2008年11月16日

最後まで“マラソン”を見せてくれた「東京」 【東京国際女子マラソン】

◆マラソンの厳しさ象徴した、四谷の坂◆
本当にこの坂こそ、マラソンの厳しさ、俗に言う「30km、35kmからがマラソン」という言葉を象徴するような存在だった。選手の疲労が精神的にも肉体的にもピークに達する35kmから始まる、まさにその余力を試すような坂。まさにこれが、30年にわたって多くの選手の前に壁として、立ち塞がってきた。

ごまかしは、利かない。その選手にマラソンを走りきる、勝つだけの力が無いと見れば、この坂は牙を向き、選手を喰う。逆にそこに勇敢に立ち向かえるだけの力を残してきた選手たちは、この坂を一気に攻略する。

今日の尾崎好美は、その点まさしくこの坂を見事に制覇した。ずるずると遅れかけていたタイミングでひたすらマイペースを保つマーラ・ヤマウチと並走できたというある種の幸運はあったにせよ、息を吹き返してからはそれに安住することなく前を追い、最後の坂を一気に駆け上がった姿は、まさに彼女がマラソンを走る上での本当に力を備えていたからこそできたものだ。対照的に渋井陽子は30km辺りからペースを落としてしまい、見事にこの坂が壁となって、優勝への道を阻まれてしまった。加納も、ここに来るまでに力を使いすぎた。

選手の力を真に見極められるこのコースほど、選手たちのマラソンでの力を露にしてしまう場所は無い。近年はフラットなコースでのスピードレースが増えているマラソンだが、それだけにこのコースのように真の意味で“強さ”が試されるコースは、貴重だった。

谷川真理、浅利純子、山口衛里、高橋尚子、土佐礼子、そして野口みずき・・・・日本を代表するランナーたちが、このコースを駆けてきた。

確かにスピードレースでの速さを見せる選手たちにも感動はする。しかし、本当にアスリートとして、マラソン選手としての、我々には計り知れぬ「強さ」を見ることができたのは、この四谷の坂を含む東京国際マラソンのコースだった。彼女たち、そして昨年まで行われていた男子のレースでも強さを見せてきた選手たちの走る姿は、私の脳裏に深く焼きついている。


◆時流に淘汰された、東京国際◆
そんな大会も、今回を持って終了だ。昨年幕を降ろした男子のレースに続いて女子のレースも今年が最後となり、“東京国際マラソン”は正真正銘、消滅してしまった事になる。

私はこの事が、残念でならない。後述するが女子マラソン大会のパイオニアとして、この東京国際女子マラソンには独特の存在感、またその意義があり、コースもエキサイティングなものだった。これをさしたる理由も無く強制終了させてしまうという一種の暴挙とも思える結果になったのは、紛れも無く昨年始まった初春に行われる某巨大都市マラソンのせいであり、その開催を強弁に推し進めてきた、お祭り好きで見栄っ張りの某知事のせいである。

その某大都市マラソンに見るボランティアの質の低さ、随所に見える運営の稚拙さに、この東京国際マラソンの歴史が生かされていないことには、ファンとして憤りを感じる。

本来であれば世界に誇る大会として行政の側が保護、運営すべきこの大会を、自身の権威の象徴である大会のためにないがしろにした事、またそれを軽視するかのような発言、姿勢は、許し難きものだ。開催時期の変更を余儀なくされた某市民マラソン大会の存在と合わせて、如何に知事が利己的、独善的であり、都市マラソンが周囲をまったく鑑みない彼のエゴによって行われている大会であるかということを、今大会の消滅という一件は如実に示している。

だがその一方、この東京のような“マラソンの厳しさ”を示すレースが世界から消えつつあるのも、また時代の流れというものである。近年はアメリカやヨーロッパで行われてきた大都市マラソンが世界のマラソン界の中心である。また好記録を生み出すフラットなコース、プロの選手たちにとっては生活の糧ともなる賞金レースが、殆だ。30年前には世界を引っ張る存在だった東京国際マラソンは、今や“クラシックレース”とも言えるような状態になっていた。

昔ながらの形態を守り続けてきた日本でも大都市マラソンが行われ、その一方で歴史を作ってきた東京国際マラソンがその終焉を迎える。これが今のマラソン界の流れであることは理解はできるが、やはり長らくマラソンを見てきたファンとしては、幽愁の思いを感じずにはいられない。


◆初代“女子マラソン”としての東京◆
この東京国際女子マラソンは、世界で初めて行われた、女子選手のみの大会である。「女性にマラソンは走れるのか」といった、それまで議論されてきた疑問を払拭し、いまやオリンピックでも男子のマラソンと同じく花形種目として世界中が注目するようになった女子マラソンの歴史は、紛れも無くこの東京から始まったのだ。

初期に大会を連覇したジョイス・スミス女史を筆頭に、その後もカトリン・ドーレ、ロザ・モタ、ワレンティナ・エゴロワ、デラルツ・ツルといった有力な海外の選手がこのコースを走り、長年に渡り世界のマラソンシーンをリードする大会として、存在感を示してきた。

今後も女子マラソンでは、数々の好記録、好レースが見られるに違いない。男子ほど急激にではないが女子のマラソンも近年スピード化が進んでいる。高橋尚子が女子選手として初めて2時間20分を切り、ポーラ・ラドクリフが驚異的な世界記録をたたき出して以降、今や2時間20分カットが当たり前の時代になってきた。しかしその全ての原点は、この東京にある。

移り行く時代の中でこの東京国際女子マラソンの存在は徐々に忘れられていくだろう。だがその“始まりの地”は、紛れも無くここ東京、そして四谷の坂を駆けた選手たちだった。文字通り女子マラソンの歴史を作った大会が、東京国際女子マラソンだった。その事実だけは、未来永劫変わることは無い。

posted by Alan Hetarade |15:20 | 陸上競技 | コメント(0) | トラックバック(1)
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