2007年07月31日
続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
74年の西ドイツワールドカップについて、コリバノフさんが「ベッケンバウアー」と「トータルフットボール」に関して非常に興味深いコメントを寄せてくださいました。 >>その内容はコチラをご覧ください。 ”トータルフットボール(1)”ということは(2)もあるのですね。期待しています。そこでは是非、トータルフットボールとファンハール型3-4-3の違いをもっと具体的に解説していただけたら、と思います。 その前に私の意見も述べさせていただきます。私は、この頃のベッケンバウアーもクライフもトータルフットボールも体験していなくて、文献に基づくエセ知識しか持たないのですが、それでもトータルフットボールとファンハール型3-4-3の違いはなんとなくは理解しているつもりです。その大きな違いは、トータルフットボールでは選手が流動的にポジションチェンジを繰り返すのに対し、ファンハール型3-4-3では主にボールを動かすところにあるのだと思います。実践するのはトータルフットボールの方がはるかに難しいでしょう。当然カバーリングなどでミスを犯すリスクは高くなるわけです。選手も人間である以上どれだけ訓練をしてもミスをなくすことは不可能です。だからこそ極力ミスを犯さずに効率よく攻撃と守備を行えるシステムを開発した。それがファンハール型3-4-3なのではないのでしょうか? だから私は、決してトータルフットボールの方が優れていてファンハール型3-4-3が退化しているとは思えません。むしろ、さらに現代風に進化しているのでは?とさえ思います。それでも、いや、だからこそトータルフットボールの方がはるかに魅力的だとも思います。 以上、生意気な発言でスミマセンでした。コリバノフさん、他、皆さんの意見をお聞かせください。 >>このブログを応援してくださる方は、ココをクリックしてください
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posted by サッカーニョ |18:03 |
トータルフットボール |
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トータルフットボールの解釈 【Same Frequency】
過去のサッカーの分析にかけては、"スポナビblog" No.1の * 紅きダニューブのコリバノフ様から名指しでご氏名を受けましたので、 御返事したいと思います。 話題は、トータルフットボールの解釈についてで・・・ ・・・だと思っています^^ 参考 * 紅きダニューブ ・SAME さん トータル・フットボール? ・サッカーがポリバレントだと… サッカー・ラプラス ・続 ・ 74年西ドイツワールドカップ 私の拙い、トータルフットボールの解釈とサッカーの歴史のようなものをお送りします。 (ちなみに、西部謙司さん
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Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
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西ドイツの試合で、開始と同時にクライフがセンターバックでボールを動かしていたのですけど、5分後にクライフはトップの位置まであがってゴールをきめてましたよ。圧巻は西ドイツが一度もボールを触れてませんでした!今では、絶対に無理でしょうけど笑。
何が魅力か個人によって違うのでしょうけど、僕はイタリアのカウンターサッカーが魅力的でしたかも。カウンターサッカーやらせたら、今でも世界一位のような気がします。
posted by のり | 2007-07-31 21:01
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
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サッカーニョさんへ
「生意気な」とかって気を回さずに好き勝手に仰ってください。
わたしも正確に元資料をあたる手間を省いて、間違い含みもちょっと気にしながら、という程度で書きましたから。
それにしても脱字とかあって恐縮です。あきらかに変なとこ、できれば直してください。
あ、それからベッケンバウアーがアウトしか使わないというのは嘘でした。
インフロントもインステップも使います。
アウトの印象強し、ってことを誇大に表現しちゃったようです。
左足はあんまり使わんですけどね。
退化とか、もろもろ、他人の発言としてないとこはすべてわたしの偏見です。
どしどし突っ込んでください。なにもお答えはできないかなとも思いますが、「違うだろ」とかって思っていただいた方がおもしろいかな。
ただ、新世代アヤックスとかその類似品などは、リスクマネジメントを気に病む消極的スタイルだとマイナスに評価してます(誇張すればですよ)。
そんな観点で見る昔話とご承知ください。
ふたつのアヤックスの差異、わたしも仰るとおりだと考えてます。
とはいえ、ファン・ハールのチームに興味なくしてほとんど見てません、印象のみです。ブリントは好きでしたけど。
1970年代初頭のアヤックスも見てません。そのスタイルは74オランダからの類推です。
それからえーと、申しあげにくいのですが、「(2)もある」のではなく(4)までも...
(2)でとりあえず「渦巻き」を片付けて、そのあとにオランダと西ドイツを、と。
あまり閲覧者がいない感じ(失礼!)なのでまとめて送ります。
長すぎたら、分割・削除とかしていただきたいのですが。
とにかく往時の実態がなんとなく想像していただければなあと。
あまり今と変わらないんです。
ご興味湧けば調べる手だてもあることでしょう。
それから、きっとアヤックスのビデオは売ってるだろうと思います。1972年の西ドイツも。
アヤックスも西ドイツも72年が重要です。
ご覧になったら、逆に様子を教えてください。
最後には、個人的にどうしても見たいビデオのことも触れときます。
posted by コリバノフ | 2007-07-31 23:16
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
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のりさん、同感です。さすが同世代ですね。詳細はまた記事投稿します。
コリバノフさん、長くなっても構いませんので、気にせず、じゃんじゃん書いてください。(編集するのが面倒臭いってだけなんですが...)
posted by サッカーニョ | 2007-08-01 03:18
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
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トータルフットボール (2) ウィリー・マイスルの「渦巻き」
机上の空論、渦巻き理論とは?
内実は本を入手しないとわかんないんですけど。
問題の本は、きっと日本人も何人か入手してると思います。
どっかの大学に寄贈されてたりしませんか?
ウィリー・マイスルはお金持ちのご子息で、兄上のフューゴがオーストリア代表監督、ウィリー自身はプレイヤーから銀行家、そしてジャーナリストに転じて高名になる。
オーストリアというのは、ヒトラーによる併合直前までヨーロッパ・サッカーの最強国のひとつだったそうです。
マティアス・シンデラーのヴンダーチーム、英語のワンダー、驚異のチームがあったという伝説がありますが、その監督がフューゴ・マイスルです。
ウルグアイ、イングランドが参加しないイタリアワールドカップ準決勝、オーストリアはホームチームに負けて、その後ナチス・ドイツの一部になってしまったという話。
初回ワールドカップ優勝のウルグアイは別にしてイングランドがなぜ重要かというと、ホームでは1953年までどこにも負けなかったからだそうで、他国とは一線を画す強国だと思われてたらしいです。
戦前にイングランドを破りそうなとこまで肉薄したチームのひとつがオーストリアだったようです。
ええと、フューゴ・マイスルは幸いナチス侵攻の前に亡くなって、ウィリーの方は亡命します。プレイヤーから銀行家って、要するに家業だったわけです。つまりユダヤ系の方です。
ここ、余分に詳しすぎると思われるでしょうがごもっともです。テクニック主体サッカーの源流がウィーンから周辺国に広まった(?)。そんな憶測にわたしが興味を持ってるからで。
フューゴ・マイスルは二十世紀初頭にイングランドから監督を招いて、チームをコーチしてもらったとされてます。そのスタイルがウルチカ・パスの系統で、つまりショートパスが主体の技巧的なものらしい。ま、ウルチカはチェコの小径ですが、ボヘミアもハプスブルク帝国内ということで勘弁を。
大いに意外なのはそれをコーチした中心人物が、スコットランド人でなく、イングランド人だったということです。(今はともかく、昔のスコットランドはショートパス主体でした。ちと無骨でしたけど)
イングランド人=ハイクロスと突っ込みの百姓一揆貴族たちが、ショートパスを丁寧に回せるはずもない?
ここがけっこう問題です。
エリック・バッティが幼少時の戦前イングランドについて、スキルフルで楽しいスタイルが主流だったとどこかで書いてるんですね。
それは少々眉唾物だなあと思ったものですが、いやいや真実なのかもしれない。というか疑う方が悪いだろう...
すると?
もとはイングランドのものだった真の貴族的スタイル、それが中欧に渡り、ドナウ川に沿ってそこら一帯で芽を出していく。一方イングランドはエリック・バッティが回想するとおりに、第二次大戦中に土着コーチングシステムが失われ、次第にレベルが落ちた労働者スタイルになっていく。
なるほど、記憶違いではなかったんですね、バッティさん!
イングランドこそがダニューブ・フットボールの水源らしい。でもすでに百年くらい昔...
つまんなかったですね。古すぎるからやめて「渦巻き」に戻ります。
亡命したウィリー・マイスルと面識もあったエリック・バッティによれば、「渦巻き」を単純化すると「パスした方向へ動く、うんぬん」ということだそうです。
あれ、これは日本の昔のサッカーだって同じだよ。そう仰る方は多いのではないでしょうか。
しかしマイスルの理論はここまでではなく、ポジションチェンジが深く組み込まれてたそうです。
「パスした方向へ動き、パスの受け手と入れ替わる」
つまり受け手プレイヤーもボールをもらったら、別の=三人目の味方にパスをして、そちら側へ必ず移動していくことが前提になっている。
例えば。
キーパーからボールをもらったサイドバックが、タッチ沿いにウィングへ渡す。
受けたウィングが方向を変えて内側にパスする。
ここで重要なポイントは、ウィングが縦に走ってリターンを受けようと動くのではなく、ボールを追うように中へ入っていくこと。これに釣られてマーカーもタッチ際を離れる。
そしてサイドバックはパスをした方角、ウィングがいたスペースを目指している。
ウィングからのボールを受けたミッドフィールダーが、サイドバックが走り込もうとするスペースにパスを送る。
パスしたミッドフィールダーはサイドに流れていく。
要するに三人単位の「場所を変えながら」のコンビネーションです。
これを基礎に、スペースをつくること、そこを使うこと、それを様々に組み合わせた具体的な理論が「渦巻き」らしいです。
思いのままポジションチェンジをしていったり、誰かの号令によって動いていくというよりも、単純なエッセンスを元にして複雑さを演出するものですね。
これは1950年代半ばにロンドンで出た「サッカーレボリューション」というマイスルの本に述べてあるそうです。
そして。この「渦巻き」は空想の産物ではないそうです。
これは当時無敵のハンガリー代表を分析した結論だったとエリック・バッティは書いてます。おそらく「サッカーレボリューション」にそう記述してあるんでしょう。マイスルからも直接話を聞いたのでしょう。
そのハンガリーとは、昔を知るヨーロッパの識者ほとんど全員が、歴史上のベストだとする無敗のマジック・マジャールのこと。
一度だけ負けたのがベルンの奇跡。(奇蹟?映画をわたしは見てません)
敗戦国西ドイツを歓喜のるつぼと化させたという、1954年ワールドカップ決勝の逆転劇です。
こんな傷心の一敗の後もマジック・マジャールは勝ち続けたようです。しかし1956年10月勃発のハンガリー動乱・ソ連軍介入で中心選手が亡命、霧散する...
マイスルの母国やユーゴスラビアみたいですね。
マジック・マジャールの解説では、たいてい中央での三人コンビネーションに触れてます。
中盤の8番コチシュが縦パスを、引いてくるCF9番ヒデクチに入れる。で、ストッパーもついてくる。
ヒデクチは角度をつけて10番プスカシュへ戻し、そちらへ下がっていく。
プスカシュはヒデクチが空けたスペースに向け、走り込むコチシュに届くようなスルーパスをする。
「渦巻き」コンビネーションと同類みたいですね。
いやいや、当然なのかも。こうした記述はもしかしたら、みんなマイスルの本からの引用・孫引きだったりして。
昔っから日本人の著書にさえ出てくるコンビネーションで、憶えちゃうくらいなもんですから。ハンガリーを見たことない人間は、すべからくマイスルの解説を流用してたり?
当時ハンガリーに関して注目されたのはやはり見た目の印象で、マジックのようなボール扱いや翻弄される相手チームのことなどだったようです。
右から来るグラウンダーのクロスが、ニア側のプスカシュの足もとへ。彼は左の足裏を使った引き球トラップ一発でマーカーを泳がせる。そして楽々と左足で蹴り込む。この映像は見たことがあります。
でも、そこへ至るコンビネーションのコンセプトをわからない人も多かったらしく、さらにマイスル並みの思考力でエッセンスを抽出できるのは限られた方々のみだったみたいです。
どうやらマジック・マジャールは流動的ポジションチェンジのチームだったようです。
流れるようなポジションチェンジはハンガリーのオリジナルかもしれないが、基盤にある技術というのはもしかしたら戦前にウィーンで指導したイングランド人のものだったとは言えないでしょうか。
イングランド人が器用に足の裏を使い技巧的なプレーをしてたのかも。
それがウィーンから周辺の中欧諸国に伝播してハンガリーでも開花する。なんてことは、どなたかが研究してるでしょうか。
おっと、とりあえず、ウィリー・マイスルの「渦巻き」はマジック・マジャールのエッセンスで、空想理論なんかじゃないということで。
そして。
1974年西ドイツワールドカップ後のFIFA公式レポートには次の一節があります。
「オランダのチームはあいたスペースにボールを出して、そこへ足の速いプレイヤーを走り込ませるという攻め方が得意だった。これは1950年代に、ハンガリーのチームがみせた有名なやり方と同じである」
posted by コリバノフ | 2007-08-01 07:56
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
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サッカーニョさんお誘いいただきましてありがとうございます。
わたくし的にはすごく興趣のわく話題が展開されていて、楽しくなってしまいます(笑)
また、コリバノフさんの博識ぶりに感心させられて、まだ、全部を読んでいないのですがここで、コメントさせていただきました。
「渦巻き」ですが、78年アルゼンチン大会のとき74年の決勝と同じ顔ぶれ(西ドイツvsオランダ)が対戦した後の日本の新聞の記事にオランダのサッカーを「渦巻き」と表現していたことを思い出しました。
サッカーの戦術のとらえ方は何を基礎においてみるかということで、語り口が違ってくるのかなぁと感じているのですが…
戦術というべきなのか戦略というべきなのかちょっとよくわからなくなってしまうのですが、突出した選手個人の特徴とともに語られると普遍的な戦術といえるものを抽出しずらくなるような感触があります。
で、おそらくサッカーの戦術の発展には数度の転換期があったのではないかというのが私の見解なのですが…
いわゆるWMシステム、それからMMシステム、そして、1974年のオランダかなぁと。
1974のオランダについてはそれ以前のアヤックスかもしれませんが。
先の何を基礎においてというところでは、わたくし的にはスペースに基礎を置いて考えています。攻撃面ではスペースを創り、使う、そのために選手がいかに動くか。守備面ではその逆でハーフラインより自陣で相手に如何に相手にそれをさせないか。
WM以前の経緯を省くと、
WMからMMでは厳重なマンマークをスペースを作り出し、使うことによって守備組織を壊すという転換がおこなわれた。
1974年のオランダはそれにプラスして、守備におけるリスクを背負いつつ相手ボール周辺に集中的に人を配することでボール奪取を主眼とした攻撃的な守備を実践した。
そんなふうにとらえています。
コリバノフさんが述べておられる、ウィリー・マイスルのことは初見でした。ヨーロッパは深いですね。
posted by クライフ クライフ | 2007-08-04 14:55
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
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日本初のWC決勝衛星生中継。よく憶えてます。
ビデオ売ってますので まずは みなさん見て下さい。74WC オランダーブラジル が入手しやすいと思います。私は10回見ました。
72欧州選手権 西独ーソ連
73チャンピョンズカップ アヤックスーバイエルン は入手困難。
書籍では フットボール オデッセイ 西部譲治
が 面白い。
「ジダンは天才。」
と思いこんでいる人はこの辺り見れば
「ちょっとうまい選手。」
とわかります。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-04 16:42
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
おおお!
ここはぜひ、クライフさんにクライフ選手のことを詳述していただきたいですね。
杉本さん、ビデオご所有なら、どうかネッツァー西ドイツの芸術ぶりを具体的に解説してください、どうぞよろしく。
よろしくお願いします。
サッカーニョさん、そんなのはどうなんでしょうか?
クライフさんへ
>ウィリー・マイスルのことは初見
あの話はお読みになってませんでしょうか。アノの話。以下いい加減な記憶から脚色付で。
ユナイテッドがレアルと引き分け、チャンピオンズカップから敗退した試合後。
オールドトラフォードの体育館を解放したプレスセンターで。
「そこにはおよそ三百人の記者たちが集まっていた。小柄なマット・バスビーの姿が現れると約二百九十七名が入り口近くで彼を取り囲んだ。
私は監督の談話というものにさほど興味を持っていない。それがバスビーや○○○ならなおさらである。サンドウィッチを頬ばりビールを飲みながら、ディ・ステファノと呼ばれる天才について自分の考えを反芻していた。
もう二人のジャーナリストはかなり年配で、壁際の長椅子に並んで腰かけていた。
やがてバスビーを取り囲む輪が小さくなり、そしてとうとう最後のひとりも離れていった。
バスビーはゆっくりと壁際の二人のもとへ行き、その間に割り込んで座った。そして両隣の二人の膝へ手を置くと交互に顔をのぞき込んで尋ねた。『ところで、あなたがたのご意見はどうなんです?』
その二人がガブリエル・アノとウィリー・マイスル...」
posted by コリバノフ | 2007-08-04 23:26
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
クライフさんにクライフ選手のこと...
それは良いですねぇ。ぜひ!(やんやvやんやv)
ウィリー・マイスルって人もそうですが、エリック・バッティさんの著書にも興味あるのですが、何か入手できるものがあるでしょうか?もちろん日本語版で。
posted by サッカーニョ | 2007-08-04 23:51
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
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コリバノフさん
72欧州選手権 西独ーソ連
もう一度見直して コメントします。
もうひとりの天才 ギュンターネッツァー
とベッケンバウアーのコンビで 史上最強。
イングランドー西独
このビデオもあったはずなので
探します。
では また。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-05 00:35
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
素晴らしい!
の一言です。
杉本さん、どうぞよろしくお願いします。
決勝のあと、ぜひぜひウェンブリーもお願いします。
よろしくお願いします、よろしく。
posted by コリバノフ | 2007-08-05 05:52
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
サッカーニョさんへ
エリック・バッティ、ベースボールマガジン社で二冊あります。
「サッカー、70年代の技術と戦術」(1971年)、「サッカー上達の秘訣 」(1972年)
どちらも立ち読みした記憶だけです。中身は全然... すいません。古本屋さんですね。「秘訣」の方はヨーロッパのコーチたちの論説を編纂しただけなので、あまりいらないのではと思います。
この人は誰でもご存知なほどの方で、英国「World Soccer」誌を辞書片手に購読してた日本人はけっこういるはずです。わたしは根性がありませんでした。90年代のを一冊持ってるだけです。バルデラマの写真が表紙です。
意外と身近に性根の据わったファンの方がいるのでは?
わたしもサッカーマガジンなどを捨てる際バッティさんのページだけは切ったので、探してみます。
そう、サッカーマガジンを揃えてる図書館とかありそうですね。
posted by コリバノフ | 2007-08-05 06:59
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
Good summer morning...
エリックバッティー氏に日本人が
インタヴューした記事ありました。
サッカー批評か?サッカークリニックか?
探します。
「サッカーは死へむかっている。」
質が低下している という話です。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-05 07:22
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
いやぁクライフのことを詳述できるほどの知識は持ち合わせてないので…(なんだか、クライフなんて名乗ってるのが恥ずかしくなってきたなぁ(笑))
クーバーコーチング(スクール)ってのがありますが、これはオランダで一時期標準とされた(らしい)ドリル練習メソッドで(後にいろいろ批判がでたらしい)、ウィル・クーバーという人が考案(提唱)したもの(らしい)です。で、この人クライフの育成年代にかかわったらしいです。そういう意味ではオランダサッカーの流れが日本にも入ってきているということになるのかなぁ。ということを思い出しました。あくまで、個人技術の(スキル)トレーニングですけど。
ちなみに、クーバーさんは1980年代に来日されて、指導者対象に実技指導されてました。(こっそり撮ったビデオがあったんだけどなくしてしまいました)
今は、すごく便利で(?)YouTubeでクライフの映像を見ることができますね。私のブログでも面白半分に紹介してますが、あれだけいい場面だけを集められるとなんだか圧倒的に感じます。
人の記憶もおんなじで、ミスをしてる場面なんかはあんまり記憶にのこらず、スーパーなプレーがどうしても強く印象付けられるわけで、昔の話もそのあたりはかなり割り引いて考えないといけないのかな、と思ったりもします。
それと、同じサッカーとはいえ個人の技術や体力レベルは昔と今ではかなりの差異があるし、フットボールに求められる志向(嗜好?)も変化してきていると思うんですよね。そのあたりは私なんぞには表現しきれないことなんですが、一例として…
昔のコーチングに関する著作ではボールを保持しているか否かで攻撃、と守備に両チームはわけられ、攻撃側の第一の目的はゴールを狙う(得点)ことであり、次善の策はなになにであり、となります。守備側は第一にゴールを守る(失点しない)ことであり、次に……、という流れが主だと思うのですが、現代では特に守備においてはゴールを守ることよりボールを奪いにいくという志向が強い場面が多々あります。
これだけに限らないと思いますが、微妙な部分まで考えると1970年代と今を比べてもサッカーがかなり変わっていると考えます。
関係ないですが、現代にクライフがいたらどうだったかなと考えると、いろんな意味であそこまでスーパーなプレーは披露できなかったかも、とか思います。1vs1での守備側の対応のやり方とか、数的優位の創り方(創るという志向)とか映像をみると、あの頃とかなり変わっている(洗練されている)と思うからです。
それでも、そこを突破することも十分考えられますが(笑)。どんなに完璧な組織も一人の天才に粉砕される、というのがサッカーでしょうから。
マイスルのことはやっぱりぜんぜん知らなかったです。残念…
バッティさんにしても、英語があまりというかまったく得意じゃないので、原文にあたるまではできてません。サッカーマガジンに連載されてた頃はよく読んでましたが、サッカーマガジンももう購読しなくなって久しいです…コーチング関連の書籍はいくつか原著にあたってますが、すでに手許にないものばかり…
杉本寿明さんご指摘のバッティさんの主張にはいろんなことが含まれていたのかなと記憶するのですが、大資本がサッカーをビジネスにしてしまった以上もう止められないことばかりなんじゃないのかなぁと思ったものです。
posted by クライフ クライフ | 2007-08-05 09:52
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
杉本さんへ
十年以上前の雑誌もあるんですね。
1970年から73年ころのサッカーマガジンはいかがでしょうか?
エリック・バッティ寄稿は70年からのようです。
脇道に逸れますが、フリッツ・ワルターの逆立ちもどきシュートの写真を見たことありませんでしょうか?
たしかあれもバッティさんの記事だったような。
クライフさんへ
そうなんですか、クライフ選手はクーバーで。初耳です。
寄り道ですいません、クーバー関連で質問です。
・ヘラルジーニョ ファネンブルグや、今のファン・ペルシーもそうですか?
・批判の骨子はどんなことですか?
・あれは何年かすると神経が忘れちゃうものですか?
80年代初頭、小学館だかの本を買いましたよ。その後十年ちょっと経ってから、小学生に教えるために練習しました。ビデオも見せてもらいましたね。
今、多くのパターンがぎこちなくなっちゃいました。
本はサッカー初心者の山○君に貸して、返してもらえません。
お寿司やのご子息だった山○君、速やかに返却するように!
posted by コリバノフ | 2007-08-05 16:17
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
重ねてクライフさんへ
YouTubeって、マジック・マジャールの試合などはないんでしょうか?
posted by コリバノフ | 2007-08-05 16:24
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
72欧州選手権 西独ーソ連 その1
ミュラー ハインケス
クレイマス ヘーネス
ヴィンマー
ネッツァー
ブライトナー シュワルツェンベック ?
ベッケンバウアー
マイヤー
これが西独の布陣です。
役割は 以下。
点取り屋 点取り屋
左ウィング 広く動くトップ下
攻撃スペースへの大きな走り込みと
守備スペースのカバー。74WCボンホフと
同じ役割。
ネッツァーは後で。
左DF 中央DF 右DF
スイーパーまたはリベロ
GK
得点経過は以下。
前半27分 ハーフェアラインからベッケンバウアーがドリブルで二人かわしてミュラーへ楔。
ミュラーがダイレクトで中央上がってきたネッツァーへ落とす。
ネッツァーが右足ボレーシュート。20m程。
バーを直撃。ソ連DFのクリアーをハインケスが
胸トラップから右足ボレー。GKの弾いた所を
ミュラーが押し込む。
<ギュンターネッッツァーについて>
もちろん この試合で40m50mのパスは
見事なもの。視野が広く読みも深い。
のんびり遊びながらやってるように
見えるが肝心の所はぐんとスピードアップ。
緩急つけてプレーしてます。
ロングパスの名手のイメージが強いが
前方スペースへドリブルで突っかけてゆく
プレーが効果的だ。ひとつ後方へポジションを
下げたのが正解。ソ連から見れば 深い位置から
ネッツァーとベッケンバウアーがスルスルと上がってくるので誰が付くかで混乱している。
パスの名手の条件とは 「ドリブルで抜く」事。
間合い詰めたら抜かれるので間合いを空けてしまう。即ち、パスが出し易くなる。回りも見える。
続く
posted by 杉本寿明 | 2007-08-05 17:20
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
クライフさん
You tube 見ました。
この映像 見たかったんです。
レアルーバルサ 0-5
何もできなかったそうですが レアルの
10番はネッツァーです。
試合ノーカットで見たいものです。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-05 17:34
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
おおおお!
>パスの名手の条件とは 「ドリブルで抜く」事
ネッツァーは、クライフみたいにクッとずれてスピードアップで抜くんですか?
ベッケンバウアーみたいに身のこなしで何となくかわせちゃうんですか?
>前方スペースへドリブルで突っかけて
これはヴィンマーみたいに直線ですか?
ソ連、外を捨ててセンターサークル後方を混み合うようにしてないんですか?
ブライトナー、左外から斜めに中へ中へと攻めに入ってくるんですか?残り気味で守備要員ですか?
ヴィンマー、右に流れがちですか?中に残ってカバー気味ですか?
得点前段、ミュラーと二人の距離やや広すぎませんか?10m以上?
ヘーネス、二人に追い越されるんですか?
ベッケンバウアーやや右からですか?ミュラーに出すとき右足アウトですか?
いろいろたくさんすいません。
あ、ちと出かけます。
posted by コリバノフ | 2007-08-05 17:59
クーバーメソッド
コメント投稿者ID :
クーバーメソッドですが、批判はあったものの、多かれ少なかれその後の育成年代のトレーニングには要素が残っていると思いますので、影響はあると思います。
クーバードリルはお父さんコーチにも子供達にも非常にわかりやすい。方向の変化、スピードの変化というフェイントの要素を系統立てて提示している、という点で非常に優れたものだと私は思っています。
が、現場で金科玉条になってしまうと練習のための練習になってしまうきらいがあり、そのあたりが批判の骨子だったんだろうと思います。
ドリル練習って小さい子供はすぐ飽きちゃうし、動機付けが十分でないとそうなってしまいがちだろうと思います。
(そのあたりの反省からクロッキーサッカーが主流になったと、わたしはとらえています)
神経が忘れるかどうかは…
個人差があるのかなぁ(笑)よくわかりません。運動は神経伝達(経路)がすごく重要だけど、もう一方でそれを支える筋肉(筋力)も重要ですからねえ。ただ、加齢による神経細胞の衰退は避けようがありませんが(笑)
マジック・マジャールの映像ですが…
検索すれば出てくるかもしれませんが、やったことないのでよくわかりません。
うちに、たしか、1986年(1982だったかな?)W杯直前のダイヤモンドサッカーの録画があったはずなんだけど、もっともワールドカップの歴史を紹介したものですが…。まだ見ることができるかなぁあのビデオ。
そういえば、思い出した、This is Peleと銘打ったビデオもあったような…
あと、1974年後、日本サッカー協会が作った8mmでイマージネーションサッカー(だったと思う)という大会の名場面集みたいなのがあったんですが、これをVHSにおとしたのもあったような…どこいったかなぁ…
posted by クライフ クライフ | 2007-08-05 19:17
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
コリバノフさん
>パスの名手の条件とは 「ドリブルで抜く」事
ネッツァーは、クライフみたいにクッとずれてスピードアップで抜くんですか?
ベッケンバウアーみたいに身のこなしで何となくかわせちゃうんですか?
大きなストライドでグイグイ抜いてきます。
クライフのようなカミソリの切れ味は無し。
ベッケンバウアーのように細かいステップの
踏み変えも無し。ナタでブッた切る感じです。
今の選手なら誰かな?
>前方スペースへドリブルで突っかけて
これはヴィンマーみたいに直線ですか?
直線的です。
ソ連、外を捨ててセンターサークル後方を混み合うようにしてないんですか?
左右に散らし 縦に抜き。ソ連に守備の的を
絞らせない華麗な攻撃の連続。ドリブルあり
壁パスあり 何でもあり。
ブライトナー、左外から斜めに中へ中へと攻めに入ってくるんですか?残り気味で守備要員ですか?
前半は守備に専念。後半は左外から内へがんがん
行きました。
ヴィンマー、右に流れがちですか?中に残ってカバー気味ですか?
ハインケスが内に入って その右前スペースへ
長い距離を走りこみます。でも左前スペースへも
たまに行く。ネッツァー ベッケンバウアーが
上がった時はカバーです。
得点前段、ミュラーと二人の距離やや広すぎませんか?10m以上?
質問の意味よくわかりません。
ヘーネス、二人に追い越されるんですか?
画面からヘーネス わかりません。
ベッケンバウアーやや右からですか?ミュラーに出すとき右足アウトですか?
この時は左ペナ角手前10mくらいまでドリブル
後 右足アウトで 中央ペナ線上のミュラーへ。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-05 21:59
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
72欧州選手権 西独ーソ連 その2
後半7分
自軍で余裕のパス回し。ハーフライン手前から
ベッケンバウアーがヘーネスへ縦パス。
ヘーネスの落としをネッツァー一瞬溜めて
左へ流れたハインケスへ。ペナへ走りこんだ
ヴィンマーへラストパス。ヴィンマーが左足で
ダイレクトシュート。西独2点目。
これは 縦の揺さぶり。四本のパスは全て
グラウンダー。ネッツァーが一瞬溜めたのは
ヴィンマーが長い距離を走りこむから。
後半13分
2点リードされたソ連は前線からプレス。
それを 待っていたかのように
今度は シュワルツェンベックが自軍から
中央をドリブル。下がってきたミュラーへはたいて 上がる。ミュラーは左前ハインケスヘパスして上がる。ハインケスから右ペナへ走りこんだ
シュワrツェンベックへ。トラップミスを更に
走りこんだミュラーが押し込む。
第3の動きx2
78WC決勝 アルゼンチンの3点目に似ている。
つづく
posted by 杉本寿明 | 2007-08-05 22:42
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
杉本さん、ありがとうございます。
>右ペナへ走りこんだシュワルツェンベックへ
凄すぎる。シュワルツェンベックがベルトーニ...
後半守備専従は右バックだけですね。オニシェンコ番?
えーと、右バックはホルスト・ヘッティゲスです。
>質問の意味よくわかりません。
あ、すいません、これでわかりました。
>左ペナ角手前10mくらいまでドリブル...
またいろいろお願いします。
二点目、ハインケス、ヴィンマー、ミュラーの位置関係は?
相手ボール遅攻のときネッツァーはどんな感じですか?
クレマース、何かしてますか?
ソ連に縦のポジションチェンジはあまり見られませんか?
ソ連、イングランドより弱そうなレベルですか?
オニシェンコ、コロトフなどは目立ちませんか?
西ドイツは前線からプレッシングしませんか?
posted by コリバノフ | 2007-08-06 20:49
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
コリバノフさん
>テクニック主体サッカーの源流がウィーンから周辺国に広まった(?)。そんな憶測にわたしが興味を持ってるからで。
フューゴ・マイスルは二十世紀初頭にイングランドから監督を招いて、チームをコーチしてもらったとされてます。<
1930年代 オーストリア代表監督
ヒューゴマイスルは ジミーホーガンをコーチに招聘する。彼はイングランド人だが 大陸へ渡り
オランダでは ドルトレヒト
スイスでは ローザンヌ
西独では ベルリン や ドレスデン
で コーチした。
このジミーホーガンこそ トータルフットボールの源流である。
西部譲司著 フットボールオデッセイ に記述あります。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-06 21:01
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
おお!
読んでみます!
ありがとうございます。
牛木さん、ネットにありました。
http://www.vivasoccer.net/archives/1973-1975/1974_8_WM74_1.htm
割とショックなのは、74年当時、牛木さん程の人でも72年型西ドイツ、ネッツァーを知らないらしいこと。東欧勢過小評価もちょっと意外ですね。
そして注目は、観戦したにもかかわらず初戦のオランダから衝撃を受けていないように見受けられること。
UEFAのサイトで過去の欧州選手権を見たら、シェーン監督が予選段階から超攻撃的な夢のプランを探っていたことを偲べましたよ。
http://www.uefa.com/competitions/euro/history/season=1972/round=187/group=36.html
ウィング二枚、または片方をストライカーにする3トップを原則にして、そしてネッツァー、ベッケンバウアー、オベラート揃い踏みの中盤!
思いどおりに行かず、どうやらトルコとのアウェー戦で、ベッケンバウアーを後方に下げることを決断したみたいですね。で、けがでもあったのか、ノックアウト・ラウンドからはオベラートを外し、絶賛の優勝へまっしぐら。
ところが日本では誰も西ドイツを知らなかったかのようです。
もちろんネッツァーの名前を冠した、なぜか青いプーマの靴はたいていの人が知ってたでしょうが、欧州選手権を見てた人は歳上の方でもほとんどいない!
ウルグアイ対オランダを見たというのに、牛木さんが特筆する感想を持たなかったというのは象徴的ですね。これは準備不足のオランダが、大会期間中にもチームづくりを続けてたことの証左では?
このつまらなかったはずの試合では記憶に残るシーンがあります。サンパウロの帝王だったはずのペドロ・ローチャにオランダが突撃する。巧みに小さな動きでボールキープしようとするのを、数人がダッシュしてきて倒すんですよ。暴行。
きっと監督の指示によるギミックです。
そんなことをさせながら、間歇プレッシングをチームに浸透させていったんでしょうね。かたちになるのがブルガリア戦くらいから?
コンセプトとしては、たぶん今風の常時プレッシング。だけどそれでは体力の無駄だから、間合いは詰め気味にしておいて機を見て襲え、としたのでは?
posted by コリバノフ | 2007-08-06 21:09
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
コリバノフさん
二点目、ハインケス、ヴィンマー、ミュラーの位置関係は?
GK
SH
ヴィン
* ミュ
ハイ *
*
*
*
*
* ネ
*
相手ボール遅攻のときネッツァーはどんな感じですか?
ボランチの位置、スペースを埋めている。
軽い守備。
クレマース、何かしてますか?
普通に左ウィング。
ソ連に縦のポジションチェンジはあまり見られませんか?
隣とのチェンジくらい。大きいのは 稀。
ソ連、イングランドより弱そうなレベルですか?
イングランドー西独 ビデオ発見できず。
ソ連は良いチームですが 何もできず。
オニシェンコ、コロトフなどは目立ちませんか?
普通です。
西ドイツは前線からプレッシングしませんか?
しません。退いて守備。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-06 22:33
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
72欧州選手権 西独ーソ連 その3
試合総括
西独の華麗な攻撃の前に ソ連は 何もできず。
長短織り交ぜたパス回しに翻弄され
間合いをつめれば抜かれ 或いは
スペースへの長い走りこみで かき回され。
単発的な攻撃は たやすく 西独に止められた。
ネッツァーはボランチの位置から。
ベッケンバウアーはリベロの位置から。
二人の天才は 卓越した技術 状況判断で
ゲームのリズムを創り出した。
この72年西独は 史上最強。
強くてしかも美しい。
サッカーの理想郷.....。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-06 23:43
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
> 理想郷
!!!
>イングランドー西独 ビデオ発見できず
グラボウスキー。...涙。。。
サッカーニョさん、古いビデオ探すならこれですよ!
この顔ぶれであんな攻撃志向だったら74オランダの比じゃない破壊力ですよ。
ほとんど個人能力だけど。でも表現は組織的ハーモニー。眼に浮かぶようだ...
クライフさんへ
四対四をクロッキーサッカーと言うんですか?
それだと、やはりオランダ流ですか?
「イマージネーションサッカー」って、もしかしたら72年シーンも少しは含まれてましたか?
posted by コリバノフ | 2007-08-07 00:24
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
>四対四をクロッキーサッカーと言うんですか?
>それだと、やはりオランダ流ですか?
そうですね、ただ、オランダ流とまで言えるかどうかはわかりません。
いろんな理由から、クロッキーサッカーは優れたトレーニング方法としてイングランドあたりでも取り組まれているらしいです。
イマージネーションサッカーは74年大会の映像のみで、シュート編とかヘディングシュート編とかそんなくくりで編集されていました。
posted by クライフ クライフ | 2007-08-07 16:54
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
本の著者間違えました。
西部謙司氏です。
すみません。
「1974フットボールオデッセイ」
74WC決勝の試合背景 舞台裏の話。
みなさま
74WC決勝に限っては
トータルフットボールは
不完全燃焼でした。
決勝以外は 素晴しい勝ちっぷりで
美しく激しく
異次元のサッカーを堪能できます。
posted by 杉本寿明 | 2007-08-07 20:39
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
エリック・バッティ切り抜き、とりあえず部分的に発見しました。
問題の70年代サッカーマガジン分が、一部しか見つかってません。
90年代、亡くなるまでのストライカー誌掲載のはほとんどあるようですが。
とりわけ残念なことに、月刊だった74年ころのが発見できてません。岡野さんとの対談で西ドイツワールドカップのベスト11を選んだりしてたと思うんですけどね。
杉本さんの言う日本人によるインタビュー、西部さんによるものですか?
ストライカー誌ではありますが、ちょっとした追悼特集が西部さんの記名記事になってました。
posted by コリバノフ | 2007-08-08 19:41
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
コリバノフさん
サッカー批評 05号
「モダンサッカー退歩論」
エリックバッティとの対話
90年代初め ロンドン グリニッジ公園にて
西部謙司が 会って話した時の事が記されてます。インタヴュー記事ではありません。
「サッカーは退歩している。」
「最高の選手は ディステファノ プスカス。
クライフは エンターテイナー。」などなど
彼は93年に他界してますので
そのイメージが
「サッカーは死に向かっている。」
と誤って記憶していたようです。
サッカーマガジン 70年代
実家にあるかも。
探します。
フリッツワルターのダイビングヒールキック
憶えてます。
布団の上で練習したものです。
それと
ペルフーモとゼーラーが二人一緒に
オーバーヘッドしてる写真も ありました。
ハーラーか?
さっかー
posted by 杉本寿明 | 2007-08-08 20:37
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
おお、バッティさん、マラドーナを黙殺ですか!
その辺、意見が合いませんが、やはり流石です。尊敬、尊敬。
二人のオーバーヘッドは憶えてません。66年の一次リーグですか?同級生のうちのお兄さんの雑誌だったんで全部読んでないんですよ。
たしかワルターのああいったエンターテインメントは賞賛してたように思うんですが、どうだったでしょう?
posted by コリバノフ | 2007-08-08 23:14
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
エリック・バッティ「サッカーは死につつある!」
1975年11月下旬号にありました。小品です。
観客は減少しつつある。
比較的良好なチームでもアウェーでは質を顧みない。
かつてはサッカー自体に執着したプレイヤーが主だったが、今のトップ・スターはカネのため。
監督がまともに練習させない。
報道にとって「いいゲーム」は「勝ったゲーム」、負ければ「ひどい」
これではカネを払って見に行きたくなくなるのも当然だ。
このころはまだビッグ・ビジネス化以前ですが、商業化を非常に懸念してたようです。ほかにもこうした話題が多い感じです。
posted by コリバノフ | 2007-08-11 06:41
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
ウィル・クーバー & エリック・バッティ
たいしたことではないんですけど。
今ごろ突然気づきましたが...、クーバーって、つづりが Coerver なんですね。
気になって調べてみたら、フェイエノールトの監督経験がありました。
この人、1974年ころにエリック・バッティが高く評価していた三人のコーチのうちのひとりです。バイスバイラー、グリーンウッド、そしてフェイエノールトのクールバー(?)として名が挙がっていたはずです。
この三人のチームは際立ったスターが中心ではない。コーチングによって質の高いサッカーを見せる、攻撃的で優れたチームなんだという感じで。
当時テレビで見れたのはボルシアMGだけで、ウエストハムもフェイエノールトも放送されなかったと思います。
チャンピオンズカップ優勝時のフェイエノールトは監督がエルンスト・ハッペル。その少し後に監督になったのがクーバーのようです。今でこそスキル練習の開発者として知名度大ですが、当時は監督として名高かったわけです。
80年代に日本で出たクーバー・メソッドの本は、小学館でなく旺文社でした。あの本には、現場をよく知った名監督の例として、イングランドのロブソン、そしてオーストリアのハッペルの写真が載ってました。
なんでロンブソンなのかは未だにわかりませんが、ハッペルはフェイエノールトつながりだったんですね。
posted by コリバノフ | 2007-08-13 22:02
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
ウィリー・マイスルの「サッカー・レボリューション」、日体大と国際武道大で蔵書なさってるようです。英語が得意な方に、ぜひ!
これはハンガリー理論に限らず、サッカーの発展全般を含めて論じたもののようです。
口絵写真は、西ドイツのゼップ・ヘルベルガーとウィリー・マイスルが、ラジオのアナウンサーを挟んで質疑する情景です。
ヘルベルガーはマイスルとも知己だったようです。
posted by コリバノフ | 2007-08-22 18:41
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
杉本さんに教えていただいたサッカー批評を閲覧してみました。
どうやら亡くなるまで、エリック・バッティはプスカシュのハンガリーを至上としてたみたいですね。そして1992年時点で、あのハンガリーなら現今のACミランと試合しても勝ち得るとみていた。
また、一般論としては、サッカーというのは負けることもある競技で、それは受け容れなきゃいけない、と。
変わらない。なるほどです、ご立派です。
ほかの部分は西部さんの想像で埋まり、エリック・バッティの見解がないですね。非常にもったいない。疑問点を素直に質問すればよかったのに。
「エリックの考えもわかっていた」のなら、エリック・バッティはこう言うはずだ、でもいいです。
西部さんがほのめかしてる結論や問題点の取りあげ方は、わたしの志向とけっこう似てますね。が、一部には大きな隔たりもあり、何より、エリック・バッティならばまた相当に異なった断言をしただろうという気がします。
惜しいですね。
一番嬉しかったのは主題とは別の花の話。
わたしは元来、梅派なんですが、中国で桜が人気無さそうなこと、ほとんど漢詩に出て来ないことなどは気になってました。ま、香りの問題だけではなさそうですが、この部分が大きいという話は大変参考になりました。
いろいろ調べたんですが、1982年スペインワールドカップの出場国紹介記事を最後に、エリック・バッティは日本の雑誌に採られてないのかもしれません。その後が学研の「ストライカー」?
それだと、十年近いブランクがあるんですね。その間、病気もあったでしょうが。
先日、1984年初頭の「World Soccer」が出てきました。買ったことさえ忘れてた!
たぶんこのころは、日本の店頭からエリック・バッティの記事は姿を消してたんでしょう。
表紙が、国立競技場でインターコンチネンタル・カップを頭上にさし上げるデレオン。すでに腕章巻いてたんですね。エリック・バッティは彼を高く評価してたような。
この号の掲載はひとつだけ。恒例の各国代表チーム前年概要総括です。ちょっとパワーに欠ける感じの内容。
ほかはキア・ラドネッジがページを埋めまくってる(?)ようで、英語が不得手なわたしは読む気しません。
1983年のヨーロッパではデンマークが6勝1敗、勝率でトップ。
対戦相手の違いや試合数の多少など、勝率は公正な指標ではないが、しかしこの年のデンマークの位置づけは「about right」だと思うと書いてます。スウェーデンが二位の勝率だが、彼らはよく働く組織された「big strong boys」の群れ、質を見ればデンマークの遥か下...
デンマークは、ほんの少数の真にエクセレントな選手と多くの好選手でできあがったチーム。ボルシアMGでの絶頂期を過ぎてしまったシモンセン、それとリベロのオルセンがベストだろう...、フランス(13位)は良かった、GKと前線が問題だが来る六月には期待できる、スペインは不当に高い順位(3位)だ...
こんな感じでざーっと触れてます。
エリック・バッティがほぼ最上だろうとしたデンマーク、翌年の欧州選手権準決勝でスペインにPK負けするチームです。
シモンセンは途中でけが?フランスには負けるけど、ユーゴに 5 - 0で勝ってトーナメントに進み、PK合戦で終る。
若きラウドルップやもうひとりの小っちゃなオルセン、エルケェア・ラルセン、レアビーたちのお披露目大会ですね。
ついでに、ユーゴは新旧ふたりのストイコビッチが共存してるころ。ザイェッチ、スシッチ、グデリ、バジュダレビッチ、全敗するような顔ぶれではないのに。。。。
posted by コリバノフ | 2007-08-24 20:56
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
コリバノフさん
>1992年時点で、あのハンガリーなら現今のACミランと試合しても勝ち得るとみていた<
「今と昔では守備のやり方が違うので、クライフでも今のサッカーでは、
活躍できない。」
との意見も聞かれますが、それは間違いです。
天才は時代を」超えて天才です。
技術、スピード、判断、読み、リーダーシップ、全てを持っていれば
どんな状況でも対応可能。
それが天才。
posted by 杉本 | 2007-08-24 23:33
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
杉本さん、大賛成です。
真の天才はたった一人で組織を粉砕する力を持ってます。
ただし、
>1992年時点で、あのハンガリーなら現今のACミランと試合しても勝ち得るとみていた<
には疑問も。
10回やって何回くらい勝てると思っていたのでしょうか?
私は2回くらいと思うのですが...
時代の違うチームをどちらが優れているかと予測するのは非常に難しいのですが、チーム戦術というのはその時代に適合したものに変化しているので、92年のミランは当時の他のチームには勝てるが、他の時代のチームとやれば勝率は落ちるかもしれませんね。実際にプスカシュ時代のハンガリーと戦ったらミランの意外な弱点が浮き彫りになるかも...
posted by サッカーニョ | 2007-08-25 05:07
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
>チーム戦術というのはその時代に適合
絶対の戦術はないから、過去のチームも最近のチームも、試合になればアジャストするはずなんです、多少はね。
そうすると、結局各人の技量と、彼らはチームプレーができるのか、何を基盤にしたチームかということに収斂されそうです。
ま、テレビじゃわからないというのは確かですが、それを言っちゃうとね。
ACミランのサッキ監督時は、数試合しか見てません。続くカペッロのころのは放送したのをかなり眺めたと思います。
>あのハンガリーなら
と言いつつハンガリーではなく、ブラジルとかなんですけど。
メキシコで勝ったブラジルの、エベラウドやブリット、フェリックスなんかはミランを無失点に抑え難いでしょう。
でも、ペレやトスタンが、ジェルソン、リベリーノなんかとからむチームが、ミランよりも多く得点できないとは想像しづらいんですね。
10回やって2回くらいブラジルが負けることもあるでしょうけど。
また、ACミランみたいに守備ライン間でマーク受け渡しをし続けたら、絶頂期の西ドイツやボルシアMGだと、大量の得点チャンスをつくっちゃう気がします。
対応方を変えて勝負せざるを得ないような...
そうすると90年代初頭のACミランで八割勝てそうですか?
ダイジェストで見る限りでは、ミランにも勝ると思える西ドイツですが、ミランとの比較は脇に退け、少なくとも昨今のドイツより数段上ではありませんか?
ここには「退歩している」があてはまる。ならば、過去にもっと優れたものがあれば、「退歩している、全体的にはね」と言えるのでは。
別稿で触れたように「今」が到達点でもないんですね。
流行りの身体能力ですが、陸上競技の記録向上は、仮に純粋な比較ができたとしたら如何ばかりのものでしょうか?
サッカー選手個々の体力だけが飛躍的にアップしてますかね。
別の面からは、90年ワールドカップ、西ドイツやカメルーンは、身体能力で劣ると見えるバルデラマに対して何ができたでしょう?
スタジアムで実物を見た人の思考力が秀でてれば、四十年を隔てたハンガリーも比較可能なのかなと思うんですが。
で、真の「天才チーム」は時代を超えるのでは?
posted by コリバノフ | 2007-08-25 08:29
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
>時代の違うチームをどちらが優れているかと予測するのは非常に難しい<
例えば74オランダと90ACミラン
対戦したら、どっちが勝つか?
それはどうでもいいこと。
どちらが見て楽しいか。
魅力があるのは、どちらか。
50ハンガリーという人もいれば
90独という人もいていいと思います。
72西独は、現在のドイツ人にとって、心の拠り所、つまり理想郷。史上最強で美しい。
90WC優勝しても、評価は低い。ここが基準なので。基準が高い故。
「サッカーに何を求めているのか」という事。
つまり「基準」はその国の国民が創る。
posted by 杉本 | 2007-08-25 14:20
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
そうですね。どっちが勝つかはわからないですね。
エリック・バッティは、常人と異なり、それを考えていたのだと思います。
比較可能だと。
>時代の違うチームをどちらが...
ということに先立ち、かつての実情、地域の違うチームが大きく異なるスタイルをとっていた時代、そのころすでに比較する基準を見いだしていたわけです。
そしてハンガリーが勝つ前にイングランドの敗北を予期できた。
スウェーデンに賭けたときはブラジルに負けてますが、66年大会優勝時に、すでにイングランドの凋落を予想してバッシングを浴び、西ドイツやアルゼンチンの優勝をある程度まで当てることができました。
そのくらいの達人ともなると、時空を超えた真の比較も傾聴に値するのではと思います。
ま、それも晩年の十年くらいになると翳りが出てきたのでは、とも感じるんですけどね。そのあたり、どうしたんだか探ってみたいところです。
日本国民はビジネス至上にふさわしい、コロコロ・スタンダードに馴染みそうで不安です。
posted by コリバノフ | 2007-08-25 18:16
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
< 西ドイツ大会 観戦記 >
フジテレビ739というチャンネルで、「74年ワールドカップ全試合放送」という企画をやったそうです。
わたしもその情報は耳にしたのですが、貧乏で駄目でした。
この再放送をご覧になった方が十五試合(?)に渡って観戦レポートを公開なさってます。
>http://toolatetoolate.blog.drecom.jp/category_6/3
今の眼で見る西ドイツ大会として、とても参考になると思います。
ぜひどうぞ。
posted by コリバノフ | 2007-08-25 18:21
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
コリバノフさん
>そしてハンガリーが勝つ前にイングランドの敗北を予期できた<
何十年も試合を見れば、どこが勝つかはわかります。
誰でもわかりますし、コリバノフさんもわかるでしょ。
例えばアジアカップ 一試合見れば イラクとサウジとわかります。
時空を超えた試合をシミュレーションするのは楽しそうです。
posted by 杉本 | 2007-08-25 19:05
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
コリバノフさん
>この再放送をご覧になった方が十五試合(?)に渡って観戦レポートを公開なさってます<
「西独ーチリ 西独は、リトリートしないでプレス」とのコメントあり。
疑わしいです。決勝で確認します。
リトリートしてたはず。
posted by 杉本 | 2007-08-25 23:30
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
さて
いよいよスペイン始まります。
アンリはピーク過ぎてます。イメージに身体が付いていかない。
バイエルンとの練習試合で、ワンプレー見ただけですが。
どこが優勝してもよいので
とにかく楽しい試合を望みます。
posted by 杉本 | 2007-08-26 00:31
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
エリック・バッティ恐るべし...ですね。
私なんか未だに予期せぬ試合結果に驚かされっぱなしですから。そんなとき必ず「これがサッカー」なんて思うのですが、まだまだですね。
しかし、フジテレビ739の「74年ワールドカップ全試合放送」...
ショックです。こんなのやってたんですね。観たかった。ぜひ再放送していただきたいです。
posted by サッカーニョ | 2007-08-26 00:32
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
杉本さん
スペインのコメント、移動させていただきました。
posted by サッカーニョ | 2007-08-26 00:40
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
杉本さんへ
>何十年も試合を見れば、どこが勝つかはわかります。
そうですね。
ただ、エリック・バッティの記事が浮かんできます。イングランドの没落を書いたものだったか...
以下、適当な記憶から。
(注)かつての名選手だか誰だかを、仮にマクドナルドとします。
「ハンガリーの公開練習に行くと、マクドナルドがウィンターボトムと並んで見物していた。
しばらく後、マクドナルドはこう言った。
『なんだい、あのチンチクリンのデブは? イングランドの楽勝だな!』
チンチクリンのデブはプスカシュだった」
posted by コリバノフ | 2007-08-26 18:14
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
― ウィリー・マイスルの「サッカー・レボリューション」―
(1955年)
これはわたしの想像とは異なり、技術・戦術書ではないですね。
「渦巻き」については触れてますが、それを詳述したものではありません。
歴史・発展を述べつつ、憂慮と提言を世に問うたもののようです。
ウィリー・マイスルはウィーンのユダヤ系銀行家のご子息にして、サッカー界の大立物フューゴ・マイスルの弟。自らもゴールキーパーとして代表選手。その上、水球でも代表、競泳でも優勝。
銀行業を嫌い、ジャーナリストとして、劇作家ベルトルト・ブレヒトなどとともに新聞雑誌などに関係する。
戦前からロンドンへも行ったことがあるようです。これは行く末を心配した家族が、自社のロンドン支店へ送り込んだのかもしれません。
そのときイギリス・サッカーに触れていると思います。
ナチスのオーストリア併合に際して亡命し、戦時中はイギリス陸軍に従軍したようです。
そして戦後、その第二の故国のサッカーを憂え、方向転換を促そうと志して著したのが「サッカー・レボリューション」のようです。
長い目で見れば、結局のところ Soccer Craft が、つまり技巧ですか、それが、スピードや強靭さを制するのだと主張してるみたいです。
「仲間内では楽しいジョークも、部外者の口から言われると楽しめないものだ。英国の聖なる心、サッカー、それを異邦人が批判するとしたらどうなるだろう...」
イントロダクションでは、こんなことを言ってます。そして、どうか意見を受け容れて欲しいと続けてます。サッカーの愛国心を斟酌して欲しい、と。
「ヒトラーは恐るべきことを私にしてくれたが、大なる恩寵をも与えてくれた。彼は私をスポーツのふるさとに放擲した。そこは私の心に満足を与える、世界一の英国サッカーを見せてくれた場所だ」
そしてイングランド、あるいはUKのことを We と表記してるようです。
1950年ワールドカップ、イングランドはアメリカに敗北。しかしその後もスタンレー・マシューズなどが残り、ホーム無敗は維持します。
それが1953年を迎え、ロンドンでFIFA選抜に対して負けに等しい4-4の引き分け。そしてハンガリーに歴史的なホーム初の敗北、しかも3-6の惨敗。スコア以上に、何もできなかったという伝説です。翌年のブダペストでも1-7で返り討ち。
そんな惨状にある二つ目の母国のサッカー界。その目を覚まそうとした書が「サッカー・レボリューション」です。
将来はオールラウンダーによる技巧的なスタイル、渦巻きと称せるものへと向かうことになろう。我々イングランドもその方向を目指せる、先導者になるのだ、といった呼びかけをしてるようです。
1948年のFAカップ決勝、荒れた試合で、配色漂うマンチェスター・ユナイテッドの主将、ジョニー・キャリィはハーフタイムに何と言ったのか。
「フットボールを続けるんだ。得点はやってくる」
この近い過去の逸話をマイスルは評価してます。
「できるなら私は、座右の銘として刷り上げ、英国中のロッカールームに貼ることだろう」
「サッカー・レボリューション」の概要は以下です。
(内容未読で、意味違いの可能性あり)
第一部 イングランドの退潮と失墜
1.商売という打撃がサッカーを揺るがす
2.サッカーのナポレオンたち
3.かつて我々がプレーしたゲーム
4.戦術(Tactics)から秒針の響き(Tic-tacs)へ
第二部 ヨーロッパと南米
5.サッカーは艦旗とともに
6.ブラジル - るつぼ
7.ハンガリー型個人主義
8.スコットランド・スタイルがデンマークに合う
9.ドイツ ― 大陸初の試合相手
10.オリンピック - 陳列の場
11.F.I.F.A.
12.イングランドはなぜ勝ってこれたのか
第三部 崩壊の後始末
13.守備面の凡庸さ
14.さらに想像力の欠如について
15.いくつかの暗澹たる暴露
第四部 痛撃 ― 進路
16.ハンガリーの教訓
17.第5回ワールドカップ 1954年
18.これまでのワールドカップ
19.奇妙な幕間劇
20.未来のスタイル
posted by コリバノフ | 2007-09-16 01:37
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
配色漂う→敗色漂う
間違えたままでした。
すいません。
posted by コリバノフ | 2007-09-16 02:27
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
>つまり技巧ですか、それが、スピードや強靭さを制するのだと主張してるみたいです。<
ありがとうございます。
目次から内容はイメージできます。
この目で見て一番上手い選手は?
セルジオ越後。
コリンチャンスでリベリーノと一緒にプレーしてました。
日本人は、あそこのレベルまで行けるはずなのです。
西が丘で何度も観ました。
一言で言うと マジック。
魔法に見えました。衝撃的でしたね。
「今の選手達の技術は上がった」
と言う人がいますが
それは、間違ってます。
posted by 杉本 | 2007-09-16 15:42
Re:続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
人間は次第に進歩していくものでもないです。
個体の技能や知力は積み重ねられていくとは思えない。
セルジオ越後さんが二、三年くらいで藤和をやめたのは残念です。
「さて、60年代も現代のサッカーも見ている私の意見はどうかといえば、実際当時のプレーは今よりもスローだった。
そして、今よりもずっとよかったとだけいっておこう」
「サッカーがゴールデン・エイジの輝きを取り戻すためには、ボクシングの判定制度でも取り入れるほかはない、とさえ思えてくる
ゴールを2点とし、三人のジャッジがそれぞれ10点を限度として、...」
posted by コリバノフ | 2007-09-16 21:37
続 ・ 74年西ドイツワールドカップ
コメント投稿者ID :
はじめまして
↑楽しく読まさせて頂きました
エリック・バッティの記事は大好きで
70年からずうっと必ず読んでいました。
(サッカーマガジンに連載されていましたよね)
彼が1954年のハンガリーとウルグアイ戦が
最高の試合だったとの記事が心に残っています
タイムマシンがあればすぐに観戦にいくのだけれど、、、
posted by L-ken | 2008-06-02 18:41
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