2009年01月02日

思い入れが田村vs桜庭戦を壊したのか?

2008年大晦日のメインとして組まれた
田村潔司vs桜庭和志戦。

そもそもは、2003年のボブ・サップvs曙に対抗する意味で
組まれたかったカードだったと思います。

テレビ的、大衆的に注目の集まるカードに対して
PRIDE男祭りが打ち出す、わかる人にはわかる
わからない人も、その雰囲気や殺気から
わからないことを惜しむような、そんなカード。
日本の格闘家の技術の先鋭同士に
感情をのせて戦ったらどうなるかを
見せられるようなカード。

あれから5年。

対戦の可能性が浮上しては消え、
浮上しては消えしていくうちに、この一戦には
いくつもの重りがつけられていったのだと
いまは思います。

ようやく決定した後も
会見の「素手でやりたい」という発言、
田村の3本勝負提案。
インタビューなどでも刺激的な言葉が踊りました。

直前の公開練習の取材にも行ったのですが
桜庭は無制限ルールや田村の3本勝負等を
「あれはネタなんで」と、一度すべて否定しました。

あらら。
そうでしたか、と。

まぁ桜庭和志というファイターは
そういうことを言う人です。
見る側の思い入れを拒否するようなことを言う人です。

思い入れを拒否しつづけてきた理由を語る以上のことを
最高の試合を見せつづけることで
クリアしてきた人でした。

そしてようやく迎えた試合、試合直前の煽りV。

わたしは今、プロレスを取材する側ですし、
応援もしている側なので、
「最初の2本は真剣勝負、最後はプロレスです」
という、桜庭の言葉は不愉快でした。
なんだよプロレスですって。
どういう意味で使ってるんだ、おい、と。
聞くほうも聞くほうだし言うほうも言うほうだと思いました。

べつに、それがどうしても必要なことなら
だからこそ戦いたいという理由なら
言ったっていいんですが
なんか、そういうわけでもないように感じたのです。

ただその上で、あの映像通りに
桜庭が本当にレガースをつけて出てきたのだったら
これまでの全部、受け入れて試合を見れるようにも思いました。

照れ隠しと言うにはあまりに長い“フリ”。
だけど、そうでもしなければ
レガースをつけて試合をするわけにいかなかったなら
桜庭の本音は言葉ではなく
これから見る試合の中に全部入っているんだろう、と。

しかしレガースをつけていたのは下柳氏であったのでね。
そうですかと。
わたしが甘かったですと。

小太刀を持っていつもどおりTシャツを中途半端に入れて
レガースをつけて入ってきた田村とは対照的でした。

試合は、顕微鏡で見るような見方をしなきゃ
楽しめるものではなかったと思います。

はたから見ればなんでもない試験管の中で
細胞を培養させて顕微鏡で見て楽しむような
そういうものの見方ができる人なら楽しめたのではないでしょうか。

それを、おかしいなぁと
試合が終わってからずっと思っていたのです。

田村vs桜庭は、そうやって楽しむように組まれた試合では
なかったはずじゃないか。

顕微鏡を持たない人にでも伝わるような
技術と感情とプロの魂を持った2人の戦いじゃなかったのか。
その上で、思い入れの顕微鏡を持っている人なら
一晩でも二晩でも語り明かせるような戦いじゃなかったのか。

そうじゃなくなってしまったとしたら、なんなんだろう。
5年たってしまったせいなのか。
時間が過ぎてしまったからなのか。
その間に、見る側に何が起こっていたのか。

対戦相手に対して
やむにやまれぬ感情があるのなら
それを拳や身体にこめて
伝わるように戦うのが、プロじゃないのかな。

なかったとしたら、なんなんだ。
ないと言うなら、どうなんだ。

そして判定で田村が勝って桜庭が敗れた。

終わってから「またやりましょう」という言葉を
ビジョンの中で見つけて、なんなんだ、それ、と。
またやれるような試合を見たかったわけじゃないよと。

なんともいえない気持ちです。

思い入れというものは
ときに試合を壊してしまうほどに
重たくなってしまう。

しかし作り手というのは
常にそれと戦うのが仕事です。
いや作り手でなくてもOLでもバイトでもそうです。
このくらいの仕事はやれるだろうと判断されているから
それ相応のお金をもらっているわけです。
プレッシャーのない状態で作品が作りたかったら
お金はもらえません。

わたしはすごくこの試合が見たかったですし
田村潔司という選手も
桜庭和志という選手もとても好きですが
今回は、申し訳ないですけど
失敗だったとしかいいようがないんじゃないでしょうか。

見る側、大会側の思い入れに負けて
いい作品(=試合)ができなかったとしたら
それはやっぱ、失敗だったんだと思います。
わたしには、他の試合と比べて
あの試合をいい試合だったと評価することはできないです。

それに、重たい思い入れを素直に受けて
試合をすることも、できたんだと思うのです。
そうすればもっと分かりやすい試合にもなったはず。

それを最後まで拒否して試合を行ったのは
桜庭の側だったにしろ
田村の側も、決して親切ではなかったし
勝ったにしろそれを含めて昇華させた試合をすることは
できてなかったんだし。

田村の「お客さんに伝わらない試合をしてしまった」
「4番バッターのプレッシャーがあった」という言葉は、
私には、上に書いたようなことを
やりながら感じていたゆえの言葉なのかなと思いました。

それを言葉にする田村としない桜庭。
しないのは言い訳をしないということなのか
それとも感じてもいないのか、それは分からない。

でもまぁ心にひっかかる失敗作もあれば、残らない成功作品もある。
失敗作が好きな人もいるだろうし。
失敗だったと思えば次があるのかもしれない。
わたしはあの試合が失敗だったということで
あの2人が駄目なんじゃないんだと、まだ言いたい。

自分が思いきり送りたかった拍手は、
戦いへの思い入れを昇華させて、とっておきの試合を見せてくれた
中村大介と所英男に送りたいです。

田村潔司と桜庭和志が共有した
濃密な「あの時代」への思い入れは、
それを自身の力に変えて、戦いにこめて
いい試合をみせてこそ、存在理由があった。

それを、やっていた世代の田村や桜庭ではなく
見ていた世代の中村や所が見せていた。

リスクがあっておいしくなくて体重差があるキツイ試合を受けた所と
コツコツと大変な試合を勝ち続けて出場権を勝ち取った中村。

その上であの試合を見せた2人を
わたしは、最大限の言葉で評価したいです。

フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
ときどき日本の総合格闘技を応援したり考えたりしています。

posted by sasakey |01:27 | DREAM |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加