2007年10月23日
練習を見ていて気づいたことがもうひとつ。1年生と上級生の実力の差である。
練習前のストレッチひとつをとってみても、1年生は「知っているな」という印象をうける。手首、ひざ、足首。新体操で使う部分、ほぐさねばならない部分が自然に身についている、そういった感じだった。細かいところを念入りに、ひとつひとつほぐしていく姿に、彼らの新体操のキャリアを感じた。
タンブリング、リスク、徒手。新体操のジュニアチームが増え始め、昔のように一口に「競技年数=実力」という構図が成立しなくなった昨今にあっても、初心者と経験者となれば話は別である。やはり、力に差が生じるのは、避けられないことである。
2、3年生よりも1年生の方が競技経験が長い、というねじれの中にあって、部の機能に支障はないのだろうか。
1年生が入ってきた当初のことを、2年の天野は「1年生だけど自分たちより先輩に見えてしまう時があって、きまずかった」と振り返り、付け加える。「今はそんなないっす。慣れですね」
気を遣っていたのは2年だけではなかった。「言って良いのかな」と前置きしてから、1年の菅は「最初は先輩たちに気を遣っていた」と話した。そして同様に「でも話していくうちに、しっかり溶け込んで」と結ぶ。
主将の栗原は、国体ブロック大会の、自身の出ていない個人種目について「見ててうれしかった。個人いけるな、と」と嬉しそうに語った。どうやら私の勘繰りすぎだったようだ。これだけ楽しそうに練習する部には、もはや壁など存在しようもなかった。
それよりもその後につづいた菅の言葉が、気になった。
「中学からあがってきたとき、学校の部活がすごく楽しみで。毎日先生に教えてもらえるっていうのが初めてで、自分はものすごくうれしかった」
強化指定をうけている3名は、小5から新体操を地元のクラブで始めている。しかし、練習場所である別府の公民館はマットがなく、平日は自分たちでメニューを決めて練習をした。「強化指定」とは言うものの、練習環境はその名に見合うものではなかった。しかしその分、土日に行われる日出暘谷での合同練習には「本気で」取り組んだという。同じく1年の古田は「部活、ずっと上手くなりたいって気持ちでやってたんで」と話す。この時代が、彼らの今の部活に取り組む姿勢を形作った。
そうした思いが、そのまま形になったのが今年のインターハイの団体演技だった。メンバーでそれぞれ動きを考え、それを組み合わせた。ここではやはり経験の長い1年生が中心となった。見せ方や移動、隊形などは監督から指示を仰いだが、「だいたい、自分たちで」つくり上げた。
団体演技の構成をつくっている最中、こんなことがあった。「ここ、こうした方が良いんじゃないか」と監督らから動きの指摘があった。すると選手たちは「いや、ここはこう見せたいんです」とそれを撥ねのけたのだという。
「なんか、こだわりがあるんです」と、目を細めてそれを語る小園コーチ。彼らの思いを象徴するエピソードである。
取材前には、「演技構成」としか結論づけることができなかった彼らの演技の魅力だが、この「思い」こそ、その源なのだろう。彼らは楽しみながら、自分たちのやりたい新体操をやっている。その自然で、新体操の根本とも言える思いが、私を大分まで連れてきたのだ。
彼らの姿を見てふと、インターハイ優勝校、佐賀県は神埼清明高校の中山監督の言葉が思い出された。
「生徒達の尻を叩いて叩いて練習させると、計算したとおりの結果がでる。しかしそうじゃなく生徒達自身でやらせると、計算外の、それ以上のものができる」
日出暘谷は後者のタイプ。そしてその言葉通り、彼らのそうした姿勢は結果をもたらし始めていた。
1年の塩月が「迫力が、すさまじかった」と振り返るインターハイの、そのわずか6日後に行われた国体予選・九州ブロック大会。その出来についてたずねると、誰もが「会心の出来」だと語った。古田にいたっては「今まで新体操をやってきた中で、一番良かった」とまで話す。ブロック大会の会場は地元・大分だった。
「インハイのときは会場が“佐賀のもの”って感じで。ブロック大会は地元で、やってて楽しかった。会場が“大分のもの”みたいな感じで」
国体予選は2位小林工業と僅差で3位だったという。国体出場権は逃したが、半分が初心者のチームが全国で常に優勝を争う小林工業と競ったことは、それだけで賞賛に値する。
この結果について「地元だったことが大きい」と選手たちは語った。もともと、雰囲気で盛り上げるタイプのチームであるから、その要素も大きいだろう。しかし個人種目を終えた時点で小林工業に勝っていたという驚くべき事実は、それだけを要因とするには大きすぎるものだ。部活を楽しみ、自分たちの新体操をすることに喜びを見出して活動してきたチームは、ここにきて実力を伴い始めている。
今後の彼らがどんな風に変化するのか、予想することは難しい。しかし彼らは確かに、何かを予感させてくれる。
取材初日の部活が始まる前に、古田が「自分らがこんなだから、部活辞めてーって言うやつがいない」と何気なく話しているのを聞いた。「こんな」とはどんなだろうか、と思ったが、練習を見てすぐになるほど、と思った。
部活についてたずねた小谷の第一声は「楽しいです」というもの。即答だった。「練習中、笑いが絶えなくて」。そしてそう話す間も、後ろからは絶えず笑い声が聞こえていた。
菅が語った印象的な言葉は、このチームを象徴した、恐らく他では聞くことのないもの。
「新体操はどうかわかんないすけど、新体操部はみんな、好きだと思いますよ」
posted by reportage |23:20 |
大分県日出暘谷高校 |
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2007年10月15日
どうしても、行ってみたいと思った高校があった。
インターハイが終わり、高校生の三大大会の締めくくり、国体は予選のブロック大会で敗退。それを最後に3年生が引退。チームは1、2年生だけで動き出したばかり。冬に向けて、これから地味な基礎トレーニングが増え始める時期。
時期を逸していることは明らか。それでも、見てみたい高校だった。
佐賀インターハイ最終日、団体演技を見ながらメモをとっていた。大分県、日出暘谷高校の演技のあと、こうメモしたのを覚えている。
「 伏 兵 !!」
今にして思えばそれは単なる私の知識不足によるものだったのだが、しかしそれほどまでに、ノーマークの彼らに強烈な印象を受けた。
ここからはあくまで私の主観であるが、とにかく演技に、なんとも言いがたい魅力を感じた。タンブリングも強い選手が何人か入っているし、組からの投げ上げも十分に高く、それだけで会場を沸かせるには十分だった。徒手は正直、まだ課題が残るかもしれないが―――そんなことを考えながら、演技が終わるとすぐさまプログラムをめくって確認した。すると団体6人中3人が1年生で構成されているチームであることに、また驚いた。半分が1年生で、あそこまで仕上げてきたのか、と。
このインターハイでの衝撃は、2ヵ月後、私を大分行きの飛行機へ乗せることとなった。
別府市から15分ほど電車に乗ると、海が見えてくる。選手たちが冬は体力づくりのために走るというその海を眺めていると、まもなく日出暘谷高校の最寄駅に着く。高校は、そこから続く坂道を登ったところにある。
体育館に着いたのは13時20分頃。ちょうど、フロアをしき始めるころだった。私が訪れたこの日は、あいにく有村監督が不在であった。そのため、インターハイから抱えていた疑問に答えてくれたのは、4年ほど前から有村監督と指導をともにする、小園コーチだった。
日出暘谷を訪れて、とにかく聞きたかったのは団体演技の構成のことだった。というのは、団体の「なんとも言えない魅力」を、結局「演技構成が良かったに違いない」と結論づけるより他なかったからである。
日出暘谷のそれは、九州らしい、大きな組中心で見せるものとは少し違う。岡山精研のように、流れのある徒手でみせるものとも違う。やはり表現につまってしまうのだが、強いて言うなれば「他とは違うものを」という意思が感じられるような、そんな演技。いったいどんな練習のもと、どんな過程を経てつくられたのか。
「構成は、生徒たちが考えました」
その言葉を皮切りに、質問の間中、私は目を丸くするのだった。
構成は生徒たち、それも1年生が中心となって考えたのだという。さらに、2年生や、インターハイに出場した3年生までもが、それまで器械体操の経験すらない「ズブの」素人だという。加えてインターハイを直接勝ち抜いて出場したのは、今年が初めてだという。
15時、フロアがしき終わった頃には感嘆のため息がもれた。何もかも、あまりにも想像と違っていた。
これだけ私が驚くのにはわけがある。
インターハイでの「伏兵!!」というメモ。あれが「今にして思えば、単なる知識不足」というのは、大分が次期の国体開催地だからである。
国体に合わせて開催地がチームを強化する、というのはよくある話である。流れのある構成、群を抜いて美しい徒手に定評のある新進の強豪校・岡山精研高校も、2005年の岡山国体のために強化されたチームである。昨年のインハイを制した大舌恭平も、今年1年生ながらインカレ個人覇者となった谷本竜也らを輩出したのも、岡山精研高校である。
そういったわけで大分でもすでにこの5年ほど前から、国体に向けた強化は始まっていた。インターハイで団体に入っていた1年生、菅、小谷、古田の3名は小5で新体操を始めて以来、国体強化指定をうけてきた選手だった。彼らは昨年の全日本ジュニアで、菅の優勝を筆頭に、小谷が9位、古田が11位と上位に名を連ねた。そんな彼らが今年高校生になった。それまでは器械体操の経験すらない選手たちの集まりだったことからすれば、その戦力が今年突然にあがったのにも納得がいく。
しかし3名とはいえ、強化指定選手を全員きっちり上位に入れてくるなど、さすがは地元国体を目指して計画的である。と思えば。
「いや、全然。(全日本ジュニアの結果に)びっくりしてます」と小園コーチ。そういえば国体強化指定について1年生にたずねてみたところ「(毎年送られてくる、強化指定の手紙を)何かな、と思っていた」という、なんだか気の抜けた答えがかえってきた。なんだか拍子抜けしてしまうような調子だが、これらは日出暘谷のカラーだった。
「一日一回、どんなにキツイ時期でも笑い声が聞こえます」
1年の菅の言葉通り、練習の間、とにかく笑いが絶えない。練習中のかけ声も本当に全員がよく出すのだが、気合を入れるためとか雰囲気を盛り上げるためとかではなく、とにかくみんなで練習しながら、
声を出すこと自体が楽しくて仕方ない、といった感じだった。 タンブリング練習では、主将の栗原が「よーい!」と声をかけたところで、「ぷっ」っとふき出してしまい、笑い崩れるシーンもあった。
本当に楽しそうで、見ている側も笑みがこぼれてしまうような練習風景に、小園コーチも「なーんか、楽しそうなんですよね」と笑った。
だが、そんな微笑ましいだけの練習で、人の気持ちを動かす演技はできない。
突然始まった団体の部分練習。鳥肌が立ったのは、インターハイぶりに見る彼らの演技のためか、それともあまりにも突然に生まれた緊張感のためだったか。団体練習が始まると、途端に先ほどとはうって変わって真剣な表情、キビキビとして動き。コーチからの指摘には「ハイ!!」と気合のこもった声で答える。徹底した、切り替えである。
これまで色々な高校を見てきたが、ここまで「on」「off」の差がはっきりしているところも珍しかった。いったいどうやって培ってきたのかと思ったが、どうやらそれはふたりの指導陣の色、そのものであるらしい。
主将の栗原に「日出暘谷の演技の魅力は何か?」という質問を投げかけたところ、長い間口ごもってしまった。
「演技の魅力…なんですかね。他と違う雰囲気がある………ちょっとわからないですね。」
だが、「部の魅力は?」とたずねると、間髪入れずに返答があった。
「部として、楽しくやっていけるところ。先生たちも冗談言ったりして。(先生たちは)普段面白くて、言ってくれるときはしっかり言ってくれる」
1年の小谷も、同様に話す。「先生たちが面白くて、でも締めるとこはしっかり締めてくれる」
そういえば、練習前、選手たちがフロアで好きに動いているときに、その周囲で「リスク、10本!」とOBと楽しそうに動いていたのは小園コーチだった。練習に入ると打って変わって真剣になる姿勢も、休憩になると遊び始める姿も、選手と同じだけか、それ以上。なるほど、この指導陣であれば、驚くような切り替えも自然に身につくというわけか。
posted by reportage |21:55 |
大分県日出暘谷高校 |
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