2012年01月10日

テレビ向け格闘技を考える

テレビ向け格闘技というのは
言い切ってしまえば「異種格闘技戦」で、

“こんな面白い奴”と“こんな面白い奴”が戦う!
これだけ言い切っちゃってるから負けたら赤っ恥だ!

というものなのだな、と
ガチ相撲以降、めっきり増えてきた
というか、目に付くようになってきた
「芸能人対決もの」の番組を見ていて感じました。

前にスポーツナビのブログでも書きましたが
谷川プロデューサーが

「格闘技はそもそも、他流試合なんですよ。
 他流試合が続いていくと競技になる。
 競技になると、他流試合は弱くなる」

とおっしゃっていたことと
私の中でつながりました。
(その日のブログは →コチラ)

K-1は、というか
テレビ向けの格闘技は
他流試合であり、異種格闘技戦なのだろうと。

いまさらながら
昨年9月に放送されたガチ相撲には
いろいろ考えさせられるところがありました。

ツイッターではとりいそぎ

・テレビ格闘技を究めるとこの形になるのかなと思いつつ自分としてはM-1(漫才のほう)を見ていたような気持ちで楽しみに見てます。

・田村潔司選手に賭ける有吉氏の姿、というわかりにくいところで胸一杯でした。

・私はSASUKEとか筋肉番付とかM−1(漫才のほう)と同じものとしてしか見ていないですが、そういうものとしてとても面白かったです。>ガチ相撲 前に秋山準選手が筋肉番付で優勝候補の宮崎大輔に綱引きで勝ったときとかすごい燃えたなぁ。

というようなことだけツイートしていましたが

ガチ相撲や「ほこ×たて」とかを見ているうちに

「こういうことを芸能人にやられたら
 格闘技がいくらテレビ向けの
 カードを用意したとしても、出る幕が
 なくなってしまうんじゃないだろうか」

という不安も感じていたので
心から盛り上がることは
できなかったです。

対決番組そのものは、
格闘家の皆さんが世間の目にとまるチャンス
そして活躍の場を作ってくれて
ありがとうございます、という気持ちと

格闘家が「スゲー!」って言われているのを
見るのは嬉しいなぁ
というような気持ちがおり混ざったところに

勝利者予想で「田村」と書く有吉氏の姿を見て
感無量(※ガチ相撲) だったので

小さな不安などはあまり気にしないでおこう
と思っていたのですが
先日の「炎の体育会系TV」や
「TEPPEN」を見たあたりで

これは、格闘技的なものが
扱われているというチャンスではなくて

戦う人間の面白さ、対決までの心の動きや
ささいなエピソードを拾って盛り上げて行く
格闘技の手法や醍醐味を
芸能人同士の対決に奪われちゃっているという
ピンチ、なのではないか

と、感じ始めてきました。

K-1 MAXの中継などで昔
強引なキャラ付けを揶揄されたりしていましたが
格闘技そのものは
むしろ今、競技なり結果なりを
積み上げて行くチャンスの時なのではないか
と思っています。

消費されないためのものを作れるとき。

むしろ無理に世間向けのことをやろうとしても
多分しばらくはこの
対決バラエティブームみたいなものは
終わらないだろうし、またどうしても
比較されてしまうでしょうから
格闘技で無理にそういう対決を仮に今やっても、
痛々しいものになってしまうだろうな と。

そしてもしかすると
格闘技がテレビで流れないからこそ
こういう番組が必要になっているのかも
しれません。

だとしたら余計に
今後、テレビをあてにした
格闘技の盛り上がりというのは
難しくなるので
他流試合じゃなく競技の面白さ
という面が、重要になっていくはずです。

テレビ格闘技にしても
続いていけばネタがなくなっていくし
ひとまわりすれば多分
反則をして勝ったりズルして負けたり
勝ちを狙ってイマイチになったりという
競技とのジレンマが浮かんでくる可能性が
あるので、そういうときに
格闘技がブレずに格闘技していれば
スッキリと多くの人に
受け入れられるのではないでしょうか。

テレビ格闘技の影響をへんに残したまま
芯を貫けずに衰退していくというのが
いちばん見たくない図です。

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
格闘技とテレビ格闘技をときどき応援しています。

posted by sasakey |21:36 | K-1 |
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2010年12月12日

ピーター・アーツの言葉

昨日はK-1 WORLD GPでした。
コメントルームにおりました。

優勝はアリスター・オーフレイム。
たいへん強かったです。

しかし昨日の主役はピーター・アーツでした。

アーツはいつのまにこんなにかっこよくなったかなぁ
と思います。
いや、K−1ブームを支えたひとりであり
久保優太選手や藤原あらし選手といった
アーツに憧れてキックを始めた選手を多く生み出した
たいへんかっこいい存在であるのは
もちろんなのですが、
正直に言えば、数年前は
あんまりかっこよくなかった時期があったように思います。

年齢を重ねているアーツという選手を、自分で受け入れていなかった
ように見えました。
無理に、昔のアーツを再現しようとしているような。

いつから今のアーツになったのだろうと考えていくうち、
自分にとって印象的だった公開練習のことを思い出しました。

アーツは昨年から、トム・ハーリンク氏のもとで
ふたたび自分を鍛えています。

94年、95年とグランプリ連覇を成し遂げるなど、
暴君と言われるほどアーツが最強を誇っていた頃に
コーチをしていた存在のハーリンク氏。
当時のアーツは38歳で、11年ぶりにもういちど
若い頃に自分を教えていた人のところへ戻るというのは
たいへんなことだったと思うのですね。

そのことについて、昨年の3.28横浜アリーナ直前、
3月25日に行われた公開練習の場で、アーツはこう言っていました。

「原点回帰という意味合いもあるし、
 リングの上では精神的に強くなければいけない。
 トムのもとで練習していると集中して試合に取り組めるんだ。
 彼の練習はハードだが、精神的に強くなれる。
 最近の自分には、それが欠けていたと思う。
 長い時間が空いたけれど、彼とまた一緒にやることが出来て嬉しいよ」

このときはバダ・ハリのドタキャンにより
10日前に急遽決定したカードを受けたアーツでした。

「調整不足を理由にしたリタイアは恥ずかしいこと。
 ファイターとしての自覚の問題じゃないのかな。
 突然のオファーではあったけど、むしろ嬉しかったよ」

オファーを受けたのはK−1への愛情があったのかと聞かれ、アーツは

「そうだね。決まっていたカードは、メインに匹敵するようなカードだ。
 その穴を誰かが埋めなくてはいけないという気持ちがあった」

そうも言っていました。

いい話です。いい話ですが、この公開練習を報道するには
もうひとつ、フックが欲しい。
いや、専門誌とかならいいんですが、一般の人を惹きつけるには、
スポーツ紙に向けるには、もうちょっと。

そう思っておそるおそる、アーツに
「藤原紀香さんが離婚されたことをご存じでしょうか」
と(ビビリながら)聞いたんでした。

いい話から一転したのですがアーツは

「オーッ。そのニュースは聞いたよ。
 確かに残念なことだと思う。だけど、彼女みたいに
 素晴らしい女性なら、きっとすぐ次の相手が見つかるよ。
 彼女にとっても励みになるように、僕もいいファイトをしたいと思う」

と、非常にかっこいい言葉をくれたので、
わたしも安堵してそれを記事に書いたのでした。
試合は、ジマーマンにアーツが勝利し、
リングサイドの藤原紀香さんとも笑顔で会話していました。

ハーリンク氏のもとでもう一度練習をはじめたのは
今のアーツを作るひとつの転機だったのだな
と思います。

同時に、自分が年齢を重ねていることにもはっきり対峙し、
昔の自分じゃないということを受け入れた上で、
それでもまだ戦い続けるという覚悟を決めたから、
いまのアーツがあるんじゃないかと思うのです。


昨日、初戦で左ハイキックを見せた瞬間に、会場が大きく沸きました。
セーム・シュルトへ向かっていく姿を見て、さらに沸きました。
決勝のリングへ上がっていく姿には、無理だと分かっていても、
手を合わせて祈りたくなるような、そんな何かが宿っていました。

試合後、勝利したアリスター・オーフレイムも
アーツに対し、こんな言葉で敬意を表しています。

「彼は本当に素晴らしい選手です。
 自分自身も心から尊敬できる存在だし、
 彼こそ、真のチャンピオンだと思います。
 世の中に存在するすべてのスポーツの、チャンピオンの中のチャンピオン。
 レジェンドとして、歴史に残る存在だと思っています」

アーツ自身は、ファイナルに向けてダメージが大きかったこと、
シュルト戦に焦点を絞っていたので、そこがファイナルだったら
良かったと語った上で、
アリスターとワンマッチでやりたいか?と聞かれ、

「もちろん、いつでも。
 アリスター選手とだけでなく
 どんな選手とでも、試合をしたいと思っているよ」

と、答えたのでした。

その後、報道陣から大晦日についての質問もあったのですが、
いやそれはさすがに無理だしダメだろと皆思っている中
アーツは「ホリデーをとって、家族と過ごしたい」と苦笑しつつも
「オファーがあれば考える。ケガのリカバリもあるから、
 そこも考えたいと思う」と、あくまで完全な否定はしませんでした。

ファイターに無理を強いることを是とはしたくないですけど、
名前のある選手のカードを安易に組むことも是とはしたくないですけど、
何より、今のアーツに今年の大晦日へ出て欲しいとは思っていませんけど、
むしろ休んで、家族と過ごして欲しいと思っていますけど、

それでも、あれだけのダメージがあっても
自分の存在を求められるならそれを受けようとする姿には、
いつでも、何かあれば自分を頼れと言わんばかりの姿には、
王者でありながら、最大限の言葉で彼を称した
アリスターの気持ちが、わかるような気がしました。

そしてそれは、スポーツとしての王者ではなく、
なにか、別の世界の王者であるような。

そういった存在を、どう表現すればよいのだろう。

sasakey-209625.jpg

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K−1とピーター・アーツをときどき応援しています。


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12/17、女子格闘技ジュエルスさんの後楽園大会で
「殴る女たち」の販売をさせていただく予定です。
よろしく御願いします!!会場でお会いしましょう−。
詳細は個人ブログをご覧くださいませ。
「日刊佐々木亜希(仮)」


posted by sasakey |14:43 | K-1 |
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2009年05月25日

我龍真吾の逮捕……

我龍真吾選手が、5月23日、渋谷区の路上に止めた乗用車内で
大麻2グラムを隠し持っていたため、
大麻取締役法違反で現行犯逮捕されたとのこと。

・サンスポ読売日刊

一報を聞いて、一番最初に思ったのは
我龍選手の子供たちのことでした。

彼は見て分かりやすい不良キャラだけど、
実は「いいお父さん」の真吾パパとしても有名でした。
試合に勝って、子供を前にニコニコする顔とか
試合に負けて控室で謝る姿とかが、印象的でした。
連れ子さんをあわせると8人いたはず。

なんでだよー、もう。
それは、嘘じゃなかったはずなのに。
それもそれで、ずっとやり通してきたことのはずなのに。

今までやってきたこと全部が否定されてしまう。
もったいなさすぎる。
残念すぎる。

秒殺KOがテレビ放映された時、当時のブログが
炎上しかけたけど、そのコメントひとつひとつに
真摯に返事を書くという
バケツ消火のような形で沈静させたという伝説からも
真面目な人だったというのは分かる話なのになぁ。

バランス崩さないで欲しい。
試合に負けてもいいから、こういうことに負けないで欲しい。
我龍選手が負ける姿は正直何度も何度も見てきたけど、
いままでで、一番かっこわるい負けだ。

ファイターは、自分の誇りと、
戦ってきた歴史を大切にしてほしい。

ファイターじゃなくても。

負けたら、立ち上がって欲しい。
誰も見ていないとしても。

posted by sasakey |14:52 | K-1 |
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2009年04月19日

山本優弥のイム・チビン戦

K-1 MAX FINAL16がもうすぐ。
小比類巻太信欠場により
準優勝の山本優弥が本戦出場となりました。

先日行われた公開練習の記事を見ると

「山本優弥が憧れのイム・チビン越えに挑む」

的な取り上げ方になっていましたが
これもこれで本当ではあるんでしょうけど

多分、それだけではないだろうと思うので、
試合に向けて、山本優弥本人から聞いたことをもとに
私なりの見方を書いてみたいと思います。

まずはやはり日本トーナメントが終わった後のことを
聞かなくてはなりません。

「結果よりも、自分がやったことをたくさんの人に見て貰えたこと、
 そのことについてどう感じたかを、
 いろんな人に言ってもらえたことが嬉しかったです」

とのこと。

最近はじまったブログのタイトルも
「みんなのおかげじゃけ〜」な山本優弥。

取材の時にはいつも、周囲の人や
ファンに対する感謝の言葉を聞いています。

そもそも、日本人トーナメント参戦前、
クリストフ・プルボーに敗れた後は
選手を辞めるということさえ、頭にあったと言います。

全日本キック内でベルトを失ったばかりの
山本優弥がメンバーとして選ばれるということは、
K−1はK−1というエンターテインメントであって
キックボクシングの上位概念ではない
ということの証明でもあるのですが
まぁそれはおいておいて。

でも山本優弥だったわけですよね。
そして、大会がああなったということは
そのチョイスは正解だったということでもある。

本人が思うよりも山本優弥の存在は
まだ、価値があった。

いやな書き方してますね。でもそういうことですよね。

では準優勝という結果にはどう思うのでしょうか。
あそこまで行けて満足なのか、
それとも決勝で負けて悔しいのか。

「いやいや、悔しいですよ。
 自分、いつもなら練習でやったことができれば、
 負けても勝っても、良かったんですよ。

 でも、今回は絶対勝つって決めてたんで。
 内容はどうでもいいから絶対に勝つって決めてたんで。

 決めたら、それが達成できないのは
 悔しいのは、分かってたんで。

 準優勝って一番中途半端で、いやですよ。
 家に帰ったらトロフィーあるけど、
 準優勝の記念なんか、いらないですよ」

だそうです。

日本トーナメントの山本優弥は、すばらしかったと思います。
すばらしかったですが、
それは、本人からすると、

「あんまり人に見せたい山本優弥じゃない」

ものでも、あったそうです。

「根性で殴り合うような試合は魅力を感じない。
 やろうとすれば、やれることなんで。

 自分としては、かっこよく技を出したいというのが一番。
 それが出ることは、本当は避けたかったんです。
 自分としては人に見せたいものでもない。

 いい試合だったっていう意見はありがたいんですけど、
 自分では、もう一回試合を見返そうという気にはならない。
 素晴らしいっていうのじゃ、ないですね」

でも、そういう試合が求められているのも分かる。
周囲の人に恵まれて、自分がチャンスを与えられているのも分かる。

以前も書いたことですが、ガツガツしてないですね。
これはまぁ

「山本優弥が憧れのイム・チビン越えに挑む」

的な記事になりますよね。
そう書くしかない。

山本優弥にはガツガツした「天下獲ったる」的な思想はない。
かといって、キックボクシングをやりたくないかといえば、
そうじゃない。

煮え切らないといえば煮え切らないのですが
20代ってそういうものかな
といえば、そういうものだとも思います。

ただ、

「いただいたチャンスだから生かしたい」
「応援してくれる人のためにも頑張りたい」

そんな言葉だけを見ていたら
煮え切らないなぁとも思うのですが
そういう言葉で、山本優弥は
自分をセーブしているようにも感じます。

だって負けたら悔しいわけだし。
悔しいからこそ、勝ち負けじゃなくて、むしろ、
自分の動きをするってことに重点を置いているわけだし。

そして、準優勝という結果ながら
次に上がるチャンスに恵まれたというのは
ある意味、もっとも山本優弥の
モチベーションを上げる形だったのではないか、
とも思うのです。

優勝してたら、やりきったと思って
フェイドアウトしていたんじゃないかと思うんですよね。

まだ叶わない何かがある、それでも次がある、
という、有る意味
もっとも頑張らなきゃいけない環境にあることこそ、
山本優弥が強運だということの証ではないんでしょうか。

さて、今回、山本優弥の対戦相手となる
イム・チビンは02年に全日本キックの
ライト級トーナメントに参戦。
小林聡をKOして驚かせています。

その後、05年5月のK-1 MAXに参戦。
当時は「韓国の魔裟斗」というキャッチフレーズでした。
韓国では大人気で、ファンクラブは
1万人の会員がいたそうです。
本当かよ。

ライト級時代はともかく、K-1に出ているイム・チビンは
私には、なんか固くて技術も根性もあって
やりにくそうなファイター という印象です。
相手の攻撃をかわすのがうまい。

「韓国の魔裟斗」というキャッチフレーズについて
どう思うか、と当時取材で聞かれたイム・チビンは

「魔裟斗こそ、韓国では
 “日本のイム・チビン”と呼ばれている」

と、わりと気の利いたことを言っていました。

そして、魔裟斗vsイム・チビンがメインとなった
この2005年5月4日大会こそが
山本優弥がオープニングファイトで
城戸康裕に判定勝ちして
史上最年少(※当時)のK-1デビューを果たした日でもあります。

山本優弥本人は

「いろんな人が引き寄せてくれた運でここまで来た」

と言いますけど

オープニングファイトで戦ってた選手が
メインで戦ってた選手に追いついた
という事実を考えると
けしてそうじゃないとも思うんですよね。

やりたくないこと、自分では自分の良さだと思わないこと、
そんなことをやることで
自分のやりたいことや
自分自身が見えてくるような時期は
誰にでもある。

そう考えて、行き着く先を含めて、
通過点としても、到達点として見ても、
楽しみな試合だと思います。


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K-1 MAXと山本優弥選手をときどき応援しています。

posted by sasakey |01:07 | K-1 |
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2009年04月03日

魔裟斗の引退

魔裟斗選手の引退が発表されました。
びっくりしました。

どんな選手のことも引き留めたいけれど
魔裟斗の場合は
仕方ないかな という気持ちになります。

それだけ、やってきたことがすごすぎるし
しょうがないよなぁと。

魔裟斗を悪く言う人に会ったことがありません。
それはマスコミでも関係者でもファンでも。
プロレス側の人であっても
「魔裟斗はすごいと思う」
と、みな口を揃えて言います。

魔裟斗「は」すごい、というのが、
その人その人が大事にしているものや
その人が本来好きな選手を守る方法なのかもしれません。

たとえばプロレスファンの人が
「魔裟斗はすごい」と言うときは

「他の格闘技選手はともかく、魔裟斗のことは認めざるを得ない」

というニュアンスで言っているのでしょうし
K−1が嫌いな人が言うときも同じでしょう。

「K−1は嫌いだけど、魔裟斗のことは認めざるを得ない」

というニュアンスのはず。

とはいえそうやって認めざるをえなかった選手であって。

魔裟斗選手のおかげで、試合のチャンスが増えた選手や
魔裟斗選手のおかげで、選手として食べていけるようになった選手、
たくさんいると思うんですよ。

ジャンルを突き抜けてヒーローになった人という意味で
私たちは、時代を象徴するような選手を
今年いっぱいで失おうとしているのかもしれません。

そして今年いっぱいで、あと2試合で引退という魔裟斗。

「もうやめる」といって引退するのは
立場上、出来なかったのかもしれないけど
今年いっぱい、魔裟斗が試合をするということは
最後の最後に、魔裟斗は今年いっぱいは
K−1 MAXを生きのばさせてくれる
ということでもあると思います。

いつまでも「魔裟斗はすごい」と言わせていてはいけない。
リミットは、今年いっぱい。

そして魔裟斗はこのままファイターを続けていたら
おそらく、名も無き強豪に敗れたり
若い選手の踏み台となるような
望まない戦いをしたりしなくてはいけなかったりも
したでしょう。

優勝して引退を決めた魔裟斗は
最後の最後に、勝ち逃げという手段を選ぼうとしているとも言える。

それに逆らった、本人いわく「かっこつけ」の“反逆のカリスマ”を
誰かが、止めることは出来るのか。

もしくは、このまま伝説になってしまうのか。
その後は、何が残るのか。

引き留められないと冒頭では書きましたが
大がかりなエイプリルフールだったらいいのにな
とは、思いました。

だけどそんなことはやらないであろうから魔裟斗は魔裟斗であって、
どんな人にも一目置かせる存在感があった。

魔裟斗を同時代で見ていられたことは、幸福だと思います。


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posted by sasakey |00:49 | K-1 |
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2009年01月23日

谷川プロデューサーの言葉(※11年10月22日補足)

K-1 MAX2月大会の追加カードが発表された21日の会見。
この日発表されたのは
佐藤嘉洋 vs セルゲイ・ゴリアエフ
上松大輔 vs 渡辺一久
の2カードでした。

ゴリアエフは『戦極』で五味隆典を倒した選手。
ムエタイをベースに持つ総合の選手ということで
大晦日のK−1ファイター全敗という流れを受けた
「K−1vs 総合」の、1カードですね。

上松も、ボクシング出身の渡辺が相手ということで
同じく他流試合と位置づけられているようです。

会見後の囲み取材で、谷川さんがおっしゃっていた言葉が
私にとって印象深かったので、そのことを書きたいと思います。

「格闘技はそもそも、他流試合なんですよ。
 他流試合が続いていくと競技になる。
 競技になると、他流試合は弱くなる」

当たり前と言う人もいるかもしれませんが
なるほど発言だなぁと。

今回で言えば
キックボクシングとボクシングとか、総合とK−1とか
そういうひとつの分野をやってきた人たち同士による
戦いがイコール「他流試合」ですよね。

ただ、これも続けていけばK−1という「競技」になる。

ほんとうに競技にはならなくても
他流試合の勝ち方という争いになっていく。

もしくは、やっている側は競技になっていくのに、
見ている側はイベント性を期待するという、
ズレが生じてくる。

毎回他流試合をやるってわけにはいかないし
他流試合のためには、「競技」をして
選手を育てていく時期がなくてはいけない。

どうしたって必要不可欠なんですが
このあと谷川さんが言っていたのは

「競技化すると、技術はあがっていくんですが、つまらなくなるんですね。
 ボブ・サップも、最初のメチャクチャな時のほうが強かったし、
 おもしろかった」

という残酷な発言でした。
そうなんですけどねぇ。

「上松君も佐藤君も優しいので、
 こういう試合でファイター人生を1回狂わせないと」

と、これまた残酷な発言もあり。
軽く言うなよって感じですけど
それをやらせるから
それをやるから
K−1というイベントが存在する価値があるし
K−1というイベントに出られるんだろうなと。

「他流試合」は対抗戦と言う言い方もできるはず。

ただそればっかやってたら
選手が壊れていくか
競技化していくかどっちかです。

ボブ・サップだって出来れば勝ちたいから
臆病になって前に出られなくなったところも
あると思うのです。

負けが続けば選手として使われなくなりますし
ダメージが蓄積すれば本当に壊れてしまいます。

選手がかわいそうだという声は良心的ですけど
そういうスタンスから谷川さんの発言を批判することは
簡単ですけど、そこで立ち止まって欲しくないです。

逆にじゃあ、つまらないイベントにお金を払いますかと
いうことでもあるんですよ。
「競技」をどう面白く見せるか、見せられるか。
もしくは、どう存続させるのか。

「他流試合」は存在からしてテーマがあるので
選手はモチベーション上がると思いますが
「競技」をどう面白く見せることができるか。
「競技」にどうテーマを見いだして伝えられるか。
もしくは他流試合でも競技でもないものを見つけるか。

それを考えるのはマスコミでもあり
主催者側でもあり選手でもある。
時にお客さんでもある。

そしてその全てが
自分以外の誰かが考えるべきだと
しているようにも感じます。

おもしろい発言だなと思って
突っ込んで考えてみたのですが
けっこう深いところへ足を踏み入れてしまいました。

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谷川さんの発言にときどき注目しています。

posted by sasakey |02:26 | K-1 |
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2008年12月07日

K-1 GP準決勝までのバダ・ハリ

12.6はK-1 GPでした。
会場に居て地上波を見ていないので
どんな放送だったのか分からないのですが

準決勝までのバダ・ハリは本当に素晴らしかったです。
めっちゃくちゃ格好良かったです。
というか決勝までは大会として完璧でした。
燃えましたー。

会場人気はバンナ、アーツ、ハリが凄かったです。
第1試合がアーツvsハリで
アーツ相手にスピードでも打撃でも強さを見せて勝利して
そのくせ終わって正座して一礼。

サキとカラエフのスピード対決、とか
バンナの正座して迫り台から登場も負傷で敗北、とか
あと、セフォーの大巨人狩りもすごかった。
体が小さくても全く臆してない戦いぶりは感動ものでした。
マヌーフはあんなの総合のグローブで闘わせてちゃダメでしょと。
危ないでしょうと!

準決勝、ハリvsジマーマンでは、ジマーマンの準々決勝に続く
相手に試合ペース握らせておいて不意打ちって戦いかたが再び炸裂。
そこから逆転してダウン奪い返して
しかも最後右ストレートでぶっ倒してKO勝利!
スタンディング・オベーションでした。

続く準決勝第2戦ではレミーがフライング・ミドルキックで勝利。
サキ曰くどうも骨折の疑いが強いようです。

ここで休憩。
バダ・ハリが神懸かってるけど、ダウン取られてるし、
レミーはほぼノーダメージだし
戦い方を考えたらやっぱりレミーが勝つのかなぁ。
なんてことを考えている中、場内には控え室映像が。
固い表情のレミーに対し、横顔を映されても平然としてるハリが
パッとカメラへ向き直ってパチンとウインク。
GP決勝を前にその余裕ぶり!!

……やられました。
会場もどよめきましたし、私も動揺しました。
桜庭和志vsホイス・グレイシーの時の
ロープ際の桜庭がホイスの腕取ったままでカメラ見てニヤリ、
を思い起こさせるような、名シーンでした。

あのまま、メインで何もなかったら、
バダ・ハリはヘビー級の魔裟斗になっていたと思います。

ここまでのバダ・ハリは、本当にかっこよかったです。

sasakey-59740.jpg

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K−1とバダ・ハリをときどき応援しておりましたが
さすがに今日ばかりは何と言っていいかわかりません。


posted by sasakey |03:46 | K-1 |
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2008年10月05日

アルトゥール・キシェンコと城戸康裕

佐藤嘉洋戦の後
魔裟斗を追いつめたのがアルトゥール・キシェンコ。

正直、アンディ・サワーに勝つとは
思っていなかったので驚きだったし
魔裟斗をあそこまで追い込んだというのも
驚きでした。

キシェンコは見たら分かる通りのかっこよさ。
顔に似合わずパンチが強い。
そして若い。来年の優勝候補筆頭。

1日大会のコメントルームには、ボッコボコの顔で登場。
ボッコボコの顔なのに「ダメージがあるようですね?」と聞かれると
「足が少しね」と。いや見た感じ一番は足じゃないだろうに。

質問がすべて出終わった後で
立ち上がろうとして、立てずにセコンドにすがりつきつつ
「御願い、誰か私を運んでください」と苦笑。
本当はもっとおしゃべりな方なのかなと。

通訳さんの言葉のセンスもあると思うのですが
ロシア系の選手はけっこう独特な言い回しをすることが
多いように感じます。

「一晩に3試合こなすのは大変ですが、準備はできています。
 戻る道はないですから」

と、これは昨年のMAX前の会見の言葉。
戻る道はないですから、というのは
退路を断って、みたいな、ウクライナのことわざみたいな
ものなのかもしれませんが。

たしかこの日の会見、もしくは囲み取材で
祖国に彼女がいる、という話になり
それじゃー日本の女性ファンが悲しむでしょうね
と言われたキシェンコが

「えー。でも彼女のこと愛してるし……」

と返したそうです。女性ファン二重の意味で卒倒。

そして今年の抽選会では
城戸康裕から「この中で唯一抱かれてもいいかなと思った」
と謎のラブコールを受けて困惑したキシェンコは

「何と言っていいか本当に分からないよ……。
 僕は城戸のことはあまり好きなタイプじゃないし
 今まで生きてきて男性にそんな感情を抱いたことは一度もない」

と、あまりにもマジな返答。

前日会見でも、あいかわらずよく喋る城戸に呆れたキシェンコは

「こんなによくしゃべる対戦相手は初めてだよ(笑)。
 僕はみんなに何を言えるかな。みんなに成功を祈ってあげたいけど、
 とくに城戸へ成功を祈ってあげたいね」

と笑顔。城戸も嬉しそうに笑顔。

城戸との一連の会話(※城戸が一方的に話し、困惑するキシェンコ)は
キシェンコの魅力を多くの人に広めたのではないかと思います。

城戸は喜怒哀楽が激しくて、これはこれで素晴らしいです。
キシェンコとの試合も、コメントで笑いを取りつつ盛り上げて、
敗れた後は、前に出られない自分に涙をみせていた。

10.1では

「腹立たしいっすね。戻りたいです、1R前に。
 何が効いたっていうか、何も効いてないです。
 もったいないです。本当にもったいない。もっとやりたかった」

と、ひたすらに後悔して、最後は

「まだまだ、まだやります僕は。まだ25なんで。
 見捨てないでください(笑)。いい仕事するんで、お願いします」

と、場の空気を和ませてさわやかに去っていった。

キシェンコのほうが今のところかなり先を言っていますが
この日のあっけない悔しさを胸に、城戸がもっと頑張ることができたなら、
いつか、来年か再来年か、またその次か、
城戸とキシェンコがリングでまた対峙するときが
来ると思います。

その時は、城戸の涙も、キシェンコの笑顔も、
組み合わせ決定抽選会や会見で苦笑したりしあったことも、
魔裟斗にキシェンコが敗れたことも、その日の大会で
城戸が初めて顔を切られて縫ったことも、
全部含めて、言葉の壁を越えて、
互いが成長した互いを感じあうのでしょう。
どんな顔をして城戸はキシェンコを見るのか。
そしてキシェンコはどんな顔をして、城戸を見るのか。

いまキシェンコと城戸を知っている人は、
その時の2人が笑顔であっても、険しい顔であっても、
それぞれに思うことがあるはずです。
思い返す時代を持ちながら試合を見られることは、とても貴重です。
そしてその時の自分がどうしていたかさえも感じながら
試合を見ることができる。

彼らを見ていた、ただそれだけのことでも、
観客ひとりひとりの、かけがえのない財産になるのです。

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フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
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posted by sasakey |02:17 | K-1 |
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2008年10月02日

魔裟斗と佐藤嘉洋の長い一日

10.1のK-1 MAXはコメントルームにずっと居ました。
合間合間でけっこう試合も見れました。
魔裟斗の根性すごかった!!
佐藤嘉洋もすごかった!!
K-1甲子園さわやかだった! 日下部竜也すげー!
そしてコヒはコヒでした。
勝つまで改名すればいいのではないかと個人的には思います。

コヒはともかく、この日のコメントで印象に残ったことを書きたいと思います。
敗れた佐藤嘉洋の言葉の中に
「僕だって盛り上げたいんですよ」という言葉がありました。
試合前の、激しい挑発合戦は見物でした。

「アイツなんかに俺が負けてみ? K-1終わっちゃうよ?」

これは試合の煽りVの中で流れた魔裟斗の言葉。
たしかに魔裟斗は誰よりもK-1 MAXを背負っていて
魔裟斗はおいそれと負けるわけにはいかない。

だけど

「でも、僕だって盛り上げたいんですよって。
 いま僕はK−1に生かされてるんだし」。

佐藤だって、自分が支えることが出来るならと思ってたんだ、と。
当たり前のことを感じました。

私は、かつて全日本キックに居て、やや強引にそこを抜けていった
佐藤のことが、あんまり好ましく思えない時期がありました。
辞め方もそうでしたけど、ずっと何か、
自分の存在さえも持て余しているように見えてて、
そのくせ自分が何をしたいかは言わないように感じていたのです。

だけど、今回の舌戦、試合を経て、敗れて、
そのうえでコメントルームにやってきて漏らした
「でも、僕だって盛り上げたいんですよ」という言葉は、
ちょっと何か、佐藤のことが見えた気がする言葉でした。

人を支えるのは
「自分が、何かの役に立っている」という意識だと思います。
自分がやりたいから、と言う動機で最初はなんでも始めるのでしょうが
それを継続させるために必要なのは
自分が、なにかの役に立っている、と思わせることなのでしょう。

そしてそれは選手だったら
「あなたの試合が見たい」
と、思われることなのではないでしょうか。

だけども人からそう思わせるというのは大変なことです。
そんなことを思わせる選手というのはすごく少ない。
そのために必要なのは、勝ち続けて、面白い試合をし続けることしかない。

佐藤は、最初まったくK−1で居場所がない選手でした。
だけど、結果を出し続けることで、ようやく認められて、
ブアカーオ戦、魔裟斗戦で、
人から見たいと思われる試合のリングに立った。

そして最後の最後に、すべての記者からの質問が終わった後に、
佐藤は「本当は優勝して言うつもりだったんですけど」と前置きして、自ら

「NJKF、全日本キックで海外遠征をずっとやってきました。
 こうして日本で一番K−1が盛り上がるときに
 主役のひとりになれたっていうのは、NJKF、全日本キック、
 海外遠征の時に助けてくださった皆さんが
 居てくださったおかげだと思ってます。
 各団体の皆さん、育ててくださってありがとうございました」

と言いだした。

背を向けてきたからこそ、本当はずっとそれを言いたかったのかなぁ、と。
言える自分になりたかったのかなぁ、って。

前回のブアカーオ戦、そして今回の魔裟斗との試合で、
佐藤は、K−1を支える側に「なれた」ことで、
ようやくそれが言えるようになったのかなぁ、って。

だけど本当は、優勝して言いたかったとも言っていた。
優勝することが本当の恩返しだと考えていたのならば。
優勝することで、自分の歩んできた道が正しかったと証明したかったなら。

その悔しさときたら。

そして勝利した魔裟斗。
魔裟斗だってそもそもK−1に来たときは
自分の居場所が全くない人だった。
そこから自分で勝利を積み上げていくことでMAXを作り上げた。

「俺は天才でも何でもないし、99パーセントの努力です」

自分の努力で、自分の存在、自分の力を必要とされるようになった。
それはとてつもなく大きい財産。

判定には納得していますか、の問いに
佐藤が言った言葉は
「しょうがないですよね。自分が弱かっただけです。
 自分が強ければ、もう一回ダウンをとってKO勝ちしていたはずなんで」
でした。

ほんとうに酷だけど、これも事実。

佐藤はきっと長いこと、もしかしたら一生、
今日の3Rで重ねてダウンを獲れなかったことを後悔するのだと思います。
後悔しないようにするには、この敗北を大きな物語のヤマにすべく、
次にでっかく勝つしかない。
そして魔裟斗は、とにかく今日を頑張り抜いたことを
宝として生きていくのでしょう。

私はしがないフリーライターにすぎませんが
なにかにくじけそうになったときに
「ここはもしかして人生におけるあの3Rじゃないのか」
と考えて、頑張り抜くべきところでは頑張り抜ける強さを持とうと決めました。

どんなに苦しくてもそれはあの3Rだと思えば、当然なのです。
そこで頑張らなかったら後悔することになるのです。
苦しくても凌ぐだけじゃなくて、これまで以上のことを
やらなければならないときが、誰の人生にもきっとあるはずです。

魔裟斗と佐藤嘉洋の、濃密な人生の一日を見届けられたことを、幸運に思います。

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posted by sasakey |04:29 | K-1 |
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2008年09月09日

K-1 60kgに何が出来るのか?

丸藤正道の全日本プロレス参戦に仰天してるそばから
K-1 60kg級のカードが発表されました。(会見記事はコチラ)
前回は日本人vs外国人、3対3でしたが
今回は、いきなり日本人対決!

・大月晴明 vs 梶原龍児
・大宮司進 vs 上松大輔

の2カード。

これは……。

面白そうです。面白そうですが、
2回目にしてもういきなり、60kg級が試されているんだと思いました。

舞台は、魔裟斗 vs 佐藤嘉洋が行われる10.1武道館。
K-1 MAXとしても、近年ど真ん中に分かりやすい、
かつ、とっておきのカードが行われる日。

それを見に来る観客を相手に、
60kg級が何を見せられるのか。

だって。外国人選手だって、
60kg、いないわけじゃないと思うのですよ。
いないわけじゃないけど、
あえてこのカード。

勝ったって、次にどうなるってことも見えないじゃないですか。
まぁ勝者同士がやればいいんですけど、そのくらいしか浮かばない。

次より何より、いいから今回、しっかり見せてみろ、
K-1 60kg級を残す必要があると分からせてみろ、と、
そういう課題が突きつけられているんだと思うのです。
死にものぐるいになれ、と。
“上松、負けたら丸坊主”の提案なんて、まさにその
必死感のあらわれに見えるし。

個人的な提案ですけど、K-1の爆発するきっかけには、
いつもトーナメントがあったように思います。

わたしが印象深いのはK-1 MAXのはじまり、
決勝で魔裟斗と小比類巻が対戦した2002年2月11日のMAXです。

それまでにも魔裟斗はワンマッチでK-1に出場したりしていましたが
「はじまり」は、この日だったと言っていいのではないでしょうか。

K-1 60kg級、日本人トーナメントの開催。
それをやってからでも、60kg級に見切りをつけるのは
遅くは、ないと思うのです。

というか、やってほしいんです。
やってもらうまでは、K-1 60kgに対する
やりのこした感は、消えないと思うし
その「やりのこした感」は
キック界にいつまでも呪いのように残ると思う。

ただこれも個人的にひとつ「うーん」と思うことを書かせてもらうと、
MAXが出来た時や、いまのK-1甲子園と比べてみて、
60kgを目指す選手は、あまりにも
帰るところがありすぎるようにも見えます。

当時と今とでは立ち技業界を取り巻く環境も変わったので
いちがいに選手をせめるわけにはいかないし、そんなつもりもないけど
「人がなんと言おうと、俺はこの場をなんとかしないと」
と言うような、せっぱつまり感は誰にもないですよね。
退路を断って来ている人はいない。

魔裟斗には、その「せっぱつまり感」は、
誰よりも、あったはず。

別に団体やめてこいとは言いませんが
K−1甲子園のキッズたちの
「10代」っていう、かけがえのないものに背を向けてきてる様が
谷川さんのハートを捕まえているのも、間違いはないと思う。

そして、問題なのは、せっぱつまってないわりに
「もう少し、頑張れたんじゃないのかな……」
と、発言にしろ、試合にしろ、思わせてしまうものがあったんじゃないか、
という点なんです。

だとしたら、当面どうしたらいいのか。

とてもありきたりですけど、すごい試合をするしかないですよね。
魔裟斗vs佐藤嘉弘を超えるような、すごい試合を。

おんなじ日本人同士って条件で、年齢もそんなに変わらなくて、
人生かかってるのだって同じなはず。

魔裟斗は、本気で人生かけて試合に挑んでるだろうし、
佐藤だって、一生一度のチャンスに、死にものぐるいで挑んでくるはず。

魔裟斗のことばかり例えに出してしまいますが
(だってK-1 MAXの創世者であって象徴だし!)
彼は、武道館の観客全員を、自分ひとりで満足させようと思って
試合に挑んでるはずなんですよ。

結果がどうなろうと、それはやっぱ、会場にいる人にも、
番組を作ってるスタッフにも、テレビの向こう側にも届いている。

10月大会は、K-1 60kg級が
K-1 MAXと並ぶコンテンツとして発展するきっかけになるか、
それとも、K-1 JAPANのように
毎回奮起を期待されるコンテンツとなるのかが
問われる日に、なるのだと思います。

私は、どっちになったとしても、トーナメントはやってほしいです。

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posted by sasakey |01:49 | K-1 |
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