2007年01月18日
96年前に米国遠征した野球チームの話
明治初頭に野球が日本に伝わってから100年を越える歳月が経ち、今やMLBで活躍する日本人選手は珍しくなくなりました。しかし今から100年ほど前に、北米大陸を横断する大遠征を行った野球チームがあったことを知る人は、そう多くはないでしょう。 時は1911年、チームは東京六大学の雄・慶応大学野球部でした。それよりも前、1905年に早稲田大学野球部が西海岸への遠征を行っていましたが、広大な北アメリカ大陸を横断する遠征を行ったのは慶応大学が初めてでした。 この遠征に参加した選手が残した日記など様々な文献を基に、大遠征記にまとめたのが島田明さんでした。この遠征記の模様は『三田評論』に掲載され、さらにそれを基に同氏が、『明治44年慶應野球部アメリカ横断実記』(ベースボール・マガジン社刊)というタイトルの本を、野茂英雄投手がMLBに挑戦した1995年に著しています。 この本がまとまった背景には、断片的な資料をつなぎ合わせた同氏の努力と、80年以上も前の出来事に対する問い合わせに対して、丁寧に応えてくれた米国の人々の協力があったからに他なりません。欧州諸国に比べて歴史の浅い国であるにも関わらず、記録や写真など歴史的資料をしっかり保管・保存している米国の姿勢は評価に値します。 記録に対するこだわりは、MLB各チームのメディアガイドなどを眺めていても感じられます。5年連続13勝以上・・・、10年連続27本塁打以上・・・という文章がそれです。日本ならば、投手は10勝の次は20勝だったり、本塁打ならば30本、40本など10という数字を区切りにするのでしょうが、向こうは結構細かく表記しています。なんとなく記録に対するこだわりが感じられますね。 なぜ島田明さんが、この遠征をまとめようとしたのかというと、同氏の父・福田子之助氏(=島田善介・1970年野球殿堂入り)が、捕手として参加していることに起因しています。その他のメンバーも、巨人軍の初代監督となった三宅大輔氏や、桜井弥一郎氏といった、やはり殿堂入りを果たした方々が名を連ねていました。 矢沢永吉のトラベリンバスの歌詞ではありませんが、街から街へと移動しながら、各地の大学や日系人チーム、セミプロを相手に試合をしていったのですから、精神的にも体力的にも大変だったことは間違いありません。それでも56戦して28勝26敗引分・中止が2という立派な成績を残しています。 彼らは、この遠征よりも3年前にハワイ遠征を経験していましたが、帰国の途中で立ち寄ったハワイで試合をした時に、当時のハワイの野球は真の野球ではなかった・・・という感想を残していることからも、大遠征によって本場の野球に触れたことによって、彼らの野球レベルが格段の進歩を遂げたことは容易に推察できます。 それにもまして驚くことは、明治末期にこれほどの大遠征を計画し、それを実行した関係諸氏の行動力や、3ヶ月以上に渡る強行軍に果敢に挑戦した選手の心意気、フロンティア・スピリッツには、頭が下がります。もちろんこれは、日本で最初に米国西海岸へ遠征した早稲田大学野球部にも言えることです。 今起こっている試合やパフォーマンスに一喜一憂することも大事ですが、過去に起こった出来事や大会を振り返ってみても、意外なほど楽しくて興奮するような場面に出会うことがあります。写真や映像などがほとんどないような時代の話でも、文脈やたった1枚の写真から色々と想像を巡らすことも、なかなか楽しいものです。
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posted by sclick |14:23 |
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