2010年01月07日
青木vs廣田戦について、こんなメールをいただきました
先日、アップした『Dynamite!!』の感想について、 読者の方からメールを頂きました。 格闘技をやってらっしゃる方からの意見でした。 お返事をさせていただいて、またご連絡をいただくことも できたので、ちょっとそのメールを転載したいと思います。 自分の感想メールには返事、ないじゃないか と感じられた皆様、ごめんなさい。 (いっぱいおられます。ごめんなさい) 今回は正月休みで少し時間があったのと お返事を書かせていただくことで、普段考えていても 言葉にはしなかったことを、書けるかなとも思いました。
こんにちは。 ご意見ありがとうございます。佐々木です。 先に、できればいただいた文章を引用して あらためてブログにアップしたいのですが、いかがでしょうか? 以下に自分の考えを書きますね。 「佐々木さんはKOに対してはどういう感情を抱かれていますか。私はK-1やボクシングでのKOシーンには非常に興奮しますし、今回の青木選手の勝利にも同じように興奮しました。 多くの格闘技ファンもそうだと思います。失神を伴うようなKOは明らかに人間を壊す行為であり、非常に危険だと思います。 ですが、興奮するのです。そういった理由で『人間が壊れるところを見たら気分悪い、怖いというのも人間の本質でしょう。』という意見には賛成できないのです。」 私はKOの結末もけっこう、ひくほうです。怖いと思います。 KOに興奮する気持ちは分かりますが、 自分としては、あのフィニッシュは人が失神が伴うような KOに匹敵していると感じました。 あきらかに人が壊れるところだったので、怖かったです。 そこは、人それぞれのリミットがどこにあるかという話かもしれません。 また、壊れるところを見るから興奮するわけでもないと思います。 倒す技術に興奮するのではないかとも感じます。 「骨を折りに行く行為は真剣に勝利を得ようとする行為ではないでしょうか。関節技をかけている選手も勝利を掴むために必死なのです」 「格闘技の世界に身をおく佐々木さんが、それらの選手を『ひく』という言葉で否定してしまうのは非常に残念な気がしました」 というご意見ですが、乱暴かもしれませんが、 本気で勝利をつかみにいっているんだったら、私がひこうが ひくまいが、おやりになればいいと思います。 本気でなんかやるのって、そもそも人から反感をかったり ひかれたりすることがつきものです。 というか、周りに共感されなくても、突き詰めて自身を研ぎ澄ましていく のが、格闘家であり、道をきわめる行為だと思います。 私は人の本気を見届けるために恐怖心と闘いつつ試合を見ています。 偽悪的になられているのかもしれませんが、 私は、格闘技の場であっても、人の腕を折りに行くなんてことは、 人間として、まともな考えじゃないと思っています。 それは表に出したら引かれる考えだという思想は、 持っていたほうがいいと思うし、そうでなかったら 客観的な記事は書けないとも思っていますし、 そうでないと格闘技がどれだけすごいのかということも 伝えられないと思っています。 まともじゃないってことを分かった上で、それでも勝利のために 自身の心のバランスを崩さぬように闘い、自分を貫くのが、 格闘家といわれる人だと思います。 また、そうでないと、いわゆる心技体の技に 心がのまれてしまうのではないでしょうか。 選手がそこまで覚悟してリングに上がっていることは 尊敬に値することです。 でも、それを怖いと思うことも、またホントです。 格闘家が、アピール等で偽悪的に「折りにいった」と言うことは 格闘技界内だけではアリだと思います。 もしくはその様にいい知れない本気や狂気を見て 一般の人も注目するのでしょう。 でもそれは普通じゃないから注目されているんだと思います。 折れることは実際にありえることですし、格闘家がそういう気持ちで 試合に臨んでいられるのは、ブログにも書きましたが、アリだと思います。 でも、その場面を地上波で流すのは、 一般の人にはショッキングすぎるんで、どうかと感じました。 流すなら本気でその覚悟から伝える努力が必要ですが、 そうじゃなかったみたいですし。 「佐々木さんと同じように私も格闘技の世界の中に身を置きますが、試合で本気で腕を折りにいく選手を多く知っています。 それはプロの総合格闘技だけではなく、柔道やブラジリアン柔術のアマチュアの選手の中にもです。 私の知り合いたちがたまたま残酷な心の持ち主なのでしょうか。私はそうは思いません。彼らは純粋に勝利を求めているだけなのです。 関節技をかけている者はレフリーが試合を止め、勝利が確定するまでは決して安心できません。それは力が拮抗している勝負になればなおさらです」 言葉尻をとるようですが、純粋に勝利を求めているというのは、 いっけん美しいですが、すごく危険なことです。 だからこそレフェリーがいるし、セコンドがいて、 危険なことにならないように入念な措置が執られていて、 それでも起きてしまうものは起きてしまう。 勝利を求めると言っても使うのは相手を傷つける技術だから、 柔道や空手ではまず最初に心を教えるのだと思います。 折る覚悟、折られる覚悟を持ってリングに上がる選手を 私は尊敬しています。 ただいくら尊敬してても実際にその場面を見たら怖いという 気持ちがあるのも、別におかしいとは思わないです。 一瞬でも技を解いて、そこから反撃されて、勝利を失うことは すごくすごく怖いでしょう。 そうでなくてもたくさんの恐怖心と闘って、本気で技を極める、 その気持ちの強さは尊敬されるべきことです。 だからこそ、ファイターが怪我をしないよう、 大きすぎるダメージを負わないようレフェリーやセコンドがいる。 そしてたくさんの人に見てもらえるように、テレビや雑誌があります。 でも、実際に人の関節が目の前で外れたら、怖いです。 以上になります。 感想、ありがとうございます。 自分の文章は何も感じさせられなかったかもしれませんが、 いただいたメールは、自分にいろいろ考え、整理させてくださいました。 ありがとうございました。 佐々木亜希
これに対するお返事で、こういった形で紹介するご許可と、 増田俊也さんのブログを紹介していただきました。 ・増田俊也さん公式ブログ ・当該記事1 ・当該記事2 ・当該記事3 団体戦だったから仕方ない、 また柔道の団体戦でタップすることはありえない という意見、ともに自分には驚きでした。 ※当該記事以外にもたくさん興味深い文章がならんでいます※ 「人それぞれ立場の違い、経験の違いがあり、これへの批判が出たのは仕方ないことは分かりました。 しかし、格闘技をする者からすれば、あの場面で腕を折ったことは、仕方ないこと、当然のこととなってしまうのです。なぜ格闘技者にとってそれが仕方のないことなのか、その理由のひとつは、戦うもの同士がお互いに相手に傷つけられること(KOされる、骨を折られる、絞め落とされる)を覚悟していることです。 その覚悟を知る人と知らない人では腕折に対し持った感想が違ったのではないかと思います」 折るのは仕方ない行為。 折られる覚悟をもって試合に臨んでいる。 私がひよっこであり、お子ちゃまであり、 チキンなのでしょうけども、 上にも書いたとおり、それが分かっても目の前で腕が折れれば怖い、 折れると言える人を怖いという感覚を自分がなくすことはないです。 ただ、負けることの怖さ、折られることの怖さと ギリギリまで闘いながらタップしなかった廣田選手の心の強さを あらためて、ほんとうにすごいなとも思いました。 また青木選手の技術の高さ、折る覚悟のすごさにもあらためて 底知れない怖さ(これは選手の魅力としての怖さ)を感じました。 あらためて、格闘家は常人には底知れない覚悟をもって リングに上がっているんだな、と。 だからやっぱ、そこまで考えて放送しないとダメだったんじゃないの、 あまりに安易にあの場面を流してしまったんじゃないの、 という気持ちもまた、崩れることはないです。 フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ 「ときどきキックアウト」は 日本の総合格闘技をときどき応援しています。
posted by sasakey |15:00 |
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