2010年03月08日

真のスーパースターとなったクロスビー

スターになるべくして生まれた、と思わせるアスリートが希にいるが、シドニー・クロスビーは間違いなくその一人だろう。

ペンギンズのキャプテンとしてスタンレーカップを獲得した翌シーズン、地元のカナダでの五輪に22歳で出場するという巡り合わせからして、まず幸運だと言っていい。しかし、いやが上にも高まる期待の中、その状況を「幸運」だと前向きに受け止めるのは実は難しいことなのではないだろうか。
「もちろん、プレッシャーはある。カナダにおいて、ホッケー選手であるということは特別なことだし、しかも地元での五輪だ。だから、僕はそれを幸運だと思ってチャレンジしたい」
そう語って五輪に臨んだクロスビーは、しかし本領発揮とはいえないまま決勝まで進む。

1次リーグでアメリカに敗れた際は国中が落胆したと伝えられるカナダでは、対アメリカとの決勝の日には、会場の周りにも人が群がる熱狂ぶりだったようだ。そこまで金を含むメダルを多数獲得したカナダだが、ここで負けたら大会は成功したことにはならなかったのではないだろうか。

1点リードのまま迎えた第3ピリオド終盤、好機を作ったクロスビーの動きには非凡さが感じられたが、得点することは出来なかった。そして試合終了まで25秒というところでアメリカが同点に追いつくのだが、このアメリカの粘りさえ結果的にはクロスビーの見せ場につながる伏線となる。

延長戦に入った7分40秒、突き刺すような決勝ゴールを決めたクロスビーは、スティックと共に外したマウスピースを放り投げた。全ての筋書きが、バンクーバー五輪の最後を飾るカナダの歓喜とクロスビーの伝説のために決まっていたかのようだった。

posted by satoko |12:06 | アイスホッケー | コメント(0) | トラックバック(0)
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