2008年10月31日
丸藤正道vsKENTAについて、いまさらの感想です。
日本テレビ系列での中継を見ました。
期待値が高すぎたのか、結果知ってから見たせいなのか、
レフェリーのカウントを非常に遅く感じて、
それにつられて試合までじれったく感じてしまいました。
丸藤がコントロールしているというか、
KENTAに合わせているように見えました。
そしてそれが不満なのか不服なのか、
KENTAもあれが全てではないというか、
「100%出した」と試合後、言っていたけれど、
100%出したと語れるKENTAの部分まで出してほしかった。
言葉遊びのようですけど、そんな感じ。
あの2人にしては、と言う言葉が浮かんでしまう。
とはいえ。
そこまで要求するのも酷だよね。そりゃアンタ酷だよ(丸藤口調で)。
あの2人ほど頑張っている選手もいないと思う。
そういう選手だからこそかかる期待とプレッシャーと、
ひとつでも落としたらもうダメだと言われたりする過酷さ。
そして丸藤が「俺以上の天才」と言った
天才の認める天才こと飯伏幸太は
武道館大会の翌日、ハードヒット新宿大会に居ました。
肩の調子がかなり悪いようで、相手の毛利昭太からかなり追い込まれて、
それでもその場跳びムーンサルトやオーバーヘッドキックを
いわゆるU系なあのルールで繰り出してダウンを奪うんだから
たいした人です。
そのくらいで飯伏に「たいした人です」って言ってたら
毎試合言ってても足りないので
あまり言わなくなってるけど、それはそういう背景あってのこと。
そして飯伏は敗れ、夜の部は欠場に。
ていうか飯伏はNOAHのセミに
中嶋くんと佐々木健介と組んで出場して
三沢光晴を初体感した上での翌日のハードヒット参戦。
本人はやれると言うのだろうし、やる気なんだろうし、
止めたって無理なんだろうけど、見ていて心配ですし、
じっさい欠場になってしまった。
KENTAにしろ丸藤にしろ飯伏にしろ
常人には考えられないレベルで戦っている人たちです。
難易度で言えば試合時間中ずっと
ロープの上を走ることに匹敵するような
ギリギリの戦いを見せている。
それでもプロレスはひとりじゃ出来ないし
ひとりで技術を究めても
それを発揮できる場にいなかったら、それは無駄に終わってしまうので、
それを出せる相手がこの時代に居たというのは
見る側にとっても素晴らしいことだなぁと感じました。
あの人にしては、という言葉は、
もっとできると思っていたのに、という
依頼する側、見る側の勝手な期待値がこめられていて、
発言した人のプライドだけを守る言葉でもあります。
言われた側からしたら
だったらもっとちゃんと
どういうものが見たかったか言えよと思うだろうし
そんなふうに言うなら普段からもっと評価してよ
とかも思うでしょう。
先をゆく人は孤独で
時に、先を行っているがゆえに
つめたい風をあびなくては
いけないときがある。
できる人だから、できない人よりも
高いハードルを越えていくことを
求められるときがある。
私の心配は杞憂なのかもしれません。
トップを走っている選手たちは
まったく人の評価など
気にしていないのかもしれない。
だけど
すごいと思ってるなんてことは
当たり前のことなんだと
あらためて、書いておきたい。
丸藤正道も
KENTAも
飯伏幸太も
あらためて、いちいちすごいと書くのが
ばかばかしいほどに
すごい選手たちなんです。
そして武道館当日は
エキスポ組だった側としては
日高郁人vsクリストファー・ダニエルズも
負けないくらい、いやそれ以上に
ものすごかった、とは書いておきたいです。
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
プロレス・エキスポだけでなく
プロレスリングNOAHもときどき応援しています。
posted by sasakey |01:37 |
NOAH |
2008年10月26日
3大会通して見届けました。
2日で3大会。記事を書くほうも頑張りどころでした。
初日というか第1部がやっぱり面白かったかなぁ。
第2部はちょっと長すぎたような。特にセミ。
第3部はうってかわって早い展開が続いて、
セミとメインでしっかり見せてもらったので楽しめました。
エキスポは大きな可能性を秘めたイベントであり
結果含め、この大会から考えられることは
とてもとても多いと思います。
出場した選手が皆、感謝の言葉を述べている様が印象的でした。
経験はいくらお金を出しても買えないです。
例えそれが、うまくいかなかったということであっても。
試合が良くてもお客さんが入らなければ評価されない。
関係者が言うならともかく
ファンさえもそうなのだから
あらためて難しい業界だなと感じました。
そんな難しい業界の中で突然行われた
エキスポ2日間、3大会はなかなか刺激的でした。
エキスポは、確実になにかと戦っていました。
見ていてわくわくしました。
戦って負けるところを見せて評価されるのもプロレス。
勝っても勝ちざまが問われるのがプロレスです。
丸藤vsKENTAはもちろん見たかったですけど、
私個人は、エキスポで
いいものを見せてもらったなと思っていますし
いい経験させてもらったなと思っています。
エキスポは、選手間だけではなく
関係者やスタッフにも
これから戦っていかねばいけないテーマを生みつけたと思います。
それをつなげていくか、いかないかは、
その問題をどれほど自分事として
大きくとらえているかなのだと思っています。
リングの上の選手たちが、いつもそうであるように。
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
プロレス・エキスポを見届けられたことに感謝しています。
posted by sasakey |02:32 |
その他プロレス |
2008年10月25日
プロレスエキスポ両国大会に行って参りました。
大会の内容についてはスポーツナビをチェック!
東スポiモードに「興行的には惨敗」とか
書かれていたことからも分かりますが、確かにお客さんは少なかったです。
しかし、ナビの記事にもちらっと書いたけれど
それでも両国の2F、全面解放で今大会に挑んだ
いさぎよさは素晴らしいです。
残念ながら、どうにも意地悪な見方をする人が多い業界です。
大会は満員でも「一面つぶしてた」とか
「2Fはふさいでたけどね」とか言う人が多いプロレス界です。
パーンと会場のドアを開けた瞬間の驚きといったら。
小細工なし。
両国、広っ!
いさぎよし!
思わず背筋を正してしまいました。
伝える側の責任を感じました。
いや本当に、あの感覚はできるだけ多くの人に味わってもらいたいです。
そして試合はかなり面白かったです。
ゼロワン日本チームvs多国籍軍と
マシンガンズvs崔領二組、よかったです。
あと女子の試合も盛り上げてくれました。
ナルト、見た目は面白かったんですけど、
日本のプロレスファンはエル・ブレイザーや飯伏幸太を見ているので
(ましてエキスポに来るような人は必ず見ています)
なにかひとつ、ビックリさせるようなことをして欲しかったです。
報道陣も「本当のこと書こうよ!書かなきゃしょうがないだろ!」と
互いに言い合ったりしていて、これもまた個人的には面白かったです。
会場の「来ちゃった人たち」の一体感みたいなのも、
暖かくて良かったなぁ。
そして恐ろしいことに明日もプロレスエキスポは開催されます。
このブログを読んで下さった方、
ぜひ会場に足を運んでみてください。
後悔することはないと思います。
いろいろな意味で。
私がここで書いていることは
どこかで泣いている人がいる上での、笑いだと思います。
ですがもう起きてしまったことであり、
明日も、やってくるので。
いっそ笑って、いさぎよく明日を迎えましょうと、
無責任に思いました。
「最大の理性とは、すべてを笑い飛ばす力である」とは
橋本治の言葉です。
いまこそ、私はプロレス・エキスポにこの言葉を贈りたいです。
かかわった人すべてが、
笑って明日を乗り切れますようにと祈ります。
私は昼も夜もいます。
見届けます。
けっこうワクワクしています。
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「ときどきキックアウト」は
プロレス・エキスポを今まさに応援しています。
posted by sasakey |02:06 |
その他プロレス |
2008年10月22日
「ゴング格闘技」で、女子格闘家3人に
お話を聞かせていただきました。
しなしさとこ、
藤井恵、
辻結花、の3選手です。
それぞれにトップたる自覚と
個性がある選手たちでした。
・しなしさとこ選手
女子選手はチケットを売らない、
なんて話がありましたが
「しなしさとこは別」
という言葉も、常についてまわる人です。
実際に売っているし
オリジナルチケットを作ったり、特典を作ったりという
努力もしている人です。
選手なんだし、我が強くて全然いいと思います。
「私はこう思う」
という言葉を主軸に動いているような方です。
渡辺久江戦のことをいまさら書いていますが、
あの試合はやっぱり、女子の試合の中で
最高にヒートした戦いだったと思います。
渡辺さんとはメールやりとりしたりしてるそうです。
試合終わってノーサイド、のその感覚は、
なんか、いいですね。
あの試合はやっぱりメインにすべきだったと思います。
誌面では使えなかったのですが
渋谷のクラブアトムで行われていた頃のスマックガールを
なつかしく語ってくれたのが、印象的でした。
「女のケンカ!って感じで、すごくよかったですよね。
あそこと、ベルファーレでやってた時がおもしろかったし
すごくスマックらしかった」
これは私もすごく同感なのでした。
アトム時代のスマックは、狭くて見づらくて窮屈でしたが、
とても面白かったです。
ベルファーレの時の、ざわついた感じも
アトム時代を思わせてくれて楽しかったです。
・藤井恵選手
常に人あたりが良くて、常にベストコンディションで、
そのせいで、人に自分の心を見せないような
感がある人だと思っていました。
でもそれは、過剰なまでに自分に厳しいせいなのだな、
と、今回の取材で少し、分かりました。
「試合の前日になると、いつも怖くて、
どうして試合なんか受けてしまったんだろうって思うんですよ」
それを聞いて
「私も、いつもどうして仕事を受けてしまったのだろうと思います」
と言おうかと思ったのですが、なんか一緒にするのは
申し訳ない気がして、言えませんでした。
普段は速報を主にやっているせいか
インタビューの仕事はすごく自分にプレッシャーが
大きいのです。
自分に力がないことがばれてしまうような感さえして、
いつもいつも逃げ出したくてしょうがないのです。
だけど終わってみると「またやる機会があるといいな」とか思うのです。
「試合が終わってみると、みんな悪かったところばっかり言うんですよ」
と言う言葉に、これまた
「私も、本が出てみると、ミスしてる部分とか、
ここはこうすれば良かったという部分しか見えません」
と、言いたくなりました。
これは言いました。藤井選手は笑ってくれたので良かったです。
・辻結花選手
最後に電話で話を聞いたのが辻選手でした。
辻選手は、いつも気持ちやコンディションにぶれがないというか、
マイペースで格闘技に立ち向かっているように感じていました。
夏に話を聞いたときの
「試合のためだけに格闘技をやっているわけじゃない」
という発言が、印象的だったせいもあります。
その辻選手に
「この夏から秋、いろいろなことが女子格闘技の世界でありましたけど、
変わらなかったものは、ありますか」
と聞いてみました。
「格闘技をやりたいという気持ちは変わらなかったですね」
というような答えか
「特に何も変わらなかったですね」
というような答えが帰ってくるかと思っていました。
辻選手の答えは
「変わらないものは、ないです」
でした。
ドキっとしたのでした。
3人に話を聞くという難しい原稿だったので、
いま聞くべき事はなにかと頭をひねって考えて、
浮かんだのが「変化」というのがキーワードでした。
新しい大会ができたり、予定されていた大会が延期になったりして、
変わっていくものがたくさんあって、その中で、
彼女たちが、何を考え、何を感じていたのかと。
そして変わらなかったものは何なのかと。
変わらなかったものこそが
大事なことなんではないかと。
だけど「変わらないものはない」と言われてしまいまして。
だとしたら、
どうすればいいんだろう。
どういうことなんだろう。
そんなことを感じながら話を聞き、考えて文章にしました。
魂こめました。
いまの自分ができる精一杯の文章です。
かっこいいページになっていてとても満足しています。
カラー全4ページ!
読んでください!
良かったら感想ください!
よろしく!
ゴング格闘技は10月23日(木)発売です。
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「ときどきキックアウト」は
女子格闘技をときどき応援しています。
posted by sasakey |01:53 |
女子格闘技 |
2008年10月18日
全日本キック後楽園大会へ行っていました。
メインとウェルター級挑戦者決定戦がすばらしかったです。
湟川vsプルボーの見所を
パンフレットで書かせていただいたのですが、
今のプルボーは、あと一歩どころじゃなく、
むちゃくちゃ怖い存在です。
高い位置にガードを構えてどんどん前に出て
自信まんまんに殴るヒジを振るうプルボーの戦法は、
ちょっと、やりづらいどころじゃない。
K-1ルールだったらあれはヴァージル・カラコダみたいに
なると思うんですが、キックボクシングだと
あそこからヒジを振れる。
ボディとか空くし、前に出て詰める分、
相手の攻撃をもらう可能性ももちろんあるんだけど
怖くないというか、それじゃ倒れない自信があるってことなのか。
止まらない分、ロー対策にもなるのかなー。
メイン、望月の気迫、すごかったです。
いつもよりさらにアゴを引いた感じで
丹念にローキックと右ストレート。
3R、かなりローきいてきたんじゃないか、ってところで
飛んだのが山内の前蹴り+ハイキックみたいな蹴り!
総合の、下から蹴り上げてKOになるような蹴り。
最近だとDREAMミドル級決勝戦の決着みたいな蹴り。
ヴァレリーキックのハイキックバージョン。
まともに望月をとらえた。
強かった。
見たことのない蹴り。それを持ってる山内の、
ふところの深さ。
敗れた望月が心配だった。
「この試合に全部賭けてきて、全て犠牲にして、やってきた。
何も考えられない。今後のこと、わからないです。
テクニックの差で、負けたほうがよかったです。
人間として持ってるものの差で負けたほうが、ショックが大きい。
どうやって勝ったらいいか、わからないです」
なんて返していいのかわからない。
そして、湟川と望月を一緒にして語っていいのかも分からないけど、
なにか、まだ、
2人には、2人の中それぞれに
「開けていない扉」
みたいなのが、あるのだと思う。
まだ、あると思う。
どうやって開けたらいいのか分からない。
だけど、まだ、あるように思う。
ふたりとも少し時代が違えば、王者になれていたかもしれない。
だけども今だった。
湟川に僅差の判定で敗れてから7ヶ月、
プルボーは勝つための道具を見つけてきたのだと思う。
山内裕太郎は、ジムでの練習だけじゃなく、
個人としても動いて自分を鍛え直すことで、
自分の中の扉をいくつか開いたのだと思う。
プルボー相手に斬るヒジで逆転を狙う湟川の勝ちにこだわる気持ち、
あきらめない気持ち、それでも届かなかった勝利。
望月が倒したくて勝ちたくて作戦を練って研ぎ澄ませてきた今日、
それでも届かなかったベルト。
とても残酷だ。だからこそ勝利というのは尊くて、王者は強い。
だけども望月も湟川も限界を見たとは感じない。
ただ何か、まだ、開いてない扉があるんだと思う。
普通に生きていればそんなもののことは考えなくていいはず、
上を目指すのでなければそんなもののことは意識することもなく
終わっているかもしれないはずの、
ほんの数ミリか数センチかの先にあるはずの扉。
絶対にあるんだと思う。
だから、もう少し手を伸ばしてほしい。
簡単に言うことなど出来ない、とてもとても長い数ミリか数センチだけれど。
勝利した山内裕太郎も、きっとその積み重ねで扉を開いて
見た者が驚くような、ふところの深さを手に入れたのだろうから。
そのための道は日々の練習の中にあるのか、
それとも、思いもよらないところから訪れるのか、
わからないけれど。
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「ときどきキックアウト」は
全日本キックボクシングをときどき応援しています。
posted by sasakey |15:37 |
キックボクシング |
2008年10月15日
10.13、新日本両国大会の巨大モニターすごかったです。
本火とかスモークとかも出てて、まさに「ドームクラスの演出」でした。
なんというか、新日本がこうして元気というか、
お金のかかったことやってくれるのは、いいなと思います。
新日本はやっぱりお金持ちであってくれないといけません。
セミで永田裕志が田中将斗に勝利。
ゼロワンのベルトが流出する結果となってしまいました。
勝ったのでまぁ何を言ってもいいと思うのですが
「ゼロワンマックス敗れたり!!」
という永田のマイク。
間違いじゃない。間違いじゃないですよ。
おっしゃる通りですからね。
間違いじゃぁないんですが
私がゼロワンびいきだからかもしれませんが
あえて言葉を選ばずに書くと
「なんかムカつく」
という感じを受けますよね。
邪道も外道も石井智宏も悪いことをしているのに
なぜか「本間帰れ」と言われる
G.B.H.の本間朋晃の例を出すまでもなく
観客の感情を動かし、なにか感じさせるというのは素晴らしいことです。
だから永田のマイクで
「なんかムカつく」
ということじたいが、すでに永田と新日本の手の平の上です。
だけどもなんかムカつく。
この言葉を最初に言ったのはZERO1-MAX後楽園大会で、
言ったのは2度目になるんですが、敗れたりって言い方自体が
そうそう言う言葉じゃないはずですよ。
言おうとしたり用意してたりしないと出てくる言葉じゃない。
うわぁムカつく。
一夜明け会見の言葉がまたもう全部イラっとくる。
「田中は強いし素晴らしい。それを破ったショックは大きいでしょうね。
それも俺が与えた刺激ですよ」
うわぁ(ry
「ゼロワンの選手を一丁前にしてやりたい」とか全部もう。
一丁前ってこれもなかなか言う言葉じゃぁない。
だけども新日本のファンからしたら頼もしいだろうし。
永田裕志という選手は、よくも悪くも
調子に乗らせておくのが面白い選手だとつくづく思います。
おそらくですけど、ご自身が考えている永田裕志と、
周囲が考えている永田裕志は少し異なると思うんですよ。
見ている側はそれを伝えたいのですが伝わらないのです。
だったらいっそ調子に乗っていてほしいのです。
上に書いた言葉にしてもですね、
「田中は強いし素晴らしい」の1行目でやめておいて
くれれば、ずいぶん受ける印象違うんですよ。
2行目を言ってしまうのが永田裕志なんですよね。
1行目でやめておいてくれれば、2行目は自然と見た人の
心に残るはずなんですけどね。
一丁前発言にしても、もちろん永田裕志と戦うことで、
ゼロワンの選手がさらに成長して欲しいと誰もが思っているのですが、
それを先に言われるとどうも感情の勝手が違います。
ゼロワンマックス敗れたりって言うのも、見た人なり記者なりが言う言葉であって、
試合直後に倒した本人が言うことじゃないだろうとは思うんですよ。
だけども、腹立つなぁと思いつつ試合を見ると、
こちらの想像以上に打たれ強いというところも、
これもまた永田裕志です。
おもしろい人がいい場面で白目とか卑怯きわまりないですし。
わかってやってるだろと。
こう書いたところで、しょせん伝わらないと思います。
伝わらないならもう10.30の佐藤耕平に託すしかない。
伝わらない思いを抱いているということは、
片思いをしているようなものです。
片思いさせるくらいの感情を抱かせて、
試合でなんとかしてくれと思わせるなんて、
だったらお前の試合はどうなんだと感じさせるなんて、
なんてよくできたプロレスラーなんでしょう。
ちくしょう。
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「ときどきキックアウト」は
永田裕志とZERO1-MAXの抗争の行く先をときどき気にしています。
posted by sasakey |05:42 |
新日本プロレス |
2008年10月09日
全日本キック11月8日後楽園大会の概要が発表されました。
全試合K-1ルール!
全試合K-1ルールの大会は、今年5月31日にも
新宿FACEで行われています。
そのさいはチームドラゴンとの対抗戦で、
全10試合中3勝7敗とボロ負けで、
当時応援サイトを作っていた私は、ふがいなさと悔しさに
むせび泣きながら会場を後にしたことを覚えています。
そして今大会。
今大会の大きなポイントは
・K-1ルール
・メインが桜井洋平vs山本元気
だと思います。
「K-1ルール? ケッ」と思っているキックファンは
全員桜井洋平と山本元気のことが好きなので
K-1ルールならいいやと背を向けてもカードを見て
「えっ? 」ともう一回振り向いてしまうという。
NJKFのエース桜井洋平はK-1ルールなんていう意味がなければ
他団体に出てくることもなかったはずなので、
だからこそ、対戦の実現に
あぁ〜キックルールで見たかったけどK-1ルールじゃなきゃ
できなかっただろうし〜ヒジヒザなしの洋平って〜でも元気が〜
と、あれこれ考えざるを得ないのだと思います。
(写真向かって左が山本元気、右が桜井洋平です)
K-1ルールについて、私個人の意見を言うと
私は全然いいです。むしろ見たいです。
全ムエタイルールより私はずっと嬉しいです。
って書くと「そっちのほうが時代に即してる」とか
「そっちのほうがメジャー」とか言って、キックファンはすぐに
巣穴に引っ込んでしまうんだけど、別に私は時代に即してるから
とかメジャーだからとかの理由でK-1ルールがいいって思っている
わけじゃなくて個人的に好きってだけなのにとギリリ。
自分がイヤなのはキックボクシングがK-1の下という
概念が、選手にも大会運営側にもある様を見ることです。
今回の大会タイトルが仮に「K-1登竜門」と称されていたら
私はめちゃくちゃ怒っていたと思います。
山本元気と桜井洋平の対決がK-1登竜門だったら
なんのためにキックを見てきたのかと。
それならキックなんて。あぁキックなんて。です。
でも大会タイトルは
「Krush! 〜Kickboxing Destrusion〜」じゃないですか。
まぁただ単にK-1って名称は使えないのかもしれませんが
破壊の刃は自分たち「キックボクシング」のほうに向いている。
それはK-1ルールに関わるってことの怖さを
自覚しているタイトルですよね。
というかK-1によってキックはすでに相当破壊されてもいるはず。
そう書くと谷川さんは悲しむかもしれない。
「僕、キックボクシングに何も悪いことしてないよ〜」って。
もちろん選手に活躍の場が増えたのも
潤うようになったのも、それはとてもいいこと。
だけど「キックじゃなきゃいけない」って思いが
K-1というかK-1 MAXの出現によって
「K-1ルールでもいい」って変わったのもまた事実です。
出れるかどうか分かんないのに
K-1出場をにらんで階級を変える選手がいたり
トップ選手がK-1に出て行って他団体の選手とK-1ルールで
対決したりすることが当たり前に起きている以上、
それはもう壊れていると取るしかないですし
じっさい魅力的な舞台だから出たいと思って当たり前だし。
それはお金とかじゃなく、動機、という根本の魂の部分を
いくつか持って行かれたようなものだと思う。
持って行かれたものはもうしょうがないし
選手はそれによって活躍をアピールする場が増えたのだし
K-1 MAXによってキックの扉が開いた人は数多くいるでしょう。
私もそうでした。
やや分かりにくく例えると
日本語が美しいと私は今でも思いますが
昔の人から見たら外国語が混じってて、とても日本語とは
言えないものを今の私たちは使っているはず。
だけど私たちは今の壊れた日本語を使うしかないし
私は今の日本語が好きだし
あえて「パねぇ」とか言ってみる遊びも好きですし。
キックボクシングはK-1によってだいぶ壊れたけれど
それでも残っているのも確かで
壊れた今だからこそできる表現というのも
今だからできる夢の対決というのもあって
それが次の11月大会なのではないでしょうか。
ただ、こんな時代であっても
絶対に俺は英語使わないと言い張る人のように
キックボクシングだけにこだわりつづける人も
私は面白いし芯が通っていて立派だと思いますよ。
私はK-1ルールの試合って好きなので
K-1に優しい見方をしていると思いますが、
結局ルールがなんであろうと
日本語が壊れていようと
大事なのは何を伝えるか、何が伝わるか
なんじゃないかなと思うし
試合の場合は、どんなルールでも
選手の生き様が伝われば、いいんじゃないのかなぁと
考えています。
キックであろうとK-1であろうとつまらない試合はつまらないですし
正直キックのほうがつまらないときはきついです。
K-1 MAXの登場によって
キックボクシングが壊されている という認識をふまえた上で
「Krush! 〜Kickboxing Destrusion〜」
というタイトルを見ると
いろいろ感慨深いものがあります。
「Crush! をあえてKにもじった」と
会見で金田会長は言っていました。
サブタイトルのキックボクシングはキックボクシングで
Destrusion は、破壊。
Kを壊すような大会なのか、
それともKのラッシュが押し寄せてくるという意味なのか、
Kにラッシュするという意味なのか。
キックボクシングが破壊されてしまうのか、
キックボクシングが破壊されてしまうとしたら何が残るのか?
山本元気と桜井洋平という
おそらくは現在キックボクシングファンが最も愛している
日本人キックボクサー2人がこのルールで対決することによって
キックボクシング界はどう変わるのか。
見終わった後に感じるのは
「キックルールで見たかった」なのか
それとも「このルールだから良かった」なのか。
この大会によってキックボクシングはもっと壊れていくかもしれない。
というか壊れていくでしょう。
だけど、それが時代なのかもしれない。
もしかしたら、
キックボクシングじゃなきゃいけないと言うものが見つかるのかもしれない。
ただのK-1ルール大会だと思って見ていたら
ただのK-1ルール大会以上のものは見えてこない。
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「ときどきキックアウト」は
キックボクシングとK-1をときどき応援しています。
posted by sasakey |15:18 |
キックボクシング |
2008年10月05日
佐藤嘉洋戦の後
魔裟斗を追いつめたのがアルトゥール・キシェンコ。
正直、アンディ・サワーに勝つとは
思っていなかったので驚きだったし
魔裟斗をあそこまで追い込んだというのも
驚きでした。
キシェンコは見たら分かる通りのかっこよさ。
顔に似合わずパンチが強い。
そして若い。来年の優勝候補筆頭。
1日大会のコメントルームには、ボッコボコの顔で登場。
ボッコボコの顔なのに「ダメージがあるようですね?」と聞かれると
「足が少しね」と。いや見た感じ一番は足じゃないだろうに。
質問がすべて出終わった後で
立ち上がろうとして、立てずにセコンドにすがりつきつつ
「御願い、誰か私を運んでください」と苦笑。
本当はもっとおしゃべりな方なのかなと。
通訳さんの言葉のセンスもあると思うのですが
ロシア系の選手はけっこう独特な言い回しをすることが
多いように感じます。
「一晩に3試合こなすのは大変ですが、準備はできています。
戻る道はないですから」
と、これは昨年のMAX前の会見の言葉。
戻る道はないですから、というのは
退路を断って、みたいな、ウクライナのことわざみたいな
ものなのかもしれませんが。
たしかこの日の会見、もしくは囲み取材で
祖国に彼女がいる、という話になり
それじゃー日本の女性ファンが悲しむでしょうね
と言われたキシェンコが
「えー。でも彼女のこと愛してるし……」
と返したそうです。女性ファン二重の意味で卒倒。
そして今年の抽選会では
城戸康裕から「この中で唯一抱かれてもいいかなと思った」
と謎のラブコールを受けて困惑したキシェンコは
「何と言っていいか本当に分からないよ……。
僕は城戸のことはあまり好きなタイプじゃないし
今まで生きてきて男性にそんな感情を抱いたことは一度もない」
と、あまりにもマジな返答。
前日会見でも、あいかわらずよく喋る城戸に呆れたキシェンコは
「こんなによくしゃべる対戦相手は初めてだよ(笑)。
僕はみんなに何を言えるかな。みんなに成功を祈ってあげたいけど、
とくに城戸へ成功を祈ってあげたいね」
と笑顔。城戸も嬉しそうに笑顔。
城戸との一連の会話(※城戸が一方的に話し、困惑するキシェンコ)は
キシェンコの魅力を多くの人に広めたのではないかと思います。
城戸は喜怒哀楽が激しくて、これはこれで素晴らしいです。
キシェンコとの試合も、コメントで笑いを取りつつ盛り上げて、
敗れた後は、前に出られない自分に涙をみせていた。
10.1では
「腹立たしいっすね。戻りたいです、1R前に。
何が効いたっていうか、何も効いてないです。
もったいないです。本当にもったいない。もっとやりたかった」
と、ひたすらに後悔して、最後は
「まだまだ、まだやります僕は。まだ25なんで。
見捨てないでください(笑)。いい仕事するんで、お願いします」
と、場の空気を和ませてさわやかに去っていった。
キシェンコのほうが今のところかなり先を言っていますが
この日のあっけない悔しさを胸に、城戸がもっと頑張ることができたなら、
いつか、来年か再来年か、またその次か、
城戸とキシェンコがリングでまた対峙するときが
来ると思います。
その時は、城戸の涙も、キシェンコの笑顔も、
組み合わせ決定抽選会や会見で苦笑したりしあったことも、
魔裟斗にキシェンコが敗れたことも、その日の大会で
城戸が初めて顔を切られて縫ったことも、
全部含めて、言葉の壁を越えて、
互いが成長した互いを感じあうのでしょう。
どんな顔をして城戸はキシェンコを見るのか。
そしてキシェンコはどんな顔をして、城戸を見るのか。
いまキシェンコと城戸を知っている人は、
その時の2人が笑顔であっても、険しい顔であっても、
それぞれに思うことがあるはずです。
思い返す時代を持ちながら試合を見られることは、とても貴重です。
そしてその時の自分がどうしていたかさえも感じながら
試合を見ることができる。
彼らを見ていた、ただそれだけのことでも、
観客ひとりひとりの、かけがえのない財産になるのです。
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「ときどきキックアウト」は
K−1 MAXもときどき応援しています。
posted by sasakey |02:17 |
K-1 |
2008年10月02日
10.1のK-1 MAXはコメントルームにずっと居ました。
合間合間でけっこう試合も見れました。
魔裟斗の根性すごかった!!
佐藤嘉洋もすごかった!!
K-1甲子園さわやかだった! 日下部竜也すげー!
そしてコヒはコヒでした。
勝つまで改名すればいいのではないかと個人的には思います。
コヒはともかく、この日のコメントで印象に残ったことを書きたいと思います。
敗れた佐藤嘉洋の言葉の中に
「僕だって盛り上げたいんですよ」という言葉がありました。
試合前の、激しい挑発合戦は見物でした。
「アイツなんかに俺が負けてみ? K-1終わっちゃうよ?」
これは試合の煽りVの中で流れた魔裟斗の言葉。
たしかに魔裟斗は誰よりもK-1 MAXを背負っていて
魔裟斗はおいそれと負けるわけにはいかない。
だけど
「でも、僕だって盛り上げたいんですよって。
いま僕はK−1に生かされてるんだし」。
佐藤だって、自分が支えることが出来るならと思ってたんだ、と。
当たり前のことを感じました。
私は、かつて全日本キックに居て、やや強引にそこを抜けていった
佐藤のことが、あんまり好ましく思えない時期がありました。
辞め方もそうでしたけど、ずっと何か、
自分の存在さえも持て余しているように見えてて、
そのくせ自分が何をしたいかは言わないように感じていたのです。
だけど、今回の舌戦、試合を経て、敗れて、
そのうえでコメントルームにやってきて漏らした
「でも、僕だって盛り上げたいんですよ」という言葉は、
ちょっと何か、佐藤のことが見えた気がする言葉でした。
人を支えるのは
「自分が、何かの役に立っている」という意識だと思います。
自分がやりたいから、と言う動機で最初はなんでも始めるのでしょうが
それを継続させるために必要なのは
自分が、なにかの役に立っている、と思わせることなのでしょう。
そしてそれは選手だったら
「あなたの試合が見たい」
と、思われることなのではないでしょうか。
だけども人からそう思わせるというのは大変なことです。
そんなことを思わせる選手というのはすごく少ない。
そのために必要なのは、勝ち続けて、面白い試合をし続けることしかない。
佐藤は、最初まったくK−1で居場所がない選手でした。
だけど、結果を出し続けることで、ようやく認められて、
ブアカーオ戦、魔裟斗戦で、
人から見たいと思われる試合のリングに立った。
そして最後の最後に、すべての記者からの質問が終わった後に、
佐藤は「本当は優勝して言うつもりだったんですけど」と前置きして、自ら
「NJKF、全日本キックで海外遠征をずっとやってきました。
こうして日本で一番K−1が盛り上がるときに
主役のひとりになれたっていうのは、NJKF、全日本キック、
海外遠征の時に助けてくださった皆さんが
居てくださったおかげだと思ってます。
各団体の皆さん、育ててくださってありがとうございました」
と言いだした。
背を向けてきたからこそ、本当はずっとそれを言いたかったのかなぁ、と。
言える自分になりたかったのかなぁ、って。
前回のブアカーオ戦、そして今回の魔裟斗との試合で、
佐藤は、K−1を支える側に「なれた」ことで、
ようやくそれが言えるようになったのかなぁ、って。
だけど本当は、優勝して言いたかったとも言っていた。
優勝することが本当の恩返しだと考えていたのならば。
優勝することで、自分の歩んできた道が正しかったと証明したかったなら。
その悔しさときたら。
そして勝利した魔裟斗。
魔裟斗だってそもそもK−1に来たときは
自分の居場所が全くない人だった。
そこから自分で勝利を積み上げていくことでMAXを作り上げた。
「俺は天才でも何でもないし、99パーセントの努力です」
自分の努力で、自分の存在、自分の力を必要とされるようになった。
それはとてつもなく大きい財産。
判定には納得していますか、の問いに
佐藤が言った言葉は
「しょうがないですよね。自分が弱かっただけです。
自分が強ければ、もう一回ダウンをとってKO勝ちしていたはずなんで」
でした。
ほんとうに酷だけど、これも事実。
佐藤はきっと長いこと、もしかしたら一生、
今日の3Rで重ねてダウンを獲れなかったことを後悔するのだと思います。
後悔しないようにするには、この敗北を大きな物語のヤマにすべく、
次にでっかく勝つしかない。
そして魔裟斗は、とにかく今日を頑張り抜いたことを
宝として生きていくのでしょう。
私はしがないフリーライターにすぎませんが
なにかにくじけそうになったときに
「ここはもしかして人生におけるあの3Rじゃないのか」
と考えて、頑張り抜くべきところでは頑張り抜ける強さを持とうと決めました。
どんなに苦しくてもそれはあの3Rだと思えば、当然なのです。
そこで頑張らなかったら後悔することになるのです。
苦しくても凌ぐだけじゃなくて、これまで以上のことを
やらなければならないときが、誰の人生にもきっとあるはずです。
魔裟斗と佐藤嘉洋の、濃密な人生の一日を見届けられたことを、幸運に思います。
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
K−1 MAXもときどき応援しています。
posted by sasakey |04:29 |
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