2007年06月22日

中田英寿の「存在感」

ドイツWCから1年が過ぎようとしている…。
ちょうど1年前。ドイツで奮闘する日本代表に夢を抱き、惨敗で終えた結果に涙を流し、そして予期せぬ一人のカリスマの引退に言葉を失ったあのWC。もう1年なのか、まだ1年なのか、感慨にふける今でも日本サッカーは進化し、歴史を創っている。

この先ずっと、彼のプレーは「過去の物」でしか見れないと思っていたが、彼はもう一度ピッチに立つことを選んでくれた。9日・ポルトガル・リスボンで行われたチャリティーマッチ。久しぶりの大舞台に中田英寿が帰って来た。数々の名シーンを演じてきた、ジダンやフィーゴの中に中田がいる。髪が伸び、ベルマーレ時代を思い出させる中田はどこか懐かしくも感じた。「旅の途中」でもトレーニングはかかさずやっているらしいが、さすがに現役当時と比べると、体力も技術も比較には及ばない。正直私の思いは、現役時代と同じくらいのパフォーマンスを見せて、日本を、いや世界中を驚きに変えて欲しかったが、それは叶わなかった。それでも、額に汗を流し、ピッチを走り回る中田を見て、心の底から喜びを感じた。


ネット上でもよく議論されるテーマ。
「オシムは中田英寿を招集したか??」というテーマ。あれだけ個の存在が強く、全てにおいてプロフェッショナルの人格だった中田をオシム監督は代表に入れるだろうか。今まで中田について明確な発言をしてこなかったオシムだが、今日行われた記者会見で初めて口にした。

「なぜ中田が引退したのか分からない」「明らかにW杯での失望と関係している」とオシム監督はコメントした。正直オシムが、中田の引退についてこれほどの具体的な発言をするとは驚きだった。いつものオシム流で、軽くかわしたり、端的な回答で終わるかと思った。さらにオシムは「彼はまだ若い。私はドアを開いている」と発言。まさに中田の復帰を待ち望んでいるかのような回答だ。「ポジションは自力で獲得してもらう」と、らしい付け加えはしたものの、間違いなくオシムは中田を評価している。最後にオシムはこうも発言した。

「彼以上の選手を見つけるのは難しい」

今回初めてオシムが引退した中田英寿について発言をした。世界屈指の監督、そしてあらゆる意味で「難しい」と感じるオシムが発した言葉。やはり中田英寿は、偉大な選手であったとピッチを去った1年後に再確認した一日だった。



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posted by romania |01:13 | 中田 英寿 | コメント(6) | トラックバック(0)
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2007年05月22日

「中田英寿が与えたもの」

中田英寿が日本に与えたものとは・・・。

日本人サッカーのパイオニアで、サッカー界に多大な貢献をした中田英寿が引退してから一年が経とうとしている。日本サッカーを引っ張った男の孤独と情熱。私が感じる中田を語りたい・・。

中田を語る上で必ず付きまとう言葉・・・、「パイオニア」。
意味は開拓者であるが、まさしく日本人選手のさきがけとして海外でいち早く成功した男だ。無論彼の性格上、「自分が開拓者なんだ」という自負は全く持っていなかったと思うが、イタリアでスタートしたシーズンから彼が日本人の代表という思いを持ってプレーしている点は感じることができた。
中田はファウルをされても相手に怒らない。彼は凄くフェアな選手で、汚いファウルを受けても相手に噛み付くことはしないし、差し伸べられた手を必ず掴む。元々そういう選手の部分もあるだろうが、私なりの見解は違う。日本人の代表として初めて成功に向かおうとしている中田が、イタリア選手や他の選手と同じ事をしたら??それは単なるイミテーションに過ぎないことだと彼自身がわかっているからだ。そして、「ダーティーな事をイミテーション混じりでやる日本人」というレッテルを貼られたくなかったのだろう。
それは、もしかしたらこれから海外に挑戦する新しい日本人選手の為を思っての行動だったのかもしれない。(憶測に過ぎないが・・・)
「日本人は金にものを言わして海外に来るが、大した結果を残せずに変わりにダーティープレーを覚えて帰った」。こんな評価が今日無いのは、ペルージャ時代から終始一貫自分のスタイルを崩さなかった中田のおかげであろう。

マスコミ嫌いの中田は有名だったが、彼は果たして本当にマスコミが嫌いだったのか??
彼がマスコミに話をしなくなったのはベルマーレ時代、自分の意図と反する記事を書かれ、そこからマスコミに対して意見を言わなくなったのは有名な話だ。思いを伝えるのは、親しい友人かネットの中のmailだけだ。「本当の事を言っても書いてくれないのであれば言う必要は無い」。いつか彼のコメントが載ったこの記事を見たことがあるが、それは本心だったのだろうか。
もし中田が何を書かれても、何を言われてもマスコミに思いを伝える過去があったら・・。
日本サッカーは今とは違う未来をたどり、W杯においても全く違った結果が出ていたかもしれない。
結果論に過ぎないが、偉大すぎた男を周りの選手もマスコミも扱うことが出来なかったのが、W杯の惨敗に繋がったのだろう。

サッカー選手でない選手。という言葉が当てはまるように、中田は色々な分野に興味を持ち、なおかつ実行する男だ。イタリア移籍をもくろみ、早くからイタリア語を習得したこと。お菓子が大好きで東ハトの役員になったこと。選手が終わったら税理士をやりたいと思い、簿記の学校に通ったこと。「サッカーしか知らない人間になりたくない」という強烈な言葉に代表されるように、現役中から彼は様々な分野で活躍した。その全ては今日のスポーツ界のさきがけとなっている。

彼が日本に与えたものが何かと聞かれれば、様々な事が多くありすぎてすぐには出てこない。しかし、真っ先にあげるとするならば、「真のプロフェッショナルはグラウンドの上で、自分の想いを伝えること」という事ではないか・・。

一年が経とうとしているが、彼の引退試合は開かれないそうだ。だが出来ることならもう一度見てみたい。

「倒されても倒されても、差し出された相手の腕を笑顔でつかむ中田英寿を・・・」

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posted by いごっそう |03:42 | 中田 英寿 | コメント(31) | トラックバック(0)
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