2008年01月31日

岡田ジャパンの強敵は「時間」との闘い?

 オシム前監督は、日本代表を強化する過程を3段階に分けていたそうだ。06年6月の就任からW杯3次予選が始まる08年2月までが第1段階で、その成果は皆さんもご存知のはず。次がW杯の3次予選から最終予選にかけて、これが第2段階。そして第3段階が、予選突破後からW杯本大会までだという。

「ボールも人も動く」連動性のあるスタイルを、第2、第3段階ではどのように発展させる予定だったのか、コーチ陣も全く知らされていないと言う。志半ばで挫折した「オシム・ジャパン」の完成型(といってもオシム監督のことだから、完成などあり得ないと力説するはず)を見られないのは、返す返すも残念でならない。

 さて、そのオシム前監督が嘆いたことに、「継続性の喪失」がある。短期集中合宿で選手に指導したオシム・スタイルが、一度解散して所属チームに帰り、再び集合した時にはもうその感覚が元に戻ってしまっているという。このため、集まった度に最初からオシム・スタイルを復習し、その積み重ねで少しずつ前進していかなければならなかったそうだ。

 これは何もオシム監督に限ったことではいだろう。ジーコ監督もトルシエ監督も、同じような悩みを抱えていたに違いない。そしてそれは、岡田ジャパンにも当てはまる。むしろそのギャップは、これまでの歴代監督以上に大きいかもしれない。というのは、岡田監督の目指すダイレクトパスを多用した攻撃スタイルは、大木・甲府以外のJクラブと比べるとあまりにも異質だからだ。

 

 ダイレクトでパスをつなぐには、技術はもちろんのこと、選手間の距離も重要になる。ボール保持者に対してダイレクトによる複数のパスコースを作るには、サポートに入るタイミングやそれぞれの距離など、個々人に高い戦術意識が求められだろう。イメージを共有するための、高度なグループ戦術も必要になる。

 年間を通じてトレーニングのできる単独クラブなら、1年以上の期間を費やせば、こうした高度なスタイルを実践できるかもしれない。しかし、離合集散を繰り返す代表チームで果たして可能なのかどうか。まだ船出したばかりの岡田ジャパンだが、その到達点、理想が高ければ高いほど、実現の可能性は低くなってしまうだろう。ダイレクトの感覚でつなぐイメージを理解したと思ったら、所属チームに戻ることで忘れてしまい、再集合した時にはまた同じことの繰り返しというジレンマに陥る危険は高い。

 理想が高いこと、日本人にあったサッカースタイルを確立することに何の異議もない。むしろ大賛成だ。しかし、世界各国の近年の現実を見渡すと、欧州や南米の代表チームで理想のサッカースタイルを披露できる時代はもう終わったのではないだろうか。W杯74年大会のオランダ、同じく82年大会のブラジルのような、代表チームが世界に衝撃を与えるサッカーは、今となっては実現が困難だと思う。

 その理由は簡単。クラブの試合数が増えたため、代表チームが選手を拘束できる時間が激減しているからだ。言うまでもなく選手にサラリーを払っているのは所属クラブである。リーグ戦の試合数は変わらないにしても、カップ戦は規模拡大により、ビッグクラブの代表選手になればなるほど試合数は増える。加えてオフには市場開拓のためのプレ・マッチも入ってくる。必然的に代表チームが拘束できる時間は年々減少している。

 それでも昔は、単独クラブをベースに代表チームを編成することで、強化の継続性は図れた。しかし今日ではボスマン裁定やアフリカ勢の台頭などで、単独クラブも無国籍化している。自国人だけでリーグやカップ戦で優勝できるクラブなど皆無に近いだろう。

 こうした現状を理解していらからこそ、限られた時間で代表を強化するためオシム前監督は、まず国内にいる選手を中心にチームのベース作りと強化に取り組んだはずだ。今回、1月15日から始まった指宿合宿と2試合のテストマッチ、そしてタイ戦と岡田ジャパンはかつてない長期でチームの指導にあたった。その成果はチリ戦とボスニア・ヘルツェゴビナ戦で垣間見ることができた。

 2月6日のタイ戦後、チームは一度解散し、東アジア選手権で再集合する。その大会にG大阪や浦和勢が参加するかどうか未定だが、問題は3月26日のバーレーン戦だろう。敵地のバーレーンでも、これまで積み上げてきたイメージのサッカーをできるかどうか。岡田監督の一番の強敵は、もしかしたら時間との闘いになるかもしれない。

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2008年01月31日

岡田ジャパンの船出

 岡田ジャパンの08年テストマッチ2試合は1勝1分けでの船出を果たした。チリ戦は、プレスをかけてくる相手に、慌てずどこまで対応できるか。ボスニア・ヘルツェゴビナ戦は、高い相手をいかに崩すか。そして「今までやってきたこと、組織で崩して点に結びつけるか」が岡田監督のキリンカップのテーマだったという。

結果は、チリの前線からのプレッシャー、とりわけ両サイドバックに対する厳しいプレッシャーに「なかなかボールを出せずに戸惑った」こともあり、0-0のドロー。大久保が決定的なチャンスをつかんだものの決めきれず、またチリの左サイドからの攻撃にヒヤッとした場面もあった。

しかしボスニア・ヘルツェゴビナ戦はサイドバックがノープレッシャーのため落ち着いてボールを回せたが、逆に「きれいな形を作ること。1タッチにこだわったため」、攻撃のテンポが遅く前半は0-0のドローで折り返した。しかし、ハーフタイムに「もっと早く攻めよう。2列目から飛び出せばチャンスになるが、中央突破は難しいので、フリーでボールを持てるサイドを使おう」と指示の出た日本は、CKとFKの素早いリスタートから2点、今野のインターセプトからカウンターで1点を奪い快勝した。山瀬は全得点に絡み、今野、播戸も2点に貢献。札幌監督時代の教え子が、恩返ししたとも言える。

とはいえ、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦の快勝は割り引いて見た方がいいだろう。岡田監督自身、「相手のコンディションが悪くて足が止まり、2~3点目が取れた」と言うように、ボスニア・ヘルツェゴビナはコンディションが日本以上に悪かった。コドロ監督は「気候の違い、時差、リーグがウインターブレイクのためフィジカルが落ち、集中力も切れた」ことを敗因に挙げていた。1トップのため日本DFに対するプレスは緩く、中盤のチェックも甘い。攻撃に怖さは感じなかったし、守備人は高さこそあったものの、1点目と3点目は明らかに集中力を欠くイージーミスだったからだ。


 むしろ注目すべきは、一連の合宿で岡田監督は自身の指向するサッカーを選手に明確に植え付けると同時に、キリン杯という実践では2試合を通じて修正を施し、それをファン・サポーターに披露した点にある。そのスタイルとは「日本代表の大木化」とでも言えばいいだろうか。すでに新聞等で報道されているように、岡田ジャパンの練習メニューは、大木コーチが清水や甲府の監督時代に採用していたパターンだ。

ワンタッチ、ツータッチでリターンパスを交換して突破を図る。といっても、やみくもに突破するのではない。中盤でボールを回しつつ、チャンスと見るや中央でもサイドでも「行くときは行きます!」と前へ飛び出していく、極めてアグレッシブなサッカーだ。

 その好例が、チリ戦では8分に見られた。中盤左の中村憲が高原にくさびのパスを入れる。高原はダイレクトで中村憲に戻すと、これを中村憲はダイレクトで左の遠藤にパス。遠藤はためを作ってから右サイドの巻へとラストパスを送った。残念ながら巻はDFのタックルにあいシュートできなかったが、流れるようなパスワークからの崩しだった。

ボスニア・ヘルツェゴビナ戦では11分に阿部の攻撃参加から中村憲と大久保が絡んで中央突破を試みたし、2点目は今野のインターセプトから内田、大久保を経由してオフサイドラインを山瀬がうまく突破した、見事なカウンターと言える。

 残念ながらチリ戦とボスニア・ヘルツェゴビナ戦の前半は無得点に終わった。その原因は、指宿合宿における岡田スタイルのイメージが強すぎたのかもしれない。ダイレクトにこだわるあまり、点を取ることよりもパスをつなぐことに選手たちは腐心してしまったようだ。

ボスニア・ヘルツェゴビナ戦のハーフタイム、早く攻めることと2列目からの飛び出しを指示したことで、それまでパスの出し手だった遠藤や中村憲、山瀬が交互に前線に飛び出して攻撃を活性化したことで、チャンスシーンを演出していた。チリ戦は岡田ジャパンのダイレクト・サッカーに囚われた結果、その反動として攻撃に閉塞感があったものの、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦はオシム・スタイルを思い出したため、攻撃に意外性が蘇ったと言ったら言い過ぎだろうか。

 来る2月6日のW杯予選、岡田監督は「タイは勝負にこだわってくるはず。W杯予選ですから、泥臭くても結果にこだわりたい。タイの戦い方は、組織作りをしっかりした守備からのカウンターとセットプレーになるだろう。こじ開けるのは簡単ではないが、リスクを冒しても勝負を賭ける。リスクを掛けてカウンターを受けても攻めにいかないと点を取れない」と決意を新たにしていた。

 チリ戦、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦は、あくまでW杯予選に向けたテストマッチであり、岡田監督にとってトライアルの場でもあった。結果としては、それなりの成果をつかんだかもしれない。しかしながら、不安がないわけではない。

まずは指宿合宿から導入したダイレクトを多用する甲府スタイルである。チャンスは作れるかもしれないが、決めるべき時にしっかり決められるストライカーがいるのかどうか(バレーがいれば甲府もJ2に落ちなかったかもしれない)。また、相手に研究され、弱点を突かれた時にどうするか。

その弱点とは、チリ戦後に西が丘サッカー場で行われた練習を取材した、昨季Jクラブ監督の「甲府のサッカーはサイドに偏るため、ボールを失った時に逆サイドに振られると大ピンチになる」というものだ。フィニッシュまで持ち込めない時の大木スタイルは、ピンチを招きかねない諸刃の剣と言える。

 もちろん岡田監督も、甲府スタイルの弱点は十分に理解しているだろう。チリ戦後の会見で感想を聞かれ、「チリは素晴らしいチーム。90分間プレスをかけてくれて、いい経験ができた。プレスをかけられると、DFからいいボールが出ないが、DFはクロスを上げられてもきちんと対応し、カウンターにもマークを外されずにしっかりついていた」と開口一番に話していた。

大木スタイルはボールを失った時のカウンターに弱い。それは、もしかしたら大木スタイルというより、選手のクオリティにも問題があったのかもしれない(甲府の選手、関係者、ファンには申し訳ないのですが)。そうした弱点を踏まえつつ、岡田監督は攻撃時にサイドでのダイレクトの意識による突破、守備ではカウンターへの対処がどこまでできるかを、キリン杯でテストしたのではないだろうか。理想を追いつつ、リスクマネジメントもケアする、岡田監督らしいゲームプラン・視点と言えるだろう。

そしてもう一点、これが最大の不安でもあるが、岡田ジャパンは「岡田ジャパンの継続性」を維持できるのかどうかということだ。これは何も岡田監督に限ったことではない。オシムもジーコも、それこそ歴代代表監督が直面してきた問題だが、それはまた次の機会に述べたい。

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2008年01月23日

岡田、本田、大榎3監督の共通スタイル

 指宿合宿での岡田ジャパンを二泊三日で取材してきた。早大ラグビー部の伝統である「接近・展開・連続」をキーワードに、「意味のないサイドチェンジ」を禁止し、ダイレクトパスを多用した連動性のあるサッカーで、「日本代表の日本化」を岡田監督の哲学で図っているようだ。

 練習ではパス交換、6対3のパス回し、フォーメーション練習などあらゆる場面でダイレクトか2タッチでの重要性を強調。パス交換では、ダイレクトの連続のためボールスピードが上がり過ぎないよう、インサイドキックではカットするように蹴る練習を繰り返していた。6対3では、ボール保持者の両サイドにサポートしてパスコースを作るのはもちろん、守備者3人の間にも2人以上が入って、くさびのパスコースを作る意識を強調していた。くさびに入れて、リターンパスを受けたら一番遠いポジションにいる味方にパスという、まさしく「接近・展開・連続」の練習だった。

 フォーメーション練習では、GKへのバックパスからスタートして、10秒以内にフィニッシュまで持ち込むよう、声の通る大熊コーチがカウント。同じく12~15秒以内にサイドチェンジを1~2回入れてのフィニッシュといった具合に、攻撃のスピードアップを求めていた。

 22日に行われた九州学生選抜との試合では、ダイレクトパスでの中央突破を図ったものの、逆にパスカットからカウンターを食らい、危ないシーンも何度かあった。練習を始めて1週間。それですぐに実践できるようであれば、世界中の監督は苦労しないだろう。岡田監督の目指すサッカーが実を結ぶのは、10年W杯の本大会まで待った方がいいのかもしれない。とはいえ、目指す方向性は面白いと思う。

 面白いといえば、08年は同じ思想を持った3人の監督でスタートした気がしてならない。まずインカレで優勝した大榎監督。法政大との決勝を2-0で制した後の会見で次のように述べていた。

「去年の決勝で駒澤のプレスに手も足も出なかった。ボールポゼッションのサッカーで、1~2タッチでつなぐ理想が、プレスに何もできずハーフラインを越えられなかった。そこでプレスを掛けられたら、足元だけでなくDFラインの背後を狙うことも必要と言った。ポゼッション・サッカーをすると、ボールが、前に進まずに、横パスやバックパスが多くなる。何のためにつなぐのか。スペースがあったら前に入れることも考えさせた。チームの形にはめるのではなく、個人の判断に任せる。判断はボールを持った選手。これを追求してきた。個人の成長が優勝という結果につながった」

 次は高校選手権で初優勝を遂げた流経大柏の本田監督。

「子供たちはボールをこねることが楽しい。しかし、それでは勝てないことをプリンスリーグで分かってくれた」と語り、1タッチ、2タッチでの重要性を選手には指導してきた。本田監督は、昨年の全日本ユース優勝時にも、「選手には簡単なプレーをしろ、難しいプレーはするなと言ってきたが、簡単なプレーとは何か、何が難しいプレーなのか分からなかった。ボールは1つしかない。早く奪うには速く寄せること。奪ったらボールを速く動かすこと、パスしたら素早く動くこと。これらが大会を通じてよくできていた」とも語っていた。

 そして冒頭の岡田監督である。サッカーは点を奪い合うスポーツであって、パスをつないだり、ボールキープを競うスポーツではない。3人の監督とも、ポゼッション・サッカーを指向しながら、ゴールという目的のために速さも求めた。そこで思い出すのがジーコ・ジャパンである。

 ボールポゼッションは高かったものの、DF間でのパス回しに終始し、前線での突破までに時間がかかった。中盤にパッサーを多く起用したため、出し手はいても受け手が2トップということで、高原や柳沢はサイドに流れることが多く、フィニッシュに絡む場面は少なかった。得点シーンは中盤の選手がゴール前に飛び込んだケースやセットプレーが多い。ボールをキープしていれば、失点のリスクは回避できる。しかし、安全第一でボールを回している間に相手も守備を固めるため、アジアでも相手のゴールをこじ開けるのに手間取ってしまった。

 そうしたジーコ・ジャパンを反面教師に、オシム前監督はボールだけでなく人も動いてゴール前に飛び出す重要性を説き、08年はポゼッション・サッカーの日本式アレンジを試みた3人の指導者が登場したような気がしてならない。ボールをキープしていれば、あとは個人能力でゴールを奪えるブラジル人とは違い、俊敏性とグループ戦術を生かしてゴールという結果を追求する日本スタイルを模索したのではないだろうか。けして皮肉ではなく、今となっては日本の進む道を示してくれた、ジーコ・ジャパン4年間の最大の功績と言えるかもしれない(と個人的に思う)。

 とはいえ、一抹の不安もある。ダイレクトパスを多用する流経大柏も早大も、練習グラウンドは人工芝だ。早大に決勝で敗れた法政大は、今でも土のグラウンドで練習をしている。このため、いつもトラップをする癖がついてしまっているという。選手は川勝前監督から、ダイレクトのイメージを持って練習するように指導されたものの、なかなか難しいという。今では選手権を始め全日本ユース、インターハイでも天然芝や人工芝の会場が増えてきた。では、流経大柏や早大が、でこぼこの芝や土に雑草が生えたようなグラウンドで、ダイレクトや2タッチのサッカーができるかどうか。

 そう、日本代表もダイレクトパスを多用するスタイルでいる。それは、南アでの本大会で世界を驚かせるかもしれない。しかし本大会の前に予選を戦うアジア、とりわけ中東や東南アジアはまだまだピッチ環境が万全とは言えない。実際、アジア杯予選のイエメンでは、オシム監督から「グラウンド状況が悪い時はドリブルせずにダイレクトか2タッチで蹴る」よう指示が出たこともあった(それでも長谷部はドリブル突破を試みていたが)。理想のサッカーを追求しつつ、現実のピッチにも対応できる応用力があるのかどうか。岡田ジャパンの戦いはこれから始まるが、理想と現実の融合に期待したい。

 そうそう、最後になるが、サッカー・ジャーナリストやフォトグラファー、アナウンサーを養成する「フロムワン・サッカーメディアセミナー」の第二期募集(4月開講)がスタートした。ご興味のある方はセミナーホームページをご覧下さい。

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2008年01月03日

鹿島の継続性

 新年明けましておめでとうございます。
 といったところで、サッカー界は元旦から慌しいのが恒例だ。天皇杯決勝の日は、大会を運営するサッカー協会関係者や、決勝に進出したチームのスタッフ、テレビ解説者、そして同業者たちと新年の挨拶を交わす場でもある。そして翌日からは高校選手権の取材に奔走するのが例年のパターンで、さらに今年に限って言えば、15日からは鹿児島県の指宿で岡田ジャパンの初合宿も控えている。2月中旬は東アジア選手権の開催される重慶に行くか、それともG大阪が初出場するパンパシフィック大会を取材するか、日程が重なっているのが残念でもある。

 2月の予定と、日本代表の合宿が久々に指宿に決まったことはさておき、今回は天皇杯決勝について触れてみたい。晴天に恵まれた決勝は、鹿島対広島という、守備をベースにした、どちらかというと地味なカードにもかかわらず、有料入場者数4万7千という大観衆が詰め掛けた。この傾向はすでに数年前から続いていて、対戦相手に関係なく天皇杯の決勝を観戦するリピーターが定着したとも言えるだろう。元旦は「国立詣で」をするのが、サッカーファンの年中行事になったようだ。

 試合そのものは、広島が柏木を欠いていたこともあり、鹿島が狙い通りの展開から11個目のタイトルを獲得した。興味深かったのは、試合後のオリヴェイラ監督のコメントである。同氏いわく、「守備が安定しなければ、攻撃をしようにも負担がかかる。来日してJリーグには、攻撃的意識の高いチームや選手が多いと分析した。そういう相手に攻撃的に戦っても、叩き潰されるだけだ。そこでまずは守備をしっかりして、選手の守備の意識を高める。守備を安定させれば、相手が攻めている時は錯覚していることにもなる。そして我々は、相手が攻めている間に反撃の準備が進めることができた。そのためのベースを作る必要があったし、継続性も必要だった。現代サッカーでは攻撃も守備もできる選手が要求される。私の求めるクオリティも同じだ。攻撃的な(ポジションの)選手でも、守備にスイッチを切り替えた時には守備での役割がある。どのポジションであろうと、攻撃か守備か、時間帯、場面によっての関わり方がある」と勝因を述べていた。

 鹿島といえば、Jリーグ元年から堅固な守備をベースに、接戦をしぶとくモノにするチームという印象が強い。もちろんチャンスと見るや、畳み掛けるような攻撃力も披露する試合巧者ぶりも発揮して、数々のタイトルを獲得してきた。破壊力を秘めているものの、全盛時のヴェルディや磐田のような、攻撃力を前面に押し出すよりも、まずは守備をベースにチームを構築してきた伝統があるのではないだろうか。

 しかしながら近年は、チームの世代交代に苦しみ、伝統でもある「試合巧者」という最大の武器を見失っていたような印象が強い。堅守速攻型からの脱皮を目指した故のジレンマなのかどうか。それほど頻繁に取材していないので詳しいことは分からないが、タイトルを獲得した昨シーズンは、かつての名門が復活の狼煙を上げたということに間違いはないだろう。前線のマルキーニョスは清水や東京V時代とは見違えるように守備に奔走し、田代も巻に負けない運動量で攻守に貢献していた。オリヴェイラ監督が指摘するように、夏場を過ぎてからの鹿島は接戦に強い伝統が復活したと言える。

 もちろん、ここまで選手たちの意識を統一するには、チーム内で監督自身の戦術を浸透させるための闘争もあったことだろう。それができたからこそ、オリヴェイラ監督は勝者となれたはずだが、天皇杯決勝後のコメントで一番印象深かったのは、彼が残した「継続」という言葉だ。それには二つの意味があるように思う。

まず一つは、タイトルを奪回するためベテラン監督は頑ななまでに選手に守備意識を要求し、それを1シーズン通じて実践させたこと。そしてもう一つは、鹿島というチームが、Jリーグ元年からブラジル人監督を採用し続けたということだ(初年度は故・宮本監督、途中で関塚監督代行=現川崎F監督の時代もあったが、スタッフはブラジル人だった)。

93年のJリーグ創設以来、鹿島はブラジル人監督の伝統から、4-4-2システムの、ボックス型の中盤というスタイルをベースとして踏襲してきた。試合状況に応じてシステムは変化するものの、基本的にこの伝統に変わりはない。CBの2人は屈強さを武器に、堅実な守備を誇る。両サイドバックは攻撃的なセンスを要求され、中盤は守備的なボランチを2人置きつつ、一人は攻撃的なポジションにシフトする。このセントラルMFが両サイドのMFとポジションチェンジしながら攻撃を組み立て、2トップを生かすシステムは、15年間普遍とも言える。

チーム創設以来、紆余曲折はあったものの、ブラジル人監督を招聘し、そのスタイルを継承したフロントの「ブレない姿勢」。これこそが、もしかしたら鹿島の伝統的な強みであり、今回のリーグ制覇と天皇杯奪還だったのではないか。今回の勝利はフロントの「継続性」がもたらした、アントラーズ復権のような気がしてならない。

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posted by roku03 |10:31 | コメント(3) | トラックバック(1)
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