2007年03月15日
立石諒 ネクストジェネレーション
「いつかはガチンコで勝負したい。」
北島康介の短水路高校記録を6年ぶりに塗り変えた湘南育ちの高校2年生は、泳ぎ終わった後に、涼しげな眼差しで淡々と語ったが、放った言葉には力が込められていた。そこには、やがては北島康介に勝ちます。という明確な意思表示が見てとれた。
この高校2年生の名前は、立石諒。彼の名前が、全国区となり、注目を浴びたのは2006年10月、兵庫でおこなわれたのじぎく国体。200m平泳ぎで、北島康介の持っていた長水路高校記録を6年ぶりに、しかも1秒以上も更新したことだった。さらに、驚くべきは最後の50mのラップが32秒台という世界大会でもお目にかかれないラストスプリットだったということ。これは北島康介、現世界記録保持者のブレンダン・ハンセンをもしのぐものである。
立石諒は、4歳から水泳をはじめたが、すぐに頭角を表したわけではない。中学時代までは、全国大会に出ても、決してスポットライトを浴びる存在ではなかった。しかし200mでいうと、中学3年から高校1年で約5秒、高校1年から高校2年は6秒と、2年間で11秒を短縮してきた。この急激な成長には目を見張る。2年前までは、全国中学でようやく決勝に残れるレベルの選手が、今回のジャパン・オープンで100m2位、200m3位と、一気に北島康介の次に高い表彰台を占めるまでになった。
しかし、本人はあくまで謙虚で、そして貪欲だ。
「尊敬する選手は、北島選手、今村選手。まだまだ力は及ばないと思っています。今回も二人からいろいろ学ぼうと思って泳ぎましたし、学べることはどんどん吸収したい。」
今後の課題としては、スピードをあげた。
国体のレースが示すようにラストには絶対的な自信を持っている。さらなる高みを目指すのなら、ベースのスピードを引き上げるということである。今回、10歳から立石諒を見続けている薩摩コーチは、「50、100、200で全てで高校新記録」をテーマにジャパンオープンに臨んだ。その目論見は果たせた。
一年後は、北京オリンピックが控えている。薩摩コーチ、立石諒、二人に同じ質問をぶつけてみた。
「北京オリンピックは狙っているのか?」
答えは二人ともはっきりとイエスだった。
立石諒は、時折見せる高校生らしい笑顔を除けば、クールで物怖じしないスマートなスイマーである。しかし内に秘める闘志はとても熱く強い。性格的にも泳ぎも北島康介や今村元気と違ったこの高校2年生の存在には、とても興奮させられ、魅力を感じずにはいられない。
「僕は、緊張したことがない。」
堂々と言い放った姿が、とても頼もしく映った。
そこに、日本の次なるエースの匂いを感じた。湘南育ち、平成生まれの超新星、立石諒から目を離すな。
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posted by ブラウンシュガー |22:34 |
水泳 |
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