2007年06月27日

願うは優勝のみ・・・アジアカップをめぐる『情緒』と『論理』。

トーナメントを含む大会で『ノルマ』を求めるのは難しい。
かといって日本が普通に試合をすれば、グループリーグで敗退することは考えられない。
カタールは野心ある強化をしているし、ブルーノ・メツ率いるガルフカップ王者UAEも油断ならない。ベトナムは開催国で、熱狂的なファンを持つ・・・
ただ洩れてくる情報では、日本が負けるのは考えにくいという意見がほとんどだ。僕はこれを信頼する(笑)。
パワーバランスがわずかの間で変わるのは考えにくい。サッカーの歴史ではなおさらそうだ。少なくともアジアでそれを成し遂げたのは日本だけである。
それに実際戦ってみなければ、日本が弱くて負けたのか、他の国が強くて負けたのかはわからない。ようするに蓋をあけるまでわからない。それに強敵の出現は長期的には喜ぶべき出来事である。

『自信』と『過信』は違う。よく言われる言葉ではある。
アジアカップに臨む日本選手でそれを理解しない者がいるだろうか?
彼らは、あらゆるカテゴリーでアジアと戦いその厳しさも知る者達である。彼らは学んできたからこそ、日本を代表するサッカー選手になりえたのだと、僕は思う。彼らにそういう心配は無用だと思う。何よりオシムはそれを最も嫌う。そこら辺りのマネージメントもぬかりはないはずだと信じている。

『結果』が出なければオシムを『解任』すべきだという声もある。結果とは根拠もなく『ベスト4』であるという意見がある。韓国やイランやオーストラリアには負けてもしょうがないという意見まである。
僕は「絶対に負けて欲しくない!!。」
これは「絶対に勝て!!」ということではない。
僕は、「負けてもしょうがない。」と戦う前から構える国が勝てるとは思わない。勝負の命運を分けるかもしれない「情緒」を放棄するような議論などいらない。
目指すのも、望むのも『優勝』以外にはありえない。
応援する側が分裂したままで、チームに結束を求めるというのは『アンフェア』である。
彼らは『日本』代表である。彼らが表現すべき『日本』は、分裂する日本か?結束する日本か?
彼らもまた同じ時代に生きる日本人達である。もしチームが内部崩壊したとして、攻める資格を我々が持つかどうかはわからない。

そして『チームの結束』とは何か?
全員が同じ意見を持つということでは断じてない。『衝突』と『論争』を繰り返してもなお信じられる『大義』を持ち続けることである。
アジアカップでその大義は『優勝』以外に有り得ない。

ドイツワールドカップを外から眺めるしかなかった藤田俊哉は語る。
「どんな時でも最後はどうしたいのかって言うことさえ間違えなければ、どんな人がいてもいいと僕は思っている。それはドゥンガの教えなんだよね。『俺がみんなにスゴイ文句を言っても、結果的に試合に勝ったあとにみんなが笑って”良かったね”って言えるほうが、何も言わずに負けるよりはいいだろう。』って。それだ!!って思ったの。どんなに言い合っても、勝つためにやるなら何も問題はない。いろんな選手がいてもいいけど、最後のところをみんなが一緒に合わせておけば絶対にいいと思う・・・(中略)・・・あとは監督が選手をチョイスするだけだ、と」
< 「」部分引用『敗因と』金子達仁・戸塚啓・木崎伸也著 >

僕の望みは『優勝』とその為の『結束』である。
ドゥンガのようなリーダーの出現は望まない。ドゥンガだけがリーダー像ではない。井原や宮本も立派なリーダーだった。
このチームにはリーダーになりうる選手はたくさんいると思う。
中澤、川口、阿部、啓太、参加が微妙になっているがトゥーリオ・・・もちろん全員がチームに対して役割を持つ、高原や俊輔が若い選手に話してやれる事は多いだろうし、遠藤はその包容力で・・・播戸は持ち前の親分肌で・・・羽生は明るいパーソナリティで・・・黙々とチームに献身を示す加地や駒野や巻・・・全員がチームに尽くし、全員が『英雄』となって帰国することを僕は期待したいと思う。

彼らは僕らの願いを引き受けてくれるはずだ。そうでなければ『日本』を代表する資格は無い。
ただ願いを引き受けた彼らが『優勝』するとは限らない・・・勝負とはきっとそういうものである。

「アンビバレントなポリバレント・・・」
オシムの言う日本の魅力である・・・日本のこの精神性はそれこそ何百年、何千年と重ねられている。
それは、日本の宗教史ひとつ眺めれば理解できる。
それは異なる思想や意見の中に『共通の感情』を見出してきたからでもある。
日本の勝利を願うファンも今は一つになっていい。


追伸
「正しい」と主張している人は、大体その「振る舞い」が正しくない。これは僕の生きてきたなかでは間違いなく当てはまってきた。
異なる意見でも共通の感情は見つけられると思う。
違いは単なる違い。優劣は存在しないことだってある。

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2007年06月23日

痛恨の敗北から一年・・・日本に『縦軸』はあるか?

2006年6月22日。ドルトムントはヴェストファーレン・シュタディオン・・・日本はブラジルによってこれ以上ないほどに粉砕され、大会を去った。
日本にとっては、プロ化以降「一つの集大成。」になるはずだった大会でもあった。
右肩上がりだと、信じられてきた日本のサッカーは、これまでのどの大会よりも、無惨に敗れ去ってしまった。

大会後には犯人探しが始まり、日本を愛し、サッカーを愛したジーコは大会後に初めて多くのメディアから「監督の力量」を問われた。
あまりにも無節操な批判に溢れたのではないか?
2002年の敗北の反省から「個」の重要性が問われ始めた。そして「個」を引き出す監督としてジーコは、日本の監督に就任した。彼は日本の可能性を誰よりも信じていた。
ただ、彼の人間性や思想とは無関係にピッチで繰り広げられるサッカーはあまりにも前近代的だった。選手選考も「フェア」だとは思えなかった。少なくとも僕は・・・・

幸い多くのメディアは自己反省を始めたのではないか?テレビやスポーツ新聞という名の大衆紙に期待するのは、もう諦めたけれど・・・・
多くのサッカーを愛するメディアは痛恨の敗北に触れ、自己反省とともにその立場を定めようとしている。迷っている状態なのかもしれない。そうだとしてもサッカーそのものが深まるのならば大歓迎だ。僕だって、答えなど持っていない。
でも選手やジーコやメディアだけのせいだとは思えない。僕らは果たして何にも関わっていなかったのか?
見る側の願望の源泉は「自己満足」や「気分の高揚」ではなかったか?
もちろんその全てを否定しようとは思わないけれど・・・・つまりは日本代表の敗北は、日本の敗北であるわけで・・・・僕は「結果」が全てだとは思わないけれど、少なくとも「納得のいく敗北」ではなかった。

何故これほどまでに「魂が揺さぶられない」と感じたのか?
「ドーハの悲劇」や「ジョホールバルの歓喜」・・・「フランスW杯の三戦全敗」でも心は震えた・・・足が折れてでも戦った、言い訳を決してしない彼らをそこまで攻める気にはならなかった。

「世界の壁」なる見えない敵に翻弄されるまでもなく、「自分の壁」すら越えられなかったように見えたドイツでの日本代表は、まだまだ「個」が足りないとされ、「世界の壁」はまだ高いとされているように思う。それは真実かもしれないが、僕はどうにも納得が出来ない。

「敗因と・・・」でチームの軋轢の一部分が表面化した。
ジーコは週刊誌で「腐ったリンゴがいた。」と言った。
全員が己を主張し、利益を追求するその姿は「現代日本の象徴」と言ったら、言いすぎだろうか?

死んでも倒れないと言った中田英寿は日本サッカーの象徴として、10年近く走り続けた。
プレイの是非や振る舞いの是非は語られてしかるべきだが、ドイツでの彼は少なくとも「古き良き日本」を表現してくれた。彼の発言は矛盾が多い。ただ、ピッチではいつでも明快だ。
いつでも戦い、いつでも勝利を目指す・・・・その姿はいつでも美しかった。

彼は世代間の意識の違いを言っている。
年齢こそ近くとも自分の精神性は「旧世代」に属しているとも言った。
彼の恩師の一人マッツォーネは「彼をとうして、日本人を知った。」と言った。いかなる困難が立ちふさがって逃げ道があったとしても、彼は「日本人だから・・・」と笑って、困難な道を選んだ。
死んでも倒れない!と言った彼は、骨折してなお走り続けた中山を「あれは倒れてもいいよ。」と嬉しそうに何度も話したという。

中田の最後の試合から一年でもある。
彼はドイツで自分の全てをピッチで表現して、プロのピッチに別れを告げた。
オシムの言うように「絶望」したのかもしれないが、彼が最後に残したものは「希望」でもあるように思う。

繋がれるべき『魂』のようなものを、彼が残したと信じたい。

サッカーがいくら進化しようとも、忘れるべきでない『縦軸』を彼が残してくれたのだと信じたい。

彼のドイツでの姿は、僕が表現して欲しい『日本』だった。

日本は『縦軸』に繋がれているか?

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posted by モーリー |18:42 | コメント(16) | トラックバック(0)
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2007年06月12日

こちら側の『構え方』・・・五輪最終予選に向けて!!!

間もなく五輪を目指す若き代表の最終予選の対戦相手が決定する・・・
最終予選のレギュレーションは過酷だ。4チーム中1チームしか報われることのない戦いは残酷極まりない。一つの失敗も許されず、ともすれば一つの判断ミス、一つのトラップミスが予選突破の成否を決することもあるかもしれない。
それでも僕は思う。ぜひとも日本の入る組は『死の組』になって欲しいと・・・・

個人的には、五輪本戦に出場すること、メダルを獲得すること、それ自体は重要ではない!と思っている。
もちろん何事にも成功体験は重要だと思う。日本サッカーに足りないものを考えれば、『自信』は間違いなく一つの要素ではあるし、それは戦術なき人格者でありフル代表の前任者であったジーコが4年間かけて植えつけようとしたものでもあった。監督としての能力はともかく(失礼!)として、日本サッカーを思い、サッカーそのものを愛するジーコの言葉もまた日本にとっては大事なモノだと僕は思う。何からでも学ばなければならないし、その貪欲な姿勢こそが日本のあるべき姿だと思う。
もちろん五輪選手になること、メダルを獲るようなことになれば、間違いなく素晴らしい。

しかし、もっと重要なことは世界に伍する選手の出現であり、彼らの世代がいかにして、日本の強化に結びつくか?ということの方が遥かに重要だ。日本が目指しているのは「世界のトップ10」であり、今はその道の途中だ。
僕はそれに辿り着く方法に「五輪出場」が絶対条件とは考えない。若い彼らには『失敗する権利』はあるはずだ。その前提を考えておかねば『挑戦して欲しい』と願う資格すらないのではないか?と考えるようになった。
僕が恐れるのは『何となく』勝ってしまうことであり、世界で戦う為の『チャレンジ』をしないままに予選突破してしまうことだ。アジアチャンピオンは『世界で戦う為の自信』にはなりえない。サンドニの虐殺、ドイツでの瓦解・・・日本サッカーの歴史は既にそれを証明している。

だからこそ『死の組』を望む・・・・

極限での摩擦や軋轢、そこからの腹を割った話し合いや結束、それを実体験として記憶するほうが遥かに重要だ。そうならなくとも、後悔や絶望、屈辱といった負の体験が、選手を強くする事だってある。思えば、僕らの心をいつも震わせてきたのは、屈辱や敗北の歴史を刻んできた者だった!!

僕らはやはり彼らに世界で戦う為のサッカーを求めなければならない。その挑戦を促すために『失敗』は許容せねばならぬのではないか?指揮官や選手を含めて彼らは若い。経験も少ない。アジアでの勝利を求めるだけが、彼らにとっての世界への近道ではないのではないか?

「日本人選手は重圧のかかった試合をあまり経験できない・・・」
「日本は特殊な島国だから、他国の状況とは違う・・・」
なるほど説得力のある言葉だ。でもそのことが『チャレンジ』を奪っているとしたら、皮肉だ。なぜならそれは「世界の壁」ではなく「自分達の壁」だから・・・
この言葉は真実だろうか?
僕は普段から戦わない者が、世界大会だから戦えるとは思えないし、そもそも自分のサッカーを突き詰めない者が「五輪」を経験したからといって、世界の中の自分を知ることが出来るとは思えない。
だからこそ僕は『死の組』を希望する!!

僕は反町監督とその選手達に、世界を見据えたアグレッシブなサッカーを期待する。チーム結成当時のような、思い切りのよいサッカーを・・・
もちろん「美しく死んでいい・・・」ということではない。「死ぬのなら、前のめりに死んで欲しい・・・」と僕は思う。
後悔なき敗戦はありえない。だとしても、「ああすれば良かった。」とか「もっと積極的に行けば良かった。」「もっと話し合えれば・・・」そういう種類の後悔だけはやめてほしい・・・例えば前回のワールド・ユースで彼ら自身が体験したような・・・

僕は反町監督とその若い選手達に「挑戦」を求める。アジアを出し抜くためのではなく、世界を見据えた挑戦を・・・・
その為に僕は、応援する者として、よき観客として、全力の敗北は許容する。

見る側のその構えが、長期的に勝利を産む『いいサッカー』を実現させると信じて・・・チームそのものを後押しするものと信じて・・・

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posted by モーリー |17:50 | コメント(14) | トラックバック(0)
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2007年06月07日

『負け』を恐れない『勇気』。『失敗』を通して学ぶ『現実』。

情熱と誇りを訴える指揮官の元に集うのが、イエスマンばかりに見えるのは気のせいか?
「日の丸」の重みを訴える指揮官とその選手達が背負うものは何であろうか?
自分達よりも遥かに小さい相手に球際で互角の戦いに終始し、味方の為のフリーランを怠り、ボールを持てば可能性の低いラストパスを繰り返した・・・

「日の丸」の重みとは何であろうか?
それは理解者もなく信念と意志で走ったカズの姿であり、それは足が折れても決してピッチを離れなかった中山雅史の姿であり、「もう出来ることはこれしかない!!」と意識がなくなるまで走った中田英寿の姿ではなかったか?

その他にも、その前にも多くの涙と汗があり、彼らが立っている現在地はすなわち「それらの土台」の上だ。
彼らとは、五輪代表の若き面々と反町監督の事だ。

昨日の試合は悲惨だった。見ている側としては「ストレス」ばかりが募る試合だった。下手なのはしょうがない。点が取れないのもしょうがない。でも「勇気」もなければ相手への「敬意」もない。誇りと情熱などは決して感じることが僕には出来なかった。
突然10人ものメンバーを入れ替え、Jのレギュラーである甲府のセンターバックをチームに返したと思えば、アピールチャンスだったはずの増田や菅沼はベンチに座っていた。彼らはレギュラーメンバーを支えたバックアッパーだったし、増嶋は「五輪の為」に甲府へと旅立った選手だった。
相変わらず5人ものDFラインで、そのラインは深い。相も変わらずリアクションしか出来ない指揮官だと感じる。選手の配置や、システムの設定に指揮官の「勇気」を感じることは出来ない。リアクションを否定はしないが、A代表とは随分違うのは明白だ。枝村や杉山、増田や菅沼がいる中でそれが出来ないとは思わない。DFの細貝も勇気のある選手だと僕は思っているし、「コンパクト」な甲府のレギュラーの増嶋はうってつけの人材だと僕は思う。

反町監督の狙いが全くわからないわけではない。ベンチに座る彼らの「態度」を見ようとしたのは理解できるし、近年多数のJリーガーを輩出する大学サッカーを刺激することで「日本サッカーの底上げ」を図ろうとする意図もわかる。どちらもジーコ時代へのアンチテーゼととる事も出来る。日の丸の重みを説くことも、誇りと情熱を訴えることもジーコ時代へのアンチテーゼだと僕は感じている。
ただ、ドイツでチームが壊れたのは「正当性なき競争」がベースにあったはずだ。増田よ菅沼よそれでも頑張らなければならないのだ!!と言うにはあまりにも「酷」だ。監督の顔色ばかりを窺う選手を育てたいとでも言うのか?先発として出る選手が、その理由をピッチで示さなければ、チームが壊れるのも致し方なしと僕は思ってしまう。

反町監督が見せているサッカーが、見せようとしているサッカーが「日本のサッカー」とは思えない。指揮官が「勇気」を見せなければ、選手が臆病になるのも無理はない。「警戒」を飛び越えた過度の「恐怖」が選手の出足を確実に鈍らせている。「勝負」もせずに「失敗」は出来ない。「失敗」がなければ学ぶことすら出来はしない。

子供は暗闇の中に怪物を見るという。
「世界の壁が・・・」
「アジアの戦いは厳しい・・・」
「このままでは無理だ・・・」
監督が暗闇の怪物を育てているようにしか思えない。
「世界の壁」にぶつかる前に「自分の壁」すら越えられない姿は、ドイツで見たあの日本代表の姿ではなかったか?

この世代はユース大会で一勝も出来なかった。当時の大熊監督は「勝利こそ経験」と言い放ち、臆病なサッカーに終始した。大会後選手達が口を揃えて言ったのは
「もっと勝負したかった・・・・」
同じことが繰り返されるならば、彼らにとっての悲劇に違いない。持つことのない「コンプレックス」を感じるのは必然だとでも言うのか?

今、指揮官に求められるのは「私達」という感覚だ。
「俺も世界を知らない。どこまで出来るかベストを尽くそう!!」
と問いかけることであるはずだ。反町監督の優れた能力はコミニュケーション能力であると僕は思っている。それを今こそ発揮し、「現実」を知る良き戦いの場にして欲しい。
「競争」させようとしている・・・と選手に見透かされては駄目なのだ。

指揮官に「勇気」がなければ、チームは「勇気」を持ち得ない。
今こそ監督として誇りと情熱を・・・・
「負け」を恐れていては、何も得られはしないのだから・・・・





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posted by モーリー |13:25 | コメント(8) | トラックバック(0)
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2007年06月05日

イビツァ・オシムを孤独にするな!!

「なあ、オレたちは孤独だなあ・・・」
これは、日本サッカーに情熱を注いだ指揮官が漏らした言葉だ。
多くの者が理解してくれず、ところ構わず議論を吹っかけられた。協会の圧力なんかもあったらしい。
その名はデットマール・クラマー。いまだに日本サッカーの慈父と言われ、「変わることのない基本を残した。」と言われる人物である。
僕としては、40年以上も前に日本人の長所はスピードとスタミナ・・・と言っていることも興味深いのだが、彼がどうやって日本サッカーにとって重要な人物になっていったのかも興味深い・・・

彼は庭師の父を持ち、日本庭園の写真をたくさん飾ってあったような家庭で育ったという。
日本行きが決まると、サムライ映画を観たり、心理学や哲学の本を読んだりしたらしい。その知識は日本側の関係者を驚嘆させるほどのものだったらしくクラマーさんの口からは、「剣道」「弓道」「禅」の世界で使われる「残心」という言葉まで出たらしい。ピンとくる日本人の方が今や少ないかもしれない言葉だ・・・

そのクラマーさんにピッタリと寄り添った男がいる。
協会から「吸収できるものは全て吸収しろ!!」との命を受け、クラマーさんのアシスタントをすることになった岡野俊一郎さんである。後に協会の要職をになう人材である。
冒頭の発言をクラマーさんに投げかけるとこういう返事が返ってくる・・・
「日本中何処へ言っても岡野が弟のように助けてくれた。だから、『孤独』は感じなかった。」
と言っているらしい。
後に韓国でも指導したクラマーさんが「韓国を理解しようとしない。」と追放されたことを思えば、岡野さんの存在は大きかった。トルシエ時代の日本代表の環境を岡野さんはこう思ったそうだ。
「トルシエに日本を理解させる人間がいない・・・」

オシムと日本の最初の出会いは古い。
オシムは1964年の東京五輪に選手として来日した。帰国後に「素晴らしい国だった。」と言っていたらしい。特にホスピタリティに感動したらしい。貸し出されていた自転車で日本を周ったオシムは農家の方に果物を振舞われたという。
そしてオシムが日本に来る決め手となった人物との出会いは90年のワールドカップ前までさかのぼる。その人物は現グルノーブルGM祖母井秀隆さんである。
オシムをして「徳の人。人によって態度を変えることは有り得ない。」とまで言わしめる人物は、日本サッカー協会の要請を断って今はフランスにいる。
これは推測になるが、川渕キャプテンの「オシムが・・・」という発言でなく、正式に、道義に沿った手順を踏んだのであれば彼が今頃協会にいても不思議ではなかったと思っている。

「家族同然」の祖母井さんはもう日本にいない。
そして現在のオシムは戦っているように見える。
日本のスターシステムや、サッカーを消費しようとするメディアと・・・
メディアは、視聴率が低いと叫び、観客が少ないと煽る。「不人気代表」と嘲笑し、「知らない選手ばかりだ!」と評論する。自分の不勉強さは棚に上げるらしい。僕でも全員知ってるぞ!と叫んだところで届かない。メディアはサッカーそのもので論評しない。

オシムは「日本で監督という仕事が出来ることは何と幸せか!」と言っている。
彼は行き過ぎた商業主義やコマーシャリズムがサッカーを壊すと考えている。彼自身がその中に身を置き、「それ」をしてきた。
そして辿り着いた日本に「サッカー」はあった。
豊かな日本では、サッカーは「手段」ではなく「目的」だ。そこが素晴らしい。とオシムは語る。
オシムは知恵と勇気のサッカーで勝利できることを証明しようとしている。
日本で最も「商業主義」的な日本代表の監督として・・・・


かつてクラマーさんはメキシコ五輪の三位決定戦後、精根尽き果てて寝入る選手達を見て涙したという。

オシムと日本の最後はどのような結末になるのか?
日本サッカーの前進の為にも、学んで吸収する為にも、オシムを孤独にしてはならない・・・

『サッカー』を語ろう!!!

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posted by モーリー |17:12 | コメント(17) | トラックバック(0)
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