2009年08月23日

花園大学 鈴木一世 -不言実行-(後)

 花園大学に入学した1年目の目標は「とにかくジャパン(全日本選手権)に出ること」。シーズン最後に控えた最高峰の大会は、「自分を試す」には最高の舞台だった。

 しかし、インターハイレベルならばまだしも、ビデオで見ているだけの存在だった、全日本選手権の選手と自分にはどのくらいの差があるのか、皆目見当がつかなかった。

 どこまでやれば追いつけるのか分からなかったから、彼はとにかく、毎日練習の本数をこなすことにした。「“ビデオの人たち”は上手いから」と、これまでにないほどに演技をやりこんだ。


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 するとある日、先輩から声をかけられる。「お前、こけたろ」。痩せて頬がこけている、というのだ。毎日人並みか、それ以上に食事は摂っていたし、甘いものも大好きだったが、それでも、食べても食べても体重は減った。食事が運動量に追いつかなかったのだ。

 そこまでの努力の甲斐あって、目標だった1年での全日本選手権出場は果たした。団体に比べ、個人では全国の経験が極端に乏しかったが、初めて経験する最高峰の大会は「楽しかった」のひと言に尽きた。もともと冷静な性格に加えて、自分が試される場面や、プレッシャーのかかる状況を楽しめる性質だ。大きな場所で、様々な人が自分を評価してくれる場所は、たまらなく面白かった。

 そこから大会に向けての調整の仕方をつかんでいった彼は、翌年も掲げた目標を達成。さらに3年になると早々に構成づくりをすすめ、シーズン序盤でかなり演技を作りこんだ。就職活動が始まることを考え、4年では演技づくりに時間をかけられないと考えてのことだった。

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 この、つくりこまれた演技は高い評価を得る。それまで二桁順位だった彼が、全日本インカレ4位、全日本選手権で準優勝と大躍進を遂げた。いつしか、春日とも肩を並べていた。

 4年になった今年は、彼にとって最後の年になる。だが、大学入学当初、初めての全国の舞台が「楽しくて仕方なかった」彼である。大きな舞台とプレッシャーは、あの頃のまま、楽しみ以外の何物でもない。全日本選手権の会場・代々木体育館という大きな舞台には瞳を輝かせ、「できればトリがいい」とまで言ってのける。

 頭の回転が速く、一度、話の糸口を見つけると、饒舌なまでに話をしてくれる。しかし、そんな彼が先のこととなると、途端に言葉をにごす。何度かした「今後の大会での目標は」という質問も、最後まではぐらかされてしまった。聞けば「目標は言ったところでどうなるんだ、と思うので。そういうのは、うちに秘めて、行動で示せば良い」のだと言う。
 不言実行。なるほど、彼の実践してきたことそのものである。
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 ただ、先の目標を言葉にしない彼が、以前、話してくれたことがあった。花園大での彼の先輩にあたる、柳川祐輔に話が及んだときのことである。高校時代、個人選手としては無名だった柳川が、全日本選手権で準優勝する選手にまで登りつめた。その姿に多大に影響を受けたということ。そして「無名で大学に入っても、活躍できるんだってことを、自分も後輩に教えたい」ということ。


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 確かに、目標は言葉にする必要などないのかもしれない。彼の行動と実績は、十分にそれを伝えている。


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2009年08月20日

花園大学 鈴木一世 -不言実行-(前)

 試合で彼がミスする姿を見て、他大学の監督がこんなことを言っていた。
 「お前でもミスするんだな。なんだかお前も人間だったんだって、ホッとしたよ」。
 彼、鈴木一世のイメージを象徴するようなセリフだと思った。

 昨年の全日本インカレでも、こんなことがあった。大会への出発前日、彼は練習中にスティックをぶつけて手の平を負傷。4針縫う大怪我だったが、治療後すぐに大会に向かった。しかしあろうことか、それが本番の演技の最中に2針、とれてしまった。それでも、4種目をノーミスで通しきり、順位は堂々の4位。

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 鈴木はミスの少ない選手ではあるが、当然ながら全くミスをしないわけではない。しかし、その後の様子が、人と少し違っている。

 例えば手具を取り落としても、その後の演技にひびくことがまずない。それを、多くの場合は「気持ちの切り替えが早い」と評価するが、彼の場合は少し違う。

 気持ちの切り替えが早い、ということは、ミスによって落ち込んだ気持ちをすっぱり忘れられる、ということである。が、彼はまずミスをした時に、気持ちが落ちているように見えないのだ。むしろ直後には、ふっと空気が緩むようにすら思えることがある。諦めている、とうわけではない。そのミスを、ひとつの独立した事実とし受け取めている、という風に見える。起こったことは起こったこととして受け止めるが、それ以上でも、以下でもない。だから、その後に影響を及ぼすことがないのだ。

 根本的に気落ちすることがないわけだから、切り替える必要などない。彼は起こったことを冷静に受け止めて、その後、なすべきことを為しているだけなのだ。だから、冒頭のような言葉もかけられるし、たとえ4針縫う大怪我をしていたとしても、それは彼にとってもひとつの出来事にすぎない。ミスや怪我は、彼にとって心理的に、プレッシャーを与えるものにはならないのだ。


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 人と話すときには、明瞭で率直な語り口をする。内容も合理的で、筋が通っている。自分の決めたことは、周囲に影響を受けることなく、淡々と行う。彼のこれまでの実績も、その性格を象徴するようなものだった。

 大学1年での目標が「ジャパン(全日本選手権)に出ること」、2年でのそれが「ジャパンで決勝に残ること」、そして3年では「6位入賞」。そのどれもが、果たされている。苦労話をあまり語らない彼の口から聞くと、それは淡々と達成されたように思われるのだが、そこには確かに、努力の跡がある。

  「高校時代はリザーバーだったんで」という言葉通り、高校時代の彼は常に2番手の選手だった。出身は北海道恵庭南高等学校。その同学年に、現在は青森大の春日克之がいる。去年の全日本選手権覇者だ。そのため高校時代、鈴木には個人での全国大会出場経験がない。高校1、2年時はもちろん、「気分屋でやる気にむらがあった」という彼が、体育館にひとり居残って「極秘練習」をして臨んだ高校最後の道内大会でさえも、0.025点差で春日に敗れている。

 団体で出場することになったインターハイの会場で、「何で俺が出られないんだろうか」と、個人の試合を見ていた。決して、そこから大きく後れをとっているとは思えなかった。全国の場で自分を試したいという思いは、強くなった。

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posted by reportage |16:03 | 花園大学 | コメント(0) | トラックバック(0)
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