2007年03月27日

パク・テファン 17歳のコリアン・マリンボーイ

 世界水泳の競泳初日は、パク・テファンという一人の韓国人の若者によってセンセーショナルな幕開けとなった。
水泳を良く知ってるオーストラリアの観客は信じられない光景を目の当たりにすることになった。
男子400m自由形決勝。
多くのオーストラリア人をふくめ、スタンドの観客は、350mのターンまで終始、先頭を泳いでいた自国の英雄、長距離王者グラント・ハケットの予選8位からの劇的な優勝シーンを思い描いていたはずだ。その期待を、韓国の17歳の若者が、もろくも打ち砕いたのだ。
パク・テファンのラスト50mで3人を一気に抜き去ったあの凄まじいラストスパートは、水泳関係者でも、にわか信じがたい驚異的なものであった。ラスト100mのラップタイムは53秒91。これはアテネオリンピック200m自由形で優勝したイアン・ソープの後半の100mとほぼ同じである。
水泳後進国といってもいい韓国から出てきた17歳の若者が成し遂げた偉業の大きさと、あのカミソリの如く元世界王者ハケットやオリンピックメダリストを切り裂いたラストのスピードに、レースが終わった後も、私はその衝撃に、しばらく開いた口が塞がらなかった。
やはりというか、ついにというべきか。いやいや、いずれは世界の頂点に登りつめるべき逸材だとは確信していたが、まさかこの世界水泳で、早くも実現してしまうとは思いにもよらなかった。
06年パンパシフィックで韓国男子自由形で初のメダル獲得。続くアジア大会でアジア人、初の1500m、14分台突入。
どれも韓国から出てきたこの若者の未来に大きな期待をふくらませるものだった。しかし、それは数年後という仮定の話であり、韓国、またはアジアというスケールの中での話であった。誰も、パク・テファンが1年後に世界の頂点に登りつめる姿はイメージできなかったはずだ。
くしくも、去年、電撃引退をしたこの種目の世界記録保持者、イアン・ソープも初めて世界の頂点に立ったのが、オリンピック前年の世界水泳で年齢も同じ17歳だった。
イアン・ソープは、その勢いで翌年のシドニーオリンピックで爆発。400m自由形を世界新記録で優勝し、以後、引退するまで王者として君臨した。
今回のパク・テファンにも、イアン・ソープが初めて世界水泳を制した時に似た衝撃を受けた。彼は「アジアのソープ」になり得るとは思うが、微妙に適正種目が違う。イアン・ソープが200、400mを得意としたのに比べ、パク・テファンは400、1500mが適正種目である。パク・テファンは心肺機能、持久力が高く、イアン・ソープより絶対的なスピードは劣るが、200mでも世界で勝負できるスピードは持ち合わせている。ここが、従来の長距離選手と違うところであり、ラストのカミソリスパートが武器となっている所以である。
泳ぎはエネルギー効率が非常に低く無駄がない。上下動ももちろんだが、横のぶれも少ない。とても平べったく泳ぐのが彼の特徴だ。そしてどんなにスピードが上がってもそのバランスが崩れないところが、彼の素晴らしいところである。ボディバランスもいいが、ラストスパートで存分に発揮されるキックの強さが、この泳ぎの大きな支えとなっている。
そして彼のさらに優れている部分は、17歳とは思えないほど、知的で精神的に成熟していることだ。大偉業を成し遂げたにもかかわらず、本人は周囲が驚くほど冷静にレースを振り返り、おごることなく淡々と次を見据えている。
「優勝したことはびっくりしているし嬉しい。レースは200mを過ぎて一度、スパートをしようと思ったけど周りのペースに合わなかったので自重した。この2年で国際舞台で経験を積んできたので、精神的なコントロールも、ペースのコントロールも分かってきた。来年のオリンピックでは、自分の足りない部分をさらに補完しなくてはならない。コンディションの調整も非常に大事になるでしょう。」
あまり知られていないが、彼は2004年のアテネオリンピックで400m自由形に14歳で出場している。このレースで緊張のあまりスタートでフライングをし、失格という苦々しい経験をしている。あれから3年。まだあどけなさは残るが、身も心もそして泳ぎも大きく変貌を遂げた韓国のマリンボーイは、あっという間に世界のトップに躍り出た。イアン・ソープの世界記録にはまだ4秒離れており、これを塗り替えるためには、絶対的スピードのアップが必要ではあるが、それすらもこの17歳には、乗り越えていけそうな可能性を感じる。1500mはもちろん、来年のオリンピックでどこまで飛躍していくのか想像するのが今から楽しみでしょうがない。韓国のマリンボーイの泳ぎに、世界は再び、驚かされるであろう。

  • 共通ジャンル:

posted by ブラウンシュガー |01:26 | 水泳 | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2007年03月15日

立石諒 ネクストジェネレーション

「いつかはガチンコで勝負したい。」
北島康介の短水路高校記録を6年ぶりに塗り変えた湘南育ちの高校2年生は、泳ぎ終わった後に、涼しげな眼差しで淡々と語ったが、放った言葉には力が込められていた。そこには、やがては北島康介に勝ちます。という明確な意思表示が見てとれた。
この高校2年生の名前は、立石諒。彼の名前が、全国区となり、注目を浴びたのは2006年10月、兵庫でおこなわれたのじぎく国体。200m平泳ぎで、北島康介の持っていた長水路高校記録を6年ぶりに、しかも1秒以上も更新したことだった。さらに、驚くべきは最後の50mのラップが32秒台という世界大会でもお目にかかれないラストスプリットだったということ。これは北島康介、現世界記録保持者のブレンダン・ハンセンをもしのぐものである。
立石諒は、4歳から水泳をはじめたが、すぐに頭角を表したわけではない。中学時代までは、全国大会に出ても、決してスポットライトを浴びる存在ではなかった。しかし200mでいうと、中学3年から高校1年で約5秒、高校1年から高校2年は6秒と、2年間で11秒を短縮してきた。この急激な成長には目を見張る。2年前までは、全国中学でようやく決勝に残れるレベルの選手が、今回のジャパン・オープンで100m2位、200m3位と、一気に北島康介の次に高い表彰台を占めるまでになった。
しかし、本人はあくまで謙虚で、そして貪欲だ。
「尊敬する選手は、北島選手、今村選手。まだまだ力は及ばないと思っています。今回も二人からいろいろ学ぼうと思って泳ぎましたし、学べることはどんどん吸収したい。」
今後の課題としては、スピードをあげた。
国体のレースが示すようにラストには絶対的な自信を持っている。さらなる高みを目指すのなら、ベースのスピードを引き上げるということである。今回、10歳から立石諒を見続けている薩摩コーチは、「50、100、200で全てで高校新記録」をテーマにジャパンオープンに臨んだ。その目論見は果たせた。
一年後は、北京オリンピックが控えている。薩摩コーチ、立石諒、二人に同じ質問をぶつけてみた。
「北京オリンピックは狙っているのか?」
答えは二人ともはっきりとイエスだった。
立石諒は、時折見せる高校生らしい笑顔を除けば、クールで物怖じしないスマートなスイマーである。しかし内に秘める闘志はとても熱く強い。性格的にも泳ぎも北島康介や今村元気と違ったこの高校2年生の存在には、とても興奮させられ、魅力を感じずにはいられない。
「僕は、緊張したことがない。」
堂々と言い放った姿が、とても頼もしく映った。
そこに、日本の次なるエースの匂いを感じた。湘南育ち、平成生まれの超新星、立石諒から目を離すな。

  • 共通ジャンル:

posted by ブラウンシュガー |22:34 | 水泳 | コメント(1) | トラックバック(1)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加