2007年10月11日
乾の持ち味はトリッキーなドリブルだが、屈強な川崎DF陣を相手に一人で2~3人を抜くのは至難の業。というより、ボールをもらう動きに工夫がないため、川崎DF陣の中に埋没していたと言っていい。ハーフタイムに早野監督から交代を告げられた際は悔し涙を流したそうだが、交代出場した坂田のプレーを注意深く観察していれば、今後プレーの幅を広げるのに大いに役立ったのではないだろうか。
坂田は47分に田中隼のクロスを受けて抜け出し、シュートこそDFにブロックされたものの山瀬弟の同点ゴールを演出した。その坂田のプレーの特徴は、基本に忠実に「ダイアゴナル(対角線の)ラン」を繰り返していたことだ。ポスト役の大島と前後の関係を築くようにバイタルエリアに戻って味方からのボールを引き出す。ここでシンプルに味方につなぐと、何度もダイアゴナルランを繰り返していた。
47分のゴールも、右サイドにいた坂田は一度左斜め前へと走り出す。と、途中で鋭角的にターンして、今度は右斜め前へと走りこんだ。そこに田中隼からピンポイントのクロスが出て、GKと1対1の状況を作ったのだった。このプレー以外にも、松田からのロングパスに抜け出しかけたことがあった。坂田のシンプルなプレーについて、横浜Mの選手も共通のイメージを持っているのだろう。だから味方選手もパスを出しやすいと考えられる。ところが乾は、自分だけのイメージで動き回っているため、味方選手も彼の動きを瞬時に理解できず、乾の欲しいタイミングでパスを出すことは出来なかったのではないだろうか。自ら「難しいプレー」の罠にはまり、持ち味を発揮できずに終わった45分だったと言える。
タイスコアに持ち込んだことで、横浜Mは那須、田中隼の両サイドバックが攻勢を強める。これに対し関塚監督は、久木野に代えて井川を投入。井川を左DFに入れて、森を左MFへとコンバートし、横浜Mのサイド攻撃に対処した。交代を命じられた久木野も不満そうだったが、元々はFWの選手。攻撃面では果敢な突破でアピールしていたものの、1点を争う緊迫した場面では、この交代もやむを得なかっただろう。
試合は59分に中村のタテパスでマギヌンが抜け出したところ、後追いとなった田中隼が倒してしまいPKのジャッジ。これをジュニーニョが確実に決めて川崎が再び勝ち越し、アウェーの第1戦を勝利で飾った。とはいえ、終盤には大島が二度に渡り決定的なヘディングシュートを放つなど(いずれもGK川島の好セーブに防がれる)、最後まで目の離せない好勝負。交代出場のマイク ハーフナーに中澤、松田の攻めあがったパワープレーは迫力があったし、対する川崎も箕輪、佐原、伊藤、井川らが身体を張ってゴールを死守していた。
試合後、関塚監督は4DFにしたこと、右サイドにオープンスペースを作った理由について、「まだ第2戦があるので戦術的なことは話せません」と回答を拒否した。果たして今週土曜の第2戦で、早野監督はどんな策を講じ、関塚監督はどんな秘策を用意しているのか。当日は私用のため取材できないので、記者仲間に詳細を教えてもらおうと思っているが、今日と明日、二人の名将の頭の中では様々な攻防がシミュレーションされていることだろう。果たして結果は……。
posted by roku03 |16:23 |
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2007年10月11日
先ほど、日産スタジアムから帰宅した。ナビスコ杯準決勝第1戦の、横浜M対川崎戦の取材を終えて、自宅のパソコンに向かっている。当初はこの試合についてブログに書く予定はまるでなかった。
まだ第1戦のため結果が出たわけではない。そして横浜Mは現在リーグ戦3連敗。川崎は物議を醸した「最強メンバー」の柏戦での敗退後、セパハン戦もPK戦でACL制覇の望みを断たれ、ようやく日曜にJ最下位の横浜FCを1-0で下し、一息ついたチーム状態だ。このため、どちらが立ち直りのきっかけをつかむか見るのが今日の試合取材の関心事だったからだ。
ところが、試合は実に面白かった。今季のリーグ戦では、横浜Mが2試合とも早い時間に先制し、2-0とリードした後で川崎が1点を返したものの、そのまま横浜Mが逃げ切って2連勝している。このことは試合後の関塚監督も指摘していた。その打開策として、関塚監督は大胆なゲームプランで臨んだようだ(というのも、試合後の会見ではシステムとスペースの質問に関して、第2戦があるため回答を拒否したので、推測するしかないからだ)。
まず関塚監督は、それまで川崎の代名詞だった3-5-2システムを4-4-2に変更した。佐原と箕輪のCB、伊藤を左DFに起用し、右DFにはサイドアタッカーの森をコンバート。まずは両サイドのスペースを埋めにきた。中盤は谷口をボランチに、久木野を左、中村を右に配して、トップ下はマギヌン。そして2トップはジュニーニョと鄭大世のいつものコンビだ。川崎をいつも取材している記者によれば、「4-4-2システムは練習することはあっても、実際に試合で採用するのは見たことがない」と話していた。
試合は、セパハン戦での緩慢な動きから一変し、川崎の選手は誰もが「キレ」を取り戻していた。厳しいプレスでボールを奪うと素早い動き出しで横浜Mに襲い掛かった。リーグ戦での連戦と、イラン遠征の疲れによるドン底の状態から立ち直ったのか?
試合を取材していた解説者の山本昌邦氏は「プレッシャーから解放されたのでしょう」と教えてくれた。それもあるかもしれない。ナビスコ杯はアウェーゴール2倍のアドバンテージがある。アウェーだからといって、0-0のドローではホームで何が起こるか分からない。ホームアドバンテージの怖さを川崎の選手は身をもって知ったのかもしれない。
「異変」に気づいたのは5分を過ぎた頃だろうか。中村がボランチの位置に入り、右サイドには広大なスペースが広がるようになった。最初は森の攻め上がりをうながすためかと思っていたが、森は得意の攻撃参加を披露しない。そして、このスペースを有効活用したのは、トップ下から流れたマギヌンや、ジュニーニョだった。
彼らが右サイドのスペースに出現すると、フリーでボールを受け、余裕を持って攻撃の起点となっていた。8分の先制点も、マギヌンが縦へ行くと見せたため、マーカーの河合がディレイ(遅らせる)のプレーで蓋をする。このためマギヌンは中にドリブルすると、ジュニーニョとのアイコンタクトからラストパスを送り先制点に結びつけた。
マギヌンに対する河合のプレスは、結果論として甘かった。ただし、河合にしてみれば縦への突破を阻止して蓋をしたことで、ボランチの役割を果たしていると思っていたのではないだろうか。むしろ、前線から戻る動きで第2列に紛れ込み、オフサイドをケアしつつ中澤と田中隼の間にうまく走りこんだジュニーニョのうまさ(あるいはマークを曖昧にしたDF陣の軽率さ)がもたらしたゴールだったのだろう。
中村が右サイドから消えることで、川崎はスペースを作ると同時にスペースを与えるリスクも負う。それでも関塚監督がトライしたのは、那須を狙ったゲームプランと見た。那須はもともとボランチかCBが本職の選手。左DFのスペシャリストがいない横浜Mのチーム事情から左DFを務める。ここに意図的にオープンスペースを作ることで、関塚監督は喉から手が出るほど欲しい先制点を狙ったのではないだろうか。
もしも8分の先制点を始め、左サイド(横浜Mから見て)にスペースがあり、そこにジュニーニョやマギヌン、中村が侵入してくれば、本来なら左DFが高いポジション取りでプレスを掛けるだろう。それに従い右CBの松田はカバーリングのため右SBの位置に入り、中澤はセンター寄りにポジションを変える。そして右SBの田中隼は右CBに近いポジション取りをするはずだ。こうした4DFのオーソドックスな動き、基本が、もしかしたら那須が高いポジション取りができないことを見越して関塚監督はギャンブルに出たのかもしれない。横浜Mの4DFは、高さとフィジカルの強さがあるものの、左サイドに弱点があると判断して……。
もちろん早野監督は後半に入り手を打ってきた、山瀬弟を左MFに固定することで、川崎の作ったオープンスペースを逆利用したことだ。横浜Mにとって左サイド、川崎にとっては右サイドの中盤の主導権を握ることが、ゲームの趨勢を左右することになった。と同時に、早野監督は後半開始と同時に最初の切り札を使用した。負傷していた坂田を、乾に代えてピッチに送り出したのだ。
といったところで、いつもの癖で長く書きすぎたよう。この続きは明日、また投稿します。
posted by roku03 |01:21 |
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