2006年08月22日

北島康介 王者の焦燥とプライド カナダで見せた笑顔

 「ちょー気持ちいい」とはいかないが、パンパシフィック大会を終えた後の北島康介は実にすがすがしい表情を見せた。こんないい顔をした康介を久々に見た気がする。
 アテネの栄光から2年。康介を待っていたのは苦悩の連続であった。度重なる肘、膝の故障。それにともなって怪我の影響からか体のバランスを悪くし結果、泳ぎのバランスも崩していった。康介の中で、好調時の泳ぎのイメージが描けなくなってきていた。
 競泳に限らないが、選手は自分の理想のフォームというものを持っている。
まず自分の中でベースにあるのは自分が最高の結果を出した時の泳ぎ。そして自分が作ろうとする泳ぎ。選手は常にそのイメージを描き、トレーニングを通じて体で思い出す、あるいは覚えさせる作業をするのだが、康介はそのイメージがつかめないまま、自分の幻想と追っかけごっこしながらこの2年を過ごしてきた。特に水泳は水が媒体で自分の体はもちろんだがに水と向き合っていかなければならない非常に繊細な感覚を必要とする競技でちょっとした感覚のずれが自分の泳ぎに大きく影響する。ここが陸上競技との大きな違いでぱっと見ではわからないが競泳のしかも世界トップレベルの選手はそうした水の感覚と常に試行錯誤しながら戦っている。自分でも経験あるのだが、いいイメージが作れなかったり、イメージにフィットした泳ぎができないと、とてももどかしく苦しい。そのような時はレースでも大概、いい結果は得られない。康介もこうしたいやそれ以上の苦しみとオリンピック金メダリストになって勝って当たり前というプレッシャーも相まってそれがずっと2年間続いていた。
 4月の日本選手権でもその呪縛を振り払うことができず今回のパンパシフィックで再起をかけてトレーニングを開始したが肘、膝の痛みは癒えず、6月には肺炎で入院も余儀なくされた。そのため海外高地合宿に参加できず、これまで康介にとって決して欠かせないパートナーであった平井コーチとも初めて離れた。国内でのトレーニングもままならないまま、パンパシフィックを迎えることは大きな不安となって康介を襲った。周囲ではパンパシフィック欠場の声も上がり始めたが、康介は現実を見つめて開き直った。
「すごい不安にもなったし苦しかったけど、数少ない国際大会に出て行かないと前にも進めない。出ないことよりやるだけのことをやって出たほうが悔いも残らない。」
 北島康介という男は開き直った時は強い。難しく考えるよりシンプルに本能にまかせて泳ぐ。そして追い込まれてようやくその本能にスイッチが入る。今回も普通に考えればいいタイムが出る要素はどこにもなかった。過去でここまで悪い状況もなかったが、康介はこの大会で自力で這い上がった。
 今回、自信を呼び戻したのは200mでの泳ぎだろう。2年前のアテネ以来、一番ベストに近いタイムで泳ぐことができた。本人も「200mに合わせた練習をしてきた。」と言うとおり、久々に北島康介らしい彼独特の大きな伸びのある泳ぎが戻ってきた。一時は「200mを泳ぐのが怖い。」とまでこぼしていただけに、この200mの康介の泳ぎに一寸の光明が見えた。
 2年前のアテネで康介にひれ伏したブレンダン・ハンセンは昨年の世界水泳で2種目制覇し今年は世界記録を塗り替えた。立場は逆転したが康介の思いはひとつだ。
「こうなったらオリンピック男になるしかない。」
オリンピックで勝てればいい。いやオリンピックでは絶対勝つ。
有言実行男、北島康介の決意表明でもある。
 200mを泳ぎ終え、ミックスゾーンに戻ってきた康介は呼吸をはずませながらハキハキと力強く話し始めた。
「ハンセンとはずいぶん離されちゃったね。でも今度は追う目標ができたわけだからその目標を見失わずしっかりやっていきたい。」
そう話す康介の目つきは鋭かった。表彰台でオリンピックでも見せなかった充実感にあふれた笑顔を見て少し安心感を覚えた。はきはきとした話し方、目つきの鋭い表情。そして戻ってきた笑顔。あの強い時の康介と同じであったからだ。試合の最後でようやく見れた彼の笑顔を見て、康介は何かを掴んだという確信を感じてとれた。
 オリンピック王者に神様は試練を与えた。しかし、この試練は康介を成長させることになった。強い北島康介が戻ってくるかもしれない。ひと皮むけた北島康介がさらなる進化を求めて第2章のページを開いていく。
 康介の中で最後のページには、はっきりと北京オリンピックで勝つと書かれているに違いない。
 

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posted by ブラウンシュガー |03:52 | 水泳 | コメント(0) | トラックバック(0)
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