2012年02月10日
拙著『殴る女たち』にも登場していただいた
4本のベルトを持つママさんキックボクサー・
NORIKO選手が
ボクシングライセンスを取得されました。
NORIKO選手は、23歳のときに
シュートボクシングのリングでデビュー。
25歳で結婚、26歳でご出産された後も
リングへ戻り、41歳となる現在まで
現役で戦い続けてらっしゃいます。
ムエタイやキックで4本のベルトを持っていることからも
その実力は明らかなNORIKO選手。
持ち前のパンチ力を買われ、女子ボクシング・チャンピオンクラスの
選手たちのスパーリングパートナーを務めていくうちに
自分でもボクシングの実力を試したいと思うようになったのは
自然なことだと思います。
ですが、ボクシングのライセンスを持たず、また
プロテストの受験資格である32歳も
プロライセンスの年齢制限である37歳も
過ぎているNORIKO選手には
JBC(ジャパンボクシングコミッション)の規定から
日本でボクシングの試合をする道は、事実上
閉じられていました。
実力がありながら試合機会を
得られずにいたNORIKO選手は、
試合を求めて海外へ。
2010年7月には、タイのボクシング王者である
ティーラポン・パンミニッと戦っています。
結果は判定負けでしたが、
中身は、NORIKO選手の勝ちといっていい
内容だった、と
その試合をたまたま観ていたタイの食堂の
おばちゃんはコメントしています。
しかしそれにくさらずに
白井具志堅ジムで練習を重ねていたNORIKO選手へ
昨年5月、後楽園ホールで行われた
『ボクシングの日』プロトライアルマッチの
出場という大きなチャンスが訪れた。
NORIKO選手はその試合において
B級ライセンスを持つ
カイ・ジョンソン選手に2分3R、判定で勝利。
自分の実力をはっきりした場で
示したことで、
閉じられていたドアを開けてみせた。
選手として、働く女子として、
そしてお母さんとしてもお忙しいNORIKO選手に
電話でお話を聞いてみました。
「日本の偉い人たちが認めてくれたというのは、
素直に、ほんとに嬉しいです。
その一方で、認めてもらったからには
責任もともなってくるなぁと思いましたね」
これまでのNORIKO選手は
フリーの選手として、いわば拳ひとつで
世界各国で自分の実力を示して
こられたわけですが、
今後は、ボクシングC級ライセンスを持つ
日本の女子ボクサーとして
いいかえてみればその枠組みの中で
実力をみせていくことになったわけで。
実力を認めてもらった、特例として
かんたんに負けてしまうわけにも
いかないし、またそれは
せっかく切り開いた自分の道を
自分で狭めてしまうことにもなる。
試合をするチャンスができた反面、
「けっこうなプレッシャー」も
感じていらっしゃるそうです。
だけど
「毎日練習してるんで、
若い頃より、実力が
下がっているわけはない」
といいきれる、NORIKO選手の強さ。
風邪をひいて練習を休むと
「弱くなるんじゃないかと心配になる」
と、ごく当たり前のようにおっしゃる
「選手」としての心構えや志の高さ。
そうしたものがなかったら、そもそも
ライセンスが出されることもなかったろうし
戦い続け、練習を続けてこられることも
なかったろうと思います。
そのことをご本人に言ってもNORIKO選手は
「そうですか?
毎日毎日、そんなことばっかり考えてますよ」
と、笑うだけでは
あるのですが。
積み重ねた毎日の先に、ふいに次の景色が開ける。
あらたなスタートの先に、どんな戦いが待っているのか。
そしてNORIKO選手の快挙といえるこの
あらたなスタートを知って
心の中に眠っていた闘志を
もう一度、拳に込めて握り直してくれる人が
ひとりでも現れてくれるといいな
と、わたしは思います。
余談ですが、NORIKO選手の息子さんは
ただいま高校受験の真っ最中だそうで、
彼も受験の成功という"ライセンス”を
自分の手で、つかみ取ってくれるといいな、と
勝手に祈っています。
そこにもまた、挑む人がいる。
(写真はNORIKO選手のブログからお借りしました)
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
殴る女たちと戦う人たちをときどき応援しています。
posted by sasakey |23:05 |
女子格闘技 |
2012年01月10日
テレビ向け格闘技というのは
言い切ってしまえば「異種格闘技戦」で、
“こんな面白い奴”と“こんな面白い奴”が戦う!
これだけ言い切っちゃってるから負けたら赤っ恥だ!
というものなのだな、と
ガチ相撲以降、めっきり増えてきた
というか、目に付くようになってきた
「芸能人対決もの」の番組を見ていて感じました。
前にスポーツナビのブログでも書きましたが
谷川プロデューサーが
「格闘技はそもそも、他流試合なんですよ。
他流試合が続いていくと競技になる。
競技になると、他流試合は弱くなる」
とおっしゃっていたことと
私の中でつながりました。
(その日のブログは →コチラ)
K-1は、というか
テレビ向けの格闘技は
他流試合であり、異種格闘技戦なのだろうと。
いまさらながら
昨年9月に放送されたガチ相撲には
いろいろ考えさせられるところがありました。
ツイッターではとりいそぎ
・テレビ格闘技を究めるとこの形になるのかなと思いつつ自分としてはM-1(漫才のほう)を見ていたような気持ちで楽しみに見てます。
・田村潔司選手に賭ける有吉氏の姿、というわかりにくいところで胸一杯でした。
・私はSASUKEとか筋肉番付とかM−1(漫才のほう)と同じものとしてしか見ていないですが、そういうものとしてとても面白かったです。>ガチ相撲 前に秋山準選手が筋肉番付で優勝候補の宮崎大輔に綱引きで勝ったときとかすごい燃えたなぁ。
というようなことだけツイートしていましたが
ガチ相撲や「ほこ×たて」とかを見ているうちに
「こういうことを芸能人にやられたら
格闘技がいくらテレビ向けの
カードを用意したとしても、出る幕が
なくなってしまうんじゃないだろうか」
という不安も感じていたので
心から盛り上がることは
できなかったです。
対決番組そのものは、
格闘家の皆さんが世間の目にとまるチャンス
そして活躍の場を作ってくれて
ありがとうございます、という気持ちと
格闘家が「スゲー!」って言われているのを
見るのは嬉しいなぁ
というような気持ちがおり混ざったところに
勝利者予想で「田村」と書く有吉氏の姿を見て
感無量(※ガチ相撲) だったので
小さな不安などはあまり気にしないでおこう
と思っていたのですが
先日の「炎の体育会系TV」や
「TEPPEN」を見たあたりで
これは、格闘技的なものが
扱われているというチャンスではなくて
戦う人間の面白さ、対決までの心の動きや
ささいなエピソードを拾って盛り上げて行く
格闘技の手法や醍醐味を
芸能人同士の対決に奪われちゃっているという
ピンチ、なのではないか
と、感じ始めてきました。
K-1 MAXの中継などで昔
強引なキャラ付けを揶揄されたりしていましたが
格闘技そのものは
むしろ今、競技なり結果なりを
積み上げて行くチャンスの時なのではないか
と思っています。
消費されないためのものを作れるとき。
むしろ無理に世間向けのことをやろうとしても
多分しばらくはこの
対決バラエティブームみたいなものは
終わらないだろうし、またどうしても
比較されてしまうでしょうから
格闘技で無理にそういう対決を仮に今やっても、
痛々しいものになってしまうだろうな と。
そしてもしかすると
格闘技がテレビで流れないからこそ
こういう番組が必要になっているのかも
しれません。
だとしたら余計に
今後、テレビをあてにした
格闘技の盛り上がりというのは
難しくなるので
他流試合じゃなく競技の面白さ
という面が、重要になっていくはずです。
テレビ格闘技にしても
続いていけばネタがなくなっていくし
ひとまわりすれば多分
反則をして勝ったりズルして負けたり
勝ちを狙ってイマイチになったりという
競技とのジレンマが浮かんでくる可能性が
あるので、そういうときに
格闘技がブレずに格闘技していれば
スッキリと多くの人に
受け入れられるのではないでしょうか。
テレビ格闘技の影響をへんに残したまま
芯を貫けずに衰退していくというのが
いちばん見たくない図です。
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
格闘技とテレビ格闘技をときどき応援しています。
posted by sasakey |21:36 |
K-1 |
2011年11月24日
11.23、TDCホールで行われた
『R.I.S.E. 85』のセミファイナルで
神村エリカ選手とRENA選手が対決。
5Rを戦い抜いて
勝利したのは、RENA選手でした。
戦前は神村選手有利の声しか聞かなかったです。
というか、私もそう思っていました。
ちょっと難しいだろうと。
アッサリと神村選手が勝ってしまうんじゃないかと。
・・・すみません。
この日の試合に向けて、RENA選手は
地元である大阪を離れて
シーザージムに泊まり込んで、
朝も昼も夜もトレーニングをする毎日を送っていました。
当日、RENA選手のセコンドには、
師匠である及川兄弟
(及川知浩選手・ナグランチューン・マーサM16選手)と
シーザージムのタイ人コーチ、
ダムさんがいました。
早期決着するかと思っていましたが
RENA選手がうまく神村選手の距離をつぶしていて、
カウンターをヒットさせる。
プラス、神村選手の左に対して左、
さらに前蹴りを上手く使って入らせずに
神村選手をイライラさせていく。
近づかれると組んでしまう神村選手にイエロー。
3Rにはさらにもう1枚で減点1となってしまって、
これが勝負の分かれ目だったと思います。
最初は神村選手を見ていて
固いな、と思っていたのですが
後半ははっきりと
イライラしてるな、荒っぽいなと感じるようになりました。
蹴ってパンチ、突き放そうとして組んでブレイク、の流れで
その中でうまくRENA選手が
前蹴りやカウンターを取っていました。
神村選手のイライラみたいなのは
増していくばかりに見えました。
それは、自分が主戦場とするR.I.S.E.の大会という
気負いなのか、そしてそれをセコンドも
うまくコントロールできなかったのか。
考えてみれば神村選手が所属するターゲットの伊藤会長は
R.I.S.E.の主催者ですから、セコンドにはつけない。
もしくは、神村選手には
今大会で同じジムの選手が敗れてしまったことで
自分が勝たなきゃという気持ちがあったのかもしれない。
それがもともとの気負いを強くしてしまったのか。
いや、もう少しさかのぼって考えれば
神村選手は、前日計量で100gオーバーした時点から、すでに
らしくなかったのかもしれない。
5R終了。
判定の前に勝ちを確信していたのか、
両手を突き上げて喜びを見せたのはRENA選手でした。
神村選手は、コーナーで下を向いて、
それからもう一度顔を上げて、手を上げてアピール。
減点のポイントを考えればRENA選手勝利、
もしくは延長かと思いました。
判定は46-45、47-46、48-46の3-0で
RENA選手の勝利でした。
マットにつっぷして勝利を喜ぶRENA選手。
そんなRENA選手をかつぎあげて讃えるセコンドのダムさん。
ベルトを腰に巻いたRENA選手。
いつもより少し感情的なマイクの最後に、
「私が女子最強です!」の言葉。
試合後は、たくさんの記者が
RENA選手の言葉を追いかけていました。
「何だろう。今はまだ、何も考えられないです。
夢見てたことが、本当に現実になって。
夢だったら、どうしよう」
もちろん夢ではないです。
「勝ちたいっていう気持ち、
それが勝っていたんじゃないですか。
追う者と、追われる者。
私は、どっちの気持ちも味わったことがあるから。
神村選手が大好きになるくらい、
24時間、神村選手のことを考えていました。
試合のDVDも何度も見て、
ストーカーか、っていうくらい
神村選手のことを考えてた。
神村選手は本当に強い選手で、勝ち続けてて
私は負けちゃったから、普通に考えて
私が不利だし、向こうには勢いがあるし。
でも、それをはねのけて、違うだろ、みたいな。
まだ実感わかないです。
でも、これからみんなの笑顔を見ていくうちに
しあわせっていうのが、1個1個
ふえていくのかなって、思います」
伊藤会長は大会総括の中で
「(神村には)過信みたいなものもあったと思う。
今日は、相手に感情をコントロールされるっていう
今まで見た中で一番悪い戦い方だった」
としながらも
「ただ、それを乗り越えられれば、また一皮むける」と、
これからの神村選手に、期待をかけていました。
そして「大会の主催者という立場でいえば」という前置きのあと
「RENA選手が勝ったことで、
これからが楽しみ。女子の層がこれで厚くなる。
これが横につながっていけば、もっと盛り上がる」
とも。
もっともっと振り返って考えていけば、
RENA選手が勝利した要因というのは、いくつも
さがせるのかもしれません。
ただそれらがあっても
RENA選手の努力なくしては
勝利には、つながらなかった。
思えば『炎の体育会TV』で
男性芸人3人を相手に勝利したのが今年1月です。
そして4月に急遽決まったエキシビションで
神村選手にダウンをとられて赤っ恥(だったと思います)を
かいてしまい、6月に高橋藍選手に負けて
SBレディースのベルトを巻くチャンスを逃し、
8月の再起戦で勝利し、R.I.S.E.に乗り込むと宣言したものの
9月のワンマッチで、外人選手相手に判定負けを喫してしまった。
くさって、落ち込んでしまうことも
いくらでもできたと思います。
「辞めることも考えた」と言っていましたが
それも当然の、アップダウンありすぎの1年です。
それでも、くさらずに
「神村選手に勝てば、今年のことも全部
おつりがついて帰ってくる」と前向きに考えて
自分を追い込んだ。
負けて、くさってダメになっていく選手なんて
いくらでもいます。
選手に限らず、普通の生活の中でも
何かにチャレンジして失敗して卑屈になったり
うまくいかなくて投げ出したりする人なんて
いくらでもいる。
でも、RENA選手はそうしなかった。
そして、くさらずに努力していても
勝てない、という選手も残酷なことに、いくらでもいる。
現実でも、いくらでもそんなことはある。
でも、RENA選手は勝った。自分の力で。
今回の勝利で
モチベーションが切れてしまうのでは?という
記者の質問に対してRENA選手は
「いえ、むしろ『戻ってこれたな』って。
『まだいける』って思えたんで、
もっともっと、強い人と」
不利な状況を、文字通り自分の努力を
つみかさねて勝利したRENA選手。
心から、拍手を贈りたいです。
そして、またいつか、
神村選手との戦いが見てみたいです。
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
女子の格闘技をときどき応援しています。
posted by sasakey |01:04 |
女子格闘技 |
2011年11月22日
ザ・インタビューズというサイトで
神村選手とRENA選手の対決に向けて質問をいただいたので
それに答えてみました。
直前になって申し訳ない限りなのですが
こちらにも転載させていただければ と思います。
まずは、どっちが勝つんだろう、どっちが負けちゃうんだろう、
結果が見たいようで見たくない、知りたいようで知りたくない!
・・・そんな試合が女子格闘技で、しかもTDCホールという
大きな場所のセミファイナルという舞台で実現することが
とても嬉しいです。
そしてそういう舞台と見る側のワクワクと期待、
全部を背負えるだけのパワーがこの試合にはあります。
期待している反面、見る立場で言えば非常に複雑でもあります。
というのも当たり前ですけど勝負だからどっちかが負けてしまうからです。
二人とも若くて、非常に負けず嫌いで、
この試合で負けることのダメージの大きさというのを
深く理解できる頭の良さを持っている。
そういう2人が戦って、どちらかが勝ってどちらかが負けてしまう。
ほんとうに当たり前のことを書いているようですが、
勝ち負けの残酷さがこれでもかと詰まった試合です。
そして、試合を経て勝敗を手にした二人のこれから、
感情のひとつひとつが興味深いです。
二人とも若いですし、当たり前ですがべつに
ここで終わるわけじゃない。
ただ、この試合で勝つか負けるかで、今後歩んで行く道が大きく変わる。
ありえないことですけど、できることなら
勝った場合と、負けた場合。ふたりの両方の人生を見てみたいです。
予想としては、どうしたって現状の勢いから見て
神村エリカ選手の優位は揺らがないと思います。
ありきたりな言い方になりますが、
追いかける立場であるということが
RENA選手の追い風になるなら、
圧倒的な結果にはならないかもしれない、
もしかしたらがありえるのかもしれない、
というのが正直精一杯です。
ただ・・・・・・
あれだけ勢いがあって、実力もあって、
勝ち続けていて、自分のほうが
優位だということも理解していて、
そこでほんの少しの隙も出来ないとしたら、
それはどういう十代なのっていう。
そんな18歳がいるとは思えない。
いるとしたらそれはもうなんなのですか。
それが神村エリカなんですか、って。
もしかしてそれを止めて、
神村エリカの悔し泣きを見せてくれるのが
RENAなんですか、とも。
神村選手は今回勝利した場合、
より海外志向が強くなるというか、
日本の選手との試合は当分
見られなくなるんじゃないかと思うんですよ。
そういう意味でも貴重というか大事な試合。
R.I.S.E.の会場はRENA選手にとってアウェイですが、
高橋藍戦なんかを思い出すと、むしろSBよりもR.I.S.E.の会場の
ほうがやりやすいんじゃないかなという気もします。
あと、大会のオープニングアクトを務める
あやまんJAPANさんには
ぜひこの試合を観て感想を言ってほしいです!
マイティ・モー選手も神村選手と同じジムで
調整しているようなので、彼女のパンチが
どうだったかとか聞いてみたいです。
観に行かれる方は試合はもちろん、
入場から試合後ふたりが
どうやってリングを降りるかまで、
がっちり見届けてほしい。
きっと目が離せないと思います。
3A-LIFE presents RISE 85 ~RISE HEAVY WEIGHT TOURNAMENT2011~
2011年11月23日(水/祝)
TOKYO DOME CITY HALL
開場14時00分/本戦開始15時00分
(オープニングファイト14時15分開始予定)
▼初代RISE QUEEN決定戦 3分5ラウンド無制限延長ラウンド
神村エリカ(TARGET/Girls S-cup2011王者、WBCムエタイ女子インターナショナルライトフライ級王者、WPMF&WMC世界女子ミニフライ級王者)
RENA(及川道場/Girls S-cup2009・2010王者)
R.I.S.E. オフィシャルサイト
http://www.rise-rc.com/
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「ときどきキックアウト」は
女子の格闘技をときどき応援しています。
posted by sasakey |12:13 |
女子格闘技 |
2011年11月09日
格闘探偵団バトラーツが11月6日に解散し、
今日(11月9日)は、ZERO1のリングで
澤宗紀選手の引退試合が行われます。
澤選手の引退は
仕方ないと分かっていながらも
もったいないし、残念です。
「やりすぎくらいがちょうどいい」
おなじみとなったキャッチフレーズは
澤家の家訓らしいですが
その言葉に嘘いつわりなく
いつでも、やりすぎなファイトを
見せてくれていました。
以前も自分のブログで書いたことですが
澤選手の、一戦一戦に全部賭けてる感じと、
試合に試合以上のものを求めすぎてないところを
私は尊敬してました。
試合中、完全燃焼するということと
試合を観たお客さんを楽しませるということ
そのふたつだけをやりつくすということに
集中できるということが
すごいなと思ったのです。
プロレスラーに限らず
なにか仕事をしたり表現をしたりするときに
対象だけに全力を傾ける、役割に没頭するというのは
なかなか難しいことです。
どうしたってもっと自分のことをよく見せよう
みたいな、自意識のようなものが
出てきてしまって
それを見る側に感じさせると
なんかウザいなと思わさせてしまうのですが、
澤宗紀選手は(迷う時期もあったように見えましたが)それを
完璧にコントロールしていました。
仕事に仕事以上のものを求めず全力を尽くす。
自分なんか所詮変態ですからというスタンスで最高のものを見せる。
あとさき考えず爆走しつつも
着実に自分の評価を高めている澤選手の姿は
あんなふうに自分も仕事しよう と感じさせるだけのものが
確かに、ありました。
バトラーツ所属の彼は
「バトラーツありきのプロレス」と
最後まで、その志を貫いて辞めていこうとしていますが
いまさら言うまでもないくらいのことなんですけど
澤選手がいなかったら
バトラーツは、もっと大変なことになっていたはずです。
澤宗紀が澤宗紀を貫いている限り
あんまりマジメな褒め言葉を言うと
そぐわない感じがあったので
あえて言うこともなかったし、
いまさら言うまでもないのですが、澤宗紀としても
ランジェリー武藤としても
ほんとうに、いい選手でした。
プロレスラーの魅力は選手の数だけありますが
彼ほど「若さ」と「バカさ」を
体現してくれた選手は、
もう現れないかもしれないです。
完全燃焼してくれることを願って、信じて、
最後を見送ろうと思います。
☆11月9日(水)後楽園ホール(午後6時半開始予定)
「YARISUGI FOREVER 2」 午後4時より発売
【当日券料金】S席6000円 A席4000円 学生(要学生証)1000円
☆オープニングタッグマッチ
矢野啓太&竹嶋健史 vs 小幡優作&不動力也
☆タッグマッチ
藤田峰雄&橋本大地 vs フジタ“Jr”ハヤト&横山佳和
☆タッグマッチ
佐藤耕平&KAMIKAZE&崔 領二&柿沼謙太 vs
ザ・シーク&ポール・トレイシー&マーク・フセイン&ライディーン
☆インターナショナルJr選手権試合
(王者)菅原拓也 vs ショーン・バーネット(挑戦者)
※クレイグ・クラシック欠場のためNWAがショーン・バーネット挑戦者に指名
☆NWA UNヘビー級選手権試合
(王者)ハートリー・ジャクソン vs 植田使徒(挑戦者)
☆NWAインターコンチネンタル・タッグ選手権試合
田中将斗&ゼウス(王者組) vs 大谷晋二郎&曙(華斬・挑戦者組)
☆「YARISUGI FOREVER」〜澤 宗紀 引退試合〜
澤 宗紀(バトラーツ) vs 日高郁人
橋本大地とフジタ“Jr”ハヤトの対決がタッグで行われます。
プロレスラーを親に持つふたりですが、
境遇はまったく違う。
ファイトスタイルも、おたがいの性格からいっても
意識しないわけがないし、また張り合わないわけもない。
数年後、間違いなく黄金カードとして
シングルの対決が行われるはずのふたりです。
澤選手が引退するから、というだけでなく
このカードのために、観に行ってもいいんじゃないかとさえ
思います。
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ZERO1と澤宗紀をときどき応援しています。
posted by sasakey |01:59 |
ZERO1 |
2011年11月05日
昨日のブログにも書きましたが
バトラーツの試合について
もう少し、書きます。
最後ですしね。
バトラーツの試合を語るとき
「熱い」とよく言われますが
私個人は、
「熱い」と感じたことは
なかったです。
すごい正直に言うと
バトラーツが熱いのではなく、あれで
当たり前だと思っていました。
きっと、この選手が内に抱えているものを
思いきり相手にぶつけたら
こういう試合になるのだろう、
それを立ち上がれなくなるまで
繰り返していたら、
こういう試合になるんだろう。
というものが、私にとっての
バトラーツでした。
それを「熱い」と表してしまうのは
私の表現では
すこし、違う気がしました。
私が最初に見たプロレスがバトラーツだったから
いつからか「そういうものだ」と思い込んでしまっていたのか
私がもともとプロレスを見る前からどうかしていたからなのか
分かりませんが、
そういう感じ方だったので、
バトラーツを「熱い」というのは、
分かっていても、よく分からなかった、
というのが、
いまだから言うことです。
「ひたむき」は分かります。
「感情がむき出し」も分かります。
そうだったなと思います。
「バカ」も、分かりますし、文章で使ったこともあります。
バカみたいだったからです。
相手を殴りたいからといって、そうそのまま
愚直に殴りにいくのもどうだろう
とか、
そうか、あの選手はもう立ち上がる力はないけど
悔しいからなんとかしようとして
あんなぶざまに、相手につかみかかったんだ
とか。
バカみたいだ、と思いました。
だけども、
きっと、そうやってバカみたいに戦っている様に、
どうにも惹きつけられて止まりませんでした。
そして、バトラーツの試合には
みょうに心地いいリズムみたいな
ものがあった、とも思います。
ただ、それも不思議なもので
「あの選手、まとめようと無理してんな」
みたいな試合のときには、見ている側が
なんか気持ちわるいリズムになったりもするのですね。
逆に
「みっともない試合だなぁ。必死なのは分かるけど、
どうすんだろう、ここから」
みたいな展開の試合のほうが、
妙に、こっちを惹きつけるときがあった。
バトラーツなりの戦いのリズム。
リズムにはまったときのバトラーツの試合は、
おかしな話ですけど、
見ている側に「癒し」のような
感情を、くれたりもするのです。
全力でバカみたいに殴り合っている人たちがいる、
そうすることで何かを伝えたい人たちがいる。
そうした存在こそが、
ときに、どんなにやさしい言葉よりも
癒しになるときがある。
もしくは、バカみたいだなぁって思って
その瞬間を、楽しめればそれでいい。
バトラーツは解散しますが、
11月5日、新宿でまだ、観れます。
解散の日は、バトラーツらしいリズムの
これ以上ないほどにバカみたいな試合が
観られるはずです。
■格闘探偵団バトラーツ解散興行『Once upon a time BATTLARTS〜あの時を忘れない〜』
11月5日(土)東京・新宿FACE 開場17時45分 開始19時00分
<ダブルメーン最終試合 30分一本勝負」
石川雄規
池田大輔
<ダブルメーンその1 30分一本勝負>
澤 宗紀
スルガマナブ
<セミファイナル 30分一本勝負>
田中 稔、日高郁人
臼田勝美、山本裕次郎
<第4試合 20分一本勝負>
アレクサンダー大塚、竜司ウォルター
スーパータイガー、三州ツバ吉
<第3試合 20分一本勝負>
小野武志、土方隆司
田中純二、真霜拳號
<第2試合 15分一本勝負>
華名
雫あき
<第1試合 15分一本勝負>
矢野啓太
竹嶋健史
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格闘探偵団バトラーツをときどき応援しています。
posted by sasakey |00:16 |
格闘探偵団バトラーツ |
2011年11月04日
11月5日、格闘探偵団バトラーツが解散となります。
バトラーツの解散については
いろんなことを考えすぎていて
あまりうまいことばが出てきません。
私が一番最初に見たプロレスは
バトラーツのプロレスでした。
『PRIDE.10』をテレビで見たことが
私が格闘技に興味を持ち始めたきっかけですが、
そこから格闘技雑誌やプロレス雑誌を買いあさって
『紙のプロレス』を読んで
格闘探偵団バトラーツに興味を持って、
戸田競艇場で行われていたバトラーツを
観に行ったのが、一番最初に
ナマでプロレスを見た思い出です。
一番最初に見たカードは
石川雄規 vs junji.com(マッハ純二)でした。
つぎに見たのが女子プロレス提供マッチで
神取忍vs広田さくらでした。
はじめて見た試合は面白くて、
なんだろう、なんなんだろう、これは、
という気持ちになりました。
一緒に行った相手は
格闘技好きのプロレス嫌い、でしたが
試合を観て
「これって何なの?格闘技なの?プロレスなの?」
と、あきらかに戸惑っていました。
その後駒沢大会を観に行って
バトラーツに関する記事やインタビューを
読みまくって、気がつけば
私はバトラーツのファンになっていました。
一番最初に好きになった団体は
バトラーツでした。
並行して見はじめたZERO-ONEと
バトラーツが絡むたびに
ワクワクしていました。
石川雄規vs村上和成を夢中になって見てました。
そして
一番最初に嫌いになった団体も
バトラーツでした。
思い出すといまでも複雑な気持ちになるんですが、
ZERO-ONE(当時)の
『火祭り』騒動のゴタゴタです。
どうしても意味がわかんなかったです。
意味がわからなくて、言い訳を読むたびに
心が離れていきました。
ただ、それに対して
バトラーツの受けたダメージも
どえらく大きく、残酷なものだった
ように思います。
嫌いにはなっても、
そこまでひどいことになられるとちょっと、
という、複雑な気持ちでした。
2001年11月のNKホール大会で
バトラーツは一度幕を下ろしました。
その翌年、私はファンから
記者として、バトラーツを見る立場になりました。
バトラーツは「石川屋」という串焼きの店を開いたりしつつ
地元である埼玉・越谷に根ざした活動をはじめようと
していました。
02年には、DEEPのリングで
臼田勝美選手が長南亮選手に飛びヒザで敗れ
アゴをワイヤーで固めた生活を半年ほど強いられて
いたりと、踏んだり蹴ったりな
ことになったりもしていましたが
2003年から、バトラーツはプロレスの大会を行いつつ
レフェリーでありジムのコーチだった
井口摂選手が、GCMで連勝し
挑発しまくるマイクで会場を盛り上げたりも
しはじめました。
ほぼ、ゼロに戻った状態から
少しずつ、バトラーツが
息を吹き返すように動き始めていったのでした。
2005年10月、ビッグマウス・ラウドが旗揚げされて、
原学と臼田勝美が離れた。
練習生として吉川祐太がいた。
そして澤宗紀が正式にバトラーツの一員となり、
矢野啓太と及川千尋が加わった。
嫌いだった頃の嫌な気持ちは
どうしたって忘れられなかったけど、
それ以上に、見ずにはいられないものが
バトラーツの中に、生まれ始めていました。
いやだったことは、いやなままだけど
それを理由に見逃してしまうのは
あまりにも、もったいない。
いやなことは苦い味を残しているけど、
それでも、目の前で起きていることから
目を離したくないし、伝えたい
それでいいだろう、と思うようになりました。
トップに石川雄規がいて、
澤宗紀がいて、吉川祐太や矢野啓太や
及川千尋がいて、竜司ウォルターズがいて
池田大輔率いるフーテンプロが旗揚げされて、
原学(現・スルガマナブ)や大場貴弘
(アングロサクソン大場、というリングネームが忘れられない)や
小野武志らの試合が観られるようにもなって、
そこに飯伏幸太や伊藤博之や佐々木恭介らが
参戦して、戦いを見せてくれるようにもなった。
バトラーツやバチバチの戦いは
私には、やりたいことを思いきり
全身で、全力を使って相手に伝えたら、
そうなるのだ、という試合に見えました。
そのシンプルさが、とても心地よかった。
越谷の桂スタジオで大会が行われると
多くのお客さんがそこから石川屋に流れる雰囲気が
感じられて、このまま、そういう大会が続けばいいな、
と勝手に思っていました。
エロ社長という呼び名さえ持っている石川雄規が
PTA会長をしていると聞いて驚いたこともあります。
その後、バトラーツは
越谷の駅前開発にともなって道場を失い、
(当時、道場はホントに駅からすぐ近くにありました)
石川屋が無くなり、吉川が引退し、及川が寿引退して、
少しずつ、活動の規模を狭めていきました。
そして、今回の解散。
好きと嫌いの両方をいったりきたりしたから
バトラーツと名の付くものに対しては
どうしても特別に見てしまって
語ろうとすると
こうして長い文章になってしまう。
私が知っているときだけのことを書き出しても
分かるように、バトラーツの歴史は
いくつかに別れています。
私が書いていない、旗揚げから
両国大会までの期間こそ、バトラーツだと言う人も
たくさんいるでしょう。
解散するといっても
いつのバトラーツの話なのか。
終わるといえば、もう何回も終わっているはず。
だけど、
終わるんだ。
幾度切れ切れになっても、続いてきたバトラーツが、
ほんとうに、解散する。
残念だけれど、もう見られないのは悲しいけど、
燃やし尽くした、やり尽くした結果だというのは分かる。
だとしたら、
11月5日はキャンプファイヤーみたいに
心残りも何もかも全部燃やし尽くして、終わっていけるように。
その炎を、できるだけたくさんの人と、囲めますように。
■格闘探偵団バトラーツ解散興行『Once upon a time BATTLARTS〜あの時を忘れない〜』
11月5日(土)東京・新宿FACE 開場17時45分 開始19時00分
<ダブルメーン最終試合 30分一本勝負」
石川雄規
池田大輔
<ダブルメーンその1 30分一本勝負>
澤 宗紀
スルガマナブ
<セミファイナル 30分一本勝負>
田中 稔、日高郁人
臼田勝美、山本裕次郎
<第4試合 20分一本勝負>
アレクサンダー大塚、竜司ウォルター
スーパータイガー、三州ツバ吉
<第3試合 20分一本勝負>
小野武志、土方隆司
田中純二、真霜拳號
<第2試合 15分一本勝負>
華名
雫あき
<第1試合 15分一本勝負>
矢野啓太
竹嶋健史
そして、
キャンプファイヤーの実行委員長である澤宗紀は、
バトラーツの最後という炎を見届けた後で、
自分の選手生活にピリオドを打とうとしています。
■11月9日(水)後楽園ホール(午後6時半開始予定)
ZERO1 「YARISUGI FOREVER Ⅱ」
「YARISUGI FOREVER」〜澤 宗紀 引退試合〜
澤 宗紀 VS 日高郁人
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
格闘探偵団バトラーツをときどき応援しています。
posted by sasakey |01:29 |
格闘探偵団バトラーツ |
2011年10月24日
伝え聞いただけであっても
みょうに引っかかって、離れない言葉というものが
誰にでもあると思います。
その昔、長州力選手が
総合格闘技ブームに対して言った言葉が
私にとってはそのひとつでした。
『PRIDE』をはじめとする
総合格闘技がブームになった頃、
プロレスはそれを無視できないんじゃないか?
そう聞かれた長州力選手の言葉は
「もう出来事だよ、俺が見ている分には」
でした。
出来事。
できごと。
その言葉をわたしは
聞き手であったGKこと金沢克彦さんから
こんなふうに言っていた、というように
伝え聞く形で教えてもらったのです。
多分、5年位前に、お酒の席かもしくは
雑談の流れで聞いたのだと思います。
聞いたときから、おもしろいな、と思いました。
『 意識はしている、視界には入っているけど
所詮は単発の、勝った、負けたの出来事でしかない
自分たちがやっているプロレスは
出来事ではなく物語で見せているのだから 』
・・・・・・そんなような思いがあるのかなぁ、と
勝手に想像させてくれる発言であると同時に
あ そういうこと言うんですか みたいな感じで
格闘技好きとしては、どういうことだよ と
なんだかちょっとイラッとさせられる
ような感じもなくはないのですが
“あの”長州力選手が言っている言葉だ、と考えると
その苛立ちも、別にイヤじゃない。
プロレスラーとして総合格闘技ブームに
意地を張っているようにも感じられるけど
その意地の張り方はイヤじゃないのです。
先日、ふいにそのことを思い出して
金沢さんに発言の背景を教えていただきました。
発言がされたのは2000年7月7日、
長州力vs大仁田厚の電流爆破マッチが決定し
全日本プロレスが分裂し
NOAH旗揚げが発表され
ケンドー・カシン選手が『PRIDE.9』で
ヘンゾ・グレイシー選手と握手を交わした
・・・・・・そんな背景の頃。
(ちなみに、翌月の8月23日には
故・橋本真也さんが、100万羽の折り鶴をきっかけに
引退撤回を表明します)
いま考えるとドラマチックというか
ダイナミックに大きな物事が
動いていたときでした。
そうした中での
「その場その場の、ただの出来事だよ」
という発言。
12年経って、いまその言葉を思い出して
いまのプロレスと総合格闘技を見てみると
最初にその言葉を聞いたときとはまた違った
年月だけじゃない複雑さが
私のなかにあります。
忘れられない言葉があるように
忘れられない出来事だってある。
※インタビューが掲載されたのは
『週刊ゴング』2000年7月27日号、
ムック本「おい、金沢」にも収録されています。
『時間無制限14本勝負「おい、金沢」―長州力VS金沢克彦 (Nippon sports mook (48))』
※突然思い出して突然連絡したにもかかわらず(しかも深夜・・・)
丁寧に時代背景および掲載号を教えてくださった
GKこと金沢克彦さんのオフィシャルブログ
『プロレス留年生 ときめいたら不整脈!?』
フリーライター佐々木亜希がときどき更新するブログ
「ときどきキックアウト」は
プロレスと総合格闘技をときどき応援しています。
この言葉を思い出すきっかけになったテーマ
「いい試合はどうして記事にならないのか?」は
個人ブログの『日刊佐々木亜希(仮)』で書いていますので、
よろしければ読んでみてください。
posted by sasakey |23:20 |
総合格闘技 |
2011年09月12日
9月11日、新木場1stRINGで行われた
『ジュエルス 16th RING』において、
AACC所属の富田里奈選手が
11ヶ月ぶりにジュエルスのリングへ復帰されました。
富田選手は、2009.2.4プロデビュー。
強豪選手の集まる52kg級戦線の中で苦戦しつつも
存在感を発揮している選手です。
富田選手は166cmと、
女性としてもこの階級の選手としても長身です。
ゼブラ柄のコスチュームもおしゃれですが
(※今回は黄色になってました)
合わせるパーカーやTシャツも非常に
個性的でセンスがいいな、といつも思います。
いわゆる女性誌的ファッションじゃないんですけど、
オリーブやCutie系のおしゃれ&サービス精神と
長身ゆえのスマートな感じが印象的で、
彼女を見ていると「おしゃれ番長」という言葉が浮かんできます。
今年の最初に、そんな富田選手が
子宮頸がんだという発表を聞いて驚きました。
子宮頸がんそのものは
女性なら誰でもかかる可能性のある病気で、
近年では20代から30代の女性の発症率が増加しています。
個人的には、私の友人にも手術された方がいますし、
女子プロレスでは風香さんが、引退後に
同じ病気で手術をされているとご自身の
ブログで公表しています。
発見が早ければ、手術をしても
妊娠も出産も可能な病気です。
今年3月に手術され、無事に成功して、
5月から練習を再開し、
9月の復帰となりました。
試合は、1R4分24秒。
腕ひしぎ十字固めでの勝利でした。
試合後、富田選手は
支えてくれた仲間と、応援してくれた人たちに
お礼を言って、
最後に両親への言葉をマイクにのせました。
「お父さん、お母さん、
また格闘技が出来る体に産んでくれて
本当にありがとうございます」
試合後のコメントを聞きに行くと
「最初に(子宮頸がんだと)聞いたのは1年以上前でした。
それから、月単位で検査、検査で、
段階があって。
落ち込んでいるときは、
年間、4000人の人が亡くなっているとか、
悪い面しか目に入ってこなかったし、
自分も死ぬのかなぁとか、そういう恐怖感もあって。
でも、あんまり人にそういう部分を
見せるのは、恥ずかしくて」
と、おっしゃっていました。
格闘技へ復帰することについて、
御両親から、反対はされなかったそうです。
「復帰よりも、最初に格闘技をはじめたときのほうが
大喧嘩でした。
手術した後は、普通に戻ることが大事だったんで。
格闘技をできる日常に、戻れたのが嬉しいです」
たいへん個人的なことですが
昨年の11月13日、
富田里奈選手は、私の本の出版記念イベントに
協力してくださいました。
富田選手は本には登場しておらず
試合直後でイベントに来られなかった
藤井惠選手の代理のような形で
出て下さったので、それもホントに
すみませんだったのですが
そういう場ながら上手に自分の立場や空気を
読み取ってトークしてくれたのでした。
富田選手のおかげで
イベントが盛り上がった部分も大きかったので、
その富田選手が、子宮頸がんだったというのは、
私にとって、おしゃれ番長うんぬん以前に
驚きと戸惑いがおそってくるニュースでした。
昨日コメントが終わった後で、あらためて
イベントに協力してくださったお礼を言って
あのときはもう、ご自分の病気を知っていたのですか、と
たずねてみました。
「知ってました。はい」
その後、ドイツで試合をされてますよね。
「はい。あの時は、とにかく試合がしたくて、
飛び出していっちゃった感じですね。
手術をするよりも前に、試合しないと、
ふんぎりがつかないって思って」
ドイツで試合っていう話を、私は
イベントの控室ではじめて聞いて、
唐突な話だなぁと思った記憶がありました。
でも、そういう意味だったんだなぁ、と。
今回かぎりの復帰ではなく、
続けてきた練習を糧に
今後も、選手を続けていくという富田選手。
「いつか結婚して、子供を産むまでは、
選手として、やっていきたいです」
そして
「今、まだ検診とかに行っていない人も
多いと思うんですけど、
女性なら、みんななる確率のある病気で、
なおる病気なんで、
みんな検診に行って欲しいです」
とも。
子供を産むという可能性が
女性の体と人生を
すこし複雑にしています。
それは選手に限らず。
複雑だからこそ、女子の格闘技は
ひとつの試合がいくつもの意味をはらんでいたりする。
その場では分からなくても、
あとから思えば、大切な試合になったりもする。
格闘技を思いきりやる、という日常もある。
どんな人の日常も
輝くものでありますように。
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富田里奈選手のブログ サブ魂
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posted by sasakey |16:34 |
女子格闘技 |