2011年11月09日

澤宗紀の引退

格闘探偵団バトラーツが11月6日に解散し、
今日(11月9日)は、ZERO1のリングで
澤宗紀選手の引退試合が行われます。

澤選手の引退は
仕方ないと分かっていながらも
もったいないし、残念です。

「やりすぎくらいがちょうどいい」

おなじみとなったキャッチフレーズは
澤家の家訓らしいですが
その言葉に嘘いつわりなく
いつでも、やりすぎなファイトを
見せてくれていました。

以前も自分のブログで書いたことですが
澤選手の、一戦一戦に全部賭けてる感じと、
試合に試合以上のものを求めすぎてないところを
私は尊敬してました。

試合中、完全燃焼するということと
試合を観たお客さんを楽しませるということ
そのふたつだけをやりつくすということに
集中できるということが
すごいなと思ったのです。

プロレスラーに限らず
なにか仕事をしたり表現をしたりするときに
対象だけに全力を傾ける、役割に没頭するというのは
なかなか難しいことです。

どうしたってもっと自分のことをよく見せよう
みたいな、自意識のようなものが
出てきてしまって
それを見る側に感じさせると
なんかウザいなと思わさせてしまうのですが、
澤宗紀選手は(迷う時期もあったように見えましたが)それを
完璧にコントロールしていました。

仕事に仕事以上のものを求めず全力を尽くす。
自分なんか所詮変態ですからというスタンスで最高のものを見せる。

あとさき考えず爆走しつつも
着実に自分の評価を高めている澤選手の姿は

あんなふうに自分も仕事しよう と感じさせるだけのものが
確かに、ありました。

バトラーツ所属の彼は
「バトラーツありきのプロレス」と
最後まで、その志を貫いて辞めていこうとしていますが

いまさら言うまでもないくらいのことなんですけど
澤選手がいなかったら
バトラーツは、もっと大変なことになっていたはずです。

澤宗紀が澤宗紀を貫いている限り
あんまりマジメな褒め言葉を言うと
そぐわない感じがあったので
あえて言うこともなかったし、
いまさら言うまでもないのですが、澤宗紀としても
ランジェリー武藤としても
ほんとうに、いい選手でした。

プロレスラーの魅力は選手の数だけありますが
彼ほど「若さ」と「バカさ」を
体現してくれた選手は、
もう現れないかもしれないです。

完全燃焼してくれることを願って、信じて、
最後を見送ろうと思います。


☆11月9日(水)後楽園ホール(午後6時半開始予定)
「YARISUGI FOREVER 2」 午後4時より発売
【当日券料金】S席6000円  A席4000円  学生(要学生証)1000円

☆オープニングタッグマッチ
矢野啓太&竹嶋健史  vs  小幡優作&不動力也

☆タッグマッチ
藤田峰雄&橋本大地   vs  フジタ“Jr”ハヤト&横山佳和

☆タッグマッチ
佐藤耕平&KAMIKAZE&崔 領二&柿沼謙太 vs 
ザ・シーク&ポール・トレイシー&マーク・フセイン&ライディーン

☆インターナショナルJr選手権試合 
(王者)菅原拓也   vs  ショーン・バーネット(挑戦者)
※クレイグ・クラシック欠場のためNWAがショーン・バーネット挑戦者に指名

☆NWA UNヘビー級選手権試合
(王者)ハートリー・ジャクソン  vs  植田使徒(挑戦者)

☆NWAインターコンチネンタル・タッグ選手権試合
田中将斗&ゼウス(王者組) vs 大谷晋二郎&曙(華斬・挑戦者組)

☆「YARISUGI FOREVER」〜澤 宗紀 引退試合〜
澤 宗紀(バトラーツ)  vs  日高郁人


橋本大地とフジタ“Jr”ハヤトの対決がタッグで行われます。
プロレスラーを親に持つふたりですが、
境遇はまったく違う。

ファイトスタイルも、おたがいの性格からいっても
意識しないわけがないし、また張り合わないわけもない。
数年後、間違いなく黄金カードとして
シングルの対決が行われるはずのふたりです。

澤選手が引退するから、というだけでなく
このカードのために、観に行ってもいいんじゃないかとさえ
思います。

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
ZERO1と澤宗紀をときどき応援しています。

posted by sasakey |01:59 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2011年03月05日

ZERO1の10周年

ZERO1の10周年大会となる
3.6両国で、橋本真也さんの息子である
橋本大地選手がデビューします。

両国大会に向けて
わたしは2度大谷晋二郎代表と
橋本大地選手にインタビューをさせていただきました。
(※月刊スカパーさんと大会パンフレットと)

ZERO1が旗揚げされたのが2001年の3月2日、
場所は同じ、両国国技館でした。

ZERO1とプロレス界の現状を考えると
両国大会というのはやや唐突というか
やって大丈夫なの?という大会の感があります。

そういうことも大谷代表はしっかり理解されていました。

「ゼロワンのこと、僕らのことを心配してくれている人ほど、
 後楽園をしっかり埋めてからのほうがいいんじゃないの、
 とかって、言ってくれるんですよ。
 ただ、橋本さんが亡くなって5年、
 ZERO1の10周年となる大会で、息子の大地がデビューする。
 このタイミングで戻らなかったら、
 いつになっても戻ることはできないって思ったんです」

両国に“戻る”。

ZERO1が両国大会をやらなくなってしばらく経ちますが
大谷代表としては
「いつか絶対に戻るんだ、という気持ちはずっとあった」
のだそうです。

両国は戻る場所。
戻った上で、いまのZERO1の姿がはっきりするのでしょう。

そして橋本さんの息子である大地選手がデビューする。

その場所はやっぱり両国でなきゃ、いけないのかなとも思います。

大地選手は、見る限りまだプロレスラーっぽさが薄いです。
お父さんがあの体型だったので余計にですね。
ついつい比較して見てしまう。

すごい心配にもなるし、
“プロレスラー”という名だけでもとても重いのに
“橋本真也二世”だったり
“爆勝宣言”だったり
”破壊王Jr.”だったり”破壊王子”だったり、デビュー前から
そんなにいろいろなものを背負って出てきてしまって
大丈夫なのかとも感じます。

大地選手と話していると
まだまだ自分に自信がないということも伝わってくるし
まだまだ自分の言葉が少ないということも感じます。

でも不思議なことに
こっちが驚くようなことを自然に言ったりもする。

「父が亡くなって、火葬場の扉が閉まったとき、
 プロレスラーにならなきゃ、って思ったんです」

そう言う大地選手を前にして
なにが言えるだろう。

母であるかずみさんは、
プロレスラーになりたいという息子に対して
「いいことないよ」と言ったそうです。

わたしはインタビューでその言葉を聞いて
結構ズシンとくるものがありました。
橋本真也の奥さんであるかずみさんがそう言ったのなら
なんと返せばいいのだろう。
安易な言葉ではそれに反論できません。

でも大地選手はその言葉に対して

「でも、僕がプロレスラーにならなかったら、
 プロレスラーになりたいと思わなかったら、
 プロレスラーになるっていう人は、
 誰もいなくなってしまう」

そう言ったんだそうです。

私自身は何かを背負うことなど出来ればやりたくない人間です。
なので、他の人がそうしていると勝手に
気の毒だなと思ったりしてしまう。

だから最初は、自分の生き方を選んでいない気がして、
気の毒な気がしていました。

でも、どうやらそうじゃない。
そう見えるとしても、それはこちらのエゴなのかもしれない。

そして、話していると
二世という環境に生まれた存在は
どうやら一般の感覚とはかなり違うな
とも感じました。

大地選手自身は

「普通ですよ。たまたま父親が、
 そういう職業をしていたというだけ」

と言うのですが、
私は授業参観に橋本真也が来る環境は想像できない。

父親が橋本真也であることは、友達にも
まったく話していなかったらしく、驚いていたらしいです。
いいエピソードですが、大地選手本人は

「まぁ、あれだけ身体の大きい人が来ると、驚くかなとは思います」

という反応でした。

「戦っているのが当たり前の父親」

を見て育って、同じ道を歩むと決めて、
同じリングに立つ。

背負う、と思っているのはこちらだけかもしれない。
生まれたときからずっと、橋本真也の息子だったのだから。

そういう環境で生まれて育って、
リングに立とうとしてる今、
どんなことを思うのだろう。
明日の試合が終わって、何を感じるのだろう。


10年前の旗揚げの日、私は普通にOLでした。
ZERO-ONE旗揚げのニュースを見て、
おもしろそうだと思って両国へ行きました。

会場は超満員で、当日券も売り切れてました。
それでも残念で帰るに帰れなくて
両国の前をうろうろしてました。

そのうちに試合開始の時間になって
会場の中からどっかんどっかん歓声が聞こえてきて、
私と同じように入れないけどあきらめきれない人たちが
両国の前に何十人か列をなしてて、
見るに見かねた関係者のどなたかが
立ち見枠みたいな感じでチケットを売ってくれたのです。

10年後、橋本さんの息子さんがデビューして
その人と旗揚げ戦で村上和成選手に失神させられていた大谷選手に
インタビューをするとは想像もしていませんでした。

明日はどんな10周年大会になるのでしょう。
そしてそこからまた10年が始まるのです。

最初の一歩がどんなに拙いものだとしても、
そこを見届けていれば、振り返る楽しみが生まれます。

明日、踏み出される第一歩は、
かなり貴重な、かけがえのない一歩だと思うのです。

どんな人の一歩目もそうであるように。


もしよかったら、会場でパンフレットを手にとってみてください。
大谷選手インタビュー、大地選手インタビューのほか
田中将斗選手のインタビューや日高郁人選手インタビューが
掲載されています。
(※くわしい内容は個人ブログ
 「日刊佐々木亜希(仮)」をごらんください)

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
ZERO1と新しい一歩を踏み出す人をときどき応援しています。

posted by sasakey |16:40 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年09月17日

怪人ハブ男という生き方

9月8日、9日、
そして16日とZERO1の新宿大会を取材してきました。

8日、NWAインターナショナルライトタッグを8度防衛していた
相棒タッグこと、日高郁人&澤宗紀組が王座から転落。

ベルトを奪ったのは、菅原拓也&怪人ハブ男組でした。

怪人ハブ男は、沖縄プロレスの選手です。

翌日の、藤田ミノル&円華組との対戦、
そして16日、天下一Jr.2回戦のハブ男vsサンジェイ・ダッド戦と
3試合を見させていただきましたが
とてもいい選手でした。

名前だけの出落ちかと思うかもしれませんが
というか、正直わたしはそういう印象を持って見ていましたが
全然違っていました。
めちゃくちゃいい選手でしたよ。

マスクの後ろがまさにハブ(蛇)のように
だらんと垂れ下がっているのですが、
これを時折ムチのように使って相手を叩く。痛そう。

これだけ書いたら伝わりづらいですが
ラリアットとフィニッシュの猛毒波布空爆、
亜留魔下首領(あるまげどん)の説得力が美しいです。

しかし

いい選手なのに というか
いい選手だったら余計に
「怪人ハブ男」でいるのって
すごいことだと思うのです。

私、自分がプロレスラーで
怪人ハブ男くらいの実力があるプロレスラーだったら
マスクをかぶって「怪人ハブ男」に
なれるかといったら、なれないと思うんです。
やっぱちょっと自分を笑ってしまうというか
真剣さが足りないものになる気がする。

自分じゃないものになる
というだけでも、すごいことだと思うけど
タイガーマスクとかじゃなくて
怪人ハブ男ですし。
一発で名前覚えるし、すごくいい名前だとも思いますよ。
思いますけども。

最初はおいしいと思うかもしれないけど
やっぱ自分は自分でありたいと感じて、つらくなったり
するんじゃないかなぁ、と。

怪人ハブ男としての自分を高め続けられる。
写真など見ていただいたら分かるんですけど
身体も全然ゆるんでないんですよ、ハブ男。

自分がどれほどの人間か知ってもらう
というのは、多分、何かを作り続ける上で、
もしくは人前に出る上での
モチベーションのひとつになるものだと思うのです。

自分じゃないもの(ハブ男)の名を高めるということ
それは、プロレス界にとっても
ハブ男が所属している沖縄プロレスにとっても
ひいては自分自身にとっても、プラスになることなのは
間違いないけれど、
だけど、それでも
どうやったらそんなふうに強く
自分の作り出す存在に自信をもっていられるのだろう。

プロレスラーだからなのか。

そんなことを考えながら

「足を攻められたハブ男は、日高を平手打ち。
 さらにマスクの一部である尻尾で日高を一撃し、首を絞めていく。
 『ポイズン、ポイズン!』と抗議する澤。

 ハブ男は日高へ逆片エビ、日高はエスケープすると
 ハブ男のヒザ下へ低空ドロップキックを放ち、澤にタッチする。」

という、ハブ男の足とか、ヒザ下とか、尻尾とか
客観的に見るとおかしな文章だな
と思いつつ、試合展開を打ち込んだりしていました。

怪人ハブ男は天下一Jr.トーナメントに参戦。
16日にサンジェイ・ダッドを破り、
19日のZERO1後楽園大会で行われる
天下一Jr.トーナメントのベスト4に残りました。
残ったメンバーは日高郁人、澤宗紀、藤田ミノル、怪人ハブ男。

「怪人ハブ男」という字面が加わることで生まれる
この妙な豊かさはなんでしょう。
世界は広いなというか、自由だなと感じます。

でもその感覚を支えている
ハブ男で有りきるという強さは
相当な強さなんだ、とも思うのです。

もちろんハブ男と戦うレスラーたちにも
それ相応の強さが求められる。
ハブ男にあっさり負けたりしたら
それもまたつらいことです。
この場合は自分の名で戦っていることが逆に厳しくなる。

ゆたかなキャラクターは見る側を面白くさせてくれてはいるけれど
その分選手たちは、それ相応のプレッシャーを
背負ったりもしている。

でもお客さんは、そんなことを考えずに
ハブ強ぇー、とかいいながら
見ているのがいいと思います。


フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
プロレスとプロレスラーと怪人ハブ男をときどき応援しています。


※おしらせ※
女子格闘家10選手を取材した
「殴る女たち〜女子格闘家という生き方」という
単行本を出させていただくことになりました。
10月末、草思社から発売されます。
また改めてお知らせします。

posted by sasakey |22:41 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2009年10月26日

浪口修の引退

10.24ZERO1後楽園ホール大会を最後に
ZERO1の浪口修選手が引退。

デビューから見ている選手ということもあり
引退を見届けたくて行ってきました。

橋本真也最後の弟子である浪口修。
いいところもダメなところも含めて
印象深い選手でした。

その「橋本真也最後の弟子」という点含めて
応援したくなるポイントは非常にたくさん持っているのです。

持っているのですが
ほめようとか評価しようと思った時に限って
なにか余計なことや残念なことを言ったりしたりするので
どうも、ほめづらい。

たとえば
ディファカップに日高郁人選手と組んで参戦した時は
初日、負けたけど非常にいい試合をしていたのです。
よく頑張っているな と思いました。

彼も彼なりに思うところあって参戦したのだろう
でもこのディファカップを通じてきっと何か成長したはず
負けても何か残ったはずだよ
そう言ってあげたいと思わせるような試合でした。

うっかりそう思わせたりする試合を
やる選手ではあるのです。
それは本当です。

しかし浪口修は翌日、ちょっと調子に乗った試合をしてしまって
試合後、パートナーの日高選手から思い切り平手打ちをされていました。

こうなると、前日の良かった分が帳消しにされてしまうのですね。
帳消しになるだけでなく、なんか「この野郎」と思う。
うっかりほめようと思った自分が馬鹿だった、というような感じ。

思い起こせば彼はいつもその繰り返しだったように思います。

周囲も彼をまっすぐほめられなくてきつかったし
彼は彼で、やっていることに対して評価が出なくて
きつかったのではないかと思います。

悪口じゃなくてまじめに浪口修のことを書こうと思ったのですが
どうも悪口みたいになってきてしまいました。

浪口修の面白かった試合、といって思いつくのは
ZERO-ONE時代の前座の、当時は全日本だった石狩太一選手や、
山笠Z”選手らとがちゃがちゃやったりやられたりしていた頃、
メインのセコンドでプレデターに投げられたりしていた頃の試合、
あと、本人にとっては屈辱だったでしょうが、
夏樹☆たいよう選手とやった試合、
そして彼と新日本の裕次郎選手の試合は、どれも非常に面白かったです。

いくらなんでも、ここまでやられれば何か気づくだろう、
と思うようなシチュエーションで試合が組まれていて、
それでも負けてしまうというような、しんどい試合が
彼にはいくつもいくつもありました。
裕次郎選手に3度負けたりしたのもそうだったと思います。

それでもどうやら気づかなかったりするので、
浪口修の浪口修ぶりは底なし沼なのだと逆に感心することもありました。

でも辞めてしまうのだなと。

引退試合は、デビュー戦と同じ金村キンタロー選手が相手で、
ボコボコで大流血して、
最後はなぜか、本人の希望で
リングでブリブラダンスを踊っての引退でした。
XWFの若手の引退セレモニーみたいでしたが、
まぁ、本人がいいなら。

浪口修には「どっこい魂」というキャッチフレーズがあって、
見る側からすれば彼を表現するのにあっている言葉なのですが
それを引退の挨拶で「実はあまり好きな言葉じゃないんですが」
と言い出したり「皆さん前向きに、足下を見て頑張りましょう」
と言って、前向きなのになんで下を見なきゃいけないんだ、
どっちなんだ、第一おまえに言われたくないよと
聞いている側が全員心で突っ込みたくなるようなことを言い出したり、
「悔いが残らない人生を送れる人になりたい」と
いまさらなことを言い出した上に
「未練はあるけど自分で決めたことなんで」と
現役に未練があることをあっさり言い出したり
「橋本さんも小川さんとのことで一度は引退したし」と、
引退試合でいきなりカムバックを示唆するようなことを言ったりして
最後は報道陣から拍手を贈られて
強引にコメントをフィニッシュされていました。

天下一Jr.の出場メンバー発表がこの日、あったのですが
あの様子じゃ普通に名乗りでてくるんじゃないかと思って
ちょっとどきどきしました。

引退試合を振り返って、浪口修は
「求めていたのは、今日みたいな試合だった」
と言っていました。

全力を出し切って、ボロボロになって、
それでも見ているお客さんが笑顔になってくれるような試合を。

もしそう思うなら
どうしてそれが最後の最後でできたのか、
いままでそれが出来なかったのはどうしてなのかを
考えて、今後の人生に生かしてほしいと思いました。
何時間、何日、いや何年かかってもいいからそれを考えてほしい。

きっとそれが、彼のやってきたことに対する
答えであり、プロレス界が、彼に教えてくれたことであり、
浪口修に対するプロレスからの贈り物でもあると思うのです。

見ている側はいつだって、心からの拍手を送りたいのです。
できることなら。

sasakey-120075.jpg

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
プロレスとZERO1と
浪口修のこれからをときどき応援しています。


posted by sasakey |15:29 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年12月19日

今あらためて考えるゼロワンの魅力

17日はゼロワン新宿大会でした!
詳細はスポーツナビをチェック!

メインで高岩が敗れてしまったりして
ゼロワンとしては褒めてはいけない状態なのかもしれませんが
いい大会でした。

もう少しうまい言葉が出てきたら
もっとうまく書きたいのですが、
ゼロワンの大会を表現するのに適した言葉は
破壊でも創造でも誕生でもなく、
「出し切る」とか「放出」みたいな言葉ではないかと思うんですよ。

もう何もないと思うほどやり尽くして、
まぁ、失礼ながらわりとよく負けて、
だけど、やり尽くしたからこそ次に残るものを見つける
という、発散と解放の後の充足、
みたいなのがゼロワンの魅力のひとつだと思うんです。

もうテーマないでしょ、とか
そんなにやらなくてもいいでしょ、というくらいやり尽くして
いや、まだあるはずだ、まだやれるはずだ、と
倉庫の奧をもう一回探して
これならどうですかと突きつけるような
そんな貧乏な団体ゆえの「やりきる」感じが
ゼロワンの魅力のひとつだと思うのです。

いい大会だと思ったのであらためて良いところを考えて
嘘にならないように褒めようと思って書きはじめたのですが
あんまり褒めてないですね。

ゼロワンが大丈夫なのか、と心配されることが多いのは
団体として「貯蓄」がないからだと思います。
手持ちのカードを全部並べている。

ですが、団体を「会社」じゃなく「生命体」として考えると
エネルギーは、ありすぎると脂肪となって逆に母体を腐らせてしまいます。

上手に放出することは、むしろ健康でありきるためのコツでもありますし
有るものを活かすための道でもあるし
有るものに感謝するための方法でもある。
というか、ないんだからなんとかするしかない。

ゼロワンに限らずプロレスの小さな団体を支えるのは
喜怒哀楽すべてにおいて
使い切る、出し切る、出し切ったという
すげぇ言い方悪いけど便秘が治ったような心地よさを貫いているかどうかと
無駄なく使い切るためのアイデアをいかに尽くしているかという点に
尽きるのではないでしょうか。

本来、生命体とはそうやって生きていくものだと思うのです。
私は見ていてそれを教えてもらいましたし
そういう意味で、私はゼロワンは団体として健康的だと思っています。

まぁ、健康であることと
貧乏なこととかは全然別問題だし
あまりにも場当たりなのはどうかと思いますが、
健康であるからこそ放てる光、というのも、
必ずあると思います。

不健康な状態の生き物を見たとき、健康ってすげぇなと感じるのです。

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
ZERO1-MAXがZERO1になってもときどき応援するつもりです。

posted by sasakey |01:39 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年08月27日

大森隆男の旅立ち

大森隆男選手がZERO1-MAXを8月31日付けで
退団することが、26日の会見で正式に発表されました。
きのう違う選手に「やめるな」というブログを書いたばかりなのに
今日は今日で「やめる」というニュース。

決めた以上、発表された以上は仕方ないのですけど
やっぱりさみしいですね。
さみしいし、何事だという感じがする。

最初に会見のお知らせが流れたとき、
まぁ、実際のところ私は全日本キックの会見に行ってて、
お知らせを見てびっくりした方から
電話をいただいて知ったのですが、本当に
何が起きたのかと思いました。
アワアワしてしまいましたよ。

会見で退団に至る核心部分は語られず。
とはいえ引退ではないと。
だとしたら「一時休業」ということでしょうか。

sasakey-44462.jpg

会見の後に中村さんに少し話を聞いたところ

「橋本さんがZERO-ONEをはじめたのが35か、36のとき。
 大森さんは今39歳だから、年齢的にもなにか
 考えるところがあったんじゃないか。
 もちろん話をして引き留めはしたけど、
 『現状こうで、こうしたいから、こうして欲しい』
 というような感じで、非常に意見がしっかりしてましたね」

とのことでした。話し合いを経た上での退団である様子。

しかし急な話というか、たしか火祭りの前に
新しいコスチュームで登場していたと思うのですよね。
年間通じて、ゼロワンのもっとも大きなイベントである
「火祭り」が終わって、なにか期するものがあったのでしょうか。

大森隆男といえば最後の昭和文系レスラー。
理性派で宮本輝を愛読する方であり
紳士としても知られています。
たしか佐野元春もお好きだったはず。

会場でのコメントや試合前の挑発などでも
ついついそのインテリっぽさが出てしまい
それが逆におかしかったりするのですが、
わたしが印象に残っているのは、
以前、『kamipro』に在籍していた頃に
「50の質問」という企画をやらせてもらったことです。

「明日、地球が滅びるとしたらどうする?」
という質問に対する大森選手の答えが
「東京タワーのてっぺんに腹を刺してぐるぐる回る」
というものだったのです。

いやホント。ホントにこう言った。

なんでも、飲んでるときに「どうするのがいいか」
という笑い話になって、プロレスラーだし、
どうせならでっかいことやってやれ、という展開で
そうすると宣言したらしいのですが、そんな答えはじめて聞いた。
「でもそんな一大事になったら誰も見ませんよね」
とも言っていましたけど、そういう問題じゃない。

もうひとつ。
三島由紀夫の「金閣寺」を読んで、むしょうに京都に行きたくなった
大森隆男は、電車で行くのがつまらないからと、
自転車で京都へ行こうと決意。
本当に数日かけて京都まで自転車で行ったらしいです。
貴重な経験だったらしいですけど、それもまた珍しい話です。
(検索したらスポナビの記事が出てきた→コチラ)

最初の話は
「プロレスラー」だし
「最後だから何かでっかいことをやってやれ」
という、まぁ、もっともといえばもっともな理由から、
常人にはとても考えつかない結論を導き出していますし、

2つめの話も
「三島由紀夫」の「金閣寺」を読んで
あまりにも素直に京都に行きたくなって、
普通に行くんじゃつまらないからと
自転車で行くことを決意するという、驚異的な「跳び」というか、
ここでも発想がステップしている。

その話があまりに強烈だったので
私の中で、大森隆男といえば
「理詰めで、奇想天外な結論を出す人」
という印象があるのですね。

そのことをふまえて考えると
今回の話も、まったく違和感はないというか、
なにか、大森隆男なりのロジックというか、
論理を組み立てていった先の結論なのだろうな、
と、思ってしまうのです。

肝心の理由については口を閉ざしている大森隆男。
たぶんこうなったら絶対言わないでしょう。
そして発表されたことだけを見たら、あまりにわけがわからない。

だけど、そういう考え方をする人だ、
ということを頭に入れてみたら、
次に大森隆男が何をやってくれるのか
ちょっと楽しみな感じもしたのです。

プロレス一時休業、という今日の会見を聞いて、
私の頭に浮かんだのは
自転車で日本一周をする大森隆男の姿でした。

大森隆男が、あの少し思い詰めたような目をして
自身の定めた、奇想天外な目標に向けて
日本のどこかを自転車で走っていると考えたら
けっこう嬉しくなりました。

滑走する大森隆男の心にはきっと
佐野元春の「SOMEDAY」が流れていることでしょう。

「若すぎて なんだか分からなかったことが
 リアルに感じてしまう この頃さ

 だからもう一度 あきらめないで
 まごころがつかめる そのときまで」

信じる心いつまでもSOMEDAY。

いや本当に自転車で旅するかどうかは知りません、
というか勝手に言ってるだけですけど。

29日のZERO1-MAX後楽園、30日PREMIUMのリングで
しばらくはさよならとなる大森隆男選手。

次にプロレス界へ登場するときは、思いもよらない形で
こちらをびっくりさせてくれるのだと思います。
そこには、大森隆男なりの、
理詰めではじきだした、やむにやまれぬ目標がきっとあるのです。

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
大森隆男選手のこれからに期待しています。


posted by sasakey |00:46 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年08月22日

ゼロワンが今大変みたいだけど

「ゼロワンって今大変みたいだけど大丈夫なの?」
最近そんなことを幾人かの人に聞かれました。

「別に、いまに限らずいつだって大変だと思いますよ」
と答えてきましたが、そういう答えが欲しかったわけではないようです。
真実はいつも受け入れられる訳ではない。

「中村さんと大谷が仲違いしてるんでしょ」とまで
言われたので、私の知らないところで大変なことに
なっているのかなぁと思ったら、情報源は「東スポ」でした。
なぁんだ。そりゃ大変大変。

ただ混乱を呼んでいるのは確かな様子。
先日の会見で、ファーストオンステージと
ゼロワンの関係について中村祥之代表取締役からコメントが
出されました。

中村さんが語ったことを端的にまとめてみます。

sasakey-43787.jpg

☆ファーストオンステージ=ZERO1-MAX
という見方をされてきたけれど、その棲み分けをしていかなければならない。

☆ファーストオンステージはあくまでイベント運営会社。
ZERO1-MAXと必ずしもイコールではない。

☆ファーストオンステージが『プロレスEXPO』に協力しているが、
それによってZERO1-MAXがやっているような見え方になって
いるところがあるが、あくまでもZERO1-MAXとは別なので、
選手が知らないことも出てきている。

☆ファーストオンステージ=ZERO1-MAX という見られかたを
されることで出てくる選手への困惑を省きたい。すぐさま移行できる
わけではないけど、少しずつそうしていきたい。

☆法人化も視野に入れ、いずれZERO1-MAXを独立するようすすめたい。

うぅむ。
わかるようなわからないような。

具体的にいますぐどうこうというわけではないようです。

別って言ってもファーストオンステージの社長は大谷晋二郎ですしねぇ。
そんでも別々と。
なんでわざわざ言わなきゃいけないのか。
今回の発表で何を言いたかったのでしょう。


続きを読む...

posted by sasakey |01:49 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年08月05日

大谷晋二郎の晴れ男伝説

本日はZERO1-MAXが芝まつりで試合を行う日。
昼の時点でガラガラピッシャーン と
豪雨&雷が関東を襲っていました。
遠足や運動会だったら確実に中止です。

それでも大会の取材には行こうと思っていました。
ゼロワンのことだから雨でもどうにかするというか
どうとでもするでしょうし
ZERO1-MAX代表の大谷晋二郎は
雨が降ったらどうするつもりなのか、見てみたかった気持ちもあります。

それはどうしてか。

ZERO1-MAXは毎年、靖国神社で奉納プロレスを実施しています。
たしか最初の年の奉納プロレスの記者会見で
「野外でやるといっても、雨がふったらどうするんですか」
と意地悪な質問をした私に対して
「降りません!」
と答えたのが大谷晋二郎でした。

続きを読む...

posted by sasakey |23:28 | ZERO1 |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加