2008年05月17日

花園大学-個人の花大、その変化-(後)

 花大に訪れた2日間はちょうど、選抜大会を控えた岡山精研高校が、合宿に来る時期と重なっていた。大学生は精研の長田監督に演技を見てもらい、高校生は大学生から刺激を受ける。お互いのために、自然にできあがった構図だと、長田監督は話す。
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 そうして花大の構成づくりをみている最中、ふと長田監督が団体メンバーを呼び寄せた。全員がフロアをおりて、長田監督、昨年から花大を率いることとなった野田監督を中心に、車座になる。フロアは、がら空きになる。
 ちょっとした指示でもあるのかと思えば、その話は1時間以上に及んだ。個人と団体の両方のある部、とりわけ個人の多い花大では、フロアを使える時間というのは限られている。そんな中、彼らは1時間以上もフロアを空け、監督を囲んで、身を乗り出さんばかりにその話に聞き入った。
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音楽が鳴り響く体育館の中、決して大きくはない声で行われた話し合いで何とか拾うことが出来たのは、「日本一」の言葉だった――――



 花大が岡山精研高校と度々練習をともにするようになったのは、07年の夏、当時からあった長田監督と野田監督のつながりをきっかけに始まったことだった。
「絶対、優勝したい」と常々語っていた当時の4年生は、最後の年となるこの年に思い切った行動に出る。知る限りではそれまで例のないことだったが、大学生の方から高校に足を運び、合宿を行ったのである。これまで、大会前に高校生が大学に練習に行く、というのはよく見られることだったが、逆は非常に稀、私の知る限りでは初めてのことだった。高校生を牽引する立場であるというプライドが、それを許さなかったからだ。「あんまり(高校に練習に行っていると)言いたくないですね」とその心情を語る古河の言葉からも、それは伺えた。



 そんな思いをふりきってまで、当時の4年生が合宿を敢行したのは、ごく純粋な「勝ちたい」という思いのためだ。そして「自分たちは、その土台づくりをしたい」という、力強く潔く、そしてどこか切なさを感じさせる決意のためである。



 高校での合宿は岡山の精研高校に始まり、鳥取の智頭農林、佐賀の神埼清明、香川の坂出工業と、4年生の母校を中心にまわった。
 
  花大はもともと上下関係が薄く自由な気風のためか、新しいことに取り組むに当たり、柔軟性や吸収力に優れている。合宿を通じて多様な環境で演技することは、あらゆる意味での対応力を養うことになり、その特長に磨きをかけた。高校の監督からの様々な講評からは多くを学ぶことができた。しかし何より、勝つためにプライドを投げ打っての行動に出た、彼らの心の変化こそが最も大きな意味をもっていた。

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 全日本選手権で高い評価を得たあの演技は、そうした背景の下、岡山での合宿の中で生まれた。インカレを終えて、「どうやったら勝てるか」を真剣に考えて臨んだ合宿だったが、当初、構成をそこまで変える予定はなかった。しかし、演技をつめていく過程で、どうしてもつじつまが合わないところが出てきてしまい、先に進むことができなくなった。散々悩んだ結果、思いきり変えてしまおう、ということになり、急遽構成の半分をつくり変えることを決めた。突然の、それも大幅な変更である。
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  当然ながら練習は長時間に及んだ。集中力が切れてくると、互いに声をかけ合った。「モチベーションを上げてくれる」という長田監督の話は、このときも彼らの力になった。
難航を極めながらも第2タンブリング、演技の中盤までをなんとか仕上げることがでした。午前11時からはじまった練習、気がつけば時計の針は午前5時を指していた。


 そうまでしてつくった演技だったが、大学に持ち帰ってからも、後半部分の制作には苦心、一時は「インカレのときの演技に戻すか」という話まで出た。
 さらなる試行錯誤の末に新しい演技が出来たのは、大会一ヶ月前のことだった。





 ――――車座での話し合いが終わると、選手たちはまた鏡に向かって動きの研究を始める。ビデオにおさめては、新しい演技を模索する。
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  「絶対に、優勝」して「日本一」になるために間違いなく壁となるのは、現在全日本選手権を5連覇中の青森大学の存在である。彼らを超えることは容易ではないが、花大には飛びぬけた柔軟性と吸収力からくる、「豊富な発想力」がある。
 高校に合宿に行くことに抵抗はなかったか、とたずねたとき、古河は「でも、勝ってないチームがプライドもっても仕方ないんで」とこともなさげに話した。

  負けじ魂と同居するのは、潔さと転じることを恐れない強さ。絶えず変化し続ける挑戦者の姿は見ていて楽しく、そしてどうしようもなく、わくわくするものである。

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  06年に花園大学を卒業、その翌年に同大学の監督となった若き指導者・野田光太郎。彼は現在部員の確保、とりわけ団体メンバーの獲得に奔走している。

 高校生の大会では、スカウトに訪れるスーツ姿の彼に何度となく出会った。スター選手の彼が声をかければ高校生はイチコロなのでは、と思ったが、団体となると話は別らしい。 今の部の課題は、とたずねると「とにかく団体に人を入れることです」と話す。どうやらこれが目下のところの野田監督の悩みらしい。
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 しかし07年11月、全日本選手権で花大の演技を見た「あまり新体操が好きじゃなかった」高校生は、この春、花園大学の門を叩いた。「今までにない構成で、ここに入ってやりたいと思った」。そう語る山中は、今年、埼玉栄高校から花園大学に進学、団体レギュラー入りを目指す。



  若き監督の悩みも、もうじきなくなるかもしれない。



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2008年05月07日

花園大学 -個人の、花大。その変化-(前)

男子新体操・団体の構成づくりは見ていて楽しい。

 常に新しいことを求め、手探りの状態で色々な動きを試す様子は、どこか練習後の遊びのような雰囲気がある。いつもの練習よりも柔らかな空気の中だから、自然、笑顔も多くなる。普段練習に真摯にむかう選手たちの違った一面が見られることを、楽しいと感じる。


 ただ、ここではそれとはまったく別の理由で構成づくりが楽しかった。
「構成づくりとはこんなにわくわくするものだったか」と改めて感じさせられ、どうしようもなく胸が躍った。そんな練習をするのが、花園大学だった。



 07年の全日本選手権、そのサブ会場で彼らの流し練習を見ていて、今年の出場校の中で一番面白い構成だと思った。「今年の花大の構成は良い」という評判は、その日の予選競技の後、方々で聞かれた。“個人の花大”の、何かが変わったのだと感じた。
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 人の心を動かすものの裏側には、それ相応の物語がある。花園大学も、その例に漏れない。






 花園大学の歴史は、たったひとりの選手の偉業から始まる。まったくの無名、部員は監督一人に選手一人、練習場所は体育館の外という環境から出発した杉本清志が、01年の全日本インカレで優勝をかっさらった。ドラマチックとしか言いようのない出来事だった。


 さらに杉本が卒業した翌年、彼に勝るとも劣らない存在感を放つこととなる、野田光太郎が入部。翌年、杉本と同じ表彰台の高みに上った。彼の今まで誰も知らなかった“新”体操は、その後の多くの個人選手に影響を与えた。そういう意味では、彼は優勝以上のことを成し遂げたと言える。


 ふたりのスターの存在に多くの高校生は憧れ、次々に花園大学の門を叩いた。部員1名から始まった花大男子新体操部は、いつしか西インカレでその多くがふるいにかけられるほどに部員を増やした。
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 そうした中で生まれたのが、花大の団体だった。だから、“個人の花大”と言ってはばからないのも、仕方のない話ではあった。事実07年のインカレ、全日本選手権の個人競技を制したのは、どちらも花大の、それも1年生だった。
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 花大の構成づくりの面白さは、「発想の豊かさ」ということに尽きる。


 補欠を含めた8人の選手が、それぞれ思いつくままに動きをつくる。何かピンとくるものがあれば、「あ、良いんじゃない」と拾って、皆で煮つめてみる。が、結局うまくいかず、またやり直し。その、繰り返しだ。

 驚かされるのはそのペースの速さと、幅の広い発想だ。わずか数分の間に、いくつもの新しい動きが生まれては消えた。さらに、その動きが使えないと分かると、さっきまでの練習はいったい何だったんだと思うほど、まったく違う動きを始める。構成を考えていると、どうしても似たような動きに固執してしまいがちだが、ここではそんなことはまったく無い。皆が皆そうだから、このチームはおよそアイディアにつまる、ということを知らない。
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 団体チームリーダーの古河孝章は、その最たるものだった。2人組でストレッチをしているときですら、「こっから何かできねぇかな」とひとりごちた。

 さらにフロアを片付け、もう帰ろうかという頃。花大の体育館は20時半に閉まるのだが、古河が「あ、去年つくったやつがあった」と鏡に向かいだしたのは20時20分。結局彼は、見回りの守衛が来る間際まで、構成づくりに没頭していた。
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 そんな一方で、3年の田中芳直が構成づくりの最中、「何かアイディアない?オレ、ありきたりなのしか思いつかないから」と意見を求めたのは、1年の、それも個人選手の谷本竜也だった。花大の構成は、学年や、個人・団体の垣根すら越えて生まれる。


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