2008年03月27日

今さら高橋尚子の発言について

先週あたり駅を歩いていると、高橋尚子が1面トップになっているスポーツ紙がコンビニの前に置いてありました。まぁ個人的には高橋尚子が好きってわけでもないですし、どうせまたどうでもいい事をスポーツ紙が書きたてただけだろう、と思って、どんな報道だったのかチェックすることもなくスルーしたわけです。

で、じゃあ今になって何で書くかと言うと、昨日偶然にランニングマガジン・クリールの編集長、樋口幸也さんのブログでこれについて書いておられたのを見かけたのです。これを見てはじめて、彼女がどんな発言をしたのか知りました。


まぁこれを見て思ったのが、あぁもう高橋尚子はトップクラスのアスリートではないんだな、と。それに尽きます。


元々、彼女のレースに対する臨み方というか、そういうスタイルがあんまり好きではありませんでした。レースの直前に怪我をしてしまうことは彼女以外の選手でもやることですし、それは仕方の無いことです。ただ彼女の場合、それをネタに自分を引き立て、演出していた。それが個人的には好きませんでした。

前回東京で優勝した際にも、肉離れであることを事前に明かしていました。で、レースでは見事に優勝しました。ただその後の報道、そして彼女が翌朝もランニングに出る姿などは、違和感を感じ得なかった。なんか“怪我をネタにお涙頂戴”みたいな部分があった気がするんですよね。ここら辺は人それぞれ捉え方が異なるでしょうし、心理戦の部分もあるのでしょうが、その後マスコミがいかにも「高橋尚子は怪我に耐えてよく走った!」みたいに書き立てるのを見て、なんかおかしいなぁと。

そして先日の名古屋後の話。あの話は本当に情けなかったとしか言いようがありません。言い訳にしか聞こえなかった。完走したことは立派でしたが、一方であの手術云々という話は、負け惜しみ以外の何物でもありません。事前に話さないのであればそれこそ墓まで持っていくべき。少なくとも、本人が堂々と言うようなことではありません。


なんでここまで彼女をこき下ろすかというと、男子マラソンの第一人者、高岡寿成と、あまりにも対照的な競技意識としか言いようが無いからです。

アテネオリンピックの選考から落ちた際の高岡の話は皆さんもご存知かと思いますが、一応書いておきます。福岡で3位となり、マラソンでの代表入りが絶望的になった彼には、トラック競技でのオリンピック出場という選択肢も残されていました。しかしマラソンの補欠になった時点で、彼は“補欠として”最善を尽くすことを決めました。

当時既に33歳、4年後に再びチャンスがあるかどうか怪しいという中で、レースに出られない可能性の方が圧倒的に大きいという条件があったのにもかかわらず、高岡はオリンピックのマラソンに向けてのトレーニングを積みました。

もちろん、オリンピックで高岡が走ることはありませんでした。

ただ、だからこそ、翌年の世界陸上で高岡が粘りの走りを見せて4位に入ったときには、メダルにこそ届かなかったものの、1人のファンとして狂喜乱舞したものです。彼のレース一つ一つに対する思い入れの深さには本当に頭が下がる思いでしたし、だからこそ心から彼を応援できました。


先日の福岡で高岡は破れました。東日本実業団駅伝を見ても、調整が上手くいっていなかったことは明らか。そうでなくとも、年齢的な衰えもあってマラソンを走るのは難しかったかもしれません。ただ彼は、事前の会見から一貫してそういうことは表に出さず、負けても言い訳はしませんでした。その後、全日本実業団駅伝でも彼は出場することなく、チームのサポートに回っている姿が映されていました。で、今度はパリマラソンを目指すようです。相変わらず怪我が相次いでいますが、彼のようにひた向きに競技に臨む選手は、本当に尊敬できます。

高岡だけではなく、競泳の柴田亜衣や北島康介の発言を見ていても、彼らは怪我をしてもそれについては一切言わなかったり、それを言い訳にしたりはしていません。解説者が選手の怪我について言及し、フォローするような発言をしていても、彼らは決して弱音を吐きません。


まぁ何も、そこまで選手に求めるのも酷かもしれません。しかし、オリンピックの金メダリストが惨敗して、そこで負け惜しみを言ってしまうさまは、はっきり言って無様としか言いようがありません。



その上で、今回の発言ですよ。要するに彼女は、競技の第一線からは身を引いたということを、自ら示したというわけです。

というのも、元々怪我が多い選手で年に1回のマラソンすら走れるかどうか、という状況。そんな選手が年に3回もマラソンに出ようなんて、土台無茶な話です。全力でレースに臨むのであれば、そんな事が出来るはずが無い。即ち、もう私は全力でレースはしないよ、という事でしょうね。もはや1レースの重みが、高岡なんかとはわけが違うということです。

要するに高橋尚子は、扱いとしては市民ランナーと同等になった、と。そういうことです。まぁ彼女がどういうナンバーをつけてマラソンを走りたいのかは分かりませんが、もし本当にこのマラソン3つを走るのであれば、普通の招待選手としては出て欲しくないですね。一般参加、若しくは特別招待選手という枠でも作って出て欲しいです。



まぁ今後彼女がどうしようが彼女の勝手ではありますが、これ以上自らの功績に泥を塗るようなことはしてほしくないな、と。かつて世界のトップクラスだったランナーだけに、なおさらそう願ってやみません。

posted by Alan Hetarade |20:08 | 陸上競技 | コメント(4) | トラックバック(0)
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今さら高橋尚子の発言について

高橋尚子の功績は凄いと思いますがこの方はマスコミに躍らされたのかなんなのか、引き際を誤った感じも…。
確かに言い訳は多い感じはしますね。

競技は違いますがフィギュアでも若いながらストイックな感じの真央ちゃんと、なんだかんだ怪我を言い訳にすることの多いミキティ。
後者と高橋さんの、マスコミが作り上げたイメージはなんとなくかぶるかも。
(・ω・)

posted by がちゃ | 2008-03-28 11:52

>がちゃさん

引き際ってのはどのスポーツ選手にとっても難しいものではありますが、高橋尚子はちょっと失敗しちゃってますよね。まぁこちらが望むものが高いということもあるでしょうが、同じような境遇でも「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」みたいな感じで引退する選手もいるわけで・・・・

フィギュアは見ていないのですが、どうもお涙頂戴路線に走っちゃう人っていますよねぇ。また多くのファンがそれで担ぎ上げちゃうのも悪いと思うんですけど。

個人的にはこういう事があると皆さん「マスコミが創り上げたイメージだ」とか言いますけど、ファンとしてももうちょっときちんとスポーツを見る目というのを持って欲しいな、と思います。マスコミに便乗して担ぎ上げてるのは自分たちだという自覚が、足りないように思えるんで。

posted by Alan Hetarade | 2008-03-29 00:05

今さら高橋尚子の発言について

私もみんなの意見と同様です。いつもぺらぺら喋りすぎて言葉の重みもへったくれもありません。夢は努力すれば必ず実現する事をみんなに伝えたい、とか言ってましたが
結局は実現せず、みんなにやっぱ夢は努力してもかなわないものと逆に失望感を植えつけた事は否めません。ホントにいい加減でしゃばるのはやめてほしいです。もっと他の記録を出して頑張っている土佐礼子選手等にスポットをあててほしいものです。新聞やTVもどうして彼女をあそこまで奉り上げるのか、なにか事情でもあるンでしょうね。不快になるだけです。本当にいい加減、目立とう精神はやめて頂きたい。

posted by ノン子さん | 2008-05-01 22:49

>ノン子さん

「夢を与えるために」みたなことをよくスポーツ選手は口にしますが、例えば不遇の生い立ちから這い上がってきた選手なんかはまだしも、あまり言い過ぎると口説くなってしまうケースってありますよね。彼女についても、近ごろどうもそういう傾向になりつつあるな、という気はします。

正直マスコミがなぜあそこまで彼女に拘るのか理解できないのですが、やっぱりスポンサー云々とかもあるんでしょうかね。そして未だに彼女をトップクラスの選手であるかのようにはやし立てるファンにも、問題があると思っています。もちろん過去に素晴らしい実績を残した選手ですし、リスペクトされるべきだとは思いますが、偶像のみが一人歩きして、皆が本質ではなくそちらを見てしまっている感がありますからね。

posted by Alan Hetarade | 2008-05-02 00:48

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