2009年01月23日

谷川プロデューサーの言葉(※11年10月22日補足)

K-1 MAX2月大会の追加カードが発表された21日の会見。
この日発表されたのは
佐藤嘉洋 vs セルゲイ・ゴリアエフ
上松大輔 vs 渡辺一久
の2カードでした。

ゴリアエフは『戦極』で五味隆典を倒した選手。
ムエタイをベースに持つ総合の選手ということで
大晦日のK−1ファイター全敗という流れを受けた
「K−1vs 総合」の、1カードですね。

上松も、ボクシング出身の渡辺が相手ということで
同じく他流試合と位置づけられているようです。

会見後の囲み取材で、谷川さんがおっしゃっていた言葉が
私にとって印象深かったので、そのことを書きたいと思います。

「格闘技はそもそも、他流試合なんですよ。
 他流試合が続いていくと競技になる。
 競技になると、他流試合は弱くなる」

当たり前と言う人もいるかもしれませんが
なるほど発言だなぁと。

今回で言えば
キックボクシングとボクシングとか、総合とK−1とか
そういうひとつの分野をやってきた人たち同士による
戦いがイコール「他流試合」ですよね。

ただ、これも続けていけばK−1という「競技」になる。

ほんとうに競技にはならなくても
他流試合の勝ち方という争いになっていく。

もしくは、やっている側は競技になっていくのに、
見ている側はイベント性を期待するという、
ズレが生じてくる。

毎回他流試合をやるってわけにはいかないし
他流試合のためには、「競技」をして
選手を育てていく時期がなくてはいけない。

どうしたって必要不可欠なんですが
このあと谷川さんが言っていたのは

「競技化すると、技術はあがっていくんですが、つまらなくなるんですね。
 ボブ・サップも、最初のメチャクチャな時のほうが強かったし、
 おもしろかった」

という残酷な発言でした。
そうなんですけどねぇ。

「上松君も佐藤君も優しいので、
 こういう試合でファイター人生を1回狂わせないと」

と、これまた残酷な発言もあり。
軽く言うなよって感じですけど
それをやらせるから
それをやるから
K−1というイベントが存在する価値があるし
K−1というイベントに出られるんだろうなと。

「他流試合」は対抗戦と言う言い方もできるはず。

ただそればっかやってたら
選手が壊れていくか
競技化していくかどっちかです。

ボブ・サップだって出来れば勝ちたいから
臆病になって前に出られなくなったところも
あると思うのです。

負けが続けば選手として使われなくなりますし
ダメージが蓄積すれば本当に壊れてしまいます。

選手がかわいそうだという声は良心的ですけど
そういうスタンスから谷川さんの発言を批判することは
簡単ですけど、そこで立ち止まって欲しくないです。

逆にじゃあ、つまらないイベントにお金を払いますかと
いうことでもあるんですよ。
「競技」をどう面白く見せるか、見せられるか。
もしくは、どう存続させるのか。

「他流試合」は存在からしてテーマがあるので
選手はモチベーション上がると思いますが
「競技」をどう面白く見せることができるか。
「競技」にどうテーマを見いだして伝えられるか。
もしくは他流試合でも競技でもないものを見つけるか。

それを考えるのはマスコミでもあり
主催者側でもあり選手でもある。
時にお客さんでもある。

そしてその全てが
自分以外の誰かが考えるべきだと
しているようにも感じます。

おもしろい発言だなと思って
突っ込んで考えてみたのですが
けっこう深いところへ足を踏み入れてしまいました。

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
谷川さんの発言にときどき注目しています。

posted by sasakey |02:26 | K-1 |
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