2007年04月04日
4月4日に生まれたスポーツ選手って?
今日は、スポーツと審判について何か書こうと考えていたのですが、なかなか頭の中で話がまとまりません。ということで今回は、4月4日に生まれたスポーツ選手を探してみました。 まずは1888年4月4日生まれのトリス・スピーカー選手。20世紀前半、レッドソックスやインディアンスなどで活躍した左投げ左打ち名選手で、特にその中堅の守備は素晴らしく、外野手として139ものダブルプレーを記録しています。打撃も優れ、通算で打率.344、安打3515を記録しています。 100試合以上出場した19シーズン中に3割を切ったのはわずかに1度という安定ぶりなのですが、残念かな、球聖と称されるタイ・カッブ選手と同年代に全盛を迎えてしまったため、日本などでは印象が薄いのかも知れません(首位打者は1916年に.386で獲得した1度だけ)。もちろん、1937年の第1回野球殿堂入りのメンバーです。 次いで目に留まったのが、1952年生まれのローズマリー・アッカーマン選手。アッカーマンは、1970年代に活躍した東ドイツ出身の走り高跳びの選手でした。なぜピックアップしたのかと言うと、アッカーマンの跳び方がベリーロールだったからです。すでに背面跳びが全盛だった時代にあえてベリーロールで勝負していた姿が、幼心に「凄いなぁ~」という印象となって残っています。 女子で最初に2mを跳んだのもアッカーマンでした。1976年のモントリオール五輪の女子走り高跳びでは、1m93を跳んで優勝しています。女子の2m越えは背面跳びが最初かと思っていましたが、べーリーロールだったのですね。ちなみに、この勝利がベリーロールによる最後の金メダルとなっているはずです。 1958年の今日は、サッカー選手としても日本代表の経験があり、1998年のフランス・ワールドカップでは、コーチとして当時のフィリップ・トルシエ監督を支え、2004年のアテネ五輪では監督を務めた山本昌邦氏が生まれていました。数年前にBBM社が講師としてお呼びしたことがあり、サッカーにまつわる面白いお話を聞かせていただきました。 サッカーつながりで言えば、日本サッカーの父とも呼べる、テッド・クラマーさんも4月4日生まれです(1925年)。1964年の東京五輪では日本代表の監督を務められ、4年後のメキシコ大会で銅メダルを獲得する日本サッカーの基礎を築いたのは、皆さんもよくご存知でしょう。 誕生日をキーにしただけでも、いろいろなトピックスに出会えます。以前も書いたと思いますが、スポーツっていろんな楽しみ方があるものですね。
posted by sclick |21:45 |
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