2006年08月07日

拳闘一家 父と亀田三兄弟の闘い2 亀田興毅の原点

 不安だった。恐かった。 

「勝つと負けるじゃ天と地やからな。」 

 興毅は目をつぶってコーナーの椅子に座り判定結果を聞いた。 
「WBAライトフライ級、新チャンピョン、浪速乃闘拳 亀田興毅!」 
コールされた瞬間、興毅の顔は一気に崩れた。涙がとめどもなく出てきて溢れる感情を抑えることができなかった。後ろを振り返ると父、史郎も顔をくしゃくしゃにして涙をいっぱいに溜めている。 
「ようやったな。」 
父の短くも最大の褒め言葉とともに抱き合うと興毅はさらに泣きじゃくった。まるで幼稚園時代の頃のように。 

 興毅はいつでも泣いているような子供だった。父、史郎は初めて授かった子供、長男の興毅をとても可愛がり欲しいものは何でも与え甘やかした。興毅は繊細で内気、人とコミュニケーションをとるのが苦手。そのうち集団生活が始まる幼稚園に入ると同世代の子供たちの輪の中に入れずそれどころかいじめられはじめたのである。 
「小学校までは友達もおらへんかったなぁ。いつも親父と一緒やった。」 
毎日のように泣いて帰ってくる興毅を見かねて史郎は興毅に空手を習わせる。空手を習い始めて3年が経った頃、いじめられていた興毅を目撃した史郎は興毅を捕まえこう言い放った。 
「もう1回行って相手の顔めがけて思いきり左のストレート喰らわしたれ。お前の左は強いんや。大丈夫や、やってみい。」 
おそるおそる勇気を振り絞って繰り出した左拳は相手の顔にヒットして今までいじめられていた相手は地面に叩きつきられた。 
「あれから俺の中で何かが間違いなく変わったなぁ。あれは自信になったんちゃうかなぁ。」 
この出来事が今日の亀田興毅の原点になっている。 

 公の前で見せる浪速の闘拳、亀田興毅の姿は彼自ら、作り上げたキャラクターにすぎない。本来の彼は繊細で内気。なんら幼少時代と変わっていない。初めての世界戦、初めてのライトフライ級での試合。そして初めて相対する世界トップの選手。不安と緊張でいっぱいだったに違いない。入場前から興毅の顔はこわばっていた。どうにもおさえることができないこみあげてくる緊張感を前にしてこれが世界戦なのかと実感したであろう。最初の1Rは本人曰く「生まれたての子馬みたい」と表現するほど足元がおぼつかないほど緊張していた。自分も選手時代に経験あるのだが極度の緊張状態になると呼吸が浅くなり息苦しくなり、重い倦怠感を感じ、体に全く力が入らなくなる。おそらくこの日の興毅も限りなくこの状態に近い状態であったであろう。いきなり1Rで喫したダウンはショックも大きかった反面、目を覚めさせてくれたダウンにもなった。 
「たぶん、パンチをもらわんでもちょっと押されただけでも倒れたやろな。それぐらい緊張しとった。でもあれでいつものリズムでやれたんよ。まだまだ取り戻せる思ったしな。」 
とはいえ、実際に瞬時に気持ちを切り替え、自分のボクシングを取り戻した興毅の精神力はやはり並ではない。とても苦しかったと思う。いつもの自分がどれだけできるか知っているだけにそのパフォーマンスが今できないほど歯がゆく苦しいものはないのだ。それでも、興毅の強い怨念にも似た思いが自分を最後まで戦い奮い立たせていたのである。 
「自分のため、家族のために戦う。親父のボクシングが世界に通用するのを証明するんや。」 
批判、パッシングは今に始まったことではない。全てを黙らせるには結果を出すことが何よりの唯一の答えになることを興毅自身が一番よく理解している。だから今回は絶対負けられない一戦であったのである。まだ若いし今回がだめでもまた頑張ればいいじゃないかという声もあるが、興毅はきっぱり言う。 
「勝つからまた次があるんや。負けたらまたはないんや。」 
ふらふらになりながら12Rを戦い薄氷の勝利をもぎ取れたのは 
父への思い、弟たちへの思い、今までやってきたことすべてを背負って自分達がやってきたことは間違いないということを俺が証明せなあかんという使命感、世界チャンピョンへの強い執念が対戦相手、ランダエダをほんの少し上回ったからに他ならない。そして何より最後まで勇気と自信を持って戦えたのはあの幼少時代のいじっめ子に殴り返した原点があるからである。 
「親父のいうことを信じてやっていけば絶対、世界チャンピョンになれるんや。俺をチャンピョンにできるのは親父にしかおらんわ。」 
ずっと思い続けてきたことが達成できた瞬間、今まで見せてきた傲慢で強気な浪速乃闘拳、亀田興毅はそこにはいなかった。 
いたのは幼稚園のころ、毎日のように泣きじゃくっていた興毅だった。人前もはばからず嗚咽しながら興毅は叫んだ。 
「親父、今までありがとう。おかあちゃん、俺のことを産んでくれてありがとう。」 

 だが、亀田家の戦いはこれで終わったわけではない。 
興毅も言っている通り、これがスタートなのである。 
「俺がここで勝たなかったらあとが続かないやんか。」 
20日には大毅のプロ5戦目が控えており、三男、和毅も北京オリンピックを目指す。長く険しい道のりはまだまだ続いていく。そして歴史的、波紋を広げた一戦から5日。 
世界チャンピョン、興毅は次なる戦いに向けてすでに練習を再開している。  

posted by ブラウンシュガー |03:16 | ボクシング | コメント(0) | トラックバック(0)
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