2008年09月07日

バーレーン戦「スイッチ」の入った瞬間

スタジアムは気温33・8度 湿度72%と蒸し暑かった
 バーレーン対日本のW杯アジア最終予選は、日本がFK、PKから前半に2点を奪う好スタート。65分には相手選手が退場となると、諦めたのか帰路に着くバーレーン・ファンも目立ち、84分には中村憲がダメ押しのミドルシュートを決めて勝負は決まったかに見えた。

 しかし、サッカーは何が起こるか分からない。86分にサルマン・イサが1点を返すと、2分後には闘莉王のOGで1点差に詰め寄る。04年アジア杯準決勝の逆バージョンの再現のような試合展開は、最後で日本が踏みとどまり、3-2で逃げ切って勝ち点3を持ち帰ることに成功した。

 もしかしたら、マチャラ、岡田両監督とも、前半は0-0でオーケー、後半勝負と想定していたのかもしれない。日本はこれまで通りの4-2-3-1という布陣。トップ下にドリブル突破を武器とする田中達、左MFに松井を起用したのは、大型DF陣を揃えるバーレーンに対し、スピードとアジリティで勝負という狙いからだろう。

 対するバーレーンは、4-4-2ながら攻撃力のある右DFアブドゥラー・アル=マルズーキ(スタミナはないが)を少し高めのポジションに置いて、右MFイスマイール・オマールを前線に飛び出させる3-4-3との併用による流動的なシステム。ホームだけに、攻撃的な姿勢で日本を迎え撃とうというゲームプランだろう。

 立ち上がりの日本は玉田、松井のレフティ2人に田中達の絡む左サイドからの攻撃が目だった。17分にはゴール正面右20mのFKを中村俊が直接決め、日本は願ってもない先制点をゲットする。この1点で、バーレーンのスイッチが入った。それまで前線のアラ・フバイルとイスマイール・アブドゥルタティフにロングボールをフィードするいつものスタイルだったのが、ミドルパスをつなぎながらペナルティエリアに侵入する人数を増やし、サイド攻撃で日本に圧力をかける。

 しかし、単純なサイド攻撃では中澤、闘莉王の牙城を崩すことはできない。42分には左FKのトリックプレーから中村俊のシュートが相手DFのハンドを誘いPKに。これを遠藤がきっちり決めて、日本が2-0とリードして前半を終えた。

 ハーフタイムにちょっとしたハプニングが起こっていた。ロッカールームのエアコンが切れていたという。「後半も苦しかったが、後半の方が動けた。ハーフタイムにぐったりして戻ってきたが、エアコンが壊れていて蒸し風呂状態だった。かえってその方が良かったのかもしれない」とは岡田監督のコメントだが、「(3次予選の)オマーン、タイでもそうだった」(加藤GKコーチ)という。来年6月のホームの試合では、対戦相手のロッカールームは、ハーフタイムまでにギンギンに冷やして体温調整を狂わせるのも、効果があるかもしれない。

 2点のビハインドで、後半のバーレーンは積極的にプレスを掛けに来た。中澤、闘莉王らに自陣でのボールキープを許さない。明らかに勝負所と読んだのだろう。ここで1点を返せば、バーレーンも勢いに乗れる。1点差なら試合終盤に何が起きるか分からないからだ。6分、7分、8分と立て続けにシュートを放っただけでなく、こぼれ球を拾ってはクロスも上げてくる。しかし、空中戦は中澤、闘莉王がことごとく制していたため、苦し紛れのシュートは枠を捉えきれない。

 日本が耐える時間帯、苦境を救ったのは田中達だった。65分、右ハーフライン付近でボールを受けたものの、フォローはなく孤立無援の状態。多くの選手はボールをキープして味方の攻め上がりを待つか、スローインをもらおうとしただろう。しかし田中達は一人で勝負を仕掛け、右サイドを切り裂く。これがモハメド・フセインのファウルを誘い、2度目のイエローで退場となる。CBの退場により、バーレーンはDF陣の修正を余儀なくされた。72分と79分には玉田がドリブル突破で好機を演出。2点のリードがあるものの、これまでの代表では見られなかったアグレッシブなプレーだ。
 
 75分の長谷部、玉田のシュートは連続してバーに嫌われたが、84分に中村憲が豪快なミドルを突き刺して3-0とする。もうこれで勝負はついたかに見えた。ところが1プレーで試合の状況はガラリと変わる。86分に右からのライナー性のクロスをサルマン・イサが巧トラップからゴール右上に決めると、2分後には右からのクロスを闘莉王がヘッドで楢崎に返そうとしたが、飛び出した楢崎の逆を突く格好でOGに。ここでバーレーンに最後のスイッチが入った。3分のロスタイムも含め、1人少ないハンデを感じさせない猛攻を見せる。しかし、日本も「ここは耐える時」だという共通意識のスイッチが入った。先制直後、後半開始に続く、3度目のスイッチ・オンだ。

 終了間際の2失点は残念だが、選手交代などにより混乱した部分もあったのだろう。むしろ守りに入ったら、きっちりと相手の攻撃を跳ね返したこと、2失点で踏みとどまり、勝ち点3を持ち帰ったことを評価したい。攻撃面では田中達や玉田、松井らがドリブル突破を積極的に仕掛けたことは今後につながるだろう。彼らの一番の武器でもあるのだから、味方を探してパスをするようなプレーは見たくない。唯一、気になったのは、70分過ぎに相手が前掛かりなっていた際、カウンターのチャンスがありながら、押し上げが遅れていた点だ。

 疲れもあるだろう。少ない人数でもフィニッシュまで持っていくのか。それとも無理をしてマイボールを失うのではなく、ボールをキープして時間を稼ぐのか。ここらあたり、イメージが共有できずに中途半端なプレーになっていたのが気にかかる。とはいえ、チームは進化の途中にあり、最終目標は再来年の6月にピークに持っていくこと。10月のカザフスタン戦ではどんな積み上げがあり、また新たな課題が出てくるのか。岡田ジャパンの戦いはまだまだ続く。


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2008年09月05日

バーレーン戦で気になること

 今年2月、重慶での東アジア選手権以来のブログとなる。今は、バーレーンのマナマにあるホテルでパソコンに向かっている。6日キックオフの、バーレーン対日本戦を取材するためだ。

「接近・展開・連続」から「オレ流」に路線変更しても、ホームのバーレーン戦は相手が主力抜きにもかかわらず苦戦した岡田ジャパン。「ボールも人も動くサッカー」でメダルを目標に掲げながら、グループリーグ3連敗の惨敗を喫した反町ジャパン。改めて指摘するまでもなく、攻撃力不足、得点力不足がその一因であることは間違いない。

 もちろん、得点力不足に悩んでいるのは日本だけではない。北京五輪ではアジアの3チームがグループリーグで敗退したし、今年7月に来日したクラマー氏は、その豊富な指導経験から、「ゴール前5メートルのシュートも枠に飛ばない」アジア各国の現状を「アジア病」と称していた。

 絶対的なストライカーは、どの国も待ち望んでいる。それは欧州や南米のトップチームでも変わらない。そして、欧州や南米の列強は、絶対的なストライカーがいなくても、試合になれば結果を残している。果たしてそれは、歴史の違いということなのだろうか。

 岡田ジャパンがバーレーンに移動する前日に、流通経済大学と30分ハーフの練習試合を実施した。日本代表は開始15分を2タッチの制約をつけたり、対戦相手には3-5-2で戦うこと、中盤ではマン・マークでプレスをかけることなどをリクエストした。結果は0-1で日本が敗れたが、そう気にする必要はないだろう。挑戦者の気持ちで勢いのある大学生に、内容的に押されていたことは気がかりだが……。

 この試合を取材していて、あることに気付かされた。これまで日本代表に限らず、Jリーグのチームも「マイボールを大切」にすることで、ポゼッションを高めつつ、フィジカルのハンデから接触プレーを避けようと「球離れ」を早くし、「組織的な攻守」でハンデを補おうとしてきた。

 しかし、そうした意識に強く囚われすぎているのではないだろうか。ハンデを補うための「日本スタイル」という「固定観念」、「既成概念」にどっぷりと浸かり、それが足かせとなって、「得点力不足」の一因になっているような印象を受けたのだ。

 流経大との練習試合後半のことだ。左サイドのペナルティエリア付近でボランチの今野がボールを受けた。目の前にはDFが一人しかいない。今野はタテに仕掛けるでもなく、中にドリブルで入るわけでもなく、ボールをキープしつつ、左DF長友の攻め上がりを待った。この時の長友は自陣の深い位置にいたため、今野をサポートするのに時間がかかってしまった。

 やっと長友が今野を追い越し、サイドを駆け上がろうとした時には、すでに琉経大の選手も戻っていて、1対1の状況が2対3と、日本にとっては不利な状況へ変わっていた。「ボランチの選手はFWのクサビを受けたり、サイドチェンジの際に、ボールをためてサイドDFの攻撃参加を引き出す」というのは、役割のうちの一つだろう。しかし、いつも同じプレーを求められているわけではないはずだ。

 チャンスがあれば自分から積極的に仕掛ける。例えばガットゥーゾが今野のシチュエーションなら、果敢にドリブル突破を仕掛けて、シュートが無理ならPKでも獲得しようと狙ったのではないだろうか。

今野のプレーを見た後で、同じ視線で代表選手を分析すると、多くの選手が「自分のプレー」あるいは「自分の得意とする(持ち味とする)プレー」に終始し、それができれば満足しているような印象を受けた。「自分の役割」は忠実にこなすものの、それ以上の「意外性」はない。

 このため、「相手の嫌がるプレー」や「状況に応じたプレー」が、特に攻撃の時に少ない。その結果、ボールを保持して攻め込むものの、シュートや決定的なチャンスが少ないという、ジーコ・ジャパン時代からの弊害が今もって日本代表に残っている。「自分の得意とするプレー」=「誰もリスクを冒さないプレー」の繰り返しのため、相手はいつも自陣ゴール前を固める時間的な余裕がある。遅攻しかできない日本は、引いた相手に「ボールを回す」しか選択肢がなく、ウルグアイ戦では相手カウンターの餌食になっていた。

 そんな日本にカウンターの意識を持ち込んだのが、オシム前監督だったと思う。チャンスがあれば、CBでもサイドDFでも攻撃参加してかまわない。チャンスにいち早く気付いて飛び出した選手がCBなら、誰かが彼のフォローに入るという共通意識。彼の言う「日本サッカーの日本化」とは、日本人の持つサッカーへの常識、これまでの「固定観念・規定概念」を打破することだったのではないだろうか。

 残念ながら今はもう、その真意をオシム氏に確認することはできない。もともとカウンターを得意とするバーレーンが、いつ攻めればチャンス(日本にとっては危険は状況)なのか。チームとしてスイッチの入るタイミングを、明日の試合ではじっくり観察したい。

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2008年03月26日

東アジア選手権のコメントに対する返信とお詫びです

 まず初めに、皆さんから貴重なコメントを頂きながら、お答えするのが大変遅れて申し訳ありません。ブログの更新をサボってしまったこともお詫びします。

>あれれ? 様

 内田選手を評価したのは、これまでのサイドアタッカーの(攻撃時における)質としては貢献度が高いと感じたからです。ご指摘のように、サイドを完全に崩す、ゴールラインまでドリブルでえぐってからグラウンダーのラストパスを送れればサイドアタッカーとしては完璧でしょう。しかし、こうしたシーンは近年、なかなかお目にかかることはできません。

 となると、日本人の筋力からして正確なセンタリングを上げるために、どれだけペナルティエリアに近づき正確なラストパスを送れるか。コーナーフラッグ付近からでは難しいため、距離と正確性を評価のベースにしました。

 センタリングがゴール裏に飛んでいくのは、正確性の観点から論外として、ニアにグラウンダーを入れるのか、ファーに巻いていく(GKから逃げる)ボールを入れるのか。FWとの意思の疎通もありますが、状況を判断してラストパスは出して欲しい。例え失敗しても、そこに「センタリングの送り手の意思」があれば僕は評価したいと思います。そして結果ですが、内田選手はダイレクトシュートに結びつく可能性のあるセンタリングを出したこと。これを現状では高く評価しました。一つには彼の若さもあります。相対評価として加地選手が挙げられるでしょう。内田選手を、海外の名選手と比較するのは時期尚早でしょう。同じポジションで競う加地選手との比較から、内田選手には可能性という期待も込めて評価した次第です。

>ガッツさま
 G・ネヴィルはベッカムを助けていたというご意見には大いに賛成です。G・ネヴィルあってのベッカムとも思っていました。

 ただ、僕個人の感想として、加地選手には物足りなさが残ります。現代サッカーでは、サイドアタッカーに要求される項目はかなりタフなものがあると思います。まずフィジカルの強さ。90分間、果てしないと思えるほど上下動しなければなりません。このフィジカルの強さで、加地選手は日本でも1、2を争うタフガイだと思います。だからこそ、ジーコ・ジャパンで代表に抜擢されたのでしょう。代表に召集されてからは、経験を積むことで技術的にも向上したと思います。FC東京時代は特別強化指定選手だった徳永選手のサブに甘んじることもありましたが、現在では明らかに徳永選手を上回っていると思います。

 ですが、代表選手として厳しい見方をすると、正直物足りなさも感じます。タテに行く「強さ」で勝負するのか、中に入ってシュートを狙う、あるいはG・ネヴィルのようにサポート役に回って貢献するのか。僕個人の感想からいえば、彼にはその全てを実現して欲しいですね。彼が出すパス、中村や遠藤へのパスは「つなぎ」のパスであって「勝負のパス」ではないという印象が強いのです。これは坪井選手にもあてはまるのですが、フィジカルに強い反面、技術に対する自信がないように感じられます。

 自己主張の強いFWと、相手に合わせることの多いサイドアタッカーという性格に起因する原因かもしれません。加地選手にしても内田選手にしても、もっともっと自己主張をして欲しいと思います。高原選手や大久保選手に対して、「そんなポジショニングではラストパスは送れないから、もっと考えて動け!」と言うくらい、サイドアタッカーとして自己主張して欲しいですね。

 最後に、ブログの更新が遅れたことを再度お詫びします。東アジア選手権で北朝鮮戦のブログを書いたところ、とある携帯サイトから原稿の依頼が来ました。こちらに書いた原稿を自身のブログに転載するのはNGと思い、中国戦や韓国戦はスルーしてしまいました。一つの試合のインプレッションについて、趣旨および内容を書き分けられればいいのですが……。今となっては試合についての原稿を転載するのは無意味かと思います。

 そこで、中国のラフ・プレーに関する取材当時の印象を書いた原稿だけ、以下に転載させていただきます。

「東アジア選手権・総評(08年2月28日)」

 08東アジア選手権は、韓国が第1回大会以来2度目の優勝を飾った。そして女子は、日本が見事初制覇を達成。初戦で強豪の北朝鮮を破った勢いを持続し、韓国、中国に連勝しての初優勝だった。

 大会全体を通してみて、男子は開催国の中国以外はそれなりの成果があったのではないだろうか。岡田監督と韓国のホ・ジョンム監督にとっては、就任間もない時期に1週間以上チームを指導する時間を持つことができた。また、国内組を中心としたメンバー編成で、選手層の底上げも図ることができたはずだ。北朝鮮も、アジアユース選手権で優勝した若手2人をフル代表に引き上げ、貴重な経験を積ませていた。また前線では、チョン・テセがチームのエースとして成長したことも大きいだろう。

 対照的に失望しか残らなかったのがホホスト国の中国である。昨年のアジア杯では、ベトナムら東南アジアを始め、中東の国々もポゼッション・サッカーへの転換を図っていたのに、中国は相変わらずDFラインから前線の長身選手目掛けたロングボール多用のクラシカルなススタイルだったからだ。ウラジミール・ペトロビッチ監督は、現役時代にレッド・スターの「5聖人」と言われた名選手で(ちなみに4人目で、5人目はピクシーことストイコビッチ)、昨年の9月、Cリーグの大連実徳を優勝に導いた手腕を買われて代表監督に就任した。

 Cリーグについてはほとんど見る機会がないので詳細は知らないが、大連実徳で実績があるだけに、中国のサッカーにも造詣が深いのだろう。その彼が代表チームに導入したスタイルが、そのまま現在のCリーグと代表チームの実力レベルを反映しているのかもしれない。

 高い技術もないのにタテへと急ぐサッカーは、誕生間もない頃のJリーグを彷彿させた。当時のJリーグは、サイドチェンジなどほとんどなく、超満員のファンの熱気に後押しされたのか、タテへの突破と激しいぶつかり合いが耐えなかった。その結果、選手生命にかかわるような負傷も時おり起きていた。今大会、中国だけに目だって警告が多かったのも、国内リーグの影響があったのかもしれない。

 今夏には北京五輪を控えているだけに、内心は一番期待していたのが中国だったのだが、その前途はまだまだ多難なようだ。重慶滞在中のホテルでテレビを見たが、スポーツチャンネルで一番放映時間が長かったのは、バスケットのNBA。試合会場の五輪スタジアムの敷地内や、練習場となった大田湾体育場の敷地内には、フットサルと並んでバスケットのコートもあり、市民が気軽にスポーツを楽しんでいた。サッカー人気も高いが、それ以上にバスケットは現在の中国で最も人気があるようだ。ここらあたり、ヒューストン・ロケッツで活躍するスーパースター姚明(最近、負傷してしまったが)の影響が絶大なのかもしれない。

 ところで東アジア選手権は日韓W杯後の03年、大会開催を提唱した日本でスタートを切った。その後は2年に1回、極東の国々で持ち回り開催となり、今大会で3度目となる。本来なら07年に開催される予定だったが、昨年はアジア杯があったため08年に延期され、なおかつ夏の開催が、今年は北京五輪が控えているため2月に開催された。

 岡田監督を始めとする極東の国々の代表監督にとっては、強化の時間が限られているだけに、少しでも多く時間が欲しいところだろう。3月にはW杯予選の第2戦が控えているだけになおさらだ。とはいえ、今年のサッカー界のビッグイベントに、W杯アジア予選と同時に北京五輪もある。現在の反町ジャパンは、同時期にメキシコ遠征を実施したが、中国と韓国は五輪の出場権を獲得しているアジアのライバルでもある。加えて、反町ジャパンはまだメンバーを発掘中の、良く言えば発展途上のチームという印象もある。

 そこで今大会を、23歳以下の大会に限定しても、面白かったのではないだろうか(岡田監督は当然反発するだろうが)。現時点で日本の五輪チームが東アジアの中でどのレベルなのか。反日感情も含めて「中国」を経験しておくのも貴重だったはず。取材する側とすれば、フル代表と五輪代表の試合が1日おきにあれば理想でもある。大会を運営する経費増、とりわけ五輪代表は集客力を期待できないため、かなりの負担になるかもしれない。しかし、五輪イヤーだからこそ反町ジャパンを中国で見たかったし、欲を言えば新たに立ち上がったユース代表の試合も見てみたかった。

 折角、東アジアの国々がレベルアップのための大会を開催しているのだから、フル代表にとどまらず、その下の年代も含めて強化の場にしたらどうだろう。コアなサッカーファンであれば、きっと試合会場に足を運ぶと思うのだが……。


 

posted by roku03 |11:34 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年02月18日

岡田監督を安田が救う

 東アジア選手権の初戦、対北朝鮮戦は1-1のドローに終わった。4-4-2のスタメンの両サイドバックは、予想通り右が内田で左が加地。1点を先制される劣勢の展開に、岡田監督は安田を左MFで起用。「守って下がられて失点している。1対1で勝負できる選手ということで安田を使った。嘉人(大久保)や山瀬がいなかったから」とその理由を述べ方、安田は期待に応えてドリブル突破から前田の同点ゴールを導き出した。そして、終盤には内田に代わり駒野が右サイドで登場。大会にエントリーしているサイドアタッカー4人を北朝鮮戦で起用した。

 サッカー専門誌の評価なら、10点満点で平均点の6を上回るのは内田と安田の二人だろう。試合は1-1のドローのため、6.5くらいが妥当なところか。駒野は出場時間が短いことから「評価なし」、そして加地は5点という低評価になってしまいそうだ。

 まず内田だが、出場した76分間でスルーパスを含めて11本のラストパスを供給。そのうち少なくとも3本はFWがダイレクトでシュートした、文字通り「ラストパス」のセンタリングを上げていた。ドリブル突破も試み、2回ほど相手を抜き去っている。岡田ジャパン発足以来、チリ戦から4試合連続スタメン出場しているが、この試合が攻守に渡り一番貢献したのではないだろうか。

 安田は26分間の出場で1回のドリブル突破と2本のセンタリング。そのうち最初の一発がGKのクリアミスを誘発し、同点弾に結びついている。指宿合宿ではアピールしようと意気込むあまり、独り善がりなドリブル突破からセンタリングを上げるタイミングを失い、今大会のメンバーからも外れていた。しかし、この日の試合を見ていると、頭の中がだいぶ整理されてきたよう。持つところと簡単に離すところの切り替えで、チームメートと意識を共有できるようになっていた。

 対照的に加地は、やはり左サイドに違和感があったようだ。不用意なボールの持ち方から奪われてカウンターを食らい、失点のきっかけを与えてしまったし、後半は鄭大世のマークでもインターセプトに失敗し、冷やりとするシーンを招いていた。攻撃では4本のセンタリングを上げたが、最初の3本は右足からクロス気味のボール。ドリブル突破にトライしたのも1回だけで、正直物足りなさが残った。失点のきっかけを作ってしまったこと。試合途中で瞼の上を切り、プレーに専念できないハンデもあったのだろう。次の中国戦は出場が微妙だが、徳永同様に左サイドでのプレー、コンバートは難しいかもしれない(もちろん、もう少しチャンスを与えて様子を見てみたいが)。

 駒野は内田に代わって14分間の出場にとどまったが、センタリングは3本、ドリブル突破にトライしたのも1回だけだった。出場時間が短いこともさることながら、駒野は指宿合宿から精彩を欠いていた。ミドルやロングのサイドチェンジのパスが、受け手の前方ではなく後方に出てしまい、受け手が戻りきれずにサイドラインを割ってしまうシーンを何度か見かけた。移籍等で環境の変化が、メンタル面にも影響を及ぼしているのだろうか。

 これまで豊富な運動量を要求される両サイドのアタッカーは、加地と駒野におんぶに抱っこの状態だった。彼らに代わるバックアッパーの育成は、日本代表にとって優先課題であり、急務でもあっただろう。彼らの不調を目の当たりにして、改めて内田と安田の成長は頼もしく感じる。今後はお互いに切磋琢磨して、少しでもセンタリングの質を向上させ、日本の決定力不足の解消に貢献して欲しい。

 最後に岡田監督だが、前日練習でトライしていた練習パターンが、そのまま試合に反映されていて、分かりやすかったとの印象を受けた。今大会はテストと確認の場であり、それほどチーム情報の漏洩には警戒していないのかもしれない。北朝鮮戦でも、「残り10分でリードされていれば、パワープレーをする方法もあるが、今の(チーム状況)時点では、その必要はないと思う」と語り、選手個人には勝負にこだわらせながらも、自身は「目先の勝ち負け」に拘泥していないことを言外にうかがわせていた。


※写真は北朝鮮戦のスタメン表です。川島が「DF」登録になっていたり、「10番のYAMASE Koji」の日本語名が「水野晃樹」、鄭大世の漢字表記もまったく別人で、ハーフタイムに修正スタメンが配られた


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2008年02月17日

加地は左サイド?

 いまは重慶のホテルでパソコンに向かっている。明日から始まる第3東アジア選手権の取材で、15日から重慶一の繁華街にある(独立碑の近隣)新華酒店(1泊3500円のホテル)の一室で、カメラマンと同宿しながら大会取材に備えているところだ。

 今日16日は、午後5時30分から日本代表が、市内のグラウンドで1時間ほどの練習を公開した。ダイレクトを基本としたパス回しによるフォーメーション練習を中心に、ハーフコートではトップに楔のパスを入れてサイドに展開に、サイドからのクロスにゴール前で3人のアタッカーが飛び込むパターン練習を繰り返していた。

 その際に目を引いたのが、サイドアタッカーの人選だ。すでに新聞等でも報道されているように、左に追加招集された安田と、加地。右には岡田ジャパンの申し子とも言える内田と、駒野。これまでの人選からすると、駒野と加地を入れ替えた格好だ。加地自身、左サイドDFは大分在籍時代以来7~8年ぶりのコンバートだという。

「基本的にサイド(ライン)を背負ってプレーするので違和感はありません。むしろ新しい発見があります」と加地は左DFを歓迎していた。FC東京時代、右サイドから中に切れ込んで左足でのシュートを練習していただけに、逆に左サイドに位置すれば、中に切れ込んだ時には得意の右足でシュートを狙うことも出来る。もちろん東アジア選手権で、加地が左DFで起用されるかどうか現時点では不明だが、加地自身にとって、さらにはチームにとってもトライする意義はあるだろう。

 ただし、岡田監督の真意がどこにあるのか。それが正直、分からない。今年1月の指宿合宿では、サイドアタッカーとして駒野、加地、内田、安田、徳永を招集した。これまでサイドアタッカーは、右の加地、左の駒野で定着している感が強かったように思う。そこで岡田監督は、レギュラーに近い2人に危機感を与えると同時に、バックアップメンバーの底上げも図ろうとしているのではないかと想像した。

 指宿では徳永は左サイドでも起用された。彼自身、昨シーズンはFC東京で目立った活躍をすることができず、まして左サイドでの起用は全くの予想外だった。その結果、これといったアピールも出来ずに代表からは漏れている。安田は、若さゆえの経験不足かもしれないが、指宿合宿では突破にこだわっている印象を受けた。ゴール前で巻や播戸が飛び込もうとしているのに、クロスを上げずにDFに勝負を挑み、大学生相手に抜けきれずCKを獲得するシーンが多かった。結果として、FW陣の動きは無駄に終わることが多く、チームメイトからも怒られていた。

 サイドアタッカーは、突破の回数もさることながら、精度の高いラストパスを何本供給できたかで、攻撃時の評価も決まるのではないだろうか。浦和に移籍した相馬は、確かにドリブル突破は魅力だが、ラストパスの本数は今季復帰した三都主と比べると少ないはずだ。そうした観点からすると、徳永や安田は最初のハードルをクリアできなかったのではないかと思っていた。

 そして、加地である。もともと右サイドは加地の独壇場だった。内田を起用したのは、まず加地は計算できる戦力のため、バックアッパーを必要としていたのではないか。そのために徳永も招集して底上げを狙ったと思っていた。左サイドも同様で、駒野一人しかいない現状を考え、ジーコ・ジャパン時代の固定メンバーが負傷した時の反省から、若い安田に可能性を見出そうとしていたのではないかと、指宿合宿の意図を想像していた。競争原理の導入により、個人を触発し、さらなる成長も期待しているのではないか。左サイドに関して言えば、浦和に復帰した三都主もいる。今後代表に呼ばれるかどうかは別にして、選択肢は広がるだろう。

 こうした状況で、試合前日の練習で駒野を右DF、加地を左DFで使う意図がどこにあるのか。本当にコンバートを狙うなら、指宿合宿からトライすべきではないだろうか。対戦相手をかく乱する意図からなのか。だとしたら、冒頭に書いた、加地の正直なコメントはどう扱ったらいいのか判断が難しい。選手は正直にコメントしていると思いたいが…。

 今大会は様々なことをテストする大会と、岡田監督は位置づけている、そのテストとは、新戦力の発掘なのか。それともオシム・チルドレンの粛清なのか。こうしたステレオ・タイプの判断は短兵急かもしれないけれど、今後の岡田ジャパンの方向性を探るには絶好の大会でもあると思っている。

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2008年01月31日

岡田ジャパンの強敵は「時間」との闘い?

 オシム前監督は、日本代表を強化する過程を3段階に分けていたそうだ。06年6月の就任からW杯3次予選が始まる08年2月までが第1段階で、その成果は皆さんもご存知のはず。次がW杯の3次予選から最終予選にかけて、これが第2段階。そして第3段階が、予選突破後からW杯本大会までだという。

「ボールも人も動く」連動性のあるスタイルを、第2、第3段階ではどのように発展させる予定だったのか、コーチ陣も全く知らされていないと言う。志半ばで挫折した「オシム・ジャパン」の完成型(といってもオシム監督のことだから、完成などあり得ないと力説するはず)を見られないのは、返す返すも残念でならない。

 さて、そのオシム前監督が嘆いたことに、「継続性の喪失」がある。短期集中合宿で選手に指導したオシム・スタイルが、一度解散して所属チームに帰り、再び集合した時にはもうその感覚が元に戻ってしまっているという。このため、集まった度に最初からオシム・スタイルを復習し、その積み重ねで少しずつ前進していかなければならなかったそうだ。

 これは何もオシム監督に限ったことではいだろう。ジーコ監督もトルシエ監督も、同じような悩みを抱えていたに違いない。そしてそれは、岡田ジャパンにも当てはまる。むしろそのギャップは、これまでの歴代監督以上に大きいかもしれない。というのは、岡田監督の目指すダイレクトパスを多用した攻撃スタイルは、大木・甲府以外のJクラブと比べるとあまりにも異質だからだ。

 

 ダイレクトでパスをつなぐには、技術はもちろんのこと、選手間の距離も重要になる。ボール保持者に対してダイレクトによる複数のパスコースを作るには、サポートに入るタイミングやそれぞれの距離など、個々人に高い戦術意識が求められだろう。イメージを共有するための、高度なグループ戦術も必要になる。

 年間を通じてトレーニングのできる単独クラブなら、1年以上の期間を費やせば、こうした高度なスタイルを実践できるかもしれない。しかし、離合集散を繰り返す代表チームで果たして可能なのかどうか。まだ船出したばかりの岡田ジャパンだが、その到達点、理想が高ければ高いほど、実現の可能性は低くなってしまうだろう。ダイレクトの感覚でつなぐイメージを理解したと思ったら、所属チームに戻ることで忘れてしまい、再集合した時にはまた同じことの繰り返しというジレンマに陥る危険は高い。

 理想が高いこと、日本人にあったサッカースタイルを確立することに何の異議もない。むしろ大賛成だ。しかし、世界各国の近年の現実を見渡すと、欧州や南米の代表チームで理想のサッカースタイルを披露できる時代はもう終わったのではないだろうか。W杯74年大会のオランダ、同じく82年大会のブラジルのような、代表チームが世界に衝撃を与えるサッカーは、今となっては実現が困難だと思う。

 その理由は簡単。クラブの試合数が増えたため、代表チームが選手を拘束できる時間が激減しているからだ。言うまでもなく選手にサラリーを払っているのは所属クラブである。リーグ戦の試合数は変わらないにしても、カップ戦は規模拡大により、ビッグクラブの代表選手になればなるほど試合数は増える。加えてオフには市場開拓のためのプレ・マッチも入ってくる。必然的に代表チームが拘束できる時間は年々減少している。

 それでも昔は、単独クラブをベースに代表チームを編成することで、強化の継続性は図れた。しかし今日ではボスマン裁定やアフリカ勢の台頭などで、単独クラブも無国籍化している。自国人だけでリーグやカップ戦で優勝できるクラブなど皆無に近いだろう。

 こうした現状を理解していらからこそ、限られた時間で代表を強化するためオシム前監督は、まず国内にいる選手を中心にチームのベース作りと強化に取り組んだはずだ。今回、1月15日から始まった指宿合宿と2試合のテストマッチ、そしてタイ戦と岡田ジャパンはかつてない長期でチームの指導にあたった。その成果はチリ戦とボスニア・ヘルツェゴビナ戦で垣間見ることができた。

 2月6日のタイ戦後、チームは一度解散し、東アジア選手権で再集合する。その大会にG大阪や浦和勢が参加するかどうか未定だが、問題は3月26日のバーレーン戦だろう。敵地のバーレーンでも、これまで積み上げてきたイメージのサッカーをできるかどうか。岡田監督の一番の強敵は、もしかしたら時間との闘いになるかもしれない。

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2008年01月31日

岡田ジャパンの船出

 岡田ジャパンの08年テストマッチ2試合は1勝1分けでの船出を果たした。チリ戦は、プレスをかけてくる相手に、慌てずどこまで対応できるか。ボスニア・ヘルツェゴビナ戦は、高い相手をいかに崩すか。そして「今までやってきたこと、組織で崩して点に結びつけるか」が岡田監督のキリンカップのテーマだったという。

結果は、チリの前線からのプレッシャー、とりわけ両サイドバックに対する厳しいプレッシャーに「なかなかボールを出せずに戸惑った」こともあり、0-0のドロー。大久保が決定的なチャンスをつかんだものの決めきれず、またチリの左サイドからの攻撃にヒヤッとした場面もあった。

しかしボスニア・ヘルツェゴビナ戦はサイドバックがノープレッシャーのため落ち着いてボールを回せたが、逆に「きれいな形を作ること。1タッチにこだわったため」、攻撃のテンポが遅く前半は0-0のドローで折り返した。しかし、ハーフタイムに「もっと早く攻めよう。2列目から飛び出せばチャンスになるが、中央突破は難しいので、フリーでボールを持てるサイドを使おう」と指示の出た日本は、CKとFKの素早いリスタートから2点、今野のインターセプトからカウンターで1点を奪い快勝した。山瀬は全得点に絡み、今野、播戸も2点に貢献。札幌監督時代の教え子が、恩返ししたとも言える。

とはいえ、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦の快勝は割り引いて見た方がいいだろう。岡田監督自身、「相手のコンディションが悪くて足が止まり、2~3点目が取れた」と言うように、ボスニア・ヘルツェゴビナはコンディションが日本以上に悪かった。コドロ監督は「気候の違い、時差、リーグがウインターブレイクのためフィジカルが落ち、集中力も切れた」ことを敗因に挙げていた。1トップのため日本DFに対するプレスは緩く、中盤のチェックも甘い。攻撃に怖さは感じなかったし、守備人は高さこそあったものの、1点目と3点目は明らかに集中力を欠くイージーミスだったからだ。


 むしろ注目すべきは、一連の合宿で岡田監督は自身の指向するサッカーを選手に明確に植え付けると同時に、キリン杯という実践では2試合を通じて修正を施し、それをファン・サポーターに披露した点にある。そのスタイルとは「日本代表の大木化」とでも言えばいいだろうか。すでに新聞等で報道されているように、岡田ジャパンの練習メニューは、大木コーチが清水や甲府の監督時代に採用していたパターンだ。

ワンタッチ、ツータッチでリターンパスを交換して突破を図る。といっても、やみくもに突破するのではない。中盤でボールを回しつつ、チャンスと見るや中央でもサイドでも「行くときは行きます!」と前へ飛び出していく、極めてアグレッシブなサッカーだ。

 その好例が、チリ戦では8分に見られた。中盤左の中村憲が高原にくさびのパスを入れる。高原はダイレクトで中村憲に戻すと、これを中村憲はダイレクトで左の遠藤にパス。遠藤はためを作ってから右サイドの巻へとラストパスを送った。残念ながら巻はDFのタックルにあいシュートできなかったが、流れるようなパスワークからの崩しだった。

ボスニア・ヘルツェゴビナ戦では11分に阿部の攻撃参加から中村憲と大久保が絡んで中央突破を試みたし、2点目は今野のインターセプトから内田、大久保を経由してオフサイドラインを山瀬がうまく突破した、見事なカウンターと言える。

 残念ながらチリ戦とボスニア・ヘルツェゴビナ戦の前半は無得点に終わった。その原因は、指宿合宿における岡田スタイルのイメージが強すぎたのかもしれない。ダイレクトにこだわるあまり、点を取ることよりもパスをつなぐことに選手たちは腐心してしまったようだ。

ボスニア・ヘルツェゴビナ戦のハーフタイム、早く攻めることと2列目からの飛び出しを指示したことで、それまでパスの出し手だった遠藤や中村憲、山瀬が交互に前線に飛び出して攻撃を活性化したことで、チャンスシーンを演出していた。チリ戦は岡田ジャパンのダイレクト・サッカーに囚われた結果、その反動として攻撃に閉塞感があったものの、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦はオシム・スタイルを思い出したため、攻撃に意外性が蘇ったと言ったら言い過ぎだろうか。

 来る2月6日のW杯予選、岡田監督は「タイは勝負にこだわってくるはず。W杯予選ですから、泥臭くても結果にこだわりたい。タイの戦い方は、組織作りをしっかりした守備からのカウンターとセットプレーになるだろう。こじ開けるのは簡単ではないが、リスクを冒しても勝負を賭ける。リスクを掛けてカウンターを受けても攻めにいかないと点を取れない」と決意を新たにしていた。

 チリ戦、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦は、あくまでW杯予選に向けたテストマッチであり、岡田監督にとってトライアルの場でもあった。結果としては、それなりの成果をつかんだかもしれない。しかしながら、不安がないわけではない。

まずは指宿合宿から導入したダイレクトを多用する甲府スタイルである。チャンスは作れるかもしれないが、決めるべき時にしっかり決められるストライカーがいるのかどうか(バレーがいれば甲府もJ2に落ちなかったかもしれない)。また、相手に研究され、弱点を突かれた時にどうするか。

その弱点とは、チリ戦後に西が丘サッカー場で行われた練習を取材した、昨季Jクラブ監督の「甲府のサッカーはサイドに偏るため、ボールを失った時に逆サイドに振られると大ピンチになる」というものだ。フィニッシュまで持ち込めない時の大木スタイルは、ピンチを招きかねない諸刃の剣と言える。

 もちろん岡田監督も、甲府スタイルの弱点は十分に理解しているだろう。チリ戦後の会見で感想を聞かれ、「チリは素晴らしいチーム。90分間プレスをかけてくれて、いい経験ができた。プレスをかけられると、DFからいいボールが出ないが、DFはクロスを上げられてもきちんと対応し、カウンターにもマークを外されずにしっかりついていた」と開口一番に話していた。

大木スタイルはボールを失った時のカウンターに弱い。それは、もしかしたら大木スタイルというより、選手のクオリティにも問題があったのかもしれない(甲府の選手、関係者、ファンには申し訳ないのですが)。そうした弱点を踏まえつつ、岡田監督は攻撃時にサイドでのダイレクトの意識による突破、守備ではカウンターへの対処がどこまでできるかを、キリン杯でテストしたのではないだろうか。理想を追いつつ、リスクマネジメントもケアする、岡田監督らしいゲームプラン・視点と言えるだろう。

そしてもう一点、これが最大の不安でもあるが、岡田ジャパンは「岡田ジャパンの継続性」を維持できるのかどうかということだ。これは何も岡田監督に限ったことではない。オシムもジーコも、それこそ歴代代表監督が直面してきた問題だが、それはまた次の機会に述べたい。

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2008年01月23日

岡田、本田、大榎3監督の共通スタイル

 指宿合宿での岡田ジャパンを二泊三日で取材してきた。早大ラグビー部の伝統である「接近・展開・連続」をキーワードに、「意味のないサイドチェンジ」を禁止し、ダイレクトパスを多用した連動性のあるサッカーで、「日本代表の日本化」を岡田監督の哲学で図っているようだ。

 練習ではパス交換、6対3のパス回し、フォーメーション練習などあらゆる場面でダイレクトか2タッチでの重要性を強調。パス交換では、ダイレクトの連続のためボールスピードが上がり過ぎないよう、インサイドキックではカットするように蹴る練習を繰り返していた。6対3では、ボール保持者の両サイドにサポートしてパスコースを作るのはもちろん、守備者3人の間にも2人以上が入って、くさびのパスコースを作る意識を強調していた。くさびに入れて、リターンパスを受けたら一番遠いポジションにいる味方にパスという、まさしく「接近・展開・連続」の練習だった。

 フォーメーション練習では、GKへのバックパスからスタートして、10秒以内にフィニッシュまで持ち込むよう、声の通る大熊コーチがカウント。同じく12~15秒以内にサイドチェンジを1~2回入れてのフィニッシュといった具合に、攻撃のスピードアップを求めていた。

 22日に行われた九州学生選抜との試合では、ダイレクトパスでの中央突破を図ったものの、逆にパスカットからカウンターを食らい、危ないシーンも何度かあった。練習を始めて1週間。それですぐに実践できるようであれば、世界中の監督は苦労しないだろう。岡田監督の目指すサッカーが実を結ぶのは、10年W杯の本大会まで待った方がいいのかもしれない。とはいえ、目指す方向性は面白いと思う。

 面白いといえば、08年は同じ思想を持った3人の監督でスタートした気がしてならない。まずインカレで優勝した大榎監督。法政大との決勝を2-0で制した後の会見で次のように述べていた。

「去年の決勝で駒澤のプレスに手も足も出なかった。ボールポゼッションのサッカーで、1~2タッチでつなぐ理想が、プレスに何もできずハーフラインを越えられなかった。そこでプレスを掛けられたら、足元だけでなくDFラインの背後を狙うことも必要と言った。ポゼッション・サッカーをすると、ボールが、前に進まずに、横パスやバックパスが多くなる。何のためにつなぐのか。スペースがあったら前に入れることも考えさせた。チームの形にはめるのではなく、個人の判断に任せる。判断はボールを持った選手。これを追求してきた。個人の成長が優勝という結果につながった」

 次は高校選手権で初優勝を遂げた流経大柏の本田監督。

「子供たちはボールをこねることが楽しい。しかし、それでは勝てないことをプリンスリーグで分かってくれた」と語り、1タッチ、2タッチでの重要性を選手には指導してきた。本田監督は、昨年の全日本ユース優勝時にも、「選手には簡単なプレーをしろ、難しいプレーはするなと言ってきたが、簡単なプレーとは何か、何が難しいプレーなのか分からなかった。ボールは1つしかない。早く奪うには速く寄せること。奪ったらボールを速く動かすこと、パスしたら素早く動くこと。これらが大会を通じてよくできていた」とも語っていた。

 そして冒頭の岡田監督である。サッカーは点を奪い合うスポーツであって、パスをつないだり、ボールキープを競うスポーツではない。3人の監督とも、ポゼッション・サッカーを指向しながら、ゴールという目的のために速さも求めた。そこで思い出すのがジーコ・ジャパンである。

 ボールポゼッションは高かったものの、DF間でのパス回しに終始し、前線での突破までに時間がかかった。中盤にパッサーを多く起用したため、出し手はいても受け手が2トップということで、高原や柳沢はサイドに流れることが多く、フィニッシュに絡む場面は少なかった。得点シーンは中盤の選手がゴール前に飛び込んだケースやセットプレーが多い。ボールをキープしていれば、失点のリスクは回避できる。しかし、安全第一でボールを回している間に相手も守備を固めるため、アジアでも相手のゴールをこじ開けるのに手間取ってしまった。

 そうしたジーコ・ジャパンを反面教師に、オシム前監督はボールだけでなく人も動いてゴール前に飛び出す重要性を説き、08年はポゼッション・サッカーの日本式アレンジを試みた3人の指導者が登場したような気がしてならない。ボールをキープしていれば、あとは個人能力でゴールを奪えるブラジル人とは違い、俊敏性とグループ戦術を生かしてゴールという結果を追求する日本スタイルを模索したのではないだろうか。けして皮肉ではなく、今となっては日本の進む道を示してくれた、ジーコ・ジャパン4年間の最大の功績と言えるかもしれない(と個人的に思う)。

 とはいえ、一抹の不安もある。ダイレクトパスを多用する流経大柏も早大も、練習グラウンドは人工芝だ。早大に決勝で敗れた法政大は、今でも土のグラウンドで練習をしている。このため、いつもトラップをする癖がついてしまっているという。選手は川勝前監督から、ダイレクトのイメージを持って練習するように指導されたものの、なかなか難しいという。今では選手権を始め全日本ユース、インターハイでも天然芝や人工芝の会場が増えてきた。では、流経大柏や早大が、でこぼこの芝や土に雑草が生えたようなグラウンドで、ダイレクトや2タッチのサッカーができるかどうか。

 そう、日本代表もダイレクトパスを多用するスタイルでいる。それは、南アでの本大会で世界を驚かせるかもしれない。しかし本大会の前に予選を戦うアジア、とりわけ中東や東南アジアはまだまだピッチ環境が万全とは言えない。実際、アジア杯予選のイエメンでは、オシム監督から「グラウンド状況が悪い時はドリブルせずにダイレクトか2タッチで蹴る」よう指示が出たこともあった(それでも長谷部はドリブル突破を試みていたが)。理想のサッカーを追求しつつ、現実のピッチにも対応できる応用力があるのかどうか。岡田ジャパンの戦いはこれから始まるが、理想と現実の融合に期待したい。

 そうそう、最後になるが、サッカー・ジャーナリストやフォトグラファー、アナウンサーを養成する「フロムワン・サッカーメディアセミナー」の第二期募集(4月開講)がスタートした。ご興味のある方はセミナーホームページをご覧下さい。

posted by roku03 |23:08 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年01月03日

鹿島の継続性

 新年明けましておめでとうございます。
 といったところで、サッカー界は元旦から慌しいのが恒例だ。天皇杯決勝の日は、大会を運営するサッカー協会関係者や、決勝に進出したチームのスタッフ、テレビ解説者、そして同業者たちと新年の挨拶を交わす場でもある。そして翌日からは高校選手権の取材に奔走するのが例年のパターンで、さらに今年に限って言えば、15日からは鹿児島県の指宿で岡田ジャパンの初合宿も控えている。2月中旬は東アジア選手権の開催される重慶に行くか、それともG大阪が初出場するパンパシフィック大会を取材するか、日程が重なっているのが残念でもある。

 2月の予定と、日本代表の合宿が久々に指宿に決まったことはさておき、今回は天皇杯決勝について触れてみたい。晴天に恵まれた決勝は、鹿島対広島という、守備をベースにした、どちらかというと地味なカードにもかかわらず、有料入場者数4万7千という大観衆が詰め掛けた。この傾向はすでに数年前から続いていて、対戦相手に関係なく天皇杯の決勝を観戦するリピーターが定着したとも言えるだろう。元旦は「国立詣で」をするのが、サッカーファンの年中行事になったようだ。

 試合そのものは、広島が柏木を欠いていたこともあり、鹿島が狙い通りの展開から11個目のタイトルを獲得した。興味深かったのは、試合後のオリヴェイラ監督のコメントである。同氏いわく、「守備が安定しなければ、攻撃をしようにも負担がかかる。来日してJリーグには、攻撃的意識の高いチームや選手が多いと分析した。そういう相手に攻撃的に戦っても、叩き潰されるだけだ。そこでまずは守備をしっかりして、選手の守備の意識を高める。守備を安定させれば、相手が攻めている時は錯覚していることにもなる。そして我々は、相手が攻めている間に反撃の準備が進めることができた。そのためのベースを作る必要があったし、継続性も必要だった。現代サッカーでは攻撃も守備もできる選手が要求される。私の求めるクオリティも同じだ。攻撃的な(ポジションの)選手でも、守備にスイッチを切り替えた時には守備での役割がある。どのポジションであろうと、攻撃か守備か、時間帯、場面によっての関わり方がある」と勝因を述べていた。

 鹿島といえば、Jリーグ元年から堅固な守備をベースに、接戦をしぶとくモノにするチームという印象が強い。もちろんチャンスと見るや、畳み掛けるような攻撃力も披露する試合巧者ぶりも発揮して、数々のタイトルを獲得してきた。破壊力を秘めているものの、全盛時のヴェルディや磐田のような、攻撃力を前面に押し出すよりも、まずは守備をベースにチームを構築してきた伝統があるのではないだろうか。

 しかしながら近年は、チームの世代交代に苦しみ、伝統でもある「試合巧者」という最大の武器を見失っていたような印象が強い。堅守速攻型からの脱皮を目指した故のジレンマなのかどうか。それほど頻繁に取材していないので詳しいことは分からないが、タイトルを獲得した昨シーズンは、かつての名門が復活の狼煙を上げたということに間違いはないだろう。前線のマルキーニョスは清水や東京V時代とは見違えるように守備に奔走し、田代も巻に負けない運動量で攻守に貢献していた。オリヴェイラ監督が指摘するように、夏場を過ぎてからの鹿島は接戦に強い伝統が復活したと言える。

 もちろん、ここまで選手たちの意識を統一するには、チーム内で監督自身の戦術を浸透させるための闘争もあったことだろう。それができたからこそ、オリヴェイラ監督は勝者となれたはずだが、天皇杯決勝後のコメントで一番印象深かったのは、彼が残した「継続」という言葉だ。それには二つの意味があるように思う。

まず一つは、タイトルを奪回するためベテラン監督は頑ななまでに選手に守備意識を要求し、それを1シーズン通じて実践させたこと。そしてもう一つは、鹿島というチームが、Jリーグ元年からブラジル人監督を採用し続けたということだ(初年度は故・宮本監督、途中で関塚監督代行=現川崎F監督の時代もあったが、スタッフはブラジル人だった)。

93年のJリーグ創設以来、鹿島はブラジル人監督の伝統から、4-4-2システムの、ボックス型の中盤というスタイルをベースとして踏襲してきた。試合状況に応じてシステムは変化するものの、基本的にこの伝統に変わりはない。CBの2人は屈強さを武器に、堅実な守備を誇る。両サイドバックは攻撃的なセンスを要求され、中盤は守備的なボランチを2人置きつつ、一人は攻撃的なポジションにシフトする。このセントラルMFが両サイドのMFとポジションチェンジしながら攻撃を組み立て、2トップを生かすシステムは、15年間普遍とも言える。

チーム創設以来、紆余曲折はあったものの、ブラジル人監督を招聘し、そのスタイルを継承したフロントの「ブレない姿勢」。これこそが、もしかしたら鹿島の伝統的な強みであり、今回のリーグ制覇と天皇杯奪還だったのではないか。今回の勝利はフロントの「継続性」がもたらした、アントラーズ復権のような気がしてならない。

posted by roku03 |10:31 | コメント(3) | トラックバック(1)
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2007年11月29日

苦渋の決断を迫られている「岡ちゃん」

 今月16日に脳梗塞で千葉県浦安市の病院に緊急入院したオシム監督。家族の暖かい看護と、医師団の努力により、ようやく僅かながら家族の問いかけに反応できるまで回復したそうだ。とはいえ、まだまだ予断を許さない状況が続いている。ファンを始め、関係者一堂が一日も早い回復を祈っているのは、当然のことと言えるだろう。

 できればオシム監督に、このまま日本代表を率いて10年W杯アジア予選を突破し、南アでの本大会に出場して欲しいところ。しかしながら後遺症の心配もあり、また来年1月にはアジア3次予選の準備をスタートさせなければならない。

 韓国やオーストラリアなど監督不在の国々もあるが、強化の継続性という意味でも、日本サッカー協会は早急にオシム監督の後任人事に着手する必要に迫られていた(マスコミからの突き上げがあったのも否定できない要素の一つである)。そして11月27日、田嶋専務理事は緊急記者会見を開き、監督候補の予算等で承認を得られたので、今後は小野技術委員長が第1候補と交渉することを明らかにした。

 小野技術委員長はすでに水面下で2度の交渉を持っており、監督就任は打診済み。田嶋専務理事によれば、すでに新聞等で監督候補が実名報道されているため、混乱を避ける意味でも交渉開始をオープンにしたとのことだった。会見後は監督候補の自宅取材を自粛するよう協会側から要請があったそうだ。それでも自宅に押しかけた新聞社や雑誌社が数社あったものの、パトカーの出動であえなく退散せざるを得なかったという。

 さて、渦中の岡田氏である。新聞等によると、今週中には結論が出され、12月7日の協会常務理事会で正式決定が下される見通しが高いそうだ。ということは、監督受諾はすでに規定路線ということになる。10年前の加茂監督更迭時と同様、引き受けざるを得ない状況での監督打診では、なかなか「ノー」と言いにくい。

 とはいえ、監督を引き受けて、例えW杯出場を決めても、「水を撒いて種を植えた」のはオシム前監督の功績だったと言われてしまう可能性もある。万が一W杯出場を逃せば、「やはりオシム監督でないとダメだった」と非難されることだってある。

 いずれにせよ、オシム監督の現場離脱(の可能性が現状では強い)が病魔に倒れるという悲劇性を伴ったものなので、監督在任中は常に比較される不運がつきまとう可能性は高い。そしてそれは結果だけではないだろう。「ボールも人も動くサッカー」を継承するのか、それとも路線変更し独自色を出していくのか。コーチ陣らスタッフ編成を含め、あらゆる面で「オシム継承」か、それとも「脱オシム=岡田カラー」で指揮するのか熟考した上で、岡田氏は「イエス」か「ノー」の結論を出さなければならないだろう。そして万が一、「ノー」という結論を出した際に予想される批判やデメリットも考慮しなければならない。まさに岡田氏にとっては、10年前と同様の、いやそれ以上にハードな決断を強いられているに違いない。

 というのも、10年前は前監督の路線を継承しつつ独自色を出せばよかったからだ。今回で言えば、大熊コーチや加藤GKコーチが監督代理に昇格すれば、周囲も応援しようという温かい目で見守ってくれただろう。しかし岡田氏はそうはいかない。繰り返しになるが、常に病床の前任者と比較される運命にある。果たして岡田氏の出す結論は……。

posted by roku03 |15:54 | コメント(9) | トラックバック(0)
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