2006年08月06日

苦節7年

ようやくこのときが来た。ジェンソン・バトンが、遂に優勝した。

今日の表彰台3人の顔ぶれは、非常に感慨深い。バトンがデビュー114戦目での優勝。更に2位のデ・ラ・ロサは、デビューから8年目、なんと35歳での初表彰台。ハイドフェルドも、久々の表彰台である。

3人の経歴を振り返るだけで、如何に苦労してきたドライバーかが分かる。バトンは言うに及ばず。ウィリアムズから多大な期待を背負ってデビューするも、ベネトンでフィジケラに全く及ばず、評価は急落。翌年評価を戻し、ホンダで活躍するも、唯一欠けていたのが“勝利”。そのために糾弾されることも多かったし、バトン自身も、煮え切らない部分があったはずだ。

デ・ラ・ロサといえば、高木虎之助のチームメートとして今は亡きアロウズからデビュー。その後ジャガーへと移籍するも、両チームとも戦闘力が低く、更にジャガーではアーバインの前に、評価を落とした。そしてジャガーを解雇され、浪人生活までした。頭を下げてマクラーレンに雇ってもらい、テストで結果を出し、そして得たチャンスで、遂に表彰台に上った。

ハイドフェルドも近年は安定して活躍しているものの、少し前までは“華が無い”と言われたドライバーだ。マクラーレンに飼い殺しにされてキャリアが台無しになったし、全く走らないジョーダンのマシンで最後尾近くをさまよっていた時代もあった。

こんな3人が表彰台を占めると、アロンソやシューマッハ、ライコネンらが勝つときとはまた違った、感慨深いものがある。苦労し続けたドライバーが日の目を見る瞬間というのは、こちらも嬉しくなるものだ。

荒れたレースで、エリートのドライバー達はその状況に苛立ち、消えていった。最後に残ったのは、最初からトップではなかった、しかし地道に走り続けた、伏兵たちだった。こういうドライバーが頑張っていくと、グランプリもますます面白くなる。

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posted by s_co_log |23:31 | F1 | コメント(0) | トラックバック(2)
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2006年08月02日

協栄ジム&日本協会の勝利

亀田興毅がなんとか世界チャンピオンになった。


とりあえず判定云々は抜きにして、試合を振り返ってみる。

まず、クリンチが圧倒的に少なかった。まぁ11Rあたりで亀田がホールディングに行っていたのではあるが。

次に、手数に圧倒的なまでの差があった。ランダエタが8回パンチを打つ間、亀田が文字通り“亀”になっているシーンなどは、もう見慣れたものだった。まぁ亀田もランダエタの3分の1くらいの“強烈な”有効打は当てていたが。

あとは、亀田がジャブを“打てない”ことである。もっとも、おそらく打ち方を知らないのだからどうしようもないのであろう。

・・・と、まあ思い出すのも面倒なくらい一方的な試合であった。解説者の3人はおろか、実況のアナウンサーまでもが、もはや諦めたといった感じだったし、Yahoo!の投票を見ても分かるとおり、視聴者の殆どもそう思っていたはずだった。

朝青龍が過度なまでに亀田を称えていたのも、裏を返せば朝青龍自身が、あの雰囲気、即ち亀田の八百長勝ちではないかという空気を察知し、なんとかそれを和らげようとしていた行動、と取れなくもない。

しかし疑問に思うのは、あそこで号泣していた亀田本人である。あれで「親父のボクシングが通用した」と言ってしまうのは早計だということに、気が付かなかったのだろうか。最もそこまで頭が回るのであれば、今回の判定勝利などありえなかったのであろうが。

やはり今回の勝利には、日本協会と協栄ジムの力が強く働いたのではないかと思われる。これまでもそういう試合はあったのだろうが、ここまで注目を集めた試合で露骨にああいうことをやられては、逆に墓穴を掘っただけのように思われる。

亀田兄弟はボクシング人気復活を担うとされ、日本ボクシング協会も積極的に支援していたわけだが、その亀田のおかげで、逆にボクシング人気低迷の要因が垣間見えた気がした。


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posted by Alan Hetarade |22:08 | コメント(7) | トラックバック(46)
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