2008年02月12日

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

『はやさ』と『技術』。

全てはゲームの為に・・・それが為されていれば、オシムは何も禁止しない監督だ。それが有効であり、手段ならば、オシムはどんなアイデアやトリックも喜んで眺めるだろう。
最近良く思う事はオシムが本当に成し得た事は、千葉においても、代表においても、素晴らしい組織を構築したという事ではなく、むしろ個々人を鍛えることで、チームを素晴らしく有機的で同じ「意志」を持った組織を作ったことだと思うようになった。いわゆる「システム」に当てはめるでもなく、選手に合わせたサッカーをするだけでもない。選手そのものを伸ばしてしまう。もっと言えば、その選手の才能と全力を引き出す事が出来る。
そういう意味では彼は本当のコーチだった。

前回の記事で触れたことの続きですが、オシムは日本人には「はやさ」と「技術」があると言った。そして彼が言うところの「はやさ」と「技術」とはどういうものなのか?少し考えて見たいと思います。
その前に日本のサッカー界にいつもあるこんな議論について考えてみます。
「日本にカカがいれば、メッシがいれば、あるいはC・ロナウドがいれば・・・居ないからこそ日本は組織で対抗し、勝負しなければならない・・・」
皆さんも一度は聞いたことのある、あるいは似たような言い回しを聞いたことがあると思います。もちろんいるに越した事はないけれど、彼らですらも組織の中でしか輝けない。あるいは彼らの特別な能力を、戦術の一つに置く事はあっても、彼らが戦術そのものにはなり得ない。と僕は思います。
少なくともこのような意見に僕は賛同したくないし、そんな後ろ向きな気持ちで作られる組織に僕は魅力を感じません。オシムも恐らくは(少なくとも全てには)賛同しないでしょうし、日本人選手には日本人選手にしかないクオリティがある・・・と反論するかもしれません。もちろん多分ですが・・・

「一人一人が体格で劣っていても、個人技で劣っていても、全員が速い判断で連動を続けていけば、ちょっとやそっとじゃ止められないのかな?というのがかなり見えてきた。」
とは中村俊輔の言葉である。
そして今現在も日本で足りないとされる『個』の能力・・・この漠然にして曖昧な言葉が、日本の進路を曇らせているのではないか?僕はそう思います。

例えば日本のサッカーと世界のサッカー。どちらがより有機的で能動的なサッカーか?と言われれば、間違いなく現時点では世界のサッカーと僕は答えます。個人技に秀でた選手・・・日本で言うところの「個」のある選手(同義で使われているような気がします。)ですら、組織の一部として、あるいは組織の後ろ盾を得てしか輝けないのが、世界の潮流だと僕は思っています。

オシムはある個人の特別な技能を発揮させる為に働く選手、組織を機能させる為の目を持つ選手を「水を運ぶ選手」と呼び、その必要性を説きました。実際にその選手達を得たチームは、かつての「オールスター」のチームよりも遥かに美しいサッカーを見せることでその正しさを証明したと思います。

「日本人選手はその技術をゲームで有効に使えていない。あるいは速いスピードの中では精度が落ちる。」
「日本人は本当に練習熱心だ。ただ、それは独りよがりかもしれない。」
巻は居残りのシュート練習を何度も却下されたそうだ。オシム曰く
「私の練習には必要なものが全て詰まっている。」
練習の為の練習と思っていたのかもしれない。あるいはゲームに必要な技術というものを考えさせる為に言った言葉かもしれない。いずれにせよ、オシムは日本人選手はゲームにおいて全ての能力を発揮できていないと思っていたのだろう。

中村俊輔が、漠然としたイメージで語ったサッカー。
それを可能にする「はやさ」と「技術」こそが、サッカーにおける本物の「はやさ」と「技術」なのだと僕は思う。
オシムが日本人に「技術」があると言ったのは、日本人のボール扱いの上手さや器用さを、自分ならばゲームに昇華できる自信があったからなのではないだろうか?
あるいは「はやさ」と言ったのも、ただ単に敏捷性があるといった身体的な特徴だけではなく、自分ならば学習意欲旺盛な日本人選手に、判断や準備などサッカーに必要なあらゆる「はやさ」を叩き込むことが出来ると考えていたのだろう。
少なくとも純粋な意味でのスピードではないと思う。(遅いとは思わないけれど)
「松井がはやいと思っているのならばどうかしてる・・・」
と言ったのも敢えて言ったことだろう。だとすれば我々は何故言ったのかを考える必要があるように思う。
Jで、あるいは国際試合で戦った外国人選手は口を揃えていう事は、サッカーがはやいと意味とは別に
「すばしっこいし、しつこい、ちょこまかしてやりにくい。」
この特性を生かしたときに、前述したような課題を、日本人の特性である旺盛な学習意欲で武器にすらした時に、オシムの言うところの日本人によるサッカーの「日本化」があるともオシムは思っていたのだろう。
これらにオシムをして凄まじいと言わしめた「走りきろうとする意欲」をプラスしたサッカーこそが日本の目指す道ではないか?と思う。

かつてピッチで数々の芸術を披露したベルカンプはサッカーの未来をこのように語っていた・・・
「これからのサッカーはセンターバックを二人残して全員がフレキシブルにポジションチェンジを繰り返していくようなサッカーになっていくんじゃないのかな?」
オシムはさらにこの二人のうち一人もよりポリバレントな能力を持っていることが望ましいとした。彼の目線は常に未来に向かっている。
ベルカンプの予言は当たりつつある。そしてオシムが、
「サッカーの未来は日本の望むべき方向に向かっている。」
と言った。祖母井さんによれば彼は誰よりも日本サッカーの未来を信じていたという。オシムは日本人選手のクオリティならば、そのようなサッカーが出来ると信じていたに違いない。

今の日本のサッカーに、あるいは日本のサッカーの未来に本物の「はやさ」と「技術」はあるだろうか?
あるいはファンである僕たちは、サッカーにおける本物の「はやさ」と「技術」が見えているだろうか?
現代表コーチの大木さん曰く
「日本化?それはみんなでやるんだよ。」
だそうである。

敬称略

posted by モーリー |18:24 | コメント(18) | トラックバック(0)
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オシムイズムの体現者たれ! ~3~

オシムのサッカーはオシムにしか出来ない。
いい加減故人(死んではないけどね)に縋りつくのはやめようぜ。

posted by ん~・・・・ | 2008-02-12 20:05

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

いい話ですね。
こういうことを皆が考えて動けば日本のサッカーは良い方へ向かうのではないかと思ってます。

3次予選タイ戦の辺りで岡田監督は、
「オシムさんがつくった良い部分は継承して進めていく」
と言ってました。
その試合の内容は、まるでフランスW杯の頃の延長のように見えて残念でしたが、言った事を信じてみようと思っています。

posted by ohinawa | 2008-02-12 20:41

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

>オシムのサッカーはオシムにしか出来ない。

オシムサッカーというよりは
そのメタレベルの話をしているんではないかな。
そして日本サッカーはその方向性で今後突き進むのではないかな。
オシムイズムというよりは
オシムが気がつかせたサッカーの本質、
といったところではないか、と思います。

>縋りつくのはやめようぜ

そういう理解は間違っているのではないかな。
オシムを経験して日本サッカーに蓄積されていくものについて語っているのではないかな。

posted by 080212 | 2008-02-12 21:15

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

>そして今現在も日本で足りないとされる『個』の能力・・・この漠然にして曖昧な言葉が、日本の進路を曇らせているのではないか?僕はそう思います。

管理人はドイツ大会終了時の選手達の言葉をド忘れしていますね。
「1対1で通用しないと世界では戦えない」と
述べておりますが。

大体もう帰っこない人があー考えていたとか後ろ向きの発言してなにになるんですか?

posted by のど元過ぎればか・・・・ | 2008-02-12 22:12

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

私はオシムが大好きですが、道半ばで監督を辞めざるを得なかったのに、それ以前の彼の言動や行動を取り上げて「日本化はこうだ」と言うのは、正しいとは思えません。

彼は、まだ自分の考えをピッチに3割も表現していなかったと思います。
たった1年半でしたから。

オシムがおおまかに言ったのは、「個も重要、組織も重要。どっちとも等しく重要」ということと「個の技術力=個の力、とは限らない。考える力や運動量も個の力」ってことくらい。

それ以上は、残念ながら藪の中だと思います。

posted by ジダ | 2008-02-12 22:21

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

お久しぶりです。

「オシムのサッカー」→「オシムが考えた日本人に適したサッカー」ですよね。

ですので「オシムのサッカーはオシムにしかできない」というのは「変」な解釈だと私も感じています。

先の代表の選手達は「1vs1で負けていても、2vs2や2vs1にすれば世界と戦えること」を確信しているはずです。俊輔の言葉もソレですよね。

日本人には、「数的優位」を作り出すための「すばしっこさ」も「文化」も「判断力」も「技術」もある。

日本人を率いて世界と戦うのであれば、オシムが考えた継承して欲しいと思いますね。

posted by 蹴導 | 2008-02-13 12:35

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

>それ以上は、残念ながら藪の中だと思います。

オシムが特別なサッカー哲学や戦術でももっていたように考えるのは、間違えでしょう。
オシムが目指したのは欧州では普通なサッカー。
日本人に“普通のサッカー”を気がつかせたのがオシム。
よって藪の中というわけじゃない。

posted by 080213 | 2008-02-13 13:30

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

すごく為になること(わたしにとってもサッカーの未来のためにも)を書かれていますね。
いろんなことを気づかされました。

わたしはオシム監督にとても共感を覚え、サッカーがとても好きになりました。
オシム氏の生き方、考え方から勇気をもらい、人生を教えてもらったような気すらしています。

日本のサッカー界においてだけでなく、生き方や
人としてのありかたもオシム氏に学ぶべきことは
多々あるのです。
氏の教えを継承していくこと。
それを選手たちが体現していくこと、教わった選手たちが教えを汲んでいくことができればと
心から願ってやみません。。。

posted by オシム氏の想い | 2008-02-13 14:09

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

>080212 さん

>080213さん
に同意です。

さらに言えばオシム氏が他の人とちがっていたのは、彼の考えを選手に伝えるための具体的な方法(練習法のアイディア)を持っていた(あるいは次から次へと案出しえた)ことです。とりわけ「考える」こと、「判断する力(イメージする力を含めた)」を鍛える練習法についてはそう感じます。そういう力は、根本に付和雷同的なところのある日本人に欠けるものであると同時に、サッカーにおいて本質的な部分を成すと思うので、なおさらのことです。その形で彼は「個」の力をも伸ばしていたと思います。(コーチとしての能力に比して勝負師としては能力について言えば、彼がW杯で日本代表を率いる指揮官として最適かどうかには議論の余地があると思います。)

もちろん今は「オシム監督」ではなく「オシム氏」ですから、彼を神格化したり非現実的な仮定法で語るべきではなく(それこそオシムが唾棄するところでしょう)、彼の指導を財産として生かしてゆくべきだろうということです。それはこれまでの代表監督から日本サッカーが様々なことを(功罪とも)吸収してきたのと同じことだと思います。そして今はオシム氏についてそういうふうに考える時期になっているということだと思います。

そこで管理人さんのおっしゃる「はやさ」と「技術」ですが、それはこれから選手や私たち(?)が自分の頭を使い日々地道な試行錯誤を重ねて「創っていく」ものなのではないでしょうか。それが大木コーチの言うことだと思います。長文失礼。

posted by うが | 2008-02-13 17:29

返信

ん~…さん。
コメントありがとうございます。
それについては~1~ですでに解決ずみです。よろしかったらどうぞ。

ohinawaさん。
コメントありがとうございます。
僕はただの観客ですから、観戦に行った時や、選手と触れ合うときに、わずかながらも「俺は見てるよ。」と言いたいのです。
ですから観客としての「私たち」ということになるのでしょうか?負けても拍手を送れるような・・・そんなサッカーバカでいたいですねぇ。
岡田監督には詳しいほうだと思います。彼は正直者で、人格者ですが、サッカーのコーチとしてはどうでしょうかwwいや、とりあえず信じるしかないんですかね?
励ましの言葉ありがとうございます。

080212さん。
コメントありがとうございます。
他の方へのコメントはちょっと・・・でもちゃんと読んでくれている人がいるのだなーと、少し感激しています。
サッカーの本質!!まさにそれですね。
蓄積されるべきものについては少し不安ですね。サッカーにおいては、観客も一つの要素だということを考えれば、大分不安です(苦笑)
しかし、オシムのサッカー理解や、彼の思う本質というものを、進化させる者の存在を僕は信じています。信じたいのかな?
ともかく日本サッカーの為に、今こそ振返るべきだと僕は思うのです。

のど元過ぎればか…さん。
コメントありがとうございます。
それは「個」の解釈が僕とは、随分違うのだと思いますよ。僕はあの惨敗を絶対に忘れないし・・
僕の書いていることが、どうして後ろ向きなのか?僕には少しわかりません。

ジダさん。
コメントありがとうございます。
まさに仰るとおり。個の考え方については僕も似たような感じです。
ただ理想のサッカーを創造する事は、現実に何が足りないかを考えることと表裏一体だと思うのです。
オシムが10割表現できていたとしても、それはオシムの表現する日本のサッカーであって、正解ではない。それこそ、完成度の高いチームや、選手個々の能力を引き出しているチームが競って、スタイルというものは完成するのかなーと思っています。それも大木さんの受け売りなんですが(笑)
それに「日本化はこうだ」と言っているというよりも、精神的な構え方を書いているような気もします。あと、漠然とではなく言葉の前提を丹念に探ることで、サッカー理解を自分自身深めたいと思っています。
しかし、これがノスタルジーとか、そういう感情ではないと思ってもらうためにはどうしたらいいのでしょう?

蹴導さん。
お久しぶりです。「F」抜きマリノスタのモーリーです。ブログのほうチェックさせてもらっています。紹介してくださってありがとうございます。嬉しかったですよ。それから、こちらにリンクさせてもらっても宜しいでしょうか?
あとマムシはきちんとチェックさせてもらいます。入団が決まったときは何度もそちらのブログで予備知識をつけさせてももらいました。それから岡田さんの船出の試合・・・もやもやした気持ちを吹き飛ばしてくれてありがとうございました。僕も同じ気持ちでした(笑)
あー前置きが長くなった。
しかし「文化」というのはいいですね。それに数的優位というのもまさにそのとおりで、創造性あるフリーランニングこそが日本のサッカーの基盤の一つになるべきだと僕は思います。
オシムのサッカーとはつまり、オシムが考えた日本人に適したサッカー!!本当に仰るとおり!!
あと、4-3-1-2のボールの取り方(よかったら書いてくださいww)・・・今の代表のボールの取り方の狙いがイマイチですね。結局リトリートジャパンになるしかなさそうです。

posted by モ-リー | 2008-02-13 18:48

返信

080213さん。
コメントありがとうございます。
実際には、想像するしかないというのが本当のところだと思いますが、創造して見せることは大事ですね。理想がなければ何も始まらない。
オシムは常々、それは私の発明ではないという言葉を使っていました。オシムは間違いなく欧州の基準・・・世界最高峰の基準を持ち込みましたが、それとは別に日本人の特徴を加味するという部分で、やはり想像に頼らざるを得ないというのが僕の感想です。
それこそ、「それ」を競い合って雨後の竹の子のようにポンポン出てくれば、自然と「日本化」は為されているやもしれませんね。

オシム氏の想いさん。
彼はサッカーを人生にしたような人・・・とも言われています。それ以前に一人の人間としてもたくさん学ばせてもらいました。
そしてやはりそれを体現することが大事なのだと僕は思います。彼の教えというものを「教義」のようにするべきではないと考え、あえて継承という言葉は一切使っていません。進化していないと怒られそうだし・・・
僕らが心配する必要もなく、実は多くの人々によって体現されるだろうと僕は信じているのですよ。
ただ・・・やはり僕にとっては教師のような人ですね(笑)

うがさん。
コメントありがとうございます。
彼の練習が判断力を養うものという表現はまさにおっしゃるとおりですね。決してフォーメーション練習なんかではない。
彼を神格化しているつもりはないのですが、そういう風に思われても仕方ないのかな。ただ、未来のためにと思っている事は事実です。
今もクラマーさんの言葉が新鮮に僕達に届くように、オシムの言葉もきっと何かを思い出させてくれるかもしれません。そういう意味では、サッカーの常識を植えつけたとも言えるかもしれません。少なくとも本当の意味で蓄積になるように学ばなければ・・・
僕は観客ですから、誰かに影響があるなんて万に一つも思っていませんが、目の前の勝利や得点だけでなく、そういうサッカーの見方をしてくれる人が一人でも増えればいいなあ・・・とは思っています。
観客もサッカーの一つの要素。ですから僕らも創造しなければならないのかもしれませんね。

posted by モ-リー | 2008-02-13 19:08

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

こんばんわ。
>そして今現在も日本で足りないとされる『個』の能力・・・この漠然にして曖昧な言葉が、日本の進路を曇らせているのではないか?僕はそう思います。

この部分に新鮮な思いを持ちました。
確かに、非常に漠然としてますよね『個』の能力って。ドリブルで2,3人ぶち抜ける能力?プレッシャーのかかる状況でもピンポイントでクロスが上げられる能力?キーパーを弾き飛ばすようなミドルを打てる能力?
確かにこれをもっていれば非常に武器になると思います。でも、それを日本人が獲得したら世界のトップ10に入れるでしょうか?私は違うのではないかと思います。
どんな状況でも適切な判断が出来、それを可能とする技術を持ち合わせている。これが必要な『個』の能力であり、そのベースを上げることが日本の強化なのだと。そして判断の大前提となる基準を作る(共有する)ことが日本化なのかなぁと。(前にも同じようなことを書いた気がしますが・・・)
サッカーを語るのは面白いですね。
モーリーさんの文章を読むと(読解力がないので3回位読み返しますが・・・)脳が活性化されて楽しいです。これからも勝手に期待しています。

posted by xiao | 2008-02-13 20:01

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

イビチャ・オシム前日本代表監督の『判断』や『理想』については、もはや誰も正誤を立証出来ないのは残念ですが、後々「もしもあのとき・・」といった架空の現実に逃避せずに済むように、有効性が広く認められている部分の『オシム・メソッド』については、日本サッカーの財産として伝えていける形を造るべきだと思います。
不断の努力により積み重ねる、そういった財産が『世界に誇るべき伝統』と呼ぶべきものを日本が創りあげる礎になると思います。

posted by Tadahide | 2008-02-14 01:37

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

追記

言葉足らずだったかもしれませんが、私はモーリーさんがオシムを「神格化」しているとは思っていませんし「非現実的な仮定法」で語っているとは思いません(仮定法はメタファーとしては使って構わないものだと思います)。要するに管理人さんは後ろ向きではなく前向きに、未来に向かって考えていると思います。私もそうありたいと思っています。

posted by うが | 2008-02-14 07:26

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

自分も確かに日本人には「はやさ」と「技術」が“ある程度”あると思います。
でも、やっぱ単純な「はやさ」ではアフリカをはじめ身体能力でかなわない部分が出てくるだろうし、「技術」だって南米の選手なんかにはかなわないでしょう。
それは、国自体が、選手が育つ環境が違うからしょーがない^^;

それよりも、「はやさ」と「技術」を追求しつつ、
「すばしっこいし、しつこい、ちょこまかしてやりにくい。」
この部分を延ばすことが大事かな!?って思う。
単純に運動量で対戦相手を2倍上回ったら「かなわない部分」を消せるんじゃないかと。。。
まぁ、キツイでしょうが^^;

posted by DGS | 2008-02-14 19:40

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

 続編、待ってました!

 「決定力不足」「フィジカルの差」「技術の差」つまりは「突出した個の能力」こればかりを問題視する話も聞くことがあります。
其の話を聞くたびに、無いものネダリなんじゃないかと思ってしまうんですよね。

 短所の裏に有る長所。長所の裏にある短所。お互い活かし活かされるサッカー。オシムさんは、こういう点を教えてくれたと思うんですよ。また、そういうサッカーの面白さも。

 個を補う組織。突出したものが僅かでも、お互い活かし、補い合う。そのための判断の速さ。今居る位置での適切な処置。超絶個人技も面白いけど、こういう動きが嵌った所や、選手の動き出しが一致した様なんかを見ると、快感ですし。

 日本人を知った上で、可能性を信じたオシムの方針とかは、合点がいくことが多い様な気がします。

 

 

 
 

 

 

posted by HemRock | 2008-02-15 14:49

返信

返信遅くなりました。

xiaoさん。
コメントありがとうございます。
そうなんです。あるに越したはありませんが、それを持っていても使えないなんて事は、サッカーでは良くあること。意表を突くには、やはり基本が無いと駄目だと思いますね。
多分こう言う話は「共通理解」の話の時に、したような気がします。やはり時間はかかりそうですが、積み重ねが大事かもしれませんね。
そもそも「個人」の集まりが組織なのに、「個」がないなんて、城や安永がいつも言ってますね(あ!どっちもマリノスだw)。小倉も言ってます。前はファンタジスタ待望論もありましたね。長期的に多面に見るという作業を怠れば、あっちにいったり、こっちに行ったりするだけのような気がします。近づく為には、やはり局面を積み上げる必要がありそうです。今年は少しそういうものにもチャレンジしたいと思っています。
サッカーは楽しい。語るのも最高。
xiaoさんの読解力というよりも、僕の文章力の問題かと思いますが、このシリーズ、俄然長くなりそうなのでお楽しみに!あっ、僕は期待されると力が出るタイプです(笑)

Tadahideさん。
お久しぶりです。以前は含蓄のあるコメントに随分と助けてもらいました。いやー嬉しいですね。
やはり今は礎をつくっている最中なのだと、自覚すれば、あれもこれも、と欲張ってしまいます。
ただ「オシム・メソッド」の素晴らしさは、僕が言うまでも無く素晴らしいです。今はまだ、心構えとか、考え方の部分に留まってますが、少なくとも何度かは彼のサッカーの中身に触れなければならないと思っています。
ただ残念なことにオシムの描く理想の日本サッカーを見られないことだけが無念です。

うがさん。
度々ありがとうございます。
すいません、お手数をおかけして・・・
間違いなく僕の読解力の問題ですね。留まる事は許されないと、恐らくはオシムが一番思っていることだと思います。
あ!やっぱり神格化してるかもしれません(苦笑)
オシムの描いたチーム作りの終着点を創造する事は、一つの日本サッカーの形を想像することだと思います。何処に行くのか?今はそれを問われているのかもしれません。

DGSさん。
どーもです。お久しぶりですね!
いいですね。その二倍動くサッカーというのも、知らぬ間に限界を決めてしまってはいけませんね。
そうすれば考えるスピードも二倍で、相手にとってカウンターの脅威も二倍ですね。そうすれば、相手は自陣に釘付けです(笑)
何か日本人はそういう意味では半端かもしれませんが、外国のチームの監督やコーチに言わせれば、日本のチームは印象に残るけれど、誰が?というのがあまり無いそうですね。僕にとってはそれも十分な「個性」だと思っているので、いつの日かハッキリとした形で、自分たち自身が「俺たちのサッカーっていうのは、そういうモンなんだよ。」と言いたいです。

HemRockさん。
本当ですか?待ってましたか!シリーズは難しい。価値の順列を決めるようなものですからね。ただ、サッカーには「状況」というのがありますので、それで矛盾してるぞ!というコメントに対応しようと考えています(笑)
いや、冗談抜きにすればサッカーとは矛盾の対立と共存だという人もいます。そして、オシムはその共存を無理なくさせていたという意味で、やはり奇才であり、芸術家です。
僕の考えでは、カカーはミランだからこそ輝くのです。C・ロナウドも同じ。彼らは両刃の剣でないところが凄いのです。
無いものねだりはやはりいけません。僕の嫌いな言葉ですが「現実的」ではありません。
何が足りないのかを気づくところからが、成長の始まりだと思うのです。
例えばアジアカップ。「自分でいかない、切り開かない。」と言われましたが、やはりあのスピードの中で「個人勝負」をするというアイデアまで用意出来なかった。とも充分に言えます。アジアのレベルで勝負の出来る選手は何人もいたと思います。たくさんのことを同時に考えながら、今、個人勝負をするという判断まで出来なかったのかもしれません。最近ビデオを見返していて思うのですが、全員がパスコースを作るための動きをしているんです。中盤の底辺りでさえ、スペースをつくる為、マークをはがす為によく動いている。
それは、やはり快感です(笑)しかも美しい。
個人の突破も、相手を崩す為の手段。そう思えば、あるもの勝負しかありません。さすれば「限界」を決めない選手達は、何が足りないのか?に気づき、それこそが今言われている問題の解決の最も早い近道かもしれません。
それにしてもオシムは本当に素晴らしいトレーナーで、コーチで、監督で教師ですね。

posted by モ-リー | 2008-02-15 21:10

オシムイズムの体現者たれ! ~3~

こんばんは、以前Hemrockさんのブログで、
そのうち私もブログをやるかも、そのときにはご訪問いただけるというヤリトリがあったと思うのですが、今回消極的ながらブログを開設しました。もしよろしければご訪問ください。
http://weed-latin.cocolog-nifty.com/blog/

posted by weed | 2008-02-24 21:47

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