばかりの女性だった。 19歳の浅田真央がリンクのうえに完成させた波乱万丈の世界も、ひとまず幕を降ろした。来年の世界フィギア東京大会は、二十代の作品として、新たな始まりの第一章となる。4年後のソチ・オリンピックでは、壮大な傑作へと昇華されて、テクノロジーのいらない記憶の柱に刻みこみたい。そのとき、誰彼となく語りあい、いつしか、語り継ぐだろう。 参考文献:「フランケンシュタイン・コンプレックス 人間はいつ怪物になるのか」小野俊太郎(青草書房)
posted by sexysports |13:05 |
フィギアスケート |
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競技スケートに課題曲を。 【BloNg SPORT】
テレビでスターズ・オン・アイスみてました。 やっぱりアイスショーはいいですね。 緊迫感は皆無で、みんな楽しそうに滑ってます。 やっぱり私はこういうのが好きだな。 ショーを見ていると、やはり思うのは競技スケートについて。 今期はキム・ヨナ選手への採点についてとかでかなりすったもんだありましたけど、競技スケートが持っている矛盾がいろいろと解釈の幅を生んでしまっているのかなと思います。 いくつか前のエントリーでフィギュアスケートについて書いてから、ずっと思うのは「競技スケートってなんだろう?」というこ
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浅田真央と採点問題 / フランケンシュタインとの決闘
コメント投稿者ID : OOH00006313
いろいろな方のブログを読んでも、本当にあれは何だったんだろう?と毎回考えさせられてしまいます。
点が出た時のキスクラでの真央ちゃんの顔は、凍り付いていました。演技が終わったときはあんなに喜んでいたのにつらいですね。「どうして!」と「これでもだめなの?」だったんだろうね。
日本スケート連盟の提案は、自国贔屓で独りよがりな提案に思えます。恥ずかしいのでやめて欲しい!
日本選手の立場をますます悪くするように思えます。
他国からの賛同をえられるような、理にかなった提案をされてはどうでしょう? あの提案は、まるっきり真央ちゃんだけのためのルール改正ですよね? そんなことをする前に、どうしてあのような点になったか説明を求めたり抗議しても良かったのでは?
本当にフィギュアスケートのことを大切に考えているなら、冷静になって、ちゃんと案を煮詰めてから提案していただきたい。
そして意地で抗議するのではなく、もっと毅然とした態度で日本選手を守って欲しいと思います。
posted by chibinana | 2010-04-06 17:24
浅田真央と採点問題 / フランケンシュタインとの決闘
コメント投稿者ID : OOH00006490
同意。
posted by 大須観音地蔵 | 2010-04-06 20:10
浅田真央と採点問題 / フランケンシュタインとの決闘
コメント投稿者ID : OOH00005952
フィギュアを愛してるのに、競技会なんてもう信じられない!
絶望します!お願い、なんとかしてください!
posted by racco | 2010-04-06 20:18
浅田真央と採点問題 / フランケンシュタインとの決闘
コメント投稿者ID : OOH00004504
ありがとうございます!
スポーツであるフィギュアのジャッジが公正であることを心から望みます。誰が金メダルでもそれが公正な判定の結果なら、みんなさわやかに拍手を送ることができます。
が、最近のジャッジでどれほどの素晴らしい選手たちが凍りつく顔を見せたでしょう。どれだけの観客がブーイングしたでしょう。全てを犠牲にして頑張る、ひたむきな選手達の努力をなんと思っているのでしょう。
みんなで少しでも訴えたいです。よろしくお願いします。
PS;個人的には、3Aの申請はにはお願いしたいです。1選手のためではなく、(真央ちゃんがこの先4年間3Aを飛び続けることができるかはわからないし)、今後の選手達の目標になるものかな?と思うからです。正直きちんとそういうことをPRできるかスケート連盟の力量はきわめて●△・、マグロみたいにきちんとできないかな(ため息)。
posted by junjunnomama | 2010-04-07 15:10
浅田真央と採点問題 / フランケンシュタインとの決闘
コメント投稿者ID : OOH00006618
日本スケート連盟の提案は、万人にとっての不条理を解消するものです。これで全ての選手が安心してトリプルアクセルを練習できるようになるでしょう。
また、見ている観客をもフィギュアスケート得点の不可解さという不安から解消します。
しかし、もし、これらの提案がたまたま2010年時点の浅田選手に有利にはたらくということをして、なぜこの提案がいけないのかが理解できません。スケート連盟という組織が、自国の選手のために動くことがいけないことなのでしょうか。実際各国のスケート連盟はそう行動していると思いますし、そうすべきです。
posted by アフリカ象 | 2010-04-08 00:43
ありがとうございます
コメント投稿者ID : sexysports
拙文にコメントを添えていただきまして心よりお礼を申し上げます。採点・判定基準の改定は、議論百出で、それぞれの立場(国籍はもちろん)や観点によって、正否、善悪、損得が違い、その営みに終わりはなく、終わってもいけません。その奥底には、悪ではなく愛があることだけは確かです。スポーツと恋愛の相似を喝破した作家の虫明亜呂無(故人)が、どのように感じていたかを考えてやみません。
posted by 筆者 | 2010-04-08 14:22
浅田真央と採点問題 / フランケンシュタインとの決闘
コメント投稿者ID : OOH00006618
相手の立場に立って考えることは重要なことです、ですが、それとらわれすぎると、イソップ童話の「粉屋と息子と驢馬」のように、人の言うことばかりを聞いて何も成し遂げられない人間になってしまいます。
自分の主張を持たず、「この場合はこうだし、あの場合はああだし」と考えてばかりいると、厳しい国際競争に勝つことはできないでしょう。
posted by アフリカ象 | 2010-04-09 15:02
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