2007年05月31日
時任はその瞬間、すぐにそれがわかった。自分の足の親指が、三分の一ほど白いラインの上にのった。
音楽係として後方からそれを見ていた坂元は、線審が赤い旗を上げたのを見て初めてそれに気づいた。出たな、と。
3月27日、全国高校新体操選抜大会、団体演技。
優勝格と目されていた小林工業高校は、ラインオーバー(場外)と倒立のミス、バランスのふらつきなどにより減点をうけ、青森山田高校との同率準優勝となった。
「ミスがなければ、或いは…」その言葉は取材で訪れた先々で聞かれた。
それから1ヶ月ほどたった、5月上旬。小林工業の練習は「まだ、十分に空気をつくれていない」という主将の上畠の言葉が信じられないほどに、鬼気迫るものだった。それは単に、他よりも比較的早い時期に控えている県大会のためだけとは思えなかった。
小林工業の練習は「追い込む」タイプのものが多く、それは練習の始めに行う走りに象徴されている。1周ちょうど1キロの校庭の外周を、1年生は全力で1周、2、3年生は3周する。走りで足に負荷をつける、というのはよくあるものだが、小林工業ではそれに加えてマスクをして走る。酸素量を減らすことで心肺機能を高める、高地トレーニングの要領である。上畠が「相当、キツイ」と語るこれは、当然毎日おこなわれる。
そこからは基本徒手と呼ばれる、団体に入っている動きの練習、バランス・倒立、タンブリング練習、団体分習と、文字にするとあまりにも平凡な内容になってしまう。しかしそれに取り組む姿勢、それを取り巻く空気が、彼らが優勝格と目される理由を物語っていた。
まず基本徒手だが、これは部員を何組かにわけて、決められた動きをフロアの上で一組ずつ、順に行っていく。フロアの広さから言えば、二組くらいなら余裕で同時に動けるのだが、そこをあえて一組ずつ行う。その間、待っている選手たちからは、絶えず注意の檄がとぶ。「顔、あげろ!!」「重心!!」「胸!!」
つづく、バランスと倒立の練習。これは全員で一斉に、ぴたりと合うようにするのだが、こちらも一本終わるごとに、上級生から激しい檄や注意が飛ぶ。これは練習中通していえることなのだが、その檄が、滅茶苦茶に、怖い。迫力だけならば、その辺の大人よりもずっとある。
倒立の練習では、多くの場合、鹿倒立の状態で5カウントほどキープする練習をする。演技の中で実際止まるのが、高校では一般的に5カウントだからである。これを、小林工業の練習では7カウント静止する。これは全日本王者・青森大学と同じ長さである。
そしてやはりその間も、激しい檄や注意の声は飛び続ける。
小林工業の練習は、平日は放課後16時から、休日は朝9時から、長いときには20時頃までおこなわれる。小林工業には新体操専用体育館がない。そのため、毎週木曜にフロアをセットして、日曜には片付ける。月曜から水曜までは、簡易フロアを毎日セットする。トータルするとその準備に、1週間で6時間ほどとられる。
「毎週、6時間とられるんです。毎週一日分、練習をロスしているんです」
高校の部活としては比較的長時間の練習。それでも永野監督はそう語る。
それだけ、時間は惜しい。
そこまで貴重な練習時間である。そんな中であえて、時間をかけて一組ずつ、基本徒手を行う。
永野監督はこの練習についてやはり「はっきり言って、これは時間がもったいないんです」と語り、更にこう続ける。「でもこうすると、注意する側は言ったからには自分も意識してやらなければいけない。だから、自分も周りも良くなる。ただ言うだけの選手には、こっちから檄、とばしますからね」
基本徒手であえて割かれた時間にはこうした狙いがあった。そして選手たちも、それがどれだけ貴重な時間かを知っている。
「団体競技なので、自分だけうまくなっても仕方ないんです」
監督のその言葉に、あれだけ激しく飛び交う檄の理由が少しわかった気がした。
常にピリピリした空気が走り、大会会場か、それ以上の緊張感すら感じる練習。選手同士では行き届かないところでは、監督から、思わずこちらが身を縮めてしまうような激しい檄が飛ぶ。しかも練習は長時間にわたる。今どき珍しいタイプの部活だ。
これを単に「前時代的」とひと言で片付けてしまうこともできるかもしれない。ただ、学校の部活動自体が縮小傾向にあり、「怒られ慣れ」していない子どもの増える現代において、ただ古いだけの練習で果たして結果を残せるだろうか。
そこにあるのは、至極単純な「勝ちたい」気持ちと、少し複雑な事情だった。
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2007年05月10日
亀井が団体から抜け、柴田が団体と個人を両立する、という状態が続いたあるとき。柴田は自分の思いも寄らぬところで注意を受ける。
団体練習の休憩の間、柴田は他のメンバーが休む中、ひとり個人の練習に励んでいた。その個人練について「他のメンバーが団体に集中できない」という指摘をうけたのだ。
このことから、私は改めて青森山田のレベルの高さを感じた。
個人と団体を兼任する以上、どちらも十分に練習しなければならない。空いたわずかな時間であっても無駄にしまい、という柴田の行動は立派なものであるし、別の場所であれば、あるいは評価されたかもしれない。
しかし、少なくとも青森山田ではそうではない。
彼はやはり、団体練習の間は“団体メンバー”に徹するべきだった。例え休憩中であっても、団体に裂いている時間は、団体に集中すべきだった。
このことは団体に微妙な影響を与えるとともに、長い間、個人中心でやっていたゆえの「個人中心」になりがちな自身の姿勢を知るきっかけとなった。
こうして柴田が自分の中にあった「協調性の薄さ」に気づきだした、選抜大会2週間前。団体メンバーの入れ替えがあった。
亀井が団体に復帰することとなり、柴田は再び、個人に集中することとなった。
実はここまでの流れ、全て荒川監督の思惑通りであった。
仕事で留守の間、団体メンバーが入れ替わっていたことは、もちろん想定外であった。しかしその後、これはふたりとって良い機会かもしれない、と思い直した。
柴田の協調性の薄さや大会前のマネージメント能力の低さについては、以前から思うところがあった。また、個人演技の練習だけでは、柴田が課題としている体力・筋力の強化に限界がある。一方で亀井はタンブリングで他のメンバーに後れを取っている中で、まだ精神面で自分を追い込めずにいた。
このふたりを入れ替えることで、それぞれに肉体的・精神的負荷をかけることで、これらがうまいこと解消されるかもしれない。
「これは、丁度良いかもしれない」-----。
そして、この荒川監督の読みはほぼ的中した。迎えた高校選抜、以下がその結果である。
第22回全国高校新体操選抜大会
【団体競技】
優勝 神埼清明高校 得点18.775
準優勝 青森山田高校 18.475
準優勝 小林工業高校 18.475
【個人競技】
優勝 柴田 翔平(青森山田高校) 得点36.675
準優勝 日高 祐樹(小林工業高校) 36.175
第3位 枡平 庸介(井原・精研高校) 36.075
団体という精神的・肉体的負荷を外された柴田は、その開放感からか大会で練習以上の力を発揮することとなった。練習ではかならず、個人1種目につき1つずつミスを犯していたのだが、大会では4種目のうち棍棒で1つミスがあったのみで、他は全てノーミスであった。結果は堂々の優勝。
団体では、亀井が悔しさをバネに努力を重ねた。大会では団体の見せ場のひとつである3つバックで他のメンバーから大きく後れを取るという痛恨のミスがあったが、もともとタンブリングに後れのあった状態、荒川監督の中では「計算のうち」のミスであった。
ただひとつ、計算外だったのは「団体準優勝」という結果である。
荒川監督いわく、あれは「とれちゃった2位」。チームの実力としては4位か5位、完璧に演技したとしても3位、といったところだった。
それが、小林工業のラインオーバーによるまさかの減点。これにより青森山田と小林工業の同率2位という結果となった。
今回の選抜は、柴田・亀井両名の不足していた部分を補う、という点では大きな収穫があったと言える。
しかし計算外の準優勝は、青森山田の新たな懸念材料となった。
「なるべくしてなった2位ではない。実力としては4、5番手。にもかかわらず選手達の中には“1位になれなくて悔しい”といった錯覚が生じている」
つまり、監督に言わせれば「自分達には2位の実力がある」という勘違いが生じてしまっている、ということなのである。と同時にそのなかでどこか「でも、先生がなんとかしてくれる」という甘い部分がある、ということにも、監督は気づいていた。青森山田を連覇に導いた荒川監督である。その信頼は絶大であるが、ここにきてそれが裏目にでているのである。
選抜を通じて、青森山田には新たな課題が見えた。しかし多少のずれはあったが、選抜までの道のり、そして結果がここまで荒川監督の「思惑通り」にはこんだのだから、青森山田には策士がいる、と改めて感じた。
しかし思えばこのことも、元をたどれば尾坂総監督の思い付きから始まったこと。
しかしもしそれが、単なる「思いつき」でなかったとしたら----
「団体は先生がひと言うだけで、ガラッと良くなる」
「あの人は勝負勘、もってるから」
やはり、青森山田には策士がいる。
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青森山田高校 |
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2007年05月09日
午後の練習はは団体のタンブリング練習、全通し(曲に合わせての団体の通し練習)、前後半(団体を前半と後半に分けての練習)、倒立、バランスの練習を経て、1時間ほどで終了した。
この日は秋田の国体選抜チームが合同練習に来ていたので、秋田の選手にフロアを渡す。
しかし柴田は、秋田がフロアで構成づくりをしている間も、その脇で個人練習に入っていた。棍棒の演技を曲に合わせて軽く2本ほどこなすと、曲かけをしていた選手に「もう良いよ」と言った。かとおもうと直ぐに「次、縄」といって手具を持ち替えて、今度は縄の練習に入る。
練習熱心なのは確かだ。ただ、私の目には柴田はどうも焦っているように見えた。
「ちょっと入ってみろ」
荒川監督不在の団体練習中、突然、尾坂監督にそういわれて柴田は「えっ」と思った。はじめは監督の言ったように「ちょっと入って」みるだけ、と思っていたが、それが荒川監督が戻ってきてからも続いた。
自分の不在中に団体メンバーが入れ替わっていたことに驚いた荒川監督だったが、当の柴田も驚いていた。
「まさか、本当に入るとは」
個人競技と団体競技。器械体操の場合、そのふたつにはそこまで大きな差はない。しかし殊に新体操においては、このふたつは全く別物といっても良い。
それぞれの規定はもちろんのこととして、もっとも大きな違いは、そこに求められる資質である。
個人競技は当然ながら個人による、1分半の演技で、手具をもって行われる。その短時間に集中して、自分をみせなければならない。
そのため、手具操作の器用さはもちろん、自分の持ち味や特徴を分析し、その「色」を十分に出し切る、ということが重要になる。1分半という短時間に、自分の力を出し切ることも必要である。
つまり、個人選手には器用さと、自分への集中力が必要なのである。
一方で団体は徒手(手具なし)で6名で行われる。
一糸乱れぬ動きが最大の魅力であるこの競技では、常に周囲を見て動くことが求められる。
時間は3分と、個人の倍もある。スタミナはもちろん必要だが、それ以上に求められるのは演技中のペース配分である。3分の間、全て100の力で動き続けることは難しい。力を抜いて体力を蓄える部分と、力を出し切る部分と、うまく配分していく必要がある。
つまり団体では、全体を見渡す能力と、ペース配分をする、ある種の管理能力が必要になってくるのである。
柴田の団体経験は、昔一度はいったことがあったきりで、それ以降、高校では個人選手として活躍してきた。
団体に関して、もらした第一声は「キツイ」。「体の使い方が全然違う」のだという。
いきなり個人の倍以上の時間、演技することに関してたずねると「今は体力をつける時期だと思ってるから」とのこと。自身の課題についても「自分の“色”はスピード感と手具操作の器用さ。今は体がかたく、筋力が弱いためにその色が出しきれていない」と言う。よく、自分の事を分析している。
休憩をとらずに練習していることについて触れると、「一番、がんばるように意識して」のことだという。「焦った」ように見えた柴田の動きの裏には、やはりこうした思いがあった。
そしてこのことは後に、柴田にひとつの気づきを与えることとなる。
一方、この「焦り」に関して言うと、元団体メンバーの亀井はまだそこまでではないように見えた。
タンブリング練習中、「練習に気持ちが入っていない」と、監督からのかなり厳しい檄が飛んでいた。先輩からは「団体から外されたのはあと一歩足りないから。足りないなら、残って練習すればいいのに、それがない」と厳しい言葉が漏れた。
直美さんからは「一生懸命アピールすれば、まだまだ入れ替えのチャンスはあるから」と励ましの言葉をうけ、「練習ではレギュラーの倍動かなきゃ」という気持ちがあるのだが、それが行動につながらない。というか、自分でもどう動いたらいいのか戸惑っている、という感を覚えた。
posted by reportage |00:01 |
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