2007年05月29日
アジア大会を勝ち抜く上で、大事なバロメーターとなる今回のキリンカップ。そのメンバーが先日発表された。メンバー発表にサプライズは付き物だが、今回のサプライズは期待を裏切る形と感じた。
まず海外組みで新たに召集されたのが中田浩二だけで、招集が噂された稲本の名前がリストに載ることはなかった。稲本は、トルコリーグという特殊で厳しい環境でプレーしている。チャンピオンズリーグにも出場し、再び調子が上がってきているタイミングに、なぜ代表に呼ばないのか・・・。
現在の代表のボランチは、鈴木啓太を軸に遠藤や中村憲剛などが脇を固める。鈴木は献身的な仕事を、遠藤や憲剛は攻撃面でのキーファクターとなる存在。しかし、どの選手を見ても海外の強豪相手にダイナミックで、引けをとらないコンタクトができる選手はいない。アジア相手なら仕事ができるかもしれないが、海外の激しいコンタクトとトップスピードで展開される局面に対峙できるボランチは、今の代表にはいない。
やはり日本代表のこのポジションには稲本が一番似合う。
プレースタイルそのものがダイナミック、攻撃も守備も他の選手とはスケールが違う。特に日本人が苦手とする「体を当てる守備」が一番できる選手だ。
チームの核となるボランチに、ビッグスケールの選手がいないと、この先に待つ「本当の戦い」には向かえないであろう。
召集された選手にも疑問は感じる。まず低迷が続く千葉からなぜ5人も呼ばれるのか?羽生や山岸など、勿論いい選手にかわりはないが、コンスタントに代表に呼ばれる選手ではない。リーグを見ればもっといい仕事をしている選手はいるし、新たに呼ぶ事で開花が期待できる選手もいる。ここまで千葉の選手を呼ぶ事は、オシム監督のえこ贔屓ととられても仕方が無い…。
今回の代表発表で今まで危惧されていたことが、明らかに問題へと発展した。
それは「日本代表のステータス」である。いろんな選手を呼び、トップレベルの環境を与えるのは、もちろん日本サッカーの為でもあるし、リーガで頑張っている選手にもいい刺激なる。
代表への貢献度を優先するジーコ監督時代は、メンバーが固定されいくらチームで力を発揮しても、無意味に等しい雰囲気が存在した。
そういう意味では、オシムが様々な選手を呼ぶ事は選手にとっても、チームにとってもいい事であろう。しかし(練習だけの召集も含めて)ここまで沢山の選手を招集する行為に私は不満を感じる。長いスパンでの召集を考えての行為なら分かるが、(結果的にという言葉で片付けられる)一回限りの召集には納得がいかない。代表に呼ばれて雰囲気を感じ、いい経験になったという事を口にする選手もいるが、代表とは「死に物狂いでその場所を掴み、その場所を全力で死守する場所」だ。チームの為とか国民の為とかは、二の次でいい。その思いが結果的に全ての為になるからである。
どんな競技でもそうだが、選ばれた人間しか掴むことができない「日本代表」という聖域に、誰でも踏み込める現状があるのは、その聖域を軽視している行為に等しい。
ビッグネームの選手がいないことだけが、代表の人気が落ちた事と比例させるのは、あまりにも稚拙な議論である。
posted by いごっそう |00:04 |
日本代表について |
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2007年05月22日
中田英寿が日本に与えたものとは・・・。
日本人サッカーのパイオニアで、サッカー界に多大な貢献をした中田英寿が引退してから一年が経とうとしている。日本サッカーを引っ張った男の孤独と情熱。私が感じる中田を語りたい・・。
中田を語る上で必ず付きまとう言葉・・・、「パイオニア」。
意味は開拓者であるが、まさしく日本人選手のさきがけとして海外でいち早く成功した男だ。無論彼の性格上、「自分が開拓者なんだ」という自負は全く持っていなかったと思うが、イタリアでスタートしたシーズンから彼が日本人の代表という思いを持ってプレーしている点は感じることができた。
中田はファウルをされても相手に怒らない。彼は凄くフェアな選手で、汚いファウルを受けても相手に噛み付くことはしないし、差し伸べられた手を必ず掴む。元々そういう選手の部分もあるだろうが、私なりの見解は違う。日本人の代表として初めて成功に向かおうとしている中田が、イタリア選手や他の選手と同じ事をしたら??それは単なるイミテーションに過ぎないことだと彼自身がわかっているからだ。そして、「ダーティーな事をイミテーション混じりでやる日本人」というレッテルを貼られたくなかったのだろう。
それは、もしかしたらこれから海外に挑戦する新しい日本人選手の為を思っての行動だったのかもしれない。(憶測に過ぎないが・・・)
「日本人は金にものを言わして海外に来るが、大した結果を残せずに変わりにダーティープレーを覚えて帰った」。こんな評価が今日無いのは、ペルージャ時代から終始一貫自分のスタイルを崩さなかった中田のおかげであろう。
マスコミ嫌いの中田は有名だったが、彼は果たして本当にマスコミが嫌いだったのか??
彼がマスコミに話をしなくなったのはベルマーレ時代、自分の意図と反する記事を書かれ、そこからマスコミに対して意見を言わなくなったのは有名な話だ。思いを伝えるのは、親しい友人かネットの中のmailだけだ。「本当の事を言っても書いてくれないのであれば言う必要は無い」。いつか彼のコメントが載ったこの記事を見たことがあるが、それは本心だったのだろうか。
もし中田が何を書かれても、何を言われてもマスコミに思いを伝える過去があったら・・。
日本サッカーは今とは違う未来をたどり、W杯においても全く違った結果が出ていたかもしれない。
結果論に過ぎないが、偉大すぎた男を周りの選手もマスコミも扱うことが出来なかったのが、W杯の惨敗に繋がったのだろう。
サッカー選手でない選手。という言葉が当てはまるように、中田は色々な分野に興味を持ち、なおかつ実行する男だ。イタリア移籍をもくろみ、早くからイタリア語を習得したこと。お菓子が大好きで東ハトの役員になったこと。選手が終わったら税理士をやりたいと思い、簿記の学校に通ったこと。「サッカーしか知らない人間になりたくない」という強烈な言葉に代表されるように、現役中から彼は様々な分野で活躍した。その全ては今日のスポーツ界のさきがけとなっている。
彼が日本に与えたものが何かと聞かれれば、様々な事が多くありすぎてすぐには出てこない。しかし、真っ先にあげるとするならば、「真のプロフェッショナルはグラウンドの上で、自分の想いを伝えること」という事ではないか・・。
一年が経とうとしているが、彼の引退試合は開かれないそうだ。だが出来ることならもう一度見てみたい。
「倒されても倒されても、差し出された相手の腕を笑顔でつかむ中田英寿を・・・」
posted by いごっそう |03:42 |
中田 英寿 |
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