2008年09月22日
久しぶりにアイスホッケーを取材させて頂いた。正直なところ緊張したが、関係者や選手の皆様にはまだ覚えていて頂けたようでほっとした。
結果としてはSEIBUプリンスラビッツがHC日光アイスバックスを圧倒したが、試合後の記者会見でSEIBUの若林クリス監督は、バックスについて「チームとしてどういうホッケーをやるのか確立してきたら、敵として嫌なチーム」と評した。翌日、バックスのホーム・日光に場所を移して行われた両チームの再戦では、SEIBUが再び勝ったものの一点差の接戦となっている。
SEIBUのFW・小原大輔は2ゴールと活躍した。本来のポジションはセンターだが、昨季の途中からウィングとして出場。今季は最初からウィングでプレーする、とずっと言われていたという。
「気持ちの変化というか、常にゴールとらないとという気持ちでプレー出来ているのが結果につながったんじゃないかな、と」
センターをやりたい気持ちはあるというが、セットを組む上手いセンター、ジョエル・パーピックの技術を盗めるというメリットも見出している。
「毎試合1ゴールとか、そういう目標を立ててチームの勝利に貢献出来ればいいなと思います」
SEIBUのFW・内山朋彦はアシスタントキャプテンとして今季を迎えた。ルーキー時代を知る者としては感慨深いが、内山自身は特に意識することなく、自分のプレーをすることに集中しているようである。新婚の彼に「精神的に安定しますか」と聞いてみると「いつも一緒にいるんで、一人よりはいいと思います」との答え。控えめな表現だが、プレーにも確実にいい影響があるようだ。昨季のSEIBUは全日本選手権を制したものの、アジアリーグのプレーオフではセミファイナルで敗退した。
「やっぱりみんな思ってるんじゃないですか、最後優勝しないとオフシーズンもやもやっとした気持ちで過ごすんで…やっぱり最後スカッと勝ってまた来シーズン行けるように、一試合一試合頑張っていきたいと思います」
11月6日から始まる2010年・バンクーバー五輪予選については「アジアリーグで結果出して選考されて、いいかたちで予選に行けたらなと思いますけども」(小原)「調子がいいんで、選んでもらったら頑張ります」(内山)とそれぞれコメントしていたが、21日に発表された代表候補選手には二人とも選出されている。日本代表としての活躍も期待したい。
posted by satoko |16:14 |
アイスホッケー |
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2008年09月16日
フィギュアスケート・男子シングル世界チャンピオン、ジェフリー・バトル(カナダ)の引退は、大変残念だ。
今年三月の世界選手権・男子シングルフリーで、最終滑走者として登場したバトルは、完璧な滑りを見せた。男子シングルでは世界を制するために必須とも言われている四回転を入れず、彼ならではの美しいスケーティングと品のある身のこなしを武器に世界一の座を手に入れたのだ。
その後の記者会見では、「四回転論争」なるものが起きたという。前年のチャンピオンであり、四回転を成功させながら敗れたブライアン・ジュベール(フランス)が、バトルの完璧な演技を認めながらも四回転に挑戦しなかった彼が優勝したことに「混乱している」と述べたのに対し、バトルは自身がジャンプだけではなく、フィギュアスケートに含まれる全てのことを一生懸命練習してきたことを主張したそうである。
個人的に自分自身が、全ての採点競技において分かりやすい大技ではなく全体を通しての美しさや表現を重視する方向に偏りがちであることは、重々承知している。フィギュアスケートはスポーツではないのか、と言いたかったであろうジュベールの思いも分かる気がするのだが、やはり私の贔屓は間違いなくバトルである。バトルにとっては地元開催となる2010年・バンクーバー五輪で、もし彼が四回転なしの演技で再び頂点に立ったら、本当に嬉しかっただろう。母国での五輪で金メダルを獲得することにより、バトルがフィギュアスケートの方向性を指し示してほしいという私の勝手極まりない願いは、実現しないことになった。
実際は、この夏バトルは四回転の練習をしていたそうで「練習は上手くいっていたが、続ける意欲がなくなった」ということらしい。四回転を演技に入れなければならないという思いがバトルの引退にかかわりがあるのかどうかは知ることが出来ないが、もし彼が大技なしで戦うことに困難を感じていたのだとすれば、本当に残念な気がする。
動画で見た記者会見で、バトルは真摯に語っていた。モチベーションは自分自身の心の中から感じるものでなければ、という言葉を聞いて、彼の演技に感じる誠実さが内面から出ていたものであることを、あらためて確信した。
posted by satoko |15:23 |
フィギュアスケート |
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2008年09月09日
九月に入り、空も高くなってきたが、北京五輪を振り返ることをお許し頂きたい。
アテネ五輪までは、ロシアは日本にとって最強のライバルだった。しかしそのアテネで、音楽が中断するアクシデントにも動じず華やかなフリールーティン(以下FR)「カーニバル」を演じ切ったロシアチームを見て、私は降参してしまった。タチアナ・ポクロフスカヤコーチの創るロシアチームのルーティンを、実は国際大会の度楽しみにしている。歴史に残る名ルーティンといわれるシドニー五輪のチームFR(曲は「禿山の一夜」)など、ポクロフスカヤコーチによるルーティンにはバレエの香りが漂い、しかも圧倒的な技と身体能力に度肝を抜かれる。
北京五輪でロシアチームがFRに使用した曲は、テレビのアナウンサーによれば「ライブ・オブ・シー」というタイトルだという。海の生命力を表現しているのだろうか、技の間に効果的に見せるうねるような動きが印象的だった。合わせにくいであろう曲線的な動きまで完璧に同調している。リフトも、テレビの画面でも信じられないような高さであることがよく分かるだけでなく、ひとつひとつ工夫が凝らされ見せ場として非常に効果的だった。直前にスペインが演じた「アフリカ」も大変面白いルーティンだが、やはりロシアは頭ひとつ抜けていると言わざるを得ない。
芸術スポーツの領域でロシアが見せるレベルの高さには全く驚嘆させられる。まさかロシア国民が皆幼少時からバーレッスンをしている訳でもないだろうが、伝統的にバレエが盛んであることがその強さの大きな要因であることは間違いないだろう。ポクロフスカヤコーチもバレエを愛しているという。シンクロは「水中バレエ」と呼ばれた水中ショーが競技化されたという経緯もあり、バレエとは密接な関連がある。
ロシアが女王として君臨し続ける今、日本はどのように進んでいけば良いのだろうか。井村雅代氏がヘッドコーチだったアテネまでは、伝統的な「日本」を前面に押し出すことでロシアと渡り合ってきたが、北京では日本は残念ながらロシアのライバルとなることすら出来なかった。しかし、日本シンクロの優れた技術力は、北京で初めて五輪のメダルを獲得したスペイン・中国の二か国とも日本人コーチ(スペインは藤木麻祐子コーチ、中国は井村コーチ)の指導を受けていたことで証明されたともいえる。日本を支え続けてきた技術力はなんとしても保ち続けなくてはならない。
他競技であり単純に比較は出来ないが、フィギュアスケートの世界女王・浅田真央は、ロシアの名伯楽タチアナ・タラソワコーチのもとで、弱点とも言われてきた芸術性を開花させつつある。もちろん浅田の能力の高さが前提にあっての話だが、世界から見るとそれでも浅田の魅力はあくまで東洋人ならではものであり、ロシア選手のコピーとは決して映らないだろう。日本シンクロがロシアを真似るのではなく、独自性を保ちつつロシアから学ぶことも出来るのかもしれないと思う。
ただロシアの強さの根源は、厳しい練習をこなし、その成果を試合で発揮することが出来る強い精神力にあるのではないだろうか。以前、日本水泳連盟の金子正子シンクロ委員長から、ロシアは「足がとれちゃうほど練習してる」という趣旨の言葉を聞いた記憶がある。2003年の世界選手権バルセロナ大会で、テクニカルルーティンで日本に先行を許したロシアチームがFRで見せた「絶対に負けない」という思いに溢れた演技も忘れることが出来ない。
北京五輪でもロシアは完璧だった。いつかまた日本がロシアに肉薄する日が来ることを願う。
posted by satoko |15:05 |
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2008年09月02日
「日本らしさ」とは何だろう。
岩代太郎氏による、北京五輪シンクロ日本代表がルーティンで使用した曲がおさめられたCDを聞きながら、ふとそんな疑問が浮かんできた。
日本代表は、井村雅代氏がヘッドコーチを務めていたときはその強烈なカリスマ性の下、分かりやすく伝統的な日本らしさを強調するルーティンを見せてきた。いかにもはっきりとしていたその方向性が、井村氏がヘッドコーチを勇退したこともあり、微妙に変化してきたのが北京五輪だったといえる。チーム・フリールーティンの曲「瀧神」、デュエット・フリールーティンの曲「竜虎流麗」は、音だけで聞くとより一層工夫を凝らされていることが良く分かる力作だ。岩代氏はもちろんのこと、コーチたちの北京にかける意気込みを改めて知る思いがする。四月の五輪予選で思わしくない成績を残してから、「難しすぎる」とも言われたチームのFRについても、五月の日本選手権で披露された際の個人的な印象は良かった。モダンで、完成すれば新しい日本が北京五輪で印象づけられるだろうとの期待があった。しかし、北京五輪で中国の後に演じられたチームのFRは、井村氏による明快さの前に魅力が薄いものになってしまった。日本の若手コーチとほぼ同世代である私にとっては、果敢に世界に挑戦する意欲作と見えていただけに非常に残念でならなかったが、それは否定できない事実である。今更ながら井村氏の卓越した手腕に感嘆した。
北京五輪は、日本代表の若手コーチにとっては大変苦しい経験だったろう。だが、私はやはり「瀧神」の魅力を否定したくはない。五輪での勝負だけで見れば失敗だったと言われるのかもしれないが、あまりにも偉大な井村氏が築き上げてきた「日本」に新たな色を付けようとした挑戦は、貴重な財産として若いコーチのなかに残ったはずだ。北京五輪のチームでメダルをとれなかった選手の分まで、是非その財産を生かしてこれからの日本代表のため挑戦し続けて頂きたい。
井村氏が中国側のヘッドコーチ留任要請を断ったという報道により、日本代表コーチへの復活を願う声もあるようだ。ただ井村氏の去就にかかわらず、日本代表を指導する若いコーチを育てる必要性が高いことは変わらない。ロンドン五輪に向けてはどんな「日本らしさ」が追求されていくのか、注目していきたいと思う。
posted by satoko |15:27 |
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