2009年01月23日
K-1 MAX2月大会の追加カードが発表された21日の会見。
この日発表されたのは
佐藤嘉洋 vs セルゲイ・ゴリアエフ
上松大輔 vs 渡辺一久
の2カードでした。
ゴリアエフは『戦極』で五味隆典を倒した選手。
ムエタイをベースに持つ総合の選手ということで
大晦日のK−1ファイター全敗という流れを受けた
「K−1vs 総合」の、1カードですね。
上松も、ボクシング出身の渡辺が相手ということで
同じく他流試合と位置づけられているようです。
会見後の囲み取材で、谷川さんがおっしゃっていた言葉が
私にとって印象深かったので、そのことを書きたいと思います。
「格闘技はそもそも、他流試合なんですよ。
他流試合が続いていくと競技になる。
競技になると、他流試合は弱くなる」
当たり前と言う人もいるかもしれませんが
なるほど発言だなぁと。
今回で言えば
キックボクシングとボクシングとか、総合とK−1とか
そういうひとつの分野をやってきた人たち同士による
戦いがイコール「他流試合」ですよね。
ただ、これも続けていけばK−1という「競技」になる。
「競技」は、選手を育てていく時期でもあるので
どうしたって必要不可欠なんですが
このあと谷川さんが言っていたのは
「競技化すると、技術はあがっていくんですが、つまらなくなるんですね。
ボブ・サップも、最初のメチャクチャな時のほうが強かったし、
おもしろかった」
という残酷な発言でした。
そうなんですけどねぇ。
「上松君も佐藤君も優しいので、
こういう試合でファイター人生を1回狂わせないと」
と、これまた残酷な発言もあり。
軽く言うなよって感じですけど
それをやらせるから
それをやるから
K−1が存在する価値があるし
K−1に出られるんだろうなと。
「他流試合」は対抗戦と言う言い方もできるはず。
ただそればっかやってたら
選手が壊れていくか
競技化していくかどっちかです。
ボブ・サップだって出来れば勝ちたいから
臆病になって前に出られなくなったところも
あると思うのです。
負けが続けば選手として使われなくなりますし
ダメージが蓄積すれば本当に壊れてしまいます。
選手がかわいそうだという声は良心的ですけど
そういうスタンスから谷川さんの発言を批判することは
簡単ですけど、そこで立ち止まって欲しくないです。
逆にじゃあ、つまらない試合にお金を払いますかと
いうことでもあるんですよ。
競技化した試合はたいがいにしてつまらないです。
「競技」をどう面白く見せるか、見せられるか。
「他流試合」は存在からしてテーマがあるので
選手はモチベーション上がると思いますが
「競技」をどう面白く見せることができるか。
「競技」にどうテーマを見いだして伝えられるか。
もしくは他流試合でも競技でもないものを見つけるか。
それを考えるのはマスコミでもあり
主催者側でもあり選手でもある。
時にお客さんでもある。
そしてその全てが
自分以外の誰かが考えるべきだと
しているようにも感じます。
おもしろい発言だなと思って
突っ込んで考えてみたのですが
けっこう深いところへ足を踏み入れてしまいました。
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
谷川さんの発言にときどき注目しています。
posted by sasakey |02:26 |
K-1 |
2009年01月02日
2008年大晦日のメインとして組まれた
田村潔司vs桜庭和志戦。
そもそもは、2003年のボブ・サップvs曙に対抗する意味で
組まれたかったカードだったと思います。
テレビ的、大衆的に注目の集まるカードに対して
PRIDE男祭りが打ち出す、わかる人にはわかる
わからない人も、その雰囲気や殺気から
わからないことを惜しむような、そんなカード。
日本の格闘家の技術の先鋭同士に
感情をのせて戦ったらどうなるかを
見せられるようなカード。
あれから5年。
対戦の可能性が浮上しては消え、
浮上しては消えしていくうちに、この一戦には
いくつもの重りがつけられていったのだと
いまは思います。
ようやく決定した後も
会見の「素手でやりたい」という発言、
田村の3本勝負提案。
インタビューなどでも刺激的な言葉が踊りました。
直前の公開練習の取材にも行ったのですが
桜庭は無制限ルールや田村の3本勝負等を
「あれはネタなんで」と、一度すべて否定しました。
あらら。
そうでしたか、と。
まぁ桜庭和志というファイターは
そういうことを言う人です。
見る側の思い入れを拒否するようなことを言う人です。
思い入れを拒否しつづけてきた理由を語る以上のことを
最高の試合を見せつづけることで
クリアしてきた人でした。
そしてようやく迎えた試合、試合直前の煽りV。
わたしは今、プロレスを取材する側ですし、
応援もしている側なので、
「最初の2本は真剣勝負、最後はプロレスです」
という、桜庭の言葉は不愉快でした。
なんだよプロレスですって。
どういう意味で使ってるんだ、おい、と。
聞くほうも聞くほうだし言うほうも言うほうだと思いました。
べつに、それがどうしても必要なことなら
だからこそ戦いたいという理由なら
言ったっていいんですが
なんか、そういうわけでもないように感じたのです。
ただその上で、あの映像通りに
桜庭が本当にレガースをつけて出てきたのだったら
これまでの全部、受け入れて試合を見れるようにも思いました。
照れ隠しと言うにはあまりに長い“フリ”。
だけど、そうでもしなければ
レガースをつけて試合をするわけにいかなかったなら
桜庭の本音は言葉ではなく
これから見る試合の中に全部入っているんだろう、と。
しかしレガースをつけていたのは下柳氏であったのでね。
そうですかと。
わたしが甘かったですと。
小太刀を持っていつもどおりTシャツを中途半端に入れて
レガースをつけて入ってきた田村とは対照的でした。
試合は、顕微鏡で見るような見方をしなきゃ
楽しめるものではなかったと思います。
はたから見ればなんでもない試験管の中で
細胞を培養させて顕微鏡で見て楽しむような
そういうものの見方ができる人なら楽しめたのではないでしょうか。
それを、おかしいなぁと
試合が終わってからずっと思っていたのです。
田村vs桜庭は、そうやって楽しむように組まれた試合では
なかったはずじゃないか。
顕微鏡を持たない人にでも伝わるような
技術と感情とプロの魂を持った2人の戦いじゃなかったのか。
その上で、思い入れの顕微鏡を持っている人なら
一晩でも二晩でも語り明かせるような戦いじゃなかったのか。
そうじゃなくなってしまったとしたら、なんなんだろう。
5年たってしまったせいなのか。
時間が過ぎてしまったからなのか。
その間に、見る側に何が起こっていたのか。
対戦相手に対して
やむにやまれぬ感情があるのなら
それを拳や身体にこめて
伝わるように戦うのが、プロじゃないのかな。
なかったとしたら、なんなんだ。
ないと言うなら、どうなんだ。
そして判定で田村が勝って桜庭が敗れた。
終わってから「またやりましょう」という言葉を
ビジョンの中で見つけて、なんなんだ、それ、と。
またやれるような試合を見たかったわけじゃないよと。
なんともいえない気持ちです。
思い入れというものは
ときに試合を壊してしまうほどに
重たくなってしまう。
しかし作り手というのは
常にそれと戦うのが仕事です。
いや作り手でなくてもOLでもバイトでもそうです。
このくらいの仕事はやれるだろうと判断されているから
それ相応のお金をもらっているわけです。
プレッシャーのない状態で作品が作りたかったら
お金はもらえません。
わたしはすごくこの試合が見たかったですし
田村潔司という選手も
桜庭和志という選手もとても好きですが
今回は、申し訳ないですけど
失敗だったとしかいいようがないんじゃないでしょうか。
見る側、大会側の思い入れに負けて
いい作品(=試合)ができなかったとしたら
それはやっぱ、失敗だったんだと思います。
わたしには、他の試合と比べて
あの試合をいい試合だったと評価することはできないです。
それに、重たい思い入れを素直に受けて
試合をすることも、できたんだと思うのです。
そうすればもっと分かりやすい試合にもなったはず。
それを最後まで拒否して試合を行ったのは
桜庭の側だったにしろ
田村の側も、決して親切ではなかったし
勝ったにしろそれを含めて昇華させた試合をすることは
できてなかったんだし。
田村の「お客さんに伝わらない試合をしてしまった」
「4番バッターのプレッシャーがあった」という言葉は、
私には、上に書いたようなことを
やりながら感じていたゆえの言葉なのかなと思いました。
それを言葉にする田村としない桜庭。
しないのは言い訳をしないということなのか
それとも感じてもいないのか、それは分からない。
でもまぁ心にひっかかる失敗作もあれば、残らない成功作品もある。
失敗作が好きな人もいるだろうし。
失敗だったと思えば次があるのかもしれない。
わたしはあの試合が失敗だったということで
あの2人が駄目なんじゃないんだと、まだ言いたい。
自分が思いきり送りたかった拍手は、
戦いへの思い入れを昇華させて、とっておきの試合を見せてくれた
中村大介と所英男に送りたいです。
田村潔司と桜庭和志が共有した
濃密な「あの時代」への思い入れは、
それを自身の力に変えて、戦いにこめて
いい試合をみせてこそ、存在理由があった。
それを、やっていた世代の田村や桜庭ではなく
見ていた世代の中村や所が見せていた。
リスクがあっておいしくなくて体重差があるキツイ試合を受けた所と
コツコツと大変な試合を勝ち続けて出場権を勝ち取った中村。
その上であの試合を見せた2人を
わたしは、最大限の言葉で評価したいです。
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posted by sasakey |01:27 |
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