2012年01月16日
それは、今の高橋大輔にしか滑れない「ロクサーヌ」だった。
15日、代々木第一体育館で「スターズ・オン・アイス」を見る。高橋大輔が演じた「ロクサーヌ」は、二階席の私を立ち上がらせる圧倒的な出来栄えだった。曲がクライマックスに向かうにつれて見る者の期待は膨らみ、しかし高橋の滑りは更にその上をいく。スケートの一蹴りがぐんぐんと伸び、起伏に富んだメロディを従えて滑り切った高橋は、会場を完全に支配していた。
2005-06シーズンのショートプログラム、2006-07シーズンのエキシビションで滑った古いプログラムを敢えて選んだ背景に、過去の自分には出来なかった滑りを見せられるという確かな自信を感じる。円熟の域に入った現在の高橋は、シンプルな衣装でもその滑りだけで充分に人の目を惹きつけて離さない。昨年末の全日本選手権で見せたショートプログラムといい、今の高橋は神懸かり的な滑りを見せられるコンディションにあるようだ。紆余曲折を乗り越えてソチ五輪を目指す高橋大輔は、更なる飛躍を遂げようとしている。
posted by satoko |13:34 |
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2011年12月26日
浅田真央はいつも通りに勝ってみせた。
「いつも通り、が今一番大切にしている言葉」
フィギュアスケートの全日本選手権開幕前、浅田は記者会見でそう語っているが、9日に母親の匡子さんを亡くしたばかりという状況で「いつも通り」に滑ることの難しさは想像を絶する。それでも、浅田は言葉通りにやってのけた。
メディアを通じて見る限り、大会中の浅田は理性で感情を抑え込んでいるように見えた。ショートプログラムもフリーも、全体が破綻することがないよう、冷静に、丁寧にまとめた。練習をしなかった数日の影響が感じられなかったのは、「彼女のこれまでの積み重ね」と佐藤信夫コーチは話している。フリーが終わった瞬間見せた安堵の表情が、全てを物語っていた。
「気持ちの部分でも、いつもと違う状況でした。いつも通りと思いましたが、ショートではやっぱり何か違うという感じがしました。フリーでは、いつもと同じように滑ることが出来たと思います」
「今回(お母さんが)一番近くにいるという感じがしたので、何も報告しなくても分かっていると思います」
精神的に極めて難しい状況の試合で戦い抜くことが出来た自信は、ソチ五輪へ向かう浅田にとって大きな財産になるだろう。また、氷上では母を近くに感じることが出来たことも。
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2011年12月15日
5人しかいないグランプリファイナル。浅田真央の不在による喪失感を、鈴木明子は彼女にしか出来ない滑りで埋めた。
シニアデビューのシーズン、衝撃的な優勝を成し遂げたグランプリファイナルに、浅田真央が3年ぶりに進出した。今季はようやく苦しい時期を抜け出しつつあることが感じられただけに期待も膨らむ中、思いもよらないニュースが飛び込んできた。浅田の欠場、そして浅田の母親の訃報である。
ジョアニー・ロシェットといい、人以上に母親とのつながりが強いであろうフィギュアスケートの選手を、よりによって何故母親の早すぎる死という悲劇が襲うのか。好調に見えた今季、浅田が抱えていたものの重さを思う。
女子シングルにおいてはただ一人の日本人としてファイナルを戦うことになった鈴木明子にも、精神的な影響は少なからずあっただろう。しかし、新しい組み合わせの三回転-三回転に果敢にチャレンジしたショートプログラムに続き、フリーでは小さなミスをしても大きくは崩れないベテランらしい安定感、そして体の中から音楽が出てくるような鈴木ならではの表現を見せる。鈴木は彼女らしいしなやかな強さで見事に銀メダルを勝ち取った。
浅田は全日本選手権に出場するという。浅田も、そして鈴木も、自らが満足できる演技で2011年を締めくくってほしい。
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2011年11月27日
浅田真央は、演技を終えると小首をかしげた。それでも勝てるのが、新しい浅田の強さだ。
グランプリシリーズ第6戦、ロシア杯の女子シングルを制したのは浅田だった。ショートに続いてトリプルアクセルを回避したフリーでは、ルッツの着氷で手をついてから、ジャンプのリズムを崩す。小さなミスが重なって、浅田自身納得のいかない内容となったが、それでも浅田は優勝、ファイナルへの進出を決めた。
NHK杯では完璧に克服したと見えた苦手な種類のジャンプが、まだ浅田にとって重荷になることがあるようだ。ただ、正面からそれらと向き合ってきた日々が、必ず浅田に大きな結果をもたらすはずだ。今回の優勝はその証でもある。
トリプルアクセルがなくても表彰台の一番高いところに立てた、その事実は浅田にとって大きな自信となるだろう。トリプルアクセルを組み込んだ「愛の夢」の完成がいつになるのかは分からないが、そのとき浅田はソチ五輪の栄冠へ近づくことになる。
posted by satoko |07:09 |
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2011年11月13日
軽やかで愛らしい、浅田真央のシェヘラザード。何よりも良かったのは、浅田の笑顔だったかもしれない。
NHK杯のテレビ放送で初めて見る浅田の今季のショートプログラムは、大きく膨らんだ期待を裏切らないものだった。やはり、タラソワ氏の振り付けたプログラムは、浅田の新たな魅力を引き出すようだ。洗練された動きで表現する浅田独自のエキゾチシズムは、トリプルアクセルがシングルとなる冒頭の失敗にも揺らぐことはなかった。
楽しそうに滑る浅田を最後に見たのはいつだろう。シニアデビューのシーズン以来、年々表現力に磨きがかかる一方で、当時の弾けるような笑顔はもう見られないだろうとも思えた。だが、今回の試合で浅田が見せた笑顔は、映像を通してもスケートを心から楽しんでいることがダイレクトに伝わる明るさだった。天真爛漫な過去の笑顔より、深みのある今の笑顔は美しい。
フリーではアクセル以外の全てのジャンプで三回転を跳んだ浅田の、昨季からの地道な努力を讃えたい。その上でなおトリプルアクセルにこだわるその姿勢こそ、どんな時も変わらない浅田らしさだろう。少し遅めのシーズン開始、浅田は確かな一歩を踏み出した。
posted by satoko |23:10 |
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2011年10月31日
エリザベータ・トゥクタミシェワの華麗なシニアデビューは、ソチ五輪で復活を目論む大国ロシアの底力を見せつけた。
14歳のトゥクタミシェワの演技を観ていると、ジャンプを失敗しそうな雰囲気が全くない。身体能力に加え、そこには強い精神力も感じられる。完璧さと強い心という点で想起されるのは、バンクーバー五輪の女王であるキム・ヨナである。
ジュニア上がりの幼さもなく身のこなしも美しいトゥクタミシェワだが、強いて物足りない点を挙げるとすれば、精密機械のような演技には感情移入がしづらいというところだろうか。ただ、表現力に定評のあったキム・ヨナは、演技の背後に隠された緻密な計算によって演技の芸術性を創り上げていたように思われる。ロシアらしい美しさは充分に持ちあわせているトゥクタミシェワにも、完璧に創り上げた表現を手に入れる日がいつか来るかもしれない。
時は流れる。トリノ五輪シーズン、同じように衝撃的なシニアデビューを果たした浅田真央が、ジュニアから参戦した若い力に追われるシーズンが始まろうとしている。しかし、トゥクタミシェワがいつか試合でトリプルアクセルを披露したとしても、浅田には若い彼女にはない演技の深みがある。トリノ五輪シーズン、グランプリシリーズで浅田に負け続けた荒川静香が、最後に栄冠を勝ち取ったことも思い出される。
完璧さが魅力であるキム・ヨナやトゥクタミシェワこそ、理想のアスリートなのかもしれない。しかし、バンクーバー五輪の「鐘」の演技を思い出すとき、浅田真央には「完璧さ」以外の人間らしい魅力があると私自身は感じずにはいられない。
猛追してくるロシアの新星を観るにつけ、今季の浅田真央の演技を待ち望む気持ちは膨らむばかりだ。
posted by satoko |13:52 |
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2011年10月24日
日本男子と呼ぶにふさわしい小塚崇彦が、日本という国を意識して選んだという「ファンタジア・フォー・ナウシカ」で滑る今季のフリーは、名プログラムとして記憶される価値を持っている。
スケーターと曲が、お互いにこれしかないという出会いをして生まれたプログラムが完成していくシーズンをリアルタイムで追えることは、フィギュアスケートを観るものにとっては至福の経験だ。今季は、小塚の「ナウシカ」がその経験をさせてくれそうである。
グランプリシリーズ初戦のスケートアメリカで小塚が滑った「ナウシカ」は、ジャパンオープンで抱いた期待を更に大きく膨らませるものだった。姿勢も滑りも端正かつ真っ直ぐな小塚が、壮大な旋律の中で彼にしか描けない世界を見せる。小塚にとって、表現者として大きな一歩となるプログラムとなるはずだ。
個人的に思い入れがあり、原発事故を経て更に思い起こすことが増えた映画「風の谷のナウシカ」の主題まで、小塚が意識しているかどうかは分からない。しかし、過剰な思い入れまでしたくなるほど、小塚の今季のフリーは作品として素晴らしい。
ただ、名プログラムとして記憶されるためには、試合で結果を出す必要がある。フィギュアスケートが競技である以上当然であり、作品として完成するためにもジャンプの成功は不可欠だ。それは、小塚自身が一番良く分かっているはずである。
シーズン序盤は未完成であることも名プログラムとなる条件である、とあえて書きたい。小塚の「ナウシカ」が大きな成果を伴う名プログラムとして世界の大舞台で輝くことを、強く願ってやまない。
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2011年10月02日
小塚崇彦が氷上に登場し、フリーの使用曲を確かめるためにプレス用の資料に目を落とす。英文表記で一瞬ぴんとこなかった曲名が、久石譲の「ファンタジア・フォー・ナウシカ」だと分かるのと音楽が鳴り出すのと、どちらが先だったろうか。美しい小塚のスケーティングを際立たせる選曲は、絶妙だった。初めて小塚が行ったという曲の選択は、素晴らしいプログラムを生むように思える。
フィギュアスケートのシーズン開幕を告げるジャパンオープン2011(さいたまスーパーアリーナ、10月1日)で披露された小塚のフリーは、四回転の転倒などもあり点数は伸びなかったが、小塚の新しい境地を切り開くプログラムとなることを予感させた。小塚本人も体力的な部分もジャンプも足りない、とし「最後のステップでトウがひっかかって滑り切れなかったのが、今日の中では一番悔しかったところかな」と話したが、「今の状態はまあまあ」とも述べた。
「まず、僕の今年のやりたいことは、好きな音楽を感じて滑る、心から感じたことを表現する、っていうことを1シーズン使って積み重ねていきたいなと思っている」
小塚の意向ははっきりしていた。
「とにかく、自分自身が(曲を)気に入って…インターネット上で音楽を探している中で、僕自身がすごく聴いていて気持ちがいいというか、滑っているイメージができて『この曲で滑りたい』というふうに思った曲で、今年滑らせて頂けているので。とにかくその気持ちを前面に出して、感じるままを滑っていきたいなと思います」
「すごく壮大な曲なので、僕自身がまだ追いつけていけない部分があると思いますけど、これから練習をこなしていって、もっと音楽を聴いて、自分の感じる部分を出していけば、曲に追いついていけるんじゃないかなと思っているので。そうなれるように積み重ねていきたい」
玄人受けするスケーティングの美しさを持つ小塚は、反面表現については「照れ屋」という印象がある。ただそれが小塚の青年らしい清々しさにもなっており、積極的にアピールするのは小塚らしくない。今季のフリーの選曲はその点小塚にしか出来ないスケールの大きな表現を引き出してくれそうだ。更に素晴らしいのは、曲を小塚自身が選んだことだ。小塚は今の自分を客観的に、冷静に把握している。また、自分自身が好きな曲を聴いて生まれる思いを表現するという方法は、小塚の表現力の伸ばし方としてとても良いように思える。表現は人に言われてかたちだけでつくるものではなく、自分の中から溢れるものでなければ人の心を動かすことは出来ないからだ。
世界選手権で銀メダルを獲得し、頂点を意識しながら迎えたシーズンに、小塚は根本的なところから「表現力」という課題への取り組みを始めている。その滑りと同様に、表現への挑戦も正統派と呼ぶにふさわしい小塚崇彦の、今季の成長は目が離せないものになりそうだ。
posted by satoko |07:06 |
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2011年08月14日
被災地に捧げられた浅田真央の鎮魂歌は、悲しみを正面から受け止める清らかさと強さに満ちていた。
「THE ICE 2011」で演じた「ジュピター」で、浅田は今までにない表情を見せていた。静かな中にも、浅田が震災を真摯に受け止めた深い思いがある。磨きがかかった滑りそのものが、浅田の思いを真っ直ぐに伝えてくる。
失われた多くの尊い命は帰ってこない。その事実を浅田が重く見つめ続けていること、そしてだからこそ精一杯歩もうとしていることが、どんな言葉よりも「ジュピター」からは伝わってくる。
物事の本質を見ることの出来る鋭い感性と、表現を完璧に支える高い技術。「ジュピター」を見て改めて知ったのは、浅田真央が素晴らしいスケーターであることと同時に、素晴らしい女性でもあることだった。
posted by satoko |17:22 |
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2011年07月17日
羽生結弦の「ロミオとジュリエット」には、力強さが溢れていた。
羽生はシニアデビューの昨季を、四大陸選手権2位という好成績で締め括った。細身の体でしなやかに滑る演技の美しさと、時折かいま見せる負けん気の強さを併せ持つ羽生の魅力を充分に見せてもらったシーズンだった。
羽生が仙台での練習中に被災したことは報道で知った。今もリンクを転々として練習しているという羽生の演技を、7月16日・ダイドードリンコアイスアリーナで行われたプリンスアイスワールド2011東京公演で見る。
一度テレビで見て、生で見ることを楽しみにしていた羽生の今季のフリーは、羽生独特の魅力がつまった「ロミオとジュリエット」である。中性的ともいえる柔軟性を生かした演技のなかに、羽生の精神的な強さが見え隠れする。昨季に較べて、負けず嫌いというだけでない真の強さを感じるのは、震災によって羽生が陥った苦境と無関係ではないように思える。
住む街と練習拠点のリンクが大きな被害を受け、避難所生活も経験した羽生の抱える思いを、私が理解出来るとは思えない。ただ、間違いなく昨季よりも大きくなった羽生の演技に、試練に負けない心の強さを感じることは出来る。辛い経験を前に進む力に変えられるスケーターであることを、羽生は東京のリンクで見事に証明して見せた。若く才能豊かな羽生の更なる前進を、願ってやまない。
posted by satoko |23:11 |
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