2011年11月05日

バトラーツの戦い

昨日のブログにも書きましたが
バトラーツの試合について
もう少し、書きます。

最後ですしね。

バトラーツの試合を語るとき
「熱い」とよく言われますが
私個人は、
「熱い」と感じたことは
なかったです。

すごい正直に言うと
バトラーツが熱いのではなく、あれで
当たり前だと思っていました。

きっと、この選手が内に抱えているものを
思いきり相手にぶつけたら
こういう試合になるのだろう、

それを立ち上がれなくなるまで
繰り返していたら、
こういう試合になるんだろう。

というものが、私にとっての
バトラーツでした。

それを「熱い」と表してしまうのは
私の表現では
すこし、違う気がしました。

私が最初に見たプロレスがバトラーツだったから
いつからか「そういうものだ」と思い込んでしまっていたのか
私がもともとプロレスを見る前からどうかしていたからなのか
分かりませんが、
そういう感じ方だったので、
バトラーツを「熱い」というのは、
分かっていても、よく分からなかった、
というのが、
いまだから言うことです。

「ひたむき」は分かります。
「感情がむき出し」も分かります。
そうだったなと思います。

「バカ」も、分かりますし、文章で使ったこともあります。
バカみたいだったからです。

相手を殴りたいからといって、そうそのまま
愚直に殴りにいくのもどうだろう

とか、

そうか、あの選手はもう立ち上がる力はないけど
悔しいからなんとかしようとして
あんなぶざまに、相手につかみかかったんだ

とか。

バカみたいだ、と思いました。

だけども、
きっと、そうやってバカみたいに戦っている様に、
どうにも惹きつけられて止まりませんでした。

そして、バトラーツの試合には
みょうに心地いいリズムみたいな
ものがあった、とも思います。

ただ、それも不思議なもので

「あの選手、まとめようと無理してんな」

みたいな試合のときには、見ている側が
なんか気持ちわるいリズムになったりもするのですね。

逆に

「みっともない試合だなぁ。必死なのは分かるけど、
 どうすんだろう、ここから」

みたいな展開の試合のほうが、
妙に、こっちを惹きつけるときがあった。
バトラーツなりの戦いのリズム。

リズムにはまったときのバトラーツの試合は、
おかしな話ですけど、
見ている側に「癒し」のような
感情を、くれたりもするのです。

全力でバカみたいに殴り合っている人たちがいる、
そうすることで何かを伝えたい人たちがいる。

そうした存在こそが、
ときに、どんなにやさしい言葉よりも
癒しになるときがある。

もしくは、バカみたいだなぁって思って
その瞬間を、楽しめればそれでいい。

バトラーツは解散しますが、
11月5日、新宿でまだ、観れます。

解散の日は、バトラーツらしいリズムの
これ以上ないほどにバカみたいな試合が
観られるはずです。

■格闘探偵団バトラーツ解散興行『Once upon a time BATTLARTS〜あの時を忘れない〜』
11月5日(土)東京・新宿FACE 開場17時45分 開始19時00分

<ダブルメーン最終試合 30分一本勝負」
石川雄規
池田大輔

<ダブルメーンその1 30分一本勝負>
澤 宗紀
スルガマナブ 

<セミファイナル 30分一本勝負>
田中 稔、日高郁人
臼田勝美、山本裕次郎 

<第4試合 20分一本勝負>
アレクサンダー大塚、竜司ウォルター
スーパータイガー、三州ツバ吉 

<第3試合 20分一本勝負>
小野武志、土方隆司
田中純二、真霜拳號 

<第2試合 15分一本勝負>
華名
雫あき

<第1試合 15分一本勝負>
矢野啓太
竹嶋健史


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2011年11月04日

バトラーツの解散

11月5日、格闘探偵団バトラーツが解散となります。

バトラーツの解散については
いろんなことを考えすぎていて
あまりうまいことばが出てきません。

私が一番最初に見たプロレスは
バトラーツのプロレスでした。

『PRIDE.10』をテレビで見たことが
私が格闘技に興味を持ち始めたきっかけですが、
そこから格闘技雑誌やプロレス雑誌を買いあさって
『紙のプロレス』を読んで
格闘探偵団バトラーツに興味を持って、
戸田競艇場で行われていたバトラーツを
観に行ったのが、一番最初に
ナマでプロレスを見た思い出です。

一番最初に見たカードは
石川雄規 vs junji.com(マッハ純二)でした。
つぎに見たのが女子プロレス提供マッチで
神取忍vs広田さくらでした。

はじめて見た試合は面白くて、
なんだろう、なんなんだろう、これは、
という気持ちになりました。

一緒に行った相手は
格闘技好きのプロレス嫌い、でしたが
試合を観て
「これって何なの?格闘技なの?プロレスなの?」
と、あきらかに戸惑っていました。

その後駒沢大会を観に行って
バトラーツに関する記事やインタビューを
読みまくって、気がつけば
私はバトラーツのファンになっていました。

一番最初に好きになった団体は
バトラーツでした。

並行して見はじめたZERO-ONEと
バトラーツが絡むたびに
ワクワクしていました。

石川雄規vs村上和成を夢中になって見てました。

そして
一番最初に嫌いになった団体も
バトラーツでした。

思い出すといまでも複雑な気持ちになるんですが、
ZERO-ONE(当時)の
『火祭り』騒動のゴタゴタです。

どうしても意味がわかんなかったです。
意味がわからなくて、言い訳を読むたびに
心が離れていきました。

ただ、それに対して
バトラーツの受けたダメージも
どえらく大きく、残酷なものだった
ように思います。

嫌いにはなっても、
そこまでひどいことになられるとちょっと、
という、複雑な気持ちでした。

2001年11月のNKホール大会で
バトラーツは一度幕を下ろしました。
その翌年、私はファンから
記者として、バトラーツを見る立場になりました。

バトラーツは「石川屋」という串焼きの店を開いたりしつつ
地元である埼玉・越谷に根ざした活動をはじめようと
していました。

02年には、DEEPのリングで
臼田勝美選手が長南亮選手に飛びヒザで敗れ
アゴをワイヤーで固めた生活を半年ほど強いられて
いたりと、踏んだり蹴ったりな
ことになったりもしていましたが

2003年から、バトラーツはプロレスの大会を行いつつ
レフェリーでありジムのコーチだった
井口摂選手が、GCMで連勝し
挑発しまくるマイクで会場を盛り上げたりも
しはじめました。

ほぼ、ゼロに戻った状態から
少しずつ、バトラーツが
息を吹き返すように動き始めていったのでした。

2005年10月、ビッグマウス・ラウドが旗揚げされて、
原学と臼田勝美が離れた。
練習生として吉川祐太がいた。
そして澤宗紀が正式にバトラーツの一員となり、
矢野啓太と及川千尋が加わった。

嫌いだった頃の嫌な気持ちは
どうしたって忘れられなかったけど、
それ以上に、見ずにはいられないものが
バトラーツの中に、生まれ始めていました。

いやだったことは、いやなままだけど
それを理由に見逃してしまうのは
あまりにも、もったいない。

いやなことは苦い味を残しているけど、
それでも、目の前で起きていることから
目を離したくないし、伝えたい

それでいいだろう、と思うようになりました。

トップに石川雄規がいて、
澤宗紀がいて、吉川祐太や矢野啓太や
及川千尋がいて、竜司ウォルターズがいて

池田大輔率いるフーテンプロが旗揚げされて、
原学(現・スルガマナブ)や大場貴弘
(アングロサクソン大場、というリングネームが忘れられない)や
小野武志らの試合が観られるようにもなって、
そこに飯伏幸太や伊藤博之や佐々木恭介らが
参戦して、戦いを見せてくれるようにもなった。

バトラーツやバチバチの戦いは
私には、やりたいことを思いきり
全身で、全力を使って相手に伝えたら、
そうなるのだ、という試合に見えました。

そのシンプルさが、とても心地よかった。

越谷の桂スタジオで大会が行われると
多くのお客さんがそこから石川屋に流れる雰囲気が
感じられて、このまま、そういう大会が続けばいいな、
と勝手に思っていました。

エロ社長という呼び名さえ持っている石川雄規が
PTA会長をしていると聞いて驚いたこともあります。

その後、バトラーツは
越谷の駅前開発にともなって道場を失い、
(当時、道場はホントに駅からすぐ近くにありました)
石川屋が無くなり、吉川が引退し、及川が寿引退して、
少しずつ、活動の規模を狭めていきました。

そして、今回の解散。

好きと嫌いの両方をいったりきたりしたから
バトラーツと名の付くものに対しては
どうしても特別に見てしまって
語ろうとすると
こうして長い文章になってしまう。

私が知っているときだけのことを書き出しても
分かるように、バトラーツの歴史は
いくつかに別れています。

私が書いていない、旗揚げから
両国大会までの期間こそ、バトラーツだと言う人も
たくさんいるでしょう。

解散するといっても
いつのバトラーツの話なのか。
終わるといえば、もう何回も終わっているはず。

だけど、

終わるんだ。

幾度切れ切れになっても、続いてきたバトラーツが、
ほんとうに、解散する。

残念だけれど、もう見られないのは悲しいけど、
燃やし尽くした、やり尽くした結果だというのは分かる。

だとしたら、
11月5日はキャンプファイヤーみたいに
心残りも何もかも全部燃やし尽くして、終わっていけるように。

その炎を、できるだけたくさんの人と、囲めますように。


■格闘探偵団バトラーツ解散興行『Once upon a time BATTLARTS〜あの時を忘れない〜』
11月5日(土)東京・新宿FACE 開場17時45分 開始19時00分

<ダブルメーン最終試合 30分一本勝負」
石川雄規
池田大輔

<ダブルメーンその1 30分一本勝負>
澤 宗紀
スルガマナブ 

<セミファイナル 30分一本勝負>
田中 稔、日高郁人
臼田勝美、山本裕次郎 

<第4試合 20分一本勝負>
アレクサンダー大塚、竜司ウォルター
スーパータイガー、三州ツバ吉 

<第3試合 20分一本勝負>
小野武志、土方隆司
田中純二、真霜拳號 

<第2試合 15分一本勝負>
華名
雫あき

<第1試合 15分一本勝負>
矢野啓太
竹嶋健史


そして、
キャンプファイヤーの実行委員長である澤宗紀は、
バトラーツの最後という炎を見届けた後で、
自分の選手生活にピリオドを打とうとしています。


■11月9日(水)後楽園ホール(午後6時半開始予定)
ZERO1 「YARISUGI FOREVER Ⅱ」

「YARISUGI FOREVER」〜澤 宗紀 引退試合〜
澤 宗紀 VS 日高郁人


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2010年02月09日

2.7のラストファイト・バトラーツ吉川祐太最終試合

2.7、川口・イサミアリーナで、
格闘探偵団バトラーツの吉川祐太選手
最終試合が行われました。

吉川祐太という名前を知っている人は決して多くはないと思います。
ですが、本当にいい選手でした。

彼の先輩であり、彼の最終試合となる今回の試合の発起人
澤宗紀は、吉川にタイトルマッチを直訴されたときのことを、
こう書いています。(澤宗紀ブログ「モテナイ・ドリル」より)

「この時、今の状況がぶっ飛ぶくらい気になったのは・・
 吉川さんの目!

 な・・なんてまっすぐな目なんだ・・

 オカマちゃんや戦争を体験した人達が吉川さんの事を「いい男ねぇ!」っていうのもわかるわ、こりゃ。

『火垂るの墓』の実写版でせつ子の兄を是非、吉川さんにやってもらいたい。

「せつ子、それ、おはじきやないか!」

 そう叫んでほしい。」

・・・そういう目力を持った選手です。
わかりづらかったですか。申し訳ない。

しかし『火垂るの墓』の実写版・せつ子の兄をやれるというのは同感です。
これは相当まっすぐじゃないと出来ない役だというのは、
想像していただけるのではないでしょうか。

そのくらいまっすぐな人でした。
陳腐な表現ですが「娘をやってもいい」と思えるような人柄といえば、
もう少し分かってもらえるでしょうか。娘、いないけど。

その吉川が「刀を研ぎ続ける、自分がバトラーツの一員として
納得できる練習を続けることができなくなったから」引退を決意した。

レスラーとして人前に立つということは、
いろんな評価を引き受けるということでもあります。

そのベースになるのがレスラーにとっては練習で、
吉川祐太はそれが続けられないと思ったから引退を決意した。

そうか、としか言いようがないです。
まっすぐな人に、納得しない生き方をしろといっても、
無理な話です。
ただ、とても残念です。

まっすぐな人が、変態社長(事実です)と、ランジェリーをつけた
変態レスラー(これも事実です)のいるバトラーツにいるというのは、
それはそのままバトラーツの奥行きにもなっていることだったので、
彼の引退は、彼の不在が残念なことだけでなく、
バトラーツにとっても残念です。

最終試合の紹介VTRで、「バトラーツの選手」という言葉が
繰り返し出てきました。

プロレスラーになって、「バトラーツ」という団体の旗を持ったことで、
吉川祐太は、その旗に恥じない男であろうと自分に命じたのだと思います。
だからこそ、引退を決めたのだろうとも。

試合前に吉川祐太は言いました。

「負けていいって思った試合は、ひとつもありません」

確かに、そういう試合をしていた選手でした。
彼の試合は何度も何度も見ていますが、
途中で心折れたなと思う場面は、一度もありませんでした。
だけど、だとしたら、
どれほどの悔しさを心にためてきたというのだろう。

ところでラストファイトは最終試合と銘打たれていた。
なぜなのか。

「引退試合だったら、また復帰してやろうと思うかもしれない。
 でも最終試合は、最後だからそこから先はない」

本人の言葉です。
最後までわざわざ自分を律して試合に挑んだ。

本人としては、12月6日の試合で最後と決めていたから、
もう試合はしないという心づもりだったようです。
だけど澤宗紀がやってくれとこの場を用意した。
「僕がやりたいんです。僕が吉川さんにさよならをしたいんです」

レスラーは唯一無二の存在を目指すものだけど、
ひとりでは戦えないのも確かで、
またバトラーツの旗を背負ってきたのは吉川ひとりでもない。

試合は、いつものバトラーツの試合のように、激しいものでした。
澤のパートナー、日高郁人の攻撃も熾烈をきわめました。
足への攻撃がえぐい。

澤が吉川を殴りながら「そんなもんか」「これでいいのか」と叫ぶ。

20分を超えて、澤のシャイニングを返して吉川が逆シャイニング。
澤をアームロックにとらえると、日高がその背を蹴ってカット。
ヒザをついた吉川へ澤がハイキック。
倒れた吉川をダウンカウント9でひきずりあげ、立てと要求。
立ち上がった吉川が日高、澤、さらに同コーナーの臼田にも平手。
最後の最後は、「祐太、ありがとう!!」の声と同時に伊良部パンチ。
大の字に吉川が倒れ、レフェリーストップで澤が勝利しました。

「最後の最後まで、容赦なく来てくれる先輩達とこういう試合が出来て、
 辞めていく人間に花を持たせるような甘いリングじゃなくて、
 本当に良かったです。

 短い選手生活でしたが、いっぺんの曇りも後悔もありません。
 それはこうやって僕を支えてくれた人たちのおかげです。
 僕はこのバトラーツのリングが大好きです。
 ありがとうございました」

10カウントゴングや引退セレモニーを拒否した吉川のために、
周囲が用意したのは「10カウントパンチ」。

バトラーツの後輩である矢野啓太や及川千尋からはじまり、
石川修司、小笠原和彦、竜司ウォルター、井口摂、
臼田勝美、日高郁人、そして石川雄規、最後に澤宗紀。
若干パンチでないものも混じっていましたが、とにかく10発。
引退する選手がボコボコになる様に拍手を贈った後に、
ラストコールを聞きました。

この日のリングでは、休憩時間に及川千尋選手が
リングにあげられ、挨拶を行っていました。
不意打ちであげられてしまった様子で、話してることはメタメタでしたけど、
「元気です」とのことで、ひとまず安心です。

セコンドとして声をはりあげていた及川選手は、
最後に先輩である吉川選手に向きあって、
顔を張って、なにを感じたのか。

そして10カウントパンチの最初の相手として
向きあった矢野選手は何を感じたのか。

「自分は○○です」と名乗ったとき、
そこから生じる責任をどこまで背負えるか。

短いか長いかは関係なく、どこまで本気でそれに立ち向かえるか。

本気で「バトラーツの選手」であろうとした吉川祐太は、
それによって本人の価値を高めただけでなく
バトラーツの価値も、その純度も高いレベルに引き上げていきました。

お疲れ様でした。
そして、いい試合を見せてくれてありがとう。


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吉川祐太選手のブログ「僕はばちばち進行形」
ご本人の写真を確認したい方も、ぜひこちらに。
写真だけでも、まっすぐそうだということは感じると思います。

posted by sasakey |13:35 | 格闘探偵団バトラーツ |
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2008年09月04日

8.31、もうひとつのタイトルマッチ

8.31は全日本プロレスで
王者・武藤敬司と挑戦者・後藤洋央紀による
IWGPタイトルマッチと
王者・諏訪魔と挑戦者・太陽ケアの
三冠タイトルマッチが行われました。

そしてもうひとつ。
北千住マルイ1010(せんじゅ)シアターで
NWAライトタッグのタイトルマッチがありました。

王者・日高郁人&澤宗紀が持つ
NWAライトタッグのベルトに
バトラーツの石川雄規と吉川祐太が挑戦したのです。

ここでは、その3つめのタイトルマッチについて書きます。

吉川の挑戦表明によって実現したこの試合。
吉川にとってはじめてのバトラーツのメインであり
はじめてのタイトルマッチでもあった試合でした。

バトラーツルールは
通常のプロレスルールと異なり
フォールによる3カウント決着がありません。

ですがこれはNWAタイトルマッチなので
当然プロレスルールで行われました。

しかし誰もフォールにいくことはなく
最後の最後まで相手の顔を殴り
相手を蹴り続けたのでした。

先発で出てきたのは澤と吉川。
平手と蹴りの応酬。
べつに3秒止まってたら死ぬとかいうわけでもないし
相手がそんなに憎いというわけでもないだろう
という打撃の応酬。

鼻血を出した吉川に
日高がローを放って膝を崩させてから蹴り、
掴んでイグチボム、
ヒザ蹴りの連打からローキック、ヒザ十字。
厳しい。

日高の攻撃で痛めた吉川の足を殴る澤。
これは痛い。

澤が吉川に極めたヒザ十字を
顔面へ渾身のグーパンチを放ってカットする石川。
そこまでしなくてもいい。

日高はもともとバトラーツの出身。
石川にとってみれば、時期は違えど3人とも自分の教え子です。
日高はもうバトラーツにいた頃の日高ではないけど、
だからといって否定する過去ではない。

石川へローを放ってソバット、
さらに石川の延髄斬りを野良犬ハイキックでカット。
ジャストのタイミング。

石川の技を読んで、あえて放ったハイキック。
そんなの分かってるんだ、
いつまでもそれをくらって倒れる自分でもないんだと。

倒れ、立ち上がる石川。
そして、まだまだ倒される石川雄規でもない。

最後は吉川が、澤の卍固めに捕まって敗北。

敗れて涙を流す吉川の頭を、笑顔でなぜて抱き留める石川。
勝ったけどフラフラの澤をなにやら怒鳴りつけている日高。

敗者と勝者の対照的な姿。

マイクを持った澤が

「今日はどうもありがとうございました。
 バカな上司、バカな後輩、バカな先輩に囲まれて
 僕はすごく幸せです!」

と挨拶し、最後は「1、2、3、ナーシャ!!」でフィニッシュ。

日高「40も過ぎてあんなバカな人(※石川)のもとを巣立って正解でした」
澤 「そして戻ってきたじゃないですか(笑)。もう、バカとしか
  出てこないですね。長生きする気ないんですかね、4人とも」
日高「俺は長生きしたいよ!(笑)俺はバカじゃないって信じてるんですけどね」
澤 「いや、バカですよ。俺はバカな人たちのところにしか行かない。
  大谷さんだって、バカですから!」

最後、澤に何を怒っていたのかを聞いてみました。

日高「おまえが勝ったんだから、先に立てって言ったんです。
  勝ったほうが先に立ち上がらなくてどうするんだって」
澤「いやぁ、見下ろすの慣れてなくて……(ゲップ)」
日高「おまえ、コメント中にゲップする奴があるかよ!
  もう、こんな団体2度とこない!(笑)」

石川雄規にも話を聞いてみました。

「今日は吉川が主役だね。自分は一歩引いてた感じだった。
 (最後は)よくやった、って。まだまだアイツの伸びしろはあるから。

 (日高は)すごい。さすがチャンピオンにまでなった選手だなって。
 坊主頭の時から考えたら、えらい成長ぶり。
 (ハイキックは)エグイことしやがる。ちゃんとアゴに
 入りやがったからね。

 (澤は)バカタレが(笑)。ちゃんと成長してやがる。
 いいことですよ。

 いいチームだよな。ゼロワンまで追いかけていくぜ!
 俺はしつこいからな。覚悟してろ!
 もう1回、引きずり戻してやる」

やるといったらやる人なので、多分本当に追いかけていくでしょう。

そして吉川祐太。

「日高さんも澤さんも、練習で普段手を合わせてて、
 正直、こういけば、こう攻めればとか思うときがあるんですけど、
 チャンピオンってのは、強さが増すんだなと分かりました。
 分厚い壁がありましたね。それを、崩せなかった。

 正直、応援してくれる人たちの言葉の中に、
 負けるだろうけどいい試合してねとか、
 負けるだろうけど頑張ってね、みたいな、
 ニュアンスを感じることがあったんです。
 でも、僕は本当に負ける気がなかった。勝って人生変えるつもりでした。
 今は、悔しさだけですね。
 自分のふがいなさが、悔しくてしょうがないです。

 試合前、リングで社長に『ベルトとりましょう』って言ったら、
 社長、ニヤッと笑って、うなずいてくれて。
 獲りたかった。
 でも、獲れなかった」

また、あのチームと戦いたいですか。
あまりにも普通な私の質問に
吉川は力強くうなずきました。

「当たり前です。しつこさがバトラーツのとりえなんで。

 僕がデビューする前って、原さんがいなくなって、
 澤さんも微妙な時期で、
 ちょうど、誰もいない時期があったんです。

 そのとき僕は、まだデビューもしてなかったけど、
 練習生としていたことに、意味があったと思うんです。
 うまく言えないけど、あのとき僕がいたことに、
 僕は、意味があったと思ってるんです。

 あのベルトが獲りたいです。
 NWAライトタッグのベルトを、社長と獲りたい。
 もちろん、あの2人から勝って獲りたいし、それがベストだと思います」

書いてみて思うのは、
試合はともかく、発言がバカなのは澤宗紀だけです。

というか、他の3人は、他人に自分のやっていることを
理解されるまで説明するよりも
自分がやりたいことを優先したいので
とりあえずバカってことでいいです、と理解を手放した感がありますが
澤は、わざわざバカになっている感じです。

ただどっちも「バカ」というカーテンをひくことで
人との間に一枚、壁を作っていることには変わりない。

バカのカーテンに身を包むことで得られるのは
「あいつらバカだからしょうがねぇよ」
という、暖かい無理解です。

だけど、そのカーテンの向こう側には
そう思われても守りたいような
どうしようもない戦いが潜んでいる。

バカという言葉は
そのカーテンをのぞきに来る覚悟があるのかという
問いかけでもある。

バトラーツというリングに上がるとそうなるのか。
それともプロレスがそもそも、そうさせるものなのか。

それとも自分のやりたいことをとことん追求すると
人は、自然とそのカーテンを引かねばならないものなのか。

だとしたら?

だとしたら。
そうでなくても。

あいつらはまぎれもないバカです、と書くのが正しい気がします。

sasakey-45592.jpg

バカのカーテンを引いてなにかを守ることは、
一歩間違うと、自分の殻にこもることにもなります。

王者組は、それに対する危機感を強く感じているように見えます。
だからこそ王者なのかとも、思うのです。

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posted by sasakey |03:50 | 格闘探偵団バトラーツ |
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2008年08月06日

及川千尋にびっくりした

及川千尋のことはずっと気になっていました。

及川千尋って誰か。
格闘探偵団バトラーツ所属の女子プロレスラーです。

バトラーツで女子選手がデビューしたと知って
見てみたい、と思ってきたのですが
昨日のZERO1-MAX芝まつりで
ようやく見ることが出来ました。

まだまだ試合は荒っぽいというか
神経が末端まで行き届いてない感じがしましたけど
彼女のことは忘れないと思います。

私は、及川千尋というレスラーのことが、なんか、うらやましいです。

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posted by sasakey |02:54 | 格闘探偵団バトラーツ |
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