2008年12月02日
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
代々木競技場の最寄り駅である原宿駅の通路には、浅田真央の写真を使ったポスターが貼られていた。ヘアケアブランドの広告であるそのポスターのなかで跳躍する浅田を見て、「国民的スター」という言葉が頭に浮かんだ。 フィギュアスケート・グランプリシリーズ最終戦、NHK杯の開幕前日、公式練習開始直前の代々木競技場で、化粧室にいた私は清掃員の女性から「今から練習なの?」と声をかけられた。浅田が並んでいる姿を見たのだという。 「真央ちゃん大好きなの。見たら怒られるかしら」 「大丈夫ですよ、見て下さい」と答えながら、また浮かんできたのは「国民的スター」という言葉だった。 2005年の全日本選手権に出場した浅田を見たのも、代々木競技場だった。トリノ五輪の代表が決まるため注目を集め、伝説的な名勝負となったこの大会で、浅田は二度のトリプルアクセルを決めている。また、その一週間前にも代々木競技場に足を運んだ。グランプリファイナルが行われていたためで、浅田はトリノ五輪の優勝候補だったイリーナ・スルツカヤを抑えて優勝した。このことにより年齢制限で出られないトリノ五輪への出場を望む声が世間であがり、浅田真央は誰もが知る存在となっていく。その後浅田は2007年に東京体育館で行われた世界選手権で安藤美姫に敗れて二位となった後、08年の世界選手権(スウェーデン)で遂に世界女王となり今に至るが、05年の全日本選手権以降一度も浅田の出た大会を現場で取材していない私には、余計に05年の年末から始まった浅田の「スター」としての上昇が眩しく思えるのかもしれない。 現場では見てこなかったけれども、テレビでは見られるかぎり追ってきた浅田の演技は、確実に進化してきた。特にロシアの名伯楽・タチアナ・タラソワコーチの指導を受けるようになってから、洗練された芸術性も備わり、貫禄すら漂う。ただ、シニアに上がって快進撃を続け、五輪の代表争いという呪縛もなく、とにかく楽しげに滑り続けていた05~06シーズンと較べると、やはり今の浅田にとってスケートは楽しいだけのものではないのだろうな、と想像される雰囲気が、現在浅田の周囲にはあるようにも感じられた。 公式練習後、ミックスゾーンで浅田は取材に応じた。浅田は自分の内面について語るのが得意なタイプではないように思われるが、NHKの刈屋富士雄アナウンサーの巧みな誘導で、浅田の精神状態がかいまみえる応答となった。 刈屋アナウンサー 世界チャンピオンとして迎えるシーズンは、いつもと違いますか? 浅田 あまり思ったよりも何も考えてなくて…新しい新たなシーズンだと思ってやっているので、その辺は全然自分で思ってたよりはリラックスして出来てると思います。 刈屋アナウンサー 特にプレッシャーとかはなく? 浅田 そっちのプレッシャーはないです。 刈屋アナウンサー どっちのプレッシャーがありますか? 浅田 自分の中のプレッシャーっていうのはあります。どうしてもやっぱり試合になると、ミスをしてはいけないっていう…自分のそういう…インプットされちゃってて、そういうのがあるんですけど…ほんとにそれは自分の中のことなので、試合では跳ぶしかないと思ってやりたいと思います。 刈屋アナウンサー いつからインプットされたんですか? 浅田 気づいたら(笑)。ちっちゃい頃はいろいろ考えずに出来てたんですけど、今は少しでもそういうことを考えるときがあるので、それは考えを…少しずつ、徐々になくなっていくと思います。 刈屋アナウンサー それはいつ頃からですかね?シニアデビューした頃からですか? 浅田 自然にです。 自分の中のミスを恐れる気持ち、それは守りの姿勢と言ってもいいかもしれないが、今の浅田が一番気にしているのはそういうことであるらしかった。 初戦のフランス杯で得意のジャンプが不調だった浅田だが、NHK杯のショートプログラムではジャンプを全て無難にこなし、1位でフリーを迎えることになった。観客席から「真央ちゃん」という声がいくつもかかるなか、ショートプログラムの最終滑走者として登場した浅田は、美しいが淡々として表現するには難しそうな「月の光」を繊細に滑り切った。スパイラルでぐらついたのが記者席からもはっきり見えたが、浅田は一番悔しかったというこのスパイラルの失敗について「ジャンプのときはすごくいい集中が出来ていて、二回目のジャンプが終わったときにほっとしたのと同時に、逆に緊張しなかった部分が出来てしまって、少し揺らいでしまったり力が入りすぎて体がこわばってしまったかなという感じでした」と語っている。そして、翌日のフリーについては「攻める気持ちを忘れない」と何度も口にした。 翌日、女子シングルのフリーが始まり、最終滑走者の浅田が登場する頃には、代々木競技場は満席になっていた。びっしりうまった記者席を見ると、浅田がこの大会でも中心にいることを実感する。黒い衣装、少し強めのアイメイクで登場した細身の浅田に、会場中の視線が突き刺さる。 注目されているのは冒頭に二度予定されているトリプルアクセルだった。判定では二度目は回転不足とされ、成功とは認められなかったが、会場での印象は「トリプルアクセル二回」だった。 浅田がフリーで使用する「仮面舞踏会」は力強く華やかな曲であると同時に、初めから最後まで緩まずに続く過酷な曲でもあるらしい。浅田はジャンプを失敗なく終え、見せ場である終盤のステップに入っていく。「華麗かつ過酷」なこのプログラムの特徴は最後のステップに最も顕著に現れていて、見る者は浅田の動きに魅了され驚嘆しつつ眺めることになる。圧巻のステップを滑り切り、スピンを経て最後のポーズを決める直前、ふらついた浅田に会場はざわついたが、浅田は苦笑いして演技を終えた。 「本当に体力が下がってきてたので…体力あんまりなかったんですけど、倒れるぐらいまでやったら最後倒れかけました」 演技後ミックスゾーンで、浅田はこう言って笑ったが、フィギュアスケートの華やかさを支えているのは陰の厳しさであることが、確かに見えたように思った。 「今回は攻める気持ちを忘れずに出来たことが、一番良かったんじゃないかなと思います」 ミックスゾーンで、浅田はフリーを振り返ってこう述べている。浅田は世界女王であることによる重圧よりも、自分の中に存在する守りの姿勢を問題視していた。世界女王となった今も攻める気持ちを持ち続けることの大切さを、NHK杯で浅田は実感したのだろう。浅田は、「圧勝」といっていい強さでNHK杯のチャンピオンとなった。 NHK杯の取材だけでも、2005年の年末に較べあらゆる面で浅田の成長が感じられたが、変わっていなかったのはその精神の「シンプル」さだった。2005年・グランプリファイナルの女王として臨んだ記者会見で、外国人記者にトリノ五輪期間中何をして過ごすかと問われ「練習してます」と答えた、その「シンプル」な精神を、スター選手としての階段を上り続けてきた三年間、浅田は失わなかった。「純粋」といってもいいかもしれないが、とにかくスケートが上手くなりたい、という思いでその心はいっぱいで、雑念が入る余地がないのではないか。ジャンプが不調ならたくさん練習すればいい、と考えてそれを実行に移し、次の試合では成功させる。単純そうに見えて実はなかなか出来ないことをやり遂げられるのが、浅田の強さの理由なのだと思う。フリーで、二つ目のトリプルアクセルを回転不足と判定されたことについて問われた浅田はこう答えている。 「悔しいですけど、でもまた次出来れば…また目標が見つかったので、それは大丈夫だと思います」 浅田のように「シンプル」かつ「純粋」に生きていくことは難しい。だからこそ「真央ちゃん」は人々に愛されるのだろう。エキシビションで、情熱的なタンゴの曲を滑りこなす浅田真央を見ながら、そう思った。
posted by satoko |06:25 |
フィギュアスケート |
コメント(8) |
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f初めて・・・
・・・コメントさせて頂きます。
以前から、浅田真央が滑るリンクには、いつか吹かれた春風を思い起こさせるような、そんな心地良さがありました。
もちろん、言うまでもなく技術にも天性のものが・・・
だけど、そんな真央ちゃんも人の子だったんですね~
いつしか、心の中でプレッシャーと闘っていたとは・・・
少なくともこれからバンクーバーまでの間は、韓国の良きライバルキム・ヨナとの熾烈な争いが待ち受けています。
それは、間違いなく女子フィギュアの歴史に残る、
また、記憶に残る戦いをしてくれることでしょ~
そして、バンクーバーでも春風を棚引かせてほしいと願っています。
posted by altezza | 2008-12-02 17:58
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
altezzaさん、はじめまして。
コメントを頂きありがとうございます。
お返事が遅くなり失礼しました。
浅田真央選手の演技は、
技術が素晴らしいことは言うまでもありませんが
人間的な魅力も反映されて本当に魅力的ですね。
きっとバンクーバー五輪では、
トリノ五輪の頃には完成していなかった
成熟した演技を見せてくれることと思います。
キム・ヨナ選手はまた違う魅力のある選手ですから、
altezzaさんのおっしゃる通り、浅田選手と
記憶に残る戦いを展開してくれるでしょう。
浅田選手が、バンクーバー五輪までの
充実した道程を歩んでくれることを期待します。
posted by satoko | 2008-12-04 13:13
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
フィギュアスケートはズブの素人ですが、少し疑問があります。いろんな大会を見てみて浅田選手と他の何人かの選手がほぼ大きなミスなく演技をしたことが何回かありました。このとき浅田選手がこの選手達と比べて点数が圧倒的に上回っていました。キム・ヨナ選手の時もありました。素人目には浅田選手が勝ったのはわかりますが、ミスのない選手とこうも点数の差があるとは思えませんでした。浅田選手とキム・ヨナ選手は少しいい意味での色メガネで見られているのかなーーーと思えるのですが。
浅田選手のファンではあるのですが。。。少し不思議です。
posted by 少し疑問です。 | 2008-12-04 21:07
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
少し疑問です。 さん、はじめまして。
コメントを頂き、ありがとうございました。
私も素人ですが、僭越ながら私見を書かせて頂きます。
採点競技において、選手のネームバリューが
得点に影響することがないとはいえません。
ただ、同じようにノーミスの演技をしたとしても、
プログラムのなかで
どれだけ難しいことをしているかによって、
点数は違ってきます。
また、各要素をどれだけ完璧にこなしたかにより
どれぐらいの加点がつくかも、違ってきます。
さらには演技全体の完成度によっても、
点差がついてきます。
浅田選手やキム・ヨナ選手は、
難しい要素をこなす一方、プログラム全体を通して
レベルの高い滑りをしていますから、
それが点差となって現れてくるのだと思います。
ただ、個人的な印象では、
浅田選手は特に難しい要素をこなす技術に優れ、
キム・ヨナ選手はプログラムを表現する
芸術性に優れているように思います。
私ももっと採点については勉強が必要です。
お返事になっていますでしょうか?
posted by satoko | 2008-12-04 23:42
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
satokoさん。わかりやすい説明ありがとうございました。
浅田選手はすばらしい選手なのは間違いありません。
しかし、ひとつだけ物足りなく感じる事があります。
それはスピンに全くといっていいほどスピードがない事です。スピンにスピードがあっても点数に関係ないかもしれませんが、やはり最後にスピードのあるスピンでしめると凄みが加わると思うのですが。。。相当むかしジャネットリン選手はスピンスピードが凄かったのが懐かしいです。
他の女子選手もスピンスピードがある選手は殆どいないと思いますので目立つと思うのですが。。まあこれはないものねだりですので浅田選手はこのままで十分です。
posted by 少し疑問です。 | 2008-12-05 21:10
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
少し疑問です。さん、コメントを頂きありがとうございます。
再び僭越ですが、私見を書かせて頂きます。
浅田真央選手のスピンのスピードについては、
正直なところ考えたことがありませんでした。(すみません…)
言われてみれば、というお話になってしまいますが
有名な村主章枝選手の高速スピンを思い起こすと
確かに、現在の浅田選手のスピンは
特に速い方ではないのかもしれません。
ただ、浅田選手は
かつては弱く見えた芸術面でも
このところ恐ろしいほどの成長を見せています。
芸術性は練習で身につけられるということと、
浅田選手の(きっとすさまじいまでの)努力に驚かされます。
そんな浅田選手のことですから、
今後高速スピンを披露することがないともいえません。
浅田選手は、「ないものねだり」に応えるスケーターですから、
いろいろなことを期待してもいいかもしれませんね。
(こんなことを言ってしまったら、
浅田選手が大変でしょうか…)
追記 ジャネット・リン選手のスピンは速いのですね。
演技は見たことがあると思いますが、
スピンのスピードについては気づきませんでした。
いつかきちんと見てみたいと思います。
posted by satoko | 2008-12-05 22:24
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
こめんとさせていただきます!
どうもはじめまして!
私も得点の出方が変だと思って色々みてみたんですが、
回転不足を食らうと非常に点が下がるようです。
スコアをみてみると、3回転3回転やトリプルアクセルなど、飛んで降りるだけで難しい技なのに、それを見た目綺麗に降りたとしても、
少しでも回転が足りなければ、飛ばなきゃよかっと様なみじめな点数にまで引き下げられます。
基礎点が大幅に下がり更にそこからも減点されています。
お手付きしたジャンプより更に更に低い点数をつけられるルールです。
場合によっては回りきってすっ転んだ人よりも点数が下です。変ですね。
真央ちゃんはショートとフリーで2回にわたり回転不足を食らっていますが、それが無ければ200点越えたと思います。
回転不足判定は一応基準があるようなんですが、大会によって甘かったり厳しかったり、
NHK杯はスコアを見ると、回転不足を食らってる人が沢山いました。厳しかったようですね。
今期は見た目が美しくジャンプを降りていても、少しでも回転不足の場合、バカデカイマイナスを食らう可能性があるようです。
なので私たちには不思議に思う点数が出る事が多くなりそうです。
今までそこまで厳密でなかった回転不足。
それがオリンピックシーズン前にして激化。
大技であるほど回転不足になりやすいと思います。
女子では今や難易度の高いジャンプを飛ぶ世界ランク上位選手って日本選手ですよね。
セカンドの3回転も、真央ちゃんや美姫ちゃんはより難易度の高い3LOを飛んでますし。
そんな日本選手から可能な限り点を奪う為のルールのように感じるのは私だけでしょうか。
日本が強くなるとルールが変わるスポーツが多いような。
そんな過酷な意地悪ルール中で、真央ちゃんの最後の「また目標が見つかったので・・・」のコメントは素敵だと思います。
posted by maru | 2008-12-07 06:06
浅田真央、シンプルな強さ(NHK杯・国立代々木競技場)
maruさん、はじめまして。
コメントを頂き、ありがとうございました。
ジャンプの回転不足についてですが、
確かに正直なところ素人には回転不足を見極めるのは
非常に難しく、NHK杯の浅田真央選手のフリーでも
「トリプルアクセル二回成功」という印象があり、
採点を見て初めてダウングレードが分かったため
演技を見たときの印象と
採点が一致しない嫌いはあります。
しかし、厳密に正確に採点しようという
流れなのかもしれず、
バンクーバー五輪で誰もが納得する結果を出すための
過程と考えるべきかもしれません。
maruさんがお書きになったように、
浅田選手をはじめとして大技に挑戦する選手たちは、
回転不足の判定をむしろ課題ととらえて
さらにいいジャンプを跳べるように
努力することと思います。
緻密な採点が、フィギュアスケートという競技の
さらなるレベルアップにつながるといいですね。
posted by satoko | 2008-12-08 12:30


