2008年12月24日
リンクでの激闘を見て、ひととき日常生活での煩わしさを忘れられたことは何度となくあった。しかし、SEIBUプリンスラビッツの廃部というニュースで、スポーツが経済状況という現実の上に成り立っていることを改めて思い知らされた。
新聞でもスポーツ面を中心に読んでしまう私が、経済にうといのは恥ずかしいことだが事実だ。それでも、さすがに優良企業の代名詞のようだったトヨタ自動車が陥っている苦境が耳に入れば、現在の不況が非常事態であることくらいは理解できる。
そんななかで、企業がスポーツを離れていくのは、論理的には当然のことであるとは思う。スポーツは、企業にとっては必要不可欠のものではない。生き残れるかどうかという瀬戸際で、何から最初に手を引くか-。その答えは自明であるといってもよい。
それでも、スポーツには力がある、ということだけは自信を持って言い切れる。極言すれば、物理的にはスポーツがなくても人は生きていけるかもしれない。だが、少なくとも私は、リンクに行くことで翌日へ向かう活力を得たことがある。同じような経験をしている人は、少なくはないはずだ。
世界同時不況、私はその波のおそるべき大きさを漠然としか感じられない。自らの不明を恥じ、苦しむ企業の痛みも感じ取れるように努力したいが、それでも小さな声でお願いさせて頂きたい。スポーツには人に希望を与える力がある。日本のスポーツは企業に支えられてきた部分が大きい。どうか、日本のスポーツに未来を。
posted by satoko |13:12 |
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2008年12月15日
今の浅田真央の強さには、誰もかなわない。ただ同い年の好敵手であるキム・ヨナは、今までにない重圧との戦いという貴重な経験をしたはずだ。
キム・ヨナの母国・韓国で行われたグランプリ・ファイナルで、浅田はフリーで二回のトリプルアクセルを成功させるという快挙を成し遂げ、堂々の優勝を果たした。文句のつけようのない高さとランディングのトリプルアクセルは、キム・ヨナを応援する韓国のファンすら魅了しただろう。一方、キム・ヨナは持ち前の大人びた表現と美しい動きで浅田とは違う魅力を見せ、銀メダルにふさわしい演技をしたものの、テレビで見る限り顔色が優れなかったように思う。本人は風邪をひいていたともコメントしているが、何より自分が優勝するために開催されているかのような盛り上がりを見せる地元でのファイナルで、三連覇を狙う彼女に重圧がないはずがない。まして浅田の爆発的な大技が決まっては、いかにキム・ヨナが安定した力を持っていても、期待通りの優勝は難しい。
ただ、キム・ヨナにとりこの大会は貴重な経験になったはずだ。浅田とキム・ヨナがバンクーバーで初めて経験するであろう五輪という大舞台は、化け物じみたスケールを持つ。いかに二人が優秀なスケーターでも、五輪で平常心を保つのは簡単なことではないだろう。実力が拮抗するライバルの、檜舞台における勝負の帰趨は、いかに重圧の克服が上手く出来るかにかかってくるかもしれない。
驚くような大技を軽やかにやってのける浅田と、完成度の高い舞台芸術のような演技で魅了するキム・ヨナ。バンクーバー五輪へ向け、アジアの若き舞姫二人はこれからも美しく熾烈な戦いを繰り広げていくだろう。
posted by satoko |13:38 |
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2008年12月09日
SEIBU対クレインズの試合は、今季既に二回ゲームウィニングショット戦までもつれている。この日のゲームは点の取り合いとなった。第3ピリオドの終盤、一点リードのSEIBUは立て続けにペナルティを犯し、試合終了まで残り30秒というところでクレインズの主将・伊藤賢吾による同点ゴールを許してしまう。しかし延長開始早々、SEIBUのFWジョエル・パーピックが得点。SEIBUの若林クリス監督が「お互い負けたくないですし、意地のぶつかり合い」というクレインズとの試合を、SEIBUは今季まだ落としていない。
11月29日の対王子戦(苫小牧)で今季初得点、第1セットに入った12月3日の対アイスバックス戦(八戸)で2ゴール目を決め、遠征で調子を上げて帰ってきたSEIBUのFW内山朋彦は、この日も得点した。 クレインズに先制されて迎えた第1ピリオド4分、スピードを生かし相手DFを抜いて決めた内山ならではのゴールは、チームにとっては同点に追いつく得点となった。
「調子上がってきて…点も絡んできたんで、今ほんと調子良くなってきてます」
鈴木貴人・パーピックとの第1セットについても「点数もぽんぽん入ってよかったと思います」と語った内山は、この日の試合については「点の取り合いってうちのチームあんましないんで…ほんと久々にやったんで」と振り返った。苫小牧で王子に二連敗したときも、チームの雰囲気は「そんなに悪い訳じゃなかった」という。「走ってフィジカルにくる」王子と「結構ガツガツいく感じ」のSEIBUは、「いいゲームになる」のだという。「パス回しとか上手くて」というのが内山によるクレインズ評だが、今季SEIBUはまだ負けていない。
「明日はたぶん点の取り合いになんないと思うんで、しっかり守ってチャンス決めて勝てればと思います」
パックが当たったという手を冷やしながら現れたSEIBUのFW小原大輔は、しかし翌日の試合については「大丈夫です」と答えた。内山同様、シーソーゲームは「今シーズン初かもしれないです」と振り返った小原は、しかし「あきらめないっていうか、全然気持ちがみんな次のゴール、次のゴールってなってた」とも言った。小原自身も第2ピリオド序盤にパワープレーゴールを決めている。試合後の記者会見で若林監督は、「チームの中で誰がワンタイマー一番上手か片山(立規)コーチと話した結果、『小原じゃないか』と」と小原をパワープレーでシュートを打つ役目に起用した経緯を語っていた。試合終了間際に追いつかれたときも「前向きに考えてみんなやってました」という小原は、王子戦での二連敗後、セットを組み替えたアイスバックス戦からチームはいい方向に向いていると分析した。
「これからいいんじゃないすか。ジョエル・パーピックも調子上がってきたんで」
翌日の試合については、こう語っている。
「今日点の取り合いだったんで、もっとディフェンス意識して、キーパー守ってあげて」「少しキーパーの負担軽くするようなゲームをしてあげたいんですけど」
posted by satoko |14:04 |
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2008年12月02日
代々木競技場の最寄り駅である原宿駅の通路には、浅田真央の写真を使ったポスターが貼られていた。ヘアケアブランドの広告であるそのポスターのなかで跳躍する浅田を見て、「国民的スター」という言葉が頭に浮かんだ。
フィギュアスケート・グランプリシリーズ最終戦、NHK杯の開幕前日、公式練習開始直前の代々木競技場で、化粧室にいた私は清掃員の女性から「今から練習なの?」と声をかけられた。浅田が並んでいる姿を見たのだという。
「真央ちゃん大好きなの。見たら怒られるかしら」
「大丈夫ですよ、見て下さい」と答えながら、また浮かんできたのは「国民的スター」という言葉だった。
2005年の全日本選手権に出場した浅田を見たのも、代々木競技場だった。トリノ五輪の代表が決まるため注目を集め、伝説的な名勝負となったこの大会で、浅田は二度のトリプルアクセルを決めている。また、その一週間前にも代々木競技場に足を運んだ。グランプリファイナルが行われていたためで、浅田はトリノ五輪の優勝候補だったイリーナ・スルツカヤを抑えて優勝した。このことにより年齢制限で出られないトリノ五輪への出場を望む声が世間であがり、浅田真央は誰もが知る存在となっていく。その後浅田は2007年に東京体育館で行われた世界選手権で安藤美姫に敗れて二位となった後、08年の世界選手権(スウェーデン)で遂に世界女王となり今に至るが、05年の全日本選手権以降一度も浅田の出た大会を現場で取材していない私には、余計に05年の年末から始まった浅田の「スター」としての上昇が眩しく思えるのかもしれない。
現場では見てこなかったけれども、テレビでは見られるかぎり追ってきた浅田の演技は、確実に進化してきた。特にロシアの名伯楽・タチアナ・タラソワコーチの指導を受けるようになってから、洗練された芸術性も備わり、貫禄すら漂う。ただ、シニアに上がって快進撃を続け、五輪の代表争いという呪縛もなく、とにかく楽しげに滑り続けていた05~06シーズンと較べると、やはり今の浅田にとってスケートは楽しいだけのものではないのだろうな、と想像される雰囲気が、現在浅田の周囲にはあるようにも感じられた。
公式練習後、ミックスゾーンで浅田は取材に応じた。浅田は自分の内面について語るのが得意なタイプではないように思われるが、NHKの刈屋富士雄アナウンサーの巧みな誘導で、浅田の精神状態がかいまみえる応答となった。
刈屋アナウンサー 世界チャンピオンとして迎えるシーズンは、いつもと違いますか?
浅田 あまり思ったよりも何も考えてなくて…新しい新たなシーズンだと思ってやっているので、その辺は全然自分で思ってたよりはリラックスして出来てると思います。
刈屋アナウンサー 特にプレッシャーとかはなく?
浅田 そっちのプレッシャーはないです。
刈屋アナウンサー どっちのプレッシャーがありますか?
浅田 自分の中のプレッシャーっていうのはあります。どうしてもやっぱり試合になると、ミスをしてはいけないっていう…自分のそういう…インプットされちゃってて、そういうのがあるんですけど…ほんとにそれは自分の中のことなので、試合では跳ぶしかないと思ってやりたいと思います。
刈屋アナウンサー いつからインプットされたんですか?
浅田 気づいたら(笑)。ちっちゃい頃はいろいろ考えずに出来てたんですけど、今は少しでもそういうことを考えるときがあるので、それは考えを…少しずつ、徐々になくなっていくと思います。
刈屋アナウンサー それはいつ頃からですかね?シニアデビューした頃からですか?
浅田 自然にです。
自分の中のミスを恐れる気持ち、それは守りの姿勢と言ってもいいかもしれないが、今の浅田が一番気にしているのはそういうことであるらしかった。
初戦のフランス杯で得意のジャンプが不調だった浅田だが、NHK杯のショートプログラムではジャンプを全て無難にこなし、1位でフリーを迎えることになった。観客席から「真央ちゃん」という声がいくつもかかるなか、ショートプログラムの最終滑走者として登場した浅田は、美しいが淡々として表現するには難しそうな「月の光」を繊細に滑り切った。スパイラルでぐらついたのが記者席からもはっきり見えたが、浅田は一番悔しかったというこのスパイラルの失敗について「ジャンプのときはすごくいい集中が出来ていて、二回目のジャンプが終わったときにほっとしたのと同時に、逆に緊張しなかった部分が出来てしまって、少し揺らいでしまったり力が入りすぎて体がこわばってしまったかなという感じでした」と語っている。そして、翌日のフリーについては「攻める気持ちを忘れない」と何度も口にした。
翌日、女子シングルのフリーが始まり、最終滑走者の浅田が登場する頃には、代々木競技場は満席になっていた。びっしりうまった記者席を見ると、浅田がこの大会でも中心にいることを実感する。黒い衣装、少し強めのアイメイクで登場した細身の浅田に、会場中の視線が突き刺さる。
注目されているのは冒頭に二度予定されているトリプルアクセルだった。判定では二度目は回転不足とされ、成功とは認められなかったが、会場での印象は「トリプルアクセル二回」だった。
浅田がフリーで使用する「仮面舞踏会」は力強く華やかな曲であると同時に、初めから最後まで緩まずに続く過酷な曲でもあるらしい。浅田はジャンプを失敗なく終え、見せ場である終盤のステップに入っていく。「華麗かつ過酷」なこのプログラムの特徴は最後のステップに最も顕著に現れていて、見る者は浅田の動きに魅了され驚嘆しつつ眺めることになる。圧巻のステップを滑り切り、スピンを経て最後のポーズを決める直前、ふらついた浅田に会場はざわついたが、浅田は苦笑いして演技を終えた。
「本当に体力が下がってきてたので…体力あんまりなかったんですけど、倒れるぐらいまでやったら最後倒れかけました」
演技後ミックスゾーンで、浅田はこう言って笑ったが、フィギュアスケートの華やかさを支えているのは陰の厳しさであることが、確かに見えたように思った。
「今回は攻める気持ちを忘れずに出来たことが、一番良かったんじゃないかなと思います」
ミックスゾーンで、浅田はフリーを振り返ってこう述べている。浅田は世界女王であることによる重圧よりも、自分の中に存在する守りの姿勢を問題視していた。世界女王となった今も攻める気持ちを持ち続けることの大切さを、NHK杯で浅田は実感したのだろう。浅田は、「圧勝」といっていい強さでNHK杯のチャンピオンとなった。
NHK杯の取材だけでも、2005年の年末に較べあらゆる面で浅田の成長が感じられたが、変わっていなかったのはその精神の「シンプル」さだった。2005年・グランプリファイナルの女王として臨んだ記者会見で、外国人記者にトリノ五輪期間中何をして過ごすかと問われ「練習してます」と答えた、その「シンプル」な精神を、スター選手としての階段を上り続けてきた三年間、浅田は失わなかった。「純粋」といってもいいかもしれないが、とにかくスケートが上手くなりたい、という思いでその心はいっぱいで、雑念が入る余地がないのではないか。ジャンプが不調ならたくさん練習すればいい、と考えてそれを実行に移し、次の試合では成功させる。単純そうに見えて実はなかなか出来ないことをやり遂げられるのが、浅田の強さの理由なのだと思う。フリーで、二つ目のトリプルアクセルを回転不足と判定されたことについて問われた浅田はこう答えている。
「悔しいですけど、でもまた次出来れば…また目標が見つかったので、それは大丈夫だと思います」
浅田のように「シンプル」かつ「純粋」に生きていくことは難しい。だからこそ「真央ちゃん」は人々に愛されるのだろう。エキシビションで、情熱的なタンゴの曲を滑りこなす浅田真央を見ながら、そう思った。
posted by satoko |06:25 |
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