2009年10月18日

◎お知らせ◎

全日本選手権の結果記事を掲載してもらうことができました。

今回は内容も内容なので、短い記事なんですがぜひ読んでもらいたいです!

http://www.sanspo.com/sports/news/091018/spq0910182138014-n1.htm

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2009年10月15日

09年全日本選手権前うち 国士舘大・花園大

 全日本インカレ準優勝に終わった国士館は、全日本選手権に向けて、とにかく演技を通しこむことを自らの課題とした。「技のレベル、体の使い方のレベルを上げていきたい」と2年の西田直樹は話す。
他大学が新構成の作成に奔走する中、「体操の質を上げて勝負をする」という自らのスタイルを押し通す信念は、昨年の実績が生んだものだ。


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 青森大の連覇の記録を途絶えさせた、昨年の全日本選手権。当時の国士舘の面々、とりわけ当時の主将・大舌俊平の感慨はひとしおだった。

 ここ数年、表彰台の高みから遠ざかっていた国士舘だが、02年に青森大が現れるまで、男子新体操の歴史はすなわち国士舘の歴史と言って良いほどだった。大舌が入学を志したのも、ビデオで見ていた往年の「強い国士舘の体操」に憧れていたからだ。


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 しかし入学後間もなく、大舌は大学の現実に直面する。伝統と慣習が自縛となり、勝ちきれない現状。不必要だと知りながらも、伝統の名とプライドがそれを改めることを邪魔していた。それらを改める機会は、自分が4年になった年にしか訪れない。

 3年後、大舌は主将になると、大胆に古い慣習を切り捨てた。演技も自分が主体になって、かつて憧れた「強い国士舘の体操」を突き詰めた。自由になった気風と、チームを盛り上げる新入生のおかげで、決して目新しいことを始めたわけではないのに、練習は楽しかった。全日本選手権の当日、フロアに立つ大舌の頭は「いつも通りやればできる」という確信に満ちていた。
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 そして国士舘大学は6年ぶりの全日本選手権優勝カップと、プライドを取り戻した。それはかつての栄光や伝統に頼ったものではなく、自らをたのむところとするプライドだ。



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 全日本インカレで3位に甘んじた花園大の主将・古河孝章は「また、勝てなかった」と頭の中で反芻した。全く同じ事を、昨年の全日本選手権後にも感じていた。その時も今回も、優勝が国士舘か青森大かの違いはあれ、花園大は3位だった。

 花園大はまだ歴史の浅い、若いチームだった。団体での優勝経験はなく、青森大、国士舘がそれぞれの独自の体操で勝負する中、「花園大の体操」はまだ確立されていないといっていい。しかし代わりに、彼らには柔軟性があった。

 面白いものはジャンルを問わず何でも取り入れ、奇をてらった演技で勝負を挑んできた。演技作りのために、全国各地の高校に合宿を申し込むという、大学生としては異例の行動をとり、余すところなくアイディアを吸収した。音楽も、それまでは荘厳な映画音楽が主流だったところを、エスニックな雰囲気の曲を起用、動きもそれに合わせた奇抜なものを取り入れたりもした。

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 「奇抜な動きは“変な動き”ということ」と、古河は話す。それを「新しい動き」と認めさせるには、完璧な同一性がなければならない。そのため昨年、シーズンが終わった直後から花園大は新構成を作り始め、どこよりも早く演技を完成させ、とことんやりこんだ。

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 構成づくりとともに、筋力トレーニングも強化した。あまりに詰め込まれたメニューは「俺、4年なのになんでこんなに苦しい練習してんだろ」と思うほどに、「今までで一番辛い練習」だった。だが、それでも、インカレの結果は「また3位」だった。

 しかし落胆する間もなく、インカレ後すぐに花園大は新しい演技を練り始める。新しい演技作りにはどの大学も頭を悩ませるが、「やりたいことが多すぎて」悩んだというチームは、恐らくここをおいてはいないだろう。「今度こそ、ひっくり返してやろうと思います」。挑戦者は瞳を輝かせた。

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 かつては伝統がなく、常に挑戦者であり続けることがコンプレックスのように話していた。しかし尽きることのない発想力と常に新しいことを仕掛けようとする姿勢は、いつしか彼らの最大の強みとなっていた。変幻自在の挑戦者が、今度こそ、波乱の目となる。
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 挑む心を取り戻した常勝校・青森大、新たな誇りを得た伝統校・国士舘大、そして型破りな挑戦者・花園大。全日本選手権で、彼らが再び激突する。


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2009年10月14日

09年全日本選手権前うち 青森大学 

 先日MSN産経ニュース等々に掲載した記事の、長いものをアップします。字数の関係で割愛されたところも多かったので。。

   *   *  *  *  *  *  *  *  *  *



 8月15日~17日、栃木県立県南体育館で新体操の全日本学生選手権(全日本インカレ)が行われ、団体競技で青森大が優勝。しかし優勝した青森大のチームリーダー、佐藤聖は「気を引き締めていかないと、足元をすくわれるので」と厳しい表情で語った。完璧な演技だったにも関わらず“常勝軍団”が表情を曇らせるのは、昨年の大きな敗北の経験があるからだ。

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 青森大は創部9年目にして、全日本インカレは7連覇、国内最高峰の大会である全日本選手権も5連覇を果たす“常勝軍団”。だが、そんな彼らのフロアでの練習時間は1日わずか2時間程度だ。専用の練習場所がなく、高校の体育館を借りているため、それが限界なのだ。それでも彼らが結果を残し続けているのは、緻密な計算のなせる業だ。チームの目指すべき演技レベルを明確にし、そこまでの道のりを逆算し、練習計画をたてる。決して奇抜ではないこの方法を徹底することで、彼らは連覇を果たしてきた。その例に漏れたのが、昨年の全日本選手権だった。

 08年、青森大の最大の武器は、タンブリングを得意とする外崎成仁の存在だった。伸身後方二回宙返りは、男子新体操では今のところ彼にしかできない技だ。しかし彼は切り札であるとともに、弱点でもあった。
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 ある日の通し練習の最中、団体メンバーは外崎の掛け声を聞いた。タンブリングの最中で外崎が見えなかった選手たちは、演技終盤でのその声に「気合入ってるなあ」と思ったという。

 だが、そのとき外崎があげたのは「ファイトー!」でも「さぁ、しっかり!」でもなく、「クッソー!!」という叫び声だった。演技の中で、外崎を飛び越えて着地するはずの選手が、彼の右脚の上に落ちてきていた。もろに真上に着地され、脚は動かなくなった。その脚を動け、とばかり床に打ちつけ、自身を鼓舞するように上げた、叫び声だった。何とか立ち上がり、演技をやり遂げた外崎は、立つことができなくなっていた。

 膝の脱臼と、内側靭帯断絶。もともと危険な技が多い彼にとって、怪我は珍しいことではない。今までだって絶望的な故障をしても、大会までにはなんとか持ち直してきた。ただ、今回最悪だったのは、それが大会1週間前だったことだ。

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 その2日後の朝。寮でまだ眠っていた外崎は、「起きろ!」の声で目を覚ます。監督だった。「今から、行け」。そう言われると地図と住所が書かれた紙と旅費を渡された。寝起きの働かない頭で車に押し込まれ、そのままひとり新幹線に乗せられた。地図の住所は千葉県。監督が懇意にする診療所のある場所だった。

 外崎を送り出すまでに2日、間があいたのは、純粋に監督が迷っていたからだ。演技構成を外崎を抜いたものに作り変えるか、彼の治癒力に賭けて演技を変えずに勝負するか。中田監督は理詰めの人間だ。創部以来、「確実に勝てる」ように仕上げることをモットーとしてきた。そのために半年も前から構成づくりにはいるし、大会1ヶ月前になると、就寝時に毎日頭の中で大会をシュミレーションするほど、緻密な性質だ。だから、この不測の事態の決断に2日の時間を要した。現実主義者の彼が、この2日の間に何度も「時間が戻ってくれれば…」と願った。


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 その末に監督は、外崎を千葉に送ることに決めた。この年の全日本選手権の会場は千葉県であったから、大会ギリギリまで治療し、そのまま会場で合流し、様子を見て外崎の起用を決めることにした。だが、外崎の心はすでに決まっていた。「自分が、出場する」。

 残った5人のメンバーも、外崎のポジションを空けて練習を続けることにした。ひとりメンバーの少なくなったフロアはどこか不安げに見えた。それでも、外崎が戻ることを信じるより他なかった。



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 チームと合流するまでの間、外崎は監督に毎日、会話するように何通もメールを送っている。


 千葉に向かう新幹線の中では「自分のために、こんなにしてくれてありがとうございます」、「4年生を笑って卒業させましょう」。治療が始まったその日には「治療でこんなに痛いのは初めてです。でも、治るなら我慢しなきゃですよね」。その翌日には「みんなもがんばってるから、治るんならどんな痛みにも耐えます」。それは、彼の人柄を表すような前向きな内容がほとんどだった。
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 だが、開会式の前日、監督が「今、千葉に着いた」とメールすると「こっちに来られませんか」と返ってきた。大会直前にチームを離れ、見知らぬ土地で毎日10時間以上も絶えず激痛の走る治療を受ける生活。さすがに精神的に参っていた。

 しかし体の方は、回復を見せていた。全く曲げることのできなかった彼の膝は、本来の半分くらいまで折ることができるようになっていた。それでも、歩くたびに激痛が走った。その日の夜、外崎は「久しぶり」と、ごく普通にチームに合流した。「治ってきました」「全然、普通っす」と人懐っこい笑顔で軽口を叩いて見せ、その翌日の会場練習では「スワンドッペルやっていいですか」とまで言ってのけた。「やめとけ」と監督に制止されながらも、彼は難度を落としたタンブリングをやってみせた。



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 その日の予選で、外崎は怪我をして以来、初めて演技を通した。小さなミスはあったが、「いつ膝が爆発するか」と心配していたメンバーは、演技をやり遂げられたことに、ただ、ほっとした。一方で外崎は、ほぼぶつけ本番のような状態で通しきれたことの、喜びに打ち震えていた。「やれたってことが、とにかく嬉しくて」。大量のアドレナリンが彼に痛みを忘れさせ、驚くべきことに、決勝ではノーミスの演技を披露した。

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 外崎は自身の役割を果たすという意味では、十分な働きをした。が、それは勝つには足らなかった。僅か0.019点、国士館大に及ばなかったのだ。
 
 青森大学にとって、負けた理由は大した意味はもたない。意味は、彼らが再び挑戦者に戻った、というところにある。

 創部当時、青森大の選手はその誰もが「2番手の選手」だった。各高校のエース級は、有名強豪校に引き抜かれていったためだ。そんな彼らが、中田監督の「お前らを日本一にしてやる」という言葉を信じて、がむしゃらに強豪に戦いを挑んだ。本来青森大はそういう、チームだった。



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 ある日の練習中、普段は温厚な選手が、ミスをしたチームメイトに掴みかかる場面があった。ここ数年、見かけなかった光景だ。
 彼らは確かに、挑戦者の泥臭さを取り戻しつつある。



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2009年10月13日

福岡大学-個性の交錯、連鎖(後)-

 木原の高校時代のチームはほとんどが中学時代からの持ち上がりメンバーだった。レギュラー同士は皆気心の知れた関係。全国有数の整った環境。練習は実にやりやすかった。

 高校3年になると、レギュラーメンバーは誘いのあった大学で新体操を続けるという。彼らが進学する大学に進めば、ある程度の能力の保証された、整った環境で再び演技ができる。だが、木原は彼らとともに演技をするよりも、別のチームとして競ってみたい、と思った。整った環境はいつしか、木原の中に「新しいものをつくりたい」という思いを芽吹かせていた。

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 こうして、それぞれの事情で福岡大進学を決めた選手たちが、チームを組むこととなった。

 出来たばかりのチームの中心は、自然に木原になっていた。まだ福岡大で団体メンバーが集まるかどうか分からない状態でも、木原は頭の中で団体の構成作りを始めていたほどに、熱心だった。演技はもちろん、6人集まることを想定して作り、昔の福岡大のビデオを見て、「福大らしい」動きを学んだ。同時に、ダンスなどから新しい動きも取り入れた。

 現在、練習場の壁に貼りだされている各自の目標も、彼が言い出して始めたことだ。「書いたらやろうって気になるので」。
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 今後の展望についてたずねると、「3年後には結果を出したい」と木原は言う。さらに、「来年は絶対、メダルを取りたい」と、静かだが力強く語った。「佐藤さんに、全国のメダルをとらせてあげたいので」。


 唯一の3年で主将の佐藤郁(かおる)は、今年突然入部してきた5人の新入生に、純粋に驚いていた。佐藤が1年の時も2年の時も、メンバーは団体が組めるギリギリの4人しかいなかったからだ。

 高校から新体操を始めた佐藤は、そもそも大学で続けるつもりはなかった。ただ、高校が同じ福岡にあったことから、度々福岡大で大学生に練習を見てもらうことがあった。見知った選手も多くいる、ということも手伝って、あくまで「大学(の勉強)ありきで」新体操を続けよう、とう気持ちになった。

 が、入部して愕然とする。高校時代とは桁違いに厳しい練習に、ついていくのも精一杯だった。高校時代に練習に来ていた時は、あくまで「お客さん」扱いだったことを実感した。江口監督自身も、当時の佐藤への指導を「めちゃくちゃ怒ったんですよ」と振り返る。しかし入部当初は当惑したその指導にも、「厳しくする理由がしっかりある」のだと、佐藤は気づき始める。そしてそう思えるようになるほど、練習は佐藤を確実に成長させていた。

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 そして3年になった年、彼にとっては唐突に集まった5人の新入生。経歴も動機も全く違う選手だったが、練習をともにするにつれ、確実にチームになっていった。練習の楽しみは、大きくなった。

 これからの目標についてたずねると、佐藤は「今年から(6人で)団体ができるようになったので、福大復活にふさわしい新体操ができるようになりたい」と答えた。「大学ありき」で入学した大学だったが、いつしか部活への思いは大きくなっていた。

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 集団が団結するためには、様々な要件がある。勝利への執念だとか、反骨精神だとか。ただ、ここではそれをひと括りにすることができないようだ。

 丸山は今のチームを「めちゃめちゃ明るくて、でもやる時はしっかりやる、切替のできるチーム」だと話す。練習では笑い声が聞こえることも多いが、その後にはすぐに気合の声があがる。めまぐるしく雰囲気の替わる練習は、それでも確実に「押さえるところは押さえている」、絶妙なバランスが取れていた。何より、実に楽しそうだった。練習が楽しい、ということは、チームがまとまる大きな理由のひとつに違いない。

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 「1年生の多いチームだけど、自分はやりやすい」と栄永が話すように、もしかしたら要因のひとつには、それがあるのかもしれない。同じ練習メニューをこなすのと同様に、皆が部旗をはり、ドリンクをつくり、体育館を片づける。無意識に、一体感は芽生えるはずだ。

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 廣庭は「考え方の違いが面白かった」と話す。練習の雰囲気づくり、勝つことへの意識、そういったものの違いが、新鮮に思えた。もしくは、それを「面白い」と思えたから、チームは調和が取れているのかもしれない。

 その全てが要件なのかもしれないし、全て違うのかもしれない。だた確かなのは、それぞれの選手が、それぞれの理由で、この環境、この練習、このチームに魅力を感じていることだ。始まりは多様だったものが、それぞれの過程を経て、ひとつの方向へ向かい始めていた。

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 動き出したばかりの新生チームが、今年8月、全日本インカレに初めて臨んだ。結果は4位。1年生がほとんどのチームとは思えぬほどに、見応えのある演技だった。攻める気持ちと、個性の集まったチームは、緊張感と笑顔が同居する独特の雰囲気があった。「挑むというのは、こんなに楽しいことだったのか」と思い出させてくれるような、そんな空気だ。

 或いはそれを周囲に感じさせることの方が、今の彼らには大きな意味をもつのかもしれない。その空気惹かれて、このチームで戦ってみたいと思う選手が、また現れるかもしれないからだ。


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2009年10月12日

福岡大学-個性の交錯、連鎖(前)-

 8月の全日本インカレのサブ会場で、ひと際声を張り上げる人物がいた。福岡大学の江口和文監督。監督と言うにはまだ若い彼は、そのはずで、今年の春に大学院を卒業したばかりだ。練習でも選手と見紛う程の動きを見せるし、選手以上に声を出し、練習を盛り上げる。それに呼応するように声を上げ、気を引き締めるのは、団体のうち5人が1年生というチーム。
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 一時期活動を休止していた福岡大学は2007年から団体を組み始めた。とは言っても、人数は団体が組めるぎりぎりの人数の4人であったから、6人での団体が組めるのは、再開後初のことだった。メンバー構成は1年が5人に3年が1人の、ぴったり6人。経歴、や出身、志望動機も異なる、実に多様な選手で構成されている。その、様々な選手で成り立つチームは、これまで見たどのチームとも違う雰囲気をもっていた。
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 志望動機は、驚くほどバラバラである。1年の栄永成晃は、熊本県は水俣高校の出身。水俣といえば、男子新体操では歴史のある高校のひとつだ。しかし九州は小林工業、神崎清明、鹿児島実業ら強豪校の集う激戦区。九州大会ですでに全国レベルの争いとなるこの地域で、栄永は全国優勝の経験がなかった。栄永の場合はその悔しさが、福岡大へ進む原動力となった。
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 兵庫県は西宮今津高校出身の丸山力は、高校で新体操を始めた。もとより、大学では新体操を続けるつもりはなかった。中学時代から目指していた教員になるために、福岡大に進学を決めたという。
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 個人選手として高校時代に全日本選手権の出場経験もある廣庭捷平には、他大学から特待の話もきていた。特待制度をおくような大学であれば、全国から集まる選手たちと切磋琢磨することが出来ただろう。それでも廣庭が福岡大を選んだのは、「人間的成長」に魅力を感じたからだ。
 多くの選手と刺激しあう練習にも惹かれたが、一人で練習を組み立て、常に自分と向き合わなければならないストイックな環境に身を置くことの方が、得るものが大きいと感じた。

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 中村優太の「ちゃんとした環境でやりたかった」という入部理由は、実に重みがあった。幼稚園の頃に体操に憧れて、小学校時代は家で一人、座布団をしいてバック転を練習。独学で宙返りまでできるようになった。中学校では新体操部に入部するも、環境に恵まれなかった。フロアはなく、マット運動用のそれしかない。仕方なく、自分で板とスポンジを買って簡易フロアを作って練習に励んだ。


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 望むものも、目指すものも違う。ただ大学入学後、彼らがの考えで概ね一致していたのは、福岡大の広い体育館、高い天井、常設されている練習フロアを「整った環境」だと考えている点だ。


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 一方で、神埼清明高校出身の木原正憲にとって、その印象は全く異なっていた。

 全国優勝の常連校である神崎清明には、県立ながら専用の体育館がある。フロアは1面と半分程もしける広さ。「日本一のチームを支えたい」とマネージャーも入ってくるほどだし、トレーナーが怪我を診てくれることもあった。自分で飲み物を作ったり、タンブリング板の上でしかタンブリング練習ができない今の環境からすると、自分が恵まれた環境にいたことを改めて実感した。

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 しかし、恵まれた環境から一線を画した彼こそ、チームに誰よりも強い思いを抱いていた。木原も廣庭と同様に、他大学からの誘いを断って福岡大への入学を決めていた。そこにもまた、彼なりの理由がある。


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2009年10月12日

◎記事掲載のお知らせ◎

本日(12日)、以下の3サイトで男子新体操の記事を掲載してもらえることになりました。

ご一読いただけますとありがたいです!


・MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/sports/other/091012/oth0910121001005-n1.htm

・SANSPO.COM http://www.sanspo.com/sports/news/091012/spq0910121033000-n1.htm

・イザ! http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/other/311642/

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