2007年07月31日
県総体、福士への激しいライバル意識は柴田の緊張感を増長させた。選抜を優勝したことで、県の大会で負けられないというプレッシャーもあった。
そんな中迎えた本番で、彼の耳に周囲からの応援の声が届いた。そんなものは、大会に出れば誰でも当然のごとく経験することである。しかし、それを聞いた柴田は改めて思った。「この応援に応える演技がしたい」。
選抜で福士に勝ったことで、無意識のうちに周りを見る余裕ができていたのだろうか。それとも選抜前に団体を経験していたことが、「周囲を見る目」を養っていたのだろうか。
とにかく、それが柴田の試合に取り組む考え方を変えたことは確かだった。福士とは持ち味が対極にあるあまり、「自分は自分」と凝り固まっていた考え方が、変わり始めた。「周りの人が評価してくれる演技なので、みんながいいと言うような演技がしたい」。そして、そこから柴田の連勝が始まる。
大切なことというのは、案外あっけなく見つかるものなのだ。
団体練習の合間に行われる、柴田の通し。私は何よりも、その運動量に圧倒された。
「伸びとか入れると、ライン悪くて目立っちゃうんで」と語る柴田の演技は、体の硬さをカバーしてもなお余りあるほどの運動量だった。1分半の間、彼の静止しているシーンはいくつあっただろうか。その想像を絶する動きは、間違いなく、私が今まで見た中でもっとも消耗するであろう演技だった。
さらに驚かされたのは、その調整力だ。
インターハイ直前のこの時期、団体中心になりがちな練習の中で、柴田は3時間もの間フロアが空くのを待っていた。そして3時間後、何の前触れもなくかけられた「ごめん、翔平、(通して)良いよ」の荒川監督の声で、柴田はすぐに1本通してみせた。
―――3時間、である。もちろん、その間常に動き続けていたわけでも、ずっと休んでいたわけでもない。彼は団体の様子を見ながら監督がGOサインを出すタイミングを見計らい、それに合わせて通せるよう、調整していたのである。 その姿には、練習場を共にする青森大学の中田監督ですら「ありえねぇ」と舌を巻いた。
選抜前、団体と個人を兼任していた柴田は、傍目にわかるほどに焦っていた。しかし今の彼はその対極にあった。何かふっきれたような「穏やかさ」が感じらるのだ。
因縁のライバルに勝利したこと、自分の新体操にとって大切なことを見つけられたこと―――そうしたことが、彼にこの穏やかさをもたらしたのだろう。
最も近いところにあった、最も高い壁は乗り越えた。
8月4日。インターハイに臨む彼は、今までにない強さを見せてくれるはずだ。
○●全国高校総体(インターハイ)新体操・男子(団体) 8月5日16時~NHK教育にて放送●○
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2007年07月29日
インターハイを目前に控えていよいよ追い込みに入る、という団体演技の練習の、その合間。そのほんのわずかな時間が、彼に与えられたフロアを自由に使える時間である。限られた時間、限られた場所で、力の限りの動きを詰め込んだ演技をするのは、言わずと知れた選抜王者、柴田翔平である。
彼は選抜を獲ってから負け知らずだった。インターハイの予選となる県総体はもちろん、東北大会でも二種目を制して完全優勝。国体予選ではリングで出場、ここでも種目別優勝を飾っている。
或いは彼にとっては、選抜の優勝よりもこれらの結果のほうが意義深かったかもしれない。彼がもっとも勝ちたかった相手は、全国の名門校に集う選手たちではなかった。敵は、ひとつ町を挟んだ隣の市にいた。
柔らかな動きと豊かな表現力に定評のある、弘前実業高校の福士祐介は、長らく柴田とライバル関係にあった。体の硬い柴田とは対極の演技をする彼は、三年間、柴田と接戦を演じた。
一年次、驚くべきことに福士はインターハイ個人出場を果たしている。全国から選りすぐられた37名のうち、一年は福士を含めた2名のみ。二年生の出場者すら10名に満たず、上位はほぼ三年生に独占された状態。そんな中での13位。この年は同率優勝、同率入賞が多かったため、それを除けば点数では10位に手が届こうかというところである。紫野高校・北村の、二年にしてインターハイ優勝という偉業の影に隠れながら、一年にして福士はしっかりとその実力を全国の場に刻んでいた。
二年になって臨んだ選抜大会では福士が優勝を飾り、柴田は4位。三年になった今年の選抜では柴田が優勝、福士が4位。
どちらも全国を獲る実力をもちながら、インターハイに出場できるのは一名のみ。男子新体操部のない高校もある中でこれだけの選手が潰しあわなければならないことは、傍から見れば「もったいない」のひと言に尽きる。
しかしそうした表面的なこと以上に、より根本的な部分で福士は柴田を悩ませる存在だった。
個人競技でインターハイに出場できるのは各都道府県1名。全国で争う前に、彼らはお互いに超えなければならない存在だった。柴田は「県総体から、すごく意識していた」と素直にその心情を語り、こう続けた。「試合前とか、むこう(福士)がどんな演技か気になって」。
これは、個人選手にしてはかなり珍しいことである。
これまで話を聞いてきた個人選手は、ほぼ100%の確率で「自分の演技をすること」に重きを置いていると語った。優勝を念頭に入れている選手はもちろんいるが、それも「誰に勝つとかではなく」、自身の力を出し切ることで優勝したい、といった類のものだ。競技でありながら他人を意識して競う側面の薄い、稀な競技なのである。
そんな中での柴田のこの発言は、良いとか悪いとかではなく、素直に私を驚かせた。
この福士に対する強烈な意識は、いつしか柴田の新体操に対する根本的な部分まで迫っていた。「俺は福士に勝つために新体操をやってるわけじゃない」と、一時は自分の演技を見失いかけた。選抜で彼からふたつも順位を引き離して優勝しても、なお。
しかし柴田のそうした思いは、久々の直接対決となった県総体で、あっけない形で払拭されることとなった。
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2007年07月28日
これだけの選手がふたり。そしてどちらも最終学年。たったひとりの個人インターハイ出場者は、関東大会の後に控える、神奈川県高総体最終予選会で決定する。関東大会の試技終了後、貝瀬監督が「(県高総体最終予選では)審判、やりたくないです」と言ったのもうなずける話だった。
昨年、インターハイ出場を果たしたのは蜂須賀だった。昨年の手具は棒と棍棒。棍棒は野呂が不得手とする一方で、「手具が小さい分、大きく動ける」と語る、蜂須賀のもっとも得意とする種目だった。しかしこの年の野呂の敗因はそれとは無関係に、「練習不足」という至ってシンプルなものだった。
野呂が新体操を始めたのは高校に入ってから。中学校までは器械体操部に所属していたが、高校進学をきっかけに、新体操の道を進んだ。持ち前の器用さで、野呂はその年の11月に行われた新人大会で優勝を果たした。
これが、いけなかった。新人戦とはいえ、新体操を始めて1年もたたずして獲った頂点は、彼を慢心させるには十分だった。
「これで勝てるんだ」。
そうした気持ちのゆるみは、すぐに練習にあらわれ、すなわちそれは結果にもあらわれた。2年次の関東大会の結果は「ボロボロ」。そこから「負けたくない、と思って」臨んだ同年の県総体最終予選では、蜂須賀、野呂、ともに落下のミスがあったにも関わらず、0.2もの差をつけられ、蜂須賀がインターハイの切符を手にした。
「この0.2は、ミスではなく実力の差なのだ」―――突きつけられた現実を、痛感した。
時間軸を戻して今年の6月、県総体最終予選。場所は大会の都合で、光明高校の体育館で行われることとなった。
いつもの場所で、いつものメンバーと、いつもの演技をする。ただひとつ違うのは、これで高校最後のインターハイ出場者が決まるということだ。
この日、貝瀬監督は関東大会での言葉通り、自らは採点せずOBに審判を任せた。どちらかを切ることは、ふたりの三年間を見てきた監督には酷だった。
試技順は野呂が1番、蜂須賀は4番と、多少間隔が空いていた。そのためふたりは試技の合間に、互いの演技を見る時間が十分にあった。それぞれ誰の演技のときでも、大学生さながらの激しい応援の檄を飛ばし合った。
ふたりに「相手の演技を見てるとき、何を考えていたか」とたずねると、どちらも「応援のときは何も考えずに、ただ応援していた」といった答えだった。
おそらくそれは本当だろう。ただ、互いの演技を見つめる視線が、いつもより真剣だったのもまた本当だ。
そして、わずか1時間半ほどで、結果は下される。
野呂 昴大 棒:9.275 リング:9.225
蜂須賀 竜太 棒:9.125 リング:9.175
最後のインターハイ出場権は、野呂が掴んだ。蜂須賀は棒でラインオーバーのミスで減点。関東に続き、ここでも「まさかのミス」に泣かされた。
しかし私の目から見て、ふたりの実力はほぼ均衡していた。ただ、唯一その差を挙げるとするならば「負けを知った者の強さ」ということに尽きる。
今でも、去年のインターハイに出場できなかったことについて野呂は「すごく悔しかった」と語る。あの日の負けの悔しさが、1年越しの思いとなって彼を勝利に導いた。
7月21日。インターハイを目前に控えたこの日の光明高校の体育館で、私はまた、「負けを知った者の強さ」を目の当たりにした。
光明の伝統で、夏は選手たちが自ら坊主頭になる。ただ彼に関して言えば、変化したのは姿だけではないようだった。
別に普段がふざけているというわけではない。おそらくインターハイが近い、ということもあっただろう。しかしこの日、約1ヶ月ぶりに見た蜂須賀は、練習に対して他の誰よりも「真摯」であるように見えた。
この日、インターハイの団体演技と同時に、野呂以外の選手はすでに国体予選の個人演技の練習に入っていた。国体は団体出場メンバーのうち4名が、棒・リング・縄・棍棒の一種目ずつ個人競技に出場し、個人と団体の点数を合わせて競われる。
棍棒での出場を予定している蜂須賀は、この日朝から頭痛と吐き気を抱えていたにも関わらず、個人練習で何度となくダイナミックなタンブリングを見せた。途中、具合悪そうに座り込んで頭を抱える姿を見せながらも、それでも個人の流しの後にはすぐにラストの確認。呼吸も整わないまま、何度も同じ動きを繰り返す。時折、ひとりフロアを抜けて貝瀬監督に動きの指導をもらいに行く。練習が終わりの時間に近づき「ハチ(の流し)で最後ね」と言われた後も、時間ギリギリまでタンブリング練習を行った。
光明高校には不幸なことに、わくわくさせてくれる選手がふたり、最終学年にいる。
どちらかが勝つということは、どちらかが負けるということ。その負けがまた選手を強くする。彼らは三年間、その繰り返しを演じてきた。
或いはその負けの輪廻こそ、私をわくわくさせてくれる源なのかもしれない。
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2007年07月25日
光明高校に2回目の取材に訪れた日、「面白い演技をする子がいるな」と思った。とにかく、手具操作が器用。演技の中に多分に盛り込まれたそれは、見る側を飽きさせない。素早さと間、その人目をひく緩急のつけた動きには、思わず見入ってシャッターを押す手を止めてしまう。それが、野呂昴大だった。
部の中でも、野呂は周囲に気を遣うタイプだ。ひとりひとり順に行うタンブリング練習で、野呂は自分の次の選手が誰であっても必ず、その選手の着地を確認するまでマットの隣に補助に立っている。高校始めの1年生がタンブリングに入ると「補助、補助!」と声をかける。
光明高校では週1回、地元の小学生を対象とした新体操教室を行っている。教えるのは高校生たちだ。その中でも面倒見の良い野呂のまわりには、いつも子供たちが集まってくる。あんまり集まってちょっかを出してくるから、身動きがとれなくなって「あー!!」なんて声をあげることもしばしばだ。
よく周りに気がつくということはそれだけ、まわりに左右されるということでもある。
大会会場で、蜂須賀は自然に集中力を高めていけるタイプだ。会場に入る前に、深呼吸しただけで、スイッチが入る。
一方で、自身を「雰囲気にのまれる方」だと語る野呂は、意識的に集中を高め、調整を図らなければならない。だとするならば今回の結果は、彼の調整への努力の賜物である。
「個人は動いていないと不安」だと語る野呂は、関東大会の公式練習でも、ピョンピョンと軽快にフロアを動き回った。学校の練習に組み込まれている、可動域を広げる運動“操体法”も、どこに行っても必ずやるように心がけた。
その成果あってか、一種目めの棒で種目別1位を獲得。しかし、二種目めのリングに入る前にそれを聞かされたことは、彼にとってプレッシャー以外の何者にもならなかった。
チームメイトの蜂須賀の演技についてすら、「自分よりうまく見える。でもここで自信をなくしたら、大きく動けなくなるから、見ないようにしてる」と語る選手である。1位ときいてのプレッシャーは、想像に難くない。
それを打ち払おうと、ここでも周囲の演技を極力見ないように努めた。その分、練習場で体を十分に温め、必ず一汗かいてから演技に入った。結果、リングの演技直前、彼はアップゾーンで自身が1位であることを忘れるほどに集中していた。
そして臨んだリングの演技。終盤の複雑な手具操作では会場を沸かせ、見事ノーミス。2種目を制し完全優勝を飾った。
野呂はどちらかというと調子に波のある選手。だとしたら、今の彼は完全に波に乗っている。
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2007年07月23日
光明高校の恵まれている点は、OBがよく練習を見に来てくれること、スプリング入りの立派なフロアがあること。それから、見ている側をわくわくさせるような選手がいることだ。
不幸な点は、それがふたり、しかも同じ最終学年にいるということ。
そのうちの一人目、蜂須賀竜太の演技の魅力は、ダイナミックなタンブリングと、シンプル且つ大きな動きの徒手。それだけで、十分に人を魅了することが出来る選手だ。
6月20日に行われた関東大会。昨年のインターハイ出場者である蜂須賀は優勝格と目されながら、棒、リングともにまさかのミス。順位は1年の佐々木のひとつ下、5位に沈んだ。だがあの関東大会の日、最も会場の空気を変えたのは、間違いなく彼だった。
関東大会個人種目には、関東地区から23名の選手が選出される。23名がそれぞれ2種目ずつ、それも男女あるわけだから、大会の後半には多少なりとも空気がダレてくる。
それが蜂須賀の演技が始まって数秒、散漫だった会場の意識が一斉に彼に向けられたのがわかった。人の意識というのは、ある特定の状況下では見えるのだ。そして彼は、その特定の状況をつくり出すことが出来る。
彼の演技はなぜ、そこまで空気を変えることができるのだろうか。おそらくそれは「隙のなさ」に起因する。
これは特に個人演技に関して言えることなのだが、どんな選手でも演技中、体の一部の集中が切れる、という瞬間が多かれ少なかれある。例えば両手で複雑な手具操作をしている時。投げ上げた手具が落ちてくるのを待つ瞬間。そんなとき、下半身や姿勢など、いわゆる「お留守」の状態になる。つまり、集中が体の細部に行き届かず、隙が生じるのである。
人を魅了する、雰囲気のある演技には極端にこれが少ない。
杉本清志、野田光太郎、大原秀一といった全日本を制した多くの選手は、この「隙」が限りなくゼロに近い。
これはある程度の努力と、そこからはセンスによるところが大きい。そしてファインダーを通じて、彼にはそのセンスがあるのだと感じた。
演技を連写で写真に撮っていると必ず、「カッコ悪い」ショットが何枚か混ざってくる。手振れやピントがずれているとかそういうことではなく、姿勢や体の状態として、「カッコ悪い」ショットである。
しかしこれが、殊に蜂須賀に関しては極端に少ない。ラストポーズの直前、手具を投げ上げた直後。普通では明らかにタイミングを逸したショットであっても、写真として使えるかは別として、それなりに様になっているのである。
彼の「隙のなさ」が全日本覇者と同じレベルだとは言わない。ただ、彼にはそれに近づくことのできる素質があることは確かだ。そしてそれが私の期待を膨らますのに十分なものだということも。
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2007年07月11日
では、このチームを機能させているもっとも大きな要因は何だろうか。
それはおそらく、絶妙な人間関係だろう。
まず、3年の山根と坂口。彼らは演技にせよ性格にせよ、まったく逆のタイプである。
山根の演技の魅力は、前述したようにタンブリングの強さである。一方で坂口は徒手の動きが好きで、練習もしばしばそちらに偏ってしまうほどである。
学校でも、山根が比較的おとなしい友人が多いのに対し、坂口はにぎやかなグループとつるむ。「新体操がなかったら、接点がなかったような二人」と監督語るほどに対照的なふたりだが、不思議と仲が良い。お互いが足りない部分を補いながら、部をまとめる。不思議な調和がとれているのだ。
調和ということに関して言えば、2年の3人も面白い。
2年には小椋、廣庭という個人で選抜出場を果たした2名の選手がいる。個人ではこの二人が間違いなく、紫野を背負って立つ存在だろう。そしてそれと同時に、この二人は長い間ライバル関係でもあった。
小学校5年から同時に新体操を始めた二人は大会に出場するようになってから、表には出さないが互いをライバルと意識するようになっていた。結果から言えば、これまで順位では常に小椋が上だった。それが、今年3月の選抜で初めて廣庭が順位を上回った。続けざまに、5月の近畿大会でも廣庭が二位、小椋が三位。このことはどちらの選手にも少なからず、心理的に影響を与えたはずだ。
「2年があの二人だけだったら、気まずいこともあったかもしれない」
監督がそう語る、二人の中和剤になるのが、同じく2年の和藤だ。
和藤は、何というか独特の雰囲気をもっている。「マイペース」という言葉があまりにもしっくりくる彼は、大会でもプレッシャーを力に変えて、練習以上の演技をみせることがある。周りに左右されるどころか、自ら空気をつくり出すような存在。それは練習中にも言えることだった。
倒立の練習中のことである。この日は10本、全員で倒立を止まれば終わり、というメニューだった。しかし逆に言えば、10本止まらなければ延々とつづくということである。
一度、集中が切れて止まらなくなると、そこから立て直すにはさらに集中力が要る。しかし本数をこなせばその分だけ疲労がたまり、集中力が失われる。消耗してくると声も出なくなり、雰囲気も悪くなる。この日は6本までは止まったが、そこからが進まない。悪循環のスパイラルにはまると、なかなか抜け出せないのだ。
「あと4本、止めたら良いだけやんか」そんな折にふっと、どこか力の抜けたように言うのが和藤だった。すると周りも「そやな」と返す。チームから肩の力が少し抜けたのを感じた。
結局、この日は10本止まるのに23本の倒立をしたわけだが、そこから苦しい場面になっても、選手の表情から笑顔は消えなかった。
この場面での和藤の言葉は、どんな檄や掛け声よりも効果的だったに違いない。つまり、彼はそいういう存在なのだ。
こうした練習に、部で唯一の一年の石井はよく喰らいついている。器械体操出身の石井はこのとき、新体操を始めてわずか2ヶ月ほどだったが、ジュニアからの経験者のいる中でよくついてきているな、という印象をうけた。
部員は団体が組めるぎりぎりの6人だから、当然石井も団体に入る。しかし周囲との力の差を見ていると、一本通すだけでも相当に辛いだろうと思わずにはいられない。しかし石井はそれについて「みんなと差があるのは辛いけど、通した後、達成感があるから」とはにかんだような笑顔で答える。
個人練習の時間になると、それぞれ演技をもっている5人は各自練習に入るが、新体操を始めてまだ日の浅い石井は、基本的な手具操作の練習を黙々と続けるのみである。が、彼がひとりで練習しているシーンは、案外にすくない。
例えば、練習中に坂口の手具が転がって場外に出る。それを、フロアの外にいる石井が拾って渡す。すると「ありがとう。お礼に教えたるわ」といって坂口が新しい手具操作を教える。こんな調子で、代わる代わる誰かしら、教えにやってくる。
この日、個人選手全員で2本ずつ、リスクをやって落とした本数×1分、壁倒立(壁に脚をよりかからせる形でする倒立)をする、という少しゲーム性のある練習をすることとなった。石井はまだリスクはできないが、罰ゲームの倒立には参加する。この日は結局3本落として、壁倒立3分が決定した。大学生でもキツイという3分の壁倒立、2年生が途中で根を上げる場面もあった中、周りよりもひと回り体格の小さい石井が、黙って耐えた。
そうした彼の努力を誰もが認めている。だからよく教えるし、周囲もまた、それによって得るものがあるのだろう、と思う。
「石井君、(壁倒立)落ちんかったな」「がんばったやん」
練習後に周りからそう言われると、彼はまたはにかんだように笑った。
木学監督に今年のチームについて聞くと、去年は北村がひっぱっていくチームだったが今年はみんなでひっぱりあげよう、というチームだと語った。そして「彼らは特別かもしれないですね」と結んだ。
学年や役職ではなくひとりひとりの性質がかみ合うことで、部は機能している。紫野高校はこういう部活もあるのだと、私に教えてくれた。
またひとつ、楽しみなチームが増えた。
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2007年07月09日
「チームが機能する」というのは、団体において個々がそれぞれの役割を全うし、それらがうまくかみ合っている状態を指す。だとしたら、紫野高校はチームとして機能していると言えるだろう。それも、何というか、少し不思議なかたちで。
例えば、練習中のこと。
「さぁ、しっかり!」「集中集中!」
練習中、もっとも声を出すのは主将というが相場だが、ここでは2年の廣庭がその役割をかって出る。
タンブリングがうまくいけば、「よっしゃ!」と拍手。朝から晩までの一日練習がつづいた、連休の最終日、疲労がピークに達していたチームを「さぁ、声出して!」と真っ先に盛り上げたのも、彼だった。
例えば、上下関係の希薄さ。
強豪と呼ばれるチームには「フロアの上では学年の上下関係なく、指摘しあう」という気風があるが、そういうことではなくここでは日常的に上下関係がない。
「今のラスト、良かった」。個人演技の練習中、2年の小椋はまるで友達に話すように、3年の坂口に言う。ここではそうすることが自然な、そんな空気なのだ。
例えば、団体演技に対する意識。「団体と個人、どちらが好きか」と尋ねると、全員がもれなく「個人」と答える。多くのチームは団体演技を通じて改めてチームとしての意識を強めるが、ここではどうもそうではないらしい。
とにかく、今まで目にしてきた「機能しているチーム」とは明らかに違う。それでも、このチームはなぜだかうまいこと調和を保っている。いったい何が、それを可能にしているのか。それらは練習を注意深く観察し、選手たちの性格を知れば、みえてくるものだった。
まず、練習中のことに関して。
これに関していえば、ひとえにタイプの違い、ということに尽きる。主将の山根は、自らあれこれ指示を出すタイプではない。練習中、もっとも声を出して雰囲気を盛り上げるのは2年の廣庭だし、下級生や中学生によく教える、面倒見が良いタイプなのは3年の坂口だ。代わりに山根は、そのどちらとも違う形で部を引っ張る。
今年の紫野の団体の構成で、山根のパートは他の選手の3倍の運動量に相当する。彼のパートはタンブリングが多く、当然そこがもっとも消耗する部分なのだが、「ここのところ調子が良くない」と木学監督が語っていたその日ですら、その部分を1本の流しの中で何度も何度も練習した。取材で滞在した3日の間、私は練習中に、彼の口から「疲れた」といった類の言葉を聞くことはなかった。
それから、上下関係の希薄さについて。
これは、京都体操協会が運営している新体操教室の影響が多分にある。
現在の2年の小椋と廣庭はその新体操教室出身であり、その練習場所であった紫野高校には小学5年から出入りしている。高校入学前から3年のふたりとは一緒に練習してきた。それが高校に入ったとたんに「先輩・後輩」なることのほうが、彼らにとっては不自然な話だ。現に彼らは昨年(2006年)インハイ準優勝を飾った北村正嗣のことも「まーくん」と親しげに呼ぶ。
そういったわけで、紫野高校は至極自然な形で「上下関係のないチーム」となった。
それから、団体に対する意識。
これは練習を見ていれば、納得のいく話だった。
部の雰囲気は、先にも述べたように上下関係がないせいもあり、基本的にゆったりとしている。
「ぼちぼち始めようか」。朝8:30という、比較的早い時間に始まる紫野高校の部活は、木学監督のこの言葉をきっかけにがらりと雰囲気を変える。
「徒手!」監督が言うが早いか、走りもアップもすっ飛ばしていきなり、団体のバランスの練習から入る。そこから続けざまに上下肢、斜前屈、体回旋といった団体の部分練習を、ハイ次、ハイ次と、めまぐるしい速さでこなしていく。
それが終わるとすぐに団体の流し。
「今言われたとこ、各自で言ってけ!」曲を流して動きながら、先ほどの部分練習の確認。1曲終わると、間髪いれずにもう1曲。見ている側が苦しくなるほどに、まさしく息つく暇もない。選手たちも呼吸が荒くなり、思わず顔が歪む。が、そこにすぐに「しんどい練習しとんのやから、しんどいの当たり前や!出すな、そーいうの!試合で(雰囲気に)のまれんぞ!」と厳しい檄。
3分ほど、柔軟の時間を入れるとすぐにまた部分練習。続いてタンブリング練習。それが終わると10分ほど休憩をはさんで、すぐに団体の全通しを1本。また数分の休憩を入れて、全通し。これが三度、続く。ここまでがようやく終わると選手たちは息も絶え絶えに、ラストポーズをきめた場所から立ち上がることすら困難な状態。するとそこに追い討ちをかけるように「すぐに立ち上がれ!」
―――そしてこれが、個人に入るとまた一変する。
「こうしてみたら?と提案する程度」だという監督の言葉通り、演技構成から練習法にいたるまで、ほぼまったくと言っていいほど、指示が出ることがない。
「(流し)誰から?」「ジャンケン?」なんて言いながら個人演技を流す順番を決めるのんびりとした風景は、つい先ほどまでの団体練習とはあまりにもかけ離れていて拍子抜けしてしまう。
これを見れば、団体としての意識が希薄だとかそいういうことではなく、選手たちが「個人のほうが好きだ」と答えたことにも納得がいく。
「個人は自分の自由にできるから」といった後で、少し遠慮がちに「…個人は怒られないから…」といったことにも。
posted by reportage |00:59 |
紫野高校 |
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