2008年09月12日

空想上の器械体操をやめよう。

FWはシュートを打たねば・・・
大口を叩く前に結果を残さなければ・・・
闘う気持ちを表に出さねば・・・

そう言う前に私たちも恐らくやらねばならぬことがある。
サッカーを知らねば、監督や選手の意図を理解せねば、自分の解釈でよいサッカーを持っていなければ・・・
ムードでしかないナショナリズムや偏狭としか言いようのない民族主義、コンプレックスからきているとしか思えない『日本人は・・・』という大上段からの語り口。全て、サッカーの内容を精査するのに必要のないものばかりだと僕は思う。

「代表は常に勝利を目指さねばならない。」
というのは嘘である。
そういう覚悟を持った者だけに、代表としての資格があるだけの事である。私たちファンが言う事ではないと僕は思う。
自らを投影し、夢を託す存在。その集合体が代表でもクラブでも「チーム」なのだと僕は思う。

シュートを打たないFWは私たちの姿なのかもしれない。ズルズルと下がるDFラインも、リスクの無い選択も、アリバイの為のポジションどりも、突き抜けようとする者に疎ましい感情を覚える姿も、全ては私たちの姿であると言える。

意見は言いたいのに、リスクは負いたくない・・・・僕は意見を言うならば、リスクは負うべきだと考えます。どんな批判も受けて然るべき。それが嫌ならば口をつぐむのほうがよっぽど潔い。
それをして始めて意見を言う資格があるのだと僕は思うし、サッカーに携わる者への敬意がはじめて担保されると僕は思っている。
僅かな批判で傷つくナイーブさはサッカーには不要だと僕は信じる。
日本サッカーの日本化には、ファンたちのサッカーに対する愛情と厳しい目が必要不可欠だと僕は思う。サッカーを語ろう。

追伸 ブログ再開のご挨拶です。次回はオシムイズム~8~です。それにしても久しぶりだ・・・

posted by モーリー |20:39 | コメント(5) | トラックバック(0)
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