2012年02月07日

【最強ヒストリー】トウショウボーイ

トウショウボーイ
宿命の対決――あの時代には2頭の最強馬がいた

文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録

【最強ヒストリー】バックナンバー


目次


  • 生年月日:1973年4月15日
  • 調教師:保田隆芳
  • 引退日:-
  • 主戦騎手:武邦彦、福永洋一、池上昌弘
  • 性別/毛色:牡/鹿毛
  • 馬主:トウショウ産業
  • 戦績:15戦10勝
  • 生産:藤正牧場
  • 主な勝鞍:
    • 1976年:皐月賞、神戸新聞杯、京都新聞杯、有馬記念
    • 1977年:宝塚記念、高松宮杯
  • 代表産駒:トウショウオリオン、ボディーガード、チアズアトム、セキテイリュウオー、シスタートウショウ

  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:19 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】トウショウボーイ 写真ギャラリー

※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


saikyokeiba-299342.jpg
昭和51年1月31日「新馬戦」(東京芝1400) トウショウボーイは、スタート直後に先頭に立ち、馬なりのまま後続を離して3馬身差の圧勝。このデビュー戦は、後にTTGの一角をなすグリーングラスと、名牝シービークインが出走していた因縁のレースだった。やがて、トウショウボーイとシービークインの間に生まれて来るのは、昭和58年の3冠馬ミスターシービーにほかならない。
saikyokeiba-299343.jpg
昭和51年2月22日「つくし賞」(東京ダ1400) 2戦目の条件戦はダートの1400メートル。トウショウボーイは1分24秒8という芝並みの時計をマークして周囲のド肝を抜いた。
saikyokeiba-299344.jpg
昭和51年3月20日「れんげ賞」(東京芝1800) 持ったままのレースで5馬身のブッチ切り。単勝及び複勝は100円戻しだった。デビュー戦から無敗の3連勝となり、トウショウボーイが関東期待の新星としてクローズアップされるようになる。
saikyokeiba-299345.jpg
昭和51年4月25日「皐月賞」(東京芝2000) 好位の4、5番手を進んでいたトウショウボーイは、4コーナーを引っぱり切れない勢いで上がっていき、直線に入るや否や矢のように伸びた。2着テンポイントとの差は5馬身。勝ちタイムの2分1秒6は皐月賞レコードであった。
saikyokeiba-299346.jpg
昭和51年4月25日「皐月賞」(東京芝2000) トウショウボーイの見事な勝ちっぷりに、人は“天馬”の称号でトウショウボーイを呼ぶようになっていった。この皐月賞こそが、トウショウボーイ、テンポイントによる宿命の対決のプロローグであった。
saikyokeiba-299347.jpg
昭和51年5月30日「日本ダービー」(東京芝2400) 押される形でハナを切る展開になったトウショウボーイは、十分な余力を残し、府中の坂を駆け上がった。ところが、ラストスパートをかける直前、一旦息を抜いたところに、京成杯の覇者クライムカイザーに忍び寄られ、ゴールでは1馬身半の差をつけられ敗退。
saikyokeiba-299348.jpg
昭和51年10月3日「神戸新聞杯」(阪神芝2000) トウショウボーイは、ダービー馬クライムカイザーをはるか5馬身も置き去りにして、1分58秒9という日本レコードで圧勝した。
saikyokeiba-299349.jpg
昭和51年10月24日「京都新聞杯」(阪神芝2000) 神戸新聞杯に続いて、ダービー馬クライムカイザー以下に楽勝したトウショウボーイが、菊花賞で圧倒的本命に支持されるであろうことは、もはや疑問を挟む余地がなかった。
saikyokeiba-299350.jpg
昭和51年10月24日「京都新聞杯」(阪神芝2000) 菊花賞を睨んで、前走の神戸新聞杯からは正真正銘の天才騎手、関西の福永洋一が手綱を取った。天馬トウショウボーイの評価は磐石だった。
saikyokeiba-299351.jpg
昭和51年12月19日「有馬記念」(中山芝2500) 体調低下による菊の敗戦は評価を落としめるには至らず、トウショウボーイは有馬記念でも並み居る古馬を押し退け1番人気に支持された。鞍上はこのレースから“ターフの魔術師”武邦彦に乗り替わった。
saikyokeiba-299352.jpg
昭和51年12月19日「有馬記念」(中山芝2500) トウショウボーイは安定した走りで2着テンポイント以下に1馬身半の差をつけて先頭でゴールを駆け抜けた。勝ちタイムの2分34秒0はレコード。有馬記念優勝と、10戦7勝2着2回3着1回という抜群の成績が決め手となり、トウショウボーイは昭和51年度の年度代表馬に選出された。
saikyokeiba-299353.jpg
昭和52年6月5日「宝塚記念」(阪神芝2200) 年明け、菊花賞馬グリーングラスはAJC杯にレコード勝利し、テンポイントも京都記念、鳴尾記念を連覇して天皇賞馬の座に登り詰め、華やかなTTG時代が到来した。トウショウボーイは、有馬記念以来半年ぶりの宝塚記念を常識をあざ笑うかのような逃げ切りで快勝した。
saikyokeiba-299354.jpg
昭和52年6月5日「宝塚記念」(阪神芝2200) トウショウボーイは、スタートと同時にハナを切ると、ライバルたちに一度も並ばれることなく、上がり3ハロンを34秒台でまとめ、難なく2200メートルを逃げ切った。勝ちタイムの2分13秒0も当時としては極めて優秀で、その速さ、強さはショッキングなものだった。
saikyokeiba-299355.jpg
昭和52年6月26日「高松宮杯」(阪神芝2200) 単勝100円戻しの大本命、トウショウボーイがあっさり逃げて2着カネコフジ以下を2馬身半差に切って捨てた。天馬の王道はさらに揺るぎないものになっていた。
saikyokeiba-299356.jpg
昭和52年10月23日「オープン」(中山芝1600) トウショウボーイは、高松宮杯以来となる中山の平場オープンを、1分33秒6(1600メートル)というとてつもない日本レコードで快勝した。見習いジョッキーの黛幸弘に初勝利をプレゼントすることが目的のレースだったという。
saikyokeiba-299357.jpg
昭和52年12月18日「有馬記念」(中山芝2500) “史上最高の名勝負”と評価されている有馬記念。天馬トウショウボーイの引退レースであり、TTによる宿命の対決の最後の大一番でもあった。スタートから敢然とハナを切ったトウショウボーイ(帽色白)とそれを追った宿敵テンポイント(帽色赤)は最初から激しい一騎討ちを始めた。(1週目の4コーナー)
saikyokeiba-299358.jpg
昭和52年12月18日「有馬記念」(中山芝2500) 4コーナーを回る2頭が西日を浴びて黄金色に輝くシーンを、筆者は一生忘れることができないだろう。スタートから延々と続いていた一騎討ちにピリオドを打ったのは、最後の直線でグイッと前に出たテンポイントであった。史上類を見ない壮絶な一騎討ちは、荘厳なまでの美しさで見事に完結した。
saikyokeiba-299359.jpg
昭和53年1月「引退式」(東京競馬場) 引退後の天馬トウショウボーイは、同じデビュー戦に出走していた名牝シービークインとの間にできた3冠馬・ミスターシービー、華麗なる一族の快速牝馬・ダイイチルビーを送り出すなど、歴史的名種牡馬となる。ゼッケンは皐月賞を制した時の5番。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー



  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:10 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 バックナンバー

伝説の名馬がここによみがえる……
連綿とつながる日本競馬史のアルバムをひもとくと、一層厚いページが開く。
そこには、かつて一時代を築きいまや伝説となった数かずの名馬の激戦が記録されている。
“強さ”そのものを体現したかのような気高さを備えたむくな存在が、人々の心を打ち震わせ、それは大きなうねりとなった。
一人歩きする虚像に覆い隠された、伝説の名馬の実像に秘話で迫る。
闘争する魂は、子や孫へ世代を超えて脈々と受け継がれる……。


カブラヤオー (全10話)
逃げるバケモノ――その裏に隠された真相 

マックスビューティ (全10話)
究極の美と素材 

ハギノカムイオー (全9話)
悲運の名マイラー 

ハギノトップレディ (全7話)
美しく華麗に逃げる“芸術品” 

サクラスターオー (全10話)
神がかりのサラブレッド 

アンバーシャダイ (全8話)
偉大なるチャンピオン 

タマモクロス (全10話)
君は芦毛対決を見たか? ――人知を凌駕(りょうが)した希有のサラブレッド 

ホウヨウボーイ (全11話)
無限の可能性を感じさせてくれる馬 

ニホンピロウイナー (全9話)
時代が必要とした英雄 

アドマイヤムーン (全10話)
チャンピオンの意地とプライド 

トウカイテイオー (全9話)
今、明かす真実“帝王神話”の謎に迫る―― 

ミホノブルボン (全11話)
無敵の“人造サラブレッド” 

メジロラモーヌ (全12話)
史上初の3冠牝馬 強さの価値 

ミスターシービー (全8話)
“最強”の名に値しない――なんて誰が言った!! 

ビワハヤヒデ (全9話)
不運な巡りあわせ 

アイネスフウジン (全13話)
史上最速でダービーを駆け抜けた馬の舞台裏 

テンポイント (全11話)
頑ななまでに勝負に生きたサラブレッドの奇跡 

ミホシンザン (全13話)
“最後の傑作”の苦難の道 

オグリキャップ (全8話)
怪物に流した涙――ひとはそれを奇跡と言った…… 

メジロマックイーン (全10話)
名勝負なき名ステイヤー 

ナリタブライアン (全8話)
人智を超えた馬 


  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:08 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 トウショウボーイ 第13話

第13話 2頭の最強馬
文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


saikyokeiba-299341.jpg
 以前、この最強ヒストリーでテンポイントを取り上げたとき、「筆者は、大好きだったミスターシービーや、もっとも高い能力を持っていたと思われるナリタブライアンとは全く別の次元で、テンポイントこそ“最強”と考えている。競馬の本質がもっとも忠実に具象化されたレース、すなわち最高の“勝負”を実現し、それに勝ったサラブレッドであるからだ」と書いた。簡単にいえば、「競馬史上最高の名勝負に勝った馬だから」という他愛ない理由であり、異論のある方も多いと思う。

 ただ、ここで大事なのは、史上最高の名勝負という要素からいって、テンポイントだけでテンポイントを語ることはできないということである。テンポイントを語るにはトウショウボーイ抜きにしては不可能だし、トウショウボーイを語るにもテンポイントをはずすことはできない。両者の存在がお互いの価値を高めあった関係なのだ。真のライバルとは、本来そうでなければいけないものなのだ。それだけに、この2頭に優劣をつけるのは、両者の関係を冒涜することなのかもしれない。

 それでも、やはり考えずにはいられない。「トウショウボーイとテンポイントはどちらが強かったのか?」と。

 以前、鹿戸明を取材したとき、「テンポイントでしょう。とくに底力の部分で優っていると思います。ただ、両者の力は紙一重でしたね」という返事がかえってきた。武邦彦の場合「トウショウボーイだと思います。最後の有馬記念は、運がテンポイントに味方したんでしょう。また、良とはいえ、時計のかかる馬場だったこともテンポイントに有利だったと思います」というものであった。この評価には、自分が携わった馬に対する愛情やプライドが加味されているのだろうが、ある意味で妥当な答えという気がする。

 では、保田隆芳はどう考えているのか? 質問してみると、「テンポイントでしょう」とあっさり答え、次のように続けた。

「まあ、4歳(*現在の馬齢表記で3歳)までならトウショウボーイなんでしょうが、5歳(*現在の馬齢表記で4歳)秋のテンポイントは、明らかに以前とは別モノでしたからね。ただ、それはあくまでもクラシックディスタンスでの話であって、両者の土俵は違っていたんです。2200メートルまでならトウショウボーイが勝つでしょうし、3000メートル級のレースならテンポイントのほうがまず前に来ます。速さのトウショウボーイ、強さのテンポイントというところでしょうか。だから、その中間の2400から2500メートルのレースは、テンポイントに有利ではありますが、展開や調子、そして運などの要因からいろんな結果がでる、といったところではないでしょうか」

 血統や実績を加味した両馬に対する一般的な見解は、ほぼ保田の見解と一致している。

 あの競馬ブーム華やかかりし頃、本質的にマイラーのオグリキャップとステイヤーのスーパークリークが、2000から2500メートルの距離で好勝負を繰り広げた例がある。サイボーグといわれたミホノブルボンなどがそうであったように、真の名馬というものは、絶対能力の違いによって、多少の距離の壁などは凌駕してしまうものなのだ。そこに、人智では推し量ることのできない“最強”といわれる馬たちの凄さがある。してみれば、適性を越えたともいえる有馬記念という舞台でテンポイントとの死闘に持ち込むことができたトウショウボーイを、有馬記念の結果だけで単純にテンポイントと比較するのは無意味なことなのだ。同様に、宝塚記念までの結果からトウショウボーイを上位に置こうとする、スピードを優先し、ある程度の早熟性を求めがちな現代競馬的発想もナンセンスといわなければならない。

 心情的な部分から、筆者にはテンポイントを上に見たいという気持ちがある。しかし、トウショウボーイのほうが強いという意見になんら反論するつもりはないし、これまでもそうしてきた。そのくせ両者の比較をしたがるのは、テンポイントへの肩入れと、白黒をつけたがる性格のせいであろう。それでいて、トウショウボーイが嫌いではない。それどころか、大好きな馬の一頭である。天馬と謳われた強さに純粋に魅かれた部分も大きいが、やはりあの有馬記念を神聖視しているからであろう。トウショウボーイを否定すれば、テンポイントを否定することになってしまうのだ。

 あの時代には2頭の最強馬がいた。

 それでいいという気がする。

 ただ、サラブレッドの一生を通じての勝負は、トウショウボーイに軍配が上がるといわねばならない。日経新春杯で非業の死を遂げたテンポイントに対し、トウショウボーイは歴史的名種牡馬としての足跡を残したのだから(文中敬称略)。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー



  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:05 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 トウショウボーイ 第12話

第12話 名勝負完結
文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


saikyokeiba-299340.jpg
 トウショウボーイとテンポイントが破滅への道を辿るかのようなデッドヒートを繰り広げていたとき、保田隆芳はなにを思っていたのだろう……?

「確かにまずい展開だとは思いましたね。その反面、しかたのないことだという気もしました。勝負の世界の宿命というやつで、トウショウボーイにしろテンポイントにしろ、この決戦は避けて通れないものだったのですから。どちらが強いのか? どちらが真の王者なのか? お互いそれを証明するには、極限の力でぶつかりあってこそ意味があるものなのです。もし、天皇賞と同じような結果になっていたとしても、私に武君を攻めることはできなかったでしょう」

 なんという潔さであろうか。そうなのだ。勝負に対する気迫や執念といったものだけでなく、潔さこそが、あれほどまでに感動的なレースを演出した大きな原動力となったのである。オール・オア・ナッシング。そんな決断が、姑息な駆け引きの入り込む余地のない凄まじいレースを構築したというべきであろう。

 4コーナーを回ったとき、トウショウボーイは渾身の力を振り絞って勝負に出た。そこにテンポイントが外から並びかける。スタートから延々と続いていたマッチレースは、最後まで途切れることはなかった。

 最後の直線でグイッと前に出たのは鹿戸の執念が乗り移ったテンポイントであった。それでも、トウショウボーイは執拗に食い下がる。天馬の意地も尋常ではなかった。そこに、道中は主役の影で息を潜めていた準主役ともいうべきグリーングラスが“出番”とばかりに突っ込んできたが、TTの闘いに割り込むことはできなかった。

 宿命のライバルはほぼ同時にゴール板を通過した。そのとき、わずか4分の3馬身だけテンポイントが前に出ていた。天馬トウショウボーイは有終の美を飾ることができなかったようである。しかし、このレースに単なる勝敗を超越した価値があるのはいうまでもない。史上類を見ない壮絶な一騎討ちは、荘厳なまでの美しさで見事に完結した。美しさといえば、4コーナーを回る2頭が西日を浴びて黄金色に輝くシーンを、筆者は一生忘れることができないだろう。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー



  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:03 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 トウショウボーイ 第11話

第11話 壮絶な決戦
文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


  昭和52年12月18日、中山競馬場。1年の棹尾を飾る有馬記念の日がやってきた。

 有馬記念は天馬トウショウボーイの引退レースであった。そして、TTによる宿命の対決の最後の大一番でもある。それだけに、無様なレースをさせることはできない。幸い、天皇賞惨敗の後遺症はなく、万全の状態で送り出すことができる。少なくとも、保田隆芳には「やれるだけのことはやった」という自負があった。

 この有馬記念は、テンポイント陣営にとって、トウショウボーイ陣営以上に重要な意味を持つレースであったといわねばならない。

「有馬はトウショウボーイ最後のレース、もし、ここで負けてしまえば、テンポイントは永久にトウショウボーイの下馬になってしまう。そんなことは絶対に許されない。死んでも勝つ」

 レースを前にして、テンポイント鞍上の鹿戸明はそう繰り返していた。鹿戸にしてみれば、なにがなんでもテンポイントの力を証明しなければならないのである。それに対し、トウショウボーイ鞍上の武邦彦は、真っ向から反論した。

「これまでの2頭の戦績は、4勝1敗で明らかにトウショウボーイが優っている。過去に唯一先着を許したのは、距離適性からいってテンポイントにとって有利な3000メートルの菊花賞しかない。しかもあのレースは、トウショウボーイの体調が万全でなかったという事情もあるのだ。また、前走の大敗から危ぶむ声もあるが、あの敗因は距離適性と展開によるもので、馬の能力とは全く関係がないのだ。そうなれば、昨年の有馬記念でレコード勝ちした実力がモノをいう。今回だって負けるはずがない。どう乗ってもオレが勝つ!」

 このように、レース前から鞍上同士の激しい舌戦が行なわれ、対決ムードはいやがおうでも盛り上がって行く。両陣営の意気込みに恐れをなしてか、グランプリにしてはいささか寂しい8頭立てというレースになってしまったほどだ。だが、TTの対決を前にすれば、頭数の問題などものの数でないのはいうまでもないだろう。

 人気のほうは、本命テンポイント、2番人気にトウショウボーイというものであった。過去の対戦成績が人気に反映されなかったのは、テンポイントが秋2戦で驚くべきレースをやったのに対し、いかに距離不適とはいえ、トウショウボーイが天皇賞で惨敗したことが要因であろう。また、常に天馬の後塵を拝してきた貴公子に対する判官びいきもあったに違いない。

saikyokeiba-299339.jpg
 スタートが切られた瞬間、思わぬ出来事にスタンドから大きなどよめきが起こった。スピリットスワップスが逃げるという大方の予想に反し、トウショウボーイが敢然とハナを切ったからである。しかも、それに続いたのがテンポイントであった。主役の2頭は脇役の存在を全く無視し、最初から火花を散らす激しい一騎討ちを始めたのである。

 このレースは、よくありがちな人気馬のタメ逃げ、2番手追走とはわけが違う。道中、テンポイントは何度かトウショウボーイを交わそうとする素振りを見せていた。しかし、トウショウボーイはそれを待っていたかのようにピッチを上げ、決して抜かせようとはしない。いわゆる“デキレース”とは程遠い展開であったのだ。そんなシーンが1コーナーから2コーナー、そして向こう正面と延々と続いていたのである。

「天皇賞の二の舞いをするつもりか!」

 スタンドのあちこちからそんな悲鳴が沸き起こった。このとき、両雄が直線でバタバタになるシーンを、多くのファンが予感した。それほど限界を思わせる競馬が展開されていたのである。

 この時、武邦彦には絶対の自信があったらしい。確かにグリーングラスとハナからやりあった天皇賞は共倒れに終わったが、あのレースはあくまでも距離が響いたものであり、レコード勝ちの実績を持つ守備範囲の2500メートルなら、どんなレースをしても大丈夫と信じ切っていたのだ。また、誰にも文句をいわせないような圧倒的な力を見せつけるためにも、絶対に引けないという意地があったに違いない。

 一方の鹿戸明は、宝塚記念の敗北を教訓にしていた。トウショウボーイを楽に逃がし過ぎ、脚を余して負けたと考えていたのである。いかにきびしい流れになっても、それを克服する底力をテンポイントは持っている。要は、いつでもトウショウボーイを交わせる、あるいは振り切れる体勢下に置くことが最大のポイントなのだ。

 そんな両者の思惑と信念が、史上空前の一騎討ちという形になって現れたのである。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー



  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:02 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 トウショウボーイ 第10話

第10話 頂上対決に向けて
文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


 もし、トウショウボーイとテンポイントのいずれかが宝塚記念直後の時点で引退しておれば、歴史は宿命のライバルといわれたこの2頭に明確な序列をつけていたに違いない。いや、宿命のライバルと呼ばれることさえなかったであろう。

 テンポイントはトウショウボーイの露払い。

 永久にそんな評価が残されたことは必定であろう。

 ところが、5歳(*現在の馬齢表記で4歳)秋を迎えたテンポイントは、想像を絶する成長力を見せた。かつては460キロ程度だった馬体に厚みが加わり、500キロを越える逞しい体に成長したのである。肉体的な面だけでなく、レース内容についても同様であった。

 手始めは宝塚記念以来となる京都大賞典である。2着サイコームサシ以下に8馬身もの大差をつけて逃げ切ってみせ、周囲を唖然とさせたのだ。しかも、63キロの極量を背負ってのものであるだけに、その価値は計り知れない。そして次走の平場オープンでは、4歳(*現在の馬齢表記で3歳)時にはカブラヤオーに肉薄し、5歳(*現在の馬齢表記で4歳)時には重賞を勝ちまくったロングホークを相手にブッチ切りの楽勝である。テンポイントが本格化したのは、天皇賞に勝った5歳(*現在の馬齢表記で4歳)春ではなく、実に5歳(*現在の馬齢表記で4歳)の秋を迎えてからのことだったのだ。

 貴公子テンポイントがようやく真の姿のヴェールを脱ぎ始めた頃、天馬トウショウボーイのほうも、相変わらずの快速ぶりを発揮していた。高松宮杯以来となる中山の平場オープンを、1分33秒6(1600メートル)というとてつもない日本レコードで快勝したのである。しかも、勝ちあぐむ見習いジョッキーの黛幸弘に初勝利をプレゼントすることが目的のレースだったというのだから、ただただ唖然とする以外にない。また、保田はこのレースについて、

「神戸新聞杯に優るとも劣らない、トウショウボーイのベストレースのひとつです」

 と、評価しているほどである。それくらいインパクトの強い内容であった。

 けれども、鞍上に武邦彦を戻し、優勝を期して臨んだ天皇賞に思わぬ落とし穴が待っていた。ライバル・グリーングラスとテンから激しくやりあったおかげで両者共倒れとなり、生涯最悪の7着に沈んでしまったのである。

 もっとも、この天皇賞の敗戦はそれほど深刻な問題とはいえないだろう。1600メートルのレースを日本レコードで走破できるスピードで、極めつけのステイヤー・グリーングラスとやりあったのだから、いかに天馬トウショウボーイといえど無傷ですむわけがないのである。また、トウショウボーイの本質は、あくまでもマイルから中距離においてのスピード勝負であって、3000メートルを越す長丁場でのスタミナ比べではない。事実、トウショウボーイが連対をはずしたのは、菊花賞と天皇賞だけなのだ。

「もし、秋の天皇賞が今のように2000メートルであれば、トウショウボーイが楽勝していたでしょう」

 と、保田隆芳も天馬の本質を語っている。

 ようやく真価を発揮し始めたテンポイントと、スピード健在をアピールしたトウショウボーイ。こうして宿命のライバルは、前年と同じように有馬記念で雌雄を決することになる。あれから20年近く経つ現在(*1998年当時)でも、“史上最高の名勝負”と評価されている歴史的決戦にほかならない。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:01 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 トウショウボーイ 第9話

第9話 天馬の王道
文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


saikyokeiba-299337.jpg
 早くも4歳(*現在の馬齢表記で3歳)にして頂点に登り詰めたトウショウボーイではあったが、5歳(*現在の馬齢表記で4歳)になった彼を待っていたのは、自分の体との闘いであった。脚部不安のため、休養をとらざるを得なかったのである。

 トウショウボーイが休んでいる頃、ライバルたちは天馬に挑戦状を叩きつけるかのような活躍を見せていた。菊花賞馬グリーングラスは、年明け早々のAJC杯でいきなりレコード勝ち。テンポイントのほうも、京都記念、鳴尾記念を連覇し、ついには天皇賞馬の座にまで登り詰めたのである。華やかなTTG時代がやってきたのだ。だからこそ、誰もが天馬トウショウボーイの戦線復帰を心待ちにしていた。

 それが実現したのは、トウショウボーイが有馬記念以来半年の沈黙を破って登場した宝塚記念であった。

 このレースは、わずか6頭立てであったが、そのメンバーは厳選された顔触れというべきであろう。TTGの3頭に加え、ダービー馬クライムカイザー、昨年秋の天皇賞馬アイフル、そしてこの年の秋に天皇賞馬となるホクトボーイという豪華さであった。

 本命は天皇賞馬テンポイントであった。これまで、皐月賞以外1度も1番人気の座を明け渡したことのなかったトウショウボーイではあるが、さすがに半年に及ぶ休み明けが嫌われ、2番人気に甘んじねばならなかった。

 しかし、トウショウボーイは常識をあざ笑うかのようなレースをした。スタートと同時にハナを切ると、ライバルたちに一度も並ばれることなく、上がりの3ハロンを34秒台でまとめ、難なく2200メートルを逃げ切ったのである。勝ちタイムの2分13秒0も、当時としては極めて優秀であった。

 それにしても、トウショウボーイの速さ、そして強さはショッキングであったといわねばならない。戦前、大方のマスコミは、

「5歳(*現在の馬齢表記で4歳)になったテンポイントはたくましく成長した。4歳(*現在の馬齢表記で3歳)時のテンポイントとは違う。しかも、トウショウボーイは病み上がりのようなもの。テンポイントは、これまでの雪辱を果たすことができるだろう」

 と、考えており、それがいとも簡単に覆されてしまったのは予想外の出来事であったからだ。もっとも、保田隆芳によれば、

saikyokeiba-299338.jpg
「トウショウボーイっていう馬は、常に自分の能力を100パーセント出し切ろうとする馬なんです。だから、人がいうほど休み明けの不利はないと思っていました。また、腰が甘いため、どちらかというと使い減りするタイプでもあるので、かえって休養がリフレッシュ効果をもたらしたのかもしれません」

 ということであるらしい。トウショウボーイ陣営にとっては、意外でも何でもなく、順当な勝利であったようだ。

 いずれにせよ、前年のチャンピオン・トウショウボーイは、5歳(*現在の馬齢表記で4歳)になって進境著しいテンポイントを全く寄せつけなかったことになる。こうなると、誰の目にも両馬の差は埋めようがないものに思えてくる。

「テンポイントは、一生トウショウボーイに勝てないだろう」

 そんな声があちこちから出てきたのも当然であろう。

 その後、トウショウボーイは中京に遠征し、高松宮杯(*現、高松宮記念。当時は芝の2000メートル)に出走した。菊花賞のとき敗因のひとつに数えられた不良馬場でのレースであったが、単勝100円戻しの大本命に祭り上げられている。実際のレースもまさにトウショウボーイの独壇場で、あっさり逃げに出て2着カネコフジ以下を2馬身半差に切って捨てている。どうしようもない強さであった。

 天馬トウショウボーイの王道はさらに揺るぎないものになっていた。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー



  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |17:00 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 トウショウボーイ 第8話

第8話 天馬復権
文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


 菊花賞の大本命トウショウボーイは、勝つどころか連対を果たすことすらできなかった。スーパースターとしては、これ以上ない屈辱というべきであろう。

 レース後、鞍上の福永洋一は、敗因を次のように分析している。

「実は、道中なかなかハミが外れなくて折り合いを欠いたところがあったんです。また、京都新聞杯のときもそうでしたが、道悪になると動きが鈍くなるという面もあるんです。それに、距離的にも3000メートルはベストとはいえません。そしてなにより、神戸新聞杯と、その前の追い切りで走りすぎ、体調が低下していたように思えます。今にして思えば、反動があったような気がしてなりません」

「トウショウボーイは3本脚で菊花賞を走っていた」という話は余りにも有名だが、福永のコメントを持ち出すまでもなく、コンディションに問題があったことになる。もっとも、保田にいわせれば「3本脚云々はおおげさですよ。もし、そこまでひどければ、レースに使うこと自体無理な相談ですから」ということらしいが。

 いずれにせよ、完璧な状態で臨めなかったことだけは確かであろう。にもかかわらず3着に踏ん張ったのだから、トウショウボーイの底力には敬意を評するべきであろう。

 菊の敗戦も、“10年に1度の名馬”というトウショウボーイの評価を極端に落としめるには至らなかった。1年の総決算・有馬記念でも、エリモジョージ、アイフル、フジノパーシア、コクサイプリンスなどの並み居る古馬を押し退けて1番人気に支持されていたのである。ただ、天馬本命の背景には、4歳(*現在の馬齢表記で3歳)馬のレベルの高さも影響していたといわねばならない。秋一連の4歳(*現在の馬齢表記で3歳)・古馬の混合重賞戦線で、若駒たちが猛威を奮い、レベルの高さをアピールしていたからである。この昭和48年生まれの世代を“史上最強世代”と呼ぶ人は多いが、すでにこの時点で、最強世代の名に恥じない活躍を見せていたのだ。

saikyokeiba-299336.jpg
 なお、この有馬記念から、トウショウボーイの鞍上は、“ターフの魔術師”こと武邦彦に替わっている。天才福永洋一が、この年の春の天皇賞馬エリモジョージに騎乗するためだ。そのエリモジョージは2番人気。3番人気には菊花賞で見直されたテンポイントが支持されている。菊花賞に勝ったグリーングラスは自重して出走してこなかった。

 レースは、スピリットスワップス、コクサイプリンス、エリモジョージ、グレートセイカンらによる激しい先行争いで始まった。注目のトウショウボーイは、先行集団の直後を追走。そしてテンポイントが、トウショウボーイを睨むような形で並走していた。

 2周目の向こう正面に差し掛かるあたりで、先行グループの脚色が乱れ出した。だが、4歳(*現在の馬齢表記で3歳)2強の脚はまだまだ余力十分。3コーナーを回ったあたりで、2頭は一気に先団につめよった。ただ、スムーズに上がって行けたトウショウボーイに対し、テンポイントのほうは馬群が壁になり、抜け出すのに手間取っている感じであった。

 TTの明暗は、4コーナーでより鮮明になった。外に持ち出さざるを得なかったテンポイントは、さらに外に弾き飛ばされるというロスを食らう。それを尻目にトウショウボーイはぐんぐん伸びて行く。このあたりが名手武邦彦と鹿戸明の差なのかもしれない。

 トウショウボーイの競馬は終始安定していた。直線の伸び脚も実にしっかりしたもので、2着テンポイント以下に1馬身半の差をつけ先頭でゴールを駆け抜けている。しかも、勝ちタイムの2分34秒0はレコード。もし、テンポイントに不利がなかったとしても、トウショウボーイを差し切ることは無理であったに違いない。文句のつけようのない完璧な勝利であった。

 実力日本一。

 トウショウボーイは圧倒的な勝利によってそれを証明したことになる。そして、この有馬記念勝ちと、10戦7勝2着2回3着1回という抜群の成績が決め手となり、トウショウボーイは昭和51年度の年度代表馬に選出された。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー



  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |16:58 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年02月07日

【最強ヒストリー】 トウショウボーイ 第7話

第7話 TTG伝説の幕開け
文=瀬戸慎一郎 写真=JRA
※馬齢表記ほか、文章は掲載当時のままです
『競馬 最強の法則』1998年9月/10月号収録


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


  昭和51年11月14日、京都競馬場。3冠最後の闘い菊花賞。本命は予想通りトウショウボーイで、単勝1.8倍の一本かぶりであった。ただ、2つのステップレースの反動による体調の下降を懸念する声がなかったわけではない。それでも、これまでの実績からいって、人気にするなというほうが無理な話であろう。2番人気にクライムカイザー、離された3番人気にテンポイント。春の主役と目されていた貴公子は、かなり見くびられていたようである。

 注目のトウショウボーイは終始5、6番手の好位から競馬を進めていた。そして、テンポイントがトウショウボーイを睨むような形で追走している。馬場が悪かったこともあり、レースは淡々と流れていた。

 最終コーナー、いい手応えで上がってきたトウショウボーイは、直線の入り口で外目に持ち出すと、早々とバンブーホマレを交わして先頭に立つ。堂々の横綱相撲であった。そのとき、テンポイントがインを突いてトウショウボーイを交わしに掛かった。天馬も懸命に盛り返すが、脚色は貴公子が上回っている。

「トウショウボーイを倒しさえすれば、勝利は自然についてくる」

 そう信じていたテンポイントの鞍上・鹿戸明は、満を辞してスパートをかけた。

「皐月賞は、ストで日程が狂い、馬の調子が著しく落ちていた。7着に敗れたダービーは、レース中の骨折という明白な理由がある。形の上では負けているが、トウショウボーイとの能力の差によるものではない」

 そう信じていた鹿戸は、懸命にテンポイントを追った。

「テンポイント、春の雪辱なる」

 直線の攻防に、そんな思いを抱いたファンは多かった。ところが……。

 テンポイントの勝利が確定したかに思えた瞬間、緑の仮面をまとった馬が内を縫うようにしてスルスルと伸びてきた。グリーングラスである。テンポイント、トウショウボーイのツバ競り合いを眺めるようにして、ワンテンポ仕掛けを遅らせた伏兵が台頭してきたのだ。天馬トウショウボーイを交わすことに全ての力を使い果たしたテンポイントに、グリーングラスを抑える余力は残されていない。自ら先行馬群を潰して横綱相撲に出たトウショウボーイに至ってはなおさらであろう。

 1着グリーングラス、2着テンポイント、3着トウショウボーイ。

 勝ったグリーングラスは、単勝5250円、12番人気という低評価だった。菊花賞勝ちがフロック視されたのも無理からぬことであろう。しかし、年明け直後のAJC杯でいきなりレコード勝ちし、後には天皇賞、有馬記念を制したほか、昭和54年の年度代表馬に選出されたほどの名馬に成長しているだけに、そんな見方が全くの的外れであるのはいうまでもない。

 この菊花賞こそが、世にいうTTG時代の幕開けであったのだ。この日を境に、競馬は熱き闘いの時代へと突入していくことになる。


TOP第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話第10話第11話第12話第13話写真ギャラリー


  • 共通ジャンル:
  • 競馬

posted by saikyokeiba |16:57 | 最強ヒストリー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加