2006年08月17日

10年分の思いをこめて第3章 伊志嶺監督と島っ子たち 八重山商工野球部

「とってもすがすがしい気持ち。」
べスト8をかけた智弁和歌山との戦いに敗れ監督、伊志嶺吉盛は自分の気持ちをまずこう表現した。そこにはいつも子供たちを叱り飛ばしていた厳しい顔はなく屈託のない笑顔があった。石垣島で年中、あの甲高い声で選手達を叱責し、鼓舞し続けた。伊志嶺は苦笑いしながらこう語る。
「島の子たちは普段から競争がないからみーんなのんびりしてるんですわ。こどもたちだけじゃない。島のひと全員がですよ。困ったことにこの土地の性格だねぇ。」
選手たちは練習を休んだり、遅刻してくることも珍しくなかった。このままじゃいかん。ミーティングで何度も何度も選手に言い聞かせた。
「お前たちに足りんのは気持ち。センバツでやった強いチームとの差はここなんだよ。最後はどっちが強い気持ちを持ってるかなんじゃ。野球はな、強いチームが勝つとは限らん。勝ったチームが強いんだ。八重商はそういう野球をしたい。だからお前ら、魂をもったプレーをしてくれ。」
 伊志嶺は毎朝4時半、誰よりも早く練習グラウンドに顔を出す。少しずつだが選手たちが練習開始前に姿を現し、自主練習をするようになった。
「朝早く起きて自主練するちゅうのは自分がやりたいと思わない限りやりませんよ。」
他の学校に比べて練習もよくやったが伊志嶺が一番心を砕いたのはこの、のんびりした島人(しまんちゅ)魂にいかに闘争心を植えつけるかだった。そういった意味ではこの夏の甲子園でこどもたちは伊志嶺の描いていた魂の入った野球を見せてくれた。2回戦の千葉経済付戦で見せた9回ツーアウトから逆転勝ちをおさめた試合はまさに気持ちでもぎとった象徴的な試合で多くの人の心を捉えた。
「悔いはない、といったらうそになる。」
この甲子園で投打に活躍を見せ、チームで一番の負けん気の強い金城長靖は素直な気持ちを語った。選手たち全員もそうだろう。だが伊志嶺はめったに褒めない子供達を最後は褒めた。
「選手たちは精一杯やった。いい負け方ですよ。大嶺には100点をあげたい。」
伊志嶺が選手たちに小学校の少年野球からいい続けてきた教えがある。
「負けて泣くな。それはやり残したことがあるということ。」
この日、最後まで投げきった大嶺は教えのとおり、試合が終わると笑顔で整列に並んだ。
「小学校からやってきた仲間と最後にここでやれて良かった。下を向かずに胸をはって石垣に帰りたい。」
みんなが持って帰る甲子園の土も手にはしなかった。
「納得した負け方だったし悔いはないから持って帰りません。」
大嶺は家庭の事情で祖父母の下で暮らし、野球を始めてからは伊志嶺の自宅で住み、父のように慕った。
「自分の息子よりも長いし、まあ、家族みたいなもんですよ。」
と伊志嶺が語れば大嶺は
「監督には・・有難うと言いたい。それ以外に言葉は見つかりません。」
人見知りの恥しがり屋が普段、面と向かって口に出せない感謝の言葉をはにかみながら口にした。
 感謝といえば伊志嶺と選手がともに口にしたのは地元の人達への思い。
「地元、石垣の方たちの協力と応援がなかったら僕たちは決してここまでこれなかった。ほんとうに感謝している。」
八重山商工というチームは地元、石垣の人たちに支えられながら10年間やってきた。その思いはなおさら強い。アルプススタンドでは「ハイサイおじさん」に合わせて指笛が常に鳴り響き、エイサーを踊った。石垣の全島民の気持ちをのせた応援がグラウンドでプレーする選手を少なからず後押ししたのは間違いない。
 少年野球「八島マリンズ」から10年。伊志嶺吉盛と島っ子たちの長くも熱い旅路は終わりを告げた。選手はそれぞれ進学、就職と新たな道を進み、石垣島を離れ、そして伊志嶺から旅立っていくことになるだろう。
「遠回りをするかもしれないけどプロの1軍で投げてその姿を監督に見せたい。それが僕の恩返しです。」
大嶺は伊志嶺に対しての思いを語った。そして伊志嶺は最後に将来の夢をしみじみ語った。
「こどもたちが島に戻ってきたら草野球をしたいねぇ。」
10年間、苦楽をともに歩んできた伊志嶺監督と島っ子たち。その時はきっとみんなが笑顔でのんびり野球をするのだろう。伊志嶺の言葉を聞いてそんな姿が想像できた。
 褐色の肌に濃い眉、そしてギラギラした大きい二重の目。私は熱い戦いを見せ、多くの人の心を捉え魅了してやまないこの夏の八重山商工の野球をきっと忘れない。

 

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posted by ブラウンシュガー |20:07 | 野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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