2007年01月30日

埼玉栄高校 vol.1 ‐アップの裏にあるもの‐

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1月27日(土) 埼玉栄高校 vol.1

最寄り駅から歩くこと20分ほど。民家の間をぬって、ようやく現れた国道をわたったところに、埼玉栄高校はある。


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スポーツ校だけあって、スポーツ施設はさすがに充実している。
その中で男子新体操の練習場は、フロア1面で床がほとんど埋め尽くされてしまうほどの広さ。わずかばかりの壁とフロアとの間には、所せましと補強用のベンチプレスや平行棒、トランポリンなどがひしめき合っている。

以前は器械体操部と同じフロアを使用していたが、数年前から男子新体操専用フロアとして、この練習場を使用できるようになった。



午前9時過ぎ。私が練習場に入ったとき、すでに部活は始まっていた。
20名ほどの部員が、フロアの周りを走り始めていた。

栄中学校の新体操部員も混じっているため、まだあどけない顔の少年も、高校生とともに走っている。そしてびっくりしたのは、その中に阿部監督の走る姿があったことだ。



走り終えて汗を拭く監督に、「一緒に走るんですね」と訊くと、息を弾ませながら「ああ、できるときはね」と答えて、また選手の輪の中にもどっていった。その足取りは、40代半ばにしては明らかに軽快であった。


続いて、アップが始まる。もちろん、監督も交えてである。





そのアップの風景が、また一風変わっていた。

まず、バスケットボールほどのサイズの、トレーニング用の重たいボールを用意すると、一列に並んだ部員たちが、走りながら列の先頭から後ろへとパスをまわしていく。ラグビーの“ランパス”と呼ばれる練習である。

これをフロア全体を使って、体形を変えたりしながら数パターン行うと、次は二人一組になって、バスケのようなパス練習。

アンダースロー、オーバースローを繰り返した後に待っているのは、柔道の受身。前後、左右の受身の練習風景を眺める頃には、「一体これは何の競技の練習なのだろうか?」などと考えてしまった。









こうした風変わりな練習メニューの裏には、阿部監督のふたつの思いがある。



ひとつは、「新体操バカになってほしくない」という思いである。
これは、「新体操にばかりのめりこむ」という意味の新体操バカ、ということではない。






私の考える男子新体操の魅力のひとつは、競技そのものがまだ完成されていない、という点にある。

他の採点競技に比べて、ルールの拘束力も比較的弱い。そのため、競技者にゆだねられる「伸びしろ」の部分が多く、常に新しい演技が生み出される。大会でも、あらゆる学校が、どこよりも「新しい演技」を目指して、構成を試行錯誤し、切磋琢磨するのである。


2003年、青森大学がその「新しい演技」で全国を制してからは、よりそうした動きが活発になったように思える。








そうした背景の中で、阿部監督は「新体操はこういうものだ」という凝り固まった考え方で新体操を見る、「新体操バカ」にはなってほしくない、と考えている。



従来の新体操の練習では、体を使う“経路”(と阿部監督は表現する)が限られてしまう。

様々な競技の要素を取り入れることで、今まで使ってこなかった“経路”を開拓し、動きの幅を広げることが目的だと、監督は語る。




こうした練習を始めた当初、部員たちにはやはり戸惑いが見えたという。
ラグビーのランパスでは、はじめ部員達はパスを受けると、そのまま走らずにすぐに次の人にパスをまわしてしまっていたという。これは、彼らのそれまで経験してきた球技(恐らくバスケやバレー)の経験の中では、ボールを持ったまま走る、という習慣がなかったために起こったことである。この動きが彼らにとって、いかに“閉じられた経路”であったかという好例であろう。


これを開拓していくことが、この練習の目的のひとつである。






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 ランパスのアップの中では、当然ボールを落とすことがある。そうすると落とした選手は、フロアの隅で腕立て伏せを始める。

「落としたら腕立て10回」。これがこの練習のルール。



監督を交えてゲーム感覚で行われるこのアップに、はじめは無表情でこなしていた部員たちから、徐々に白い歯がこぼれ始める。


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ここに、監督のもうひとつの思いが込められている。










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 埼玉栄高校の新体操部は、その年齢層が多岐にわたることが特徴のひとつだ。


上は高校3年生が最年長だが、下には栄中学校の部員もおり、最年少には小学校中学年の子がいる。

小学生や、そこを上がったばかりの中学1年生と、大学入学を控える高校3年生とでは、その体格、能力ともに大人と子どもほどの差がある。しかしここでは、小学生も高校生も、新体操経験者も未経験者も、全く同じメニューをこなしている。

当然、同じことをやるのに、中学生は高校生よりも時間がかかる。だが、中学生は懸命にそれに喰らいついてくる。



「ヘタでも楽しく」。それが、監督のもうひとつの思いである。



例えヘタであっても、時間がかかっても、それが楽しければ自分から練習する。例え今はヘタでつまらなくても、楽しそうな先輩たちの姿を見れば、「早く自分も」と、奮起する気持ちが湧いてくる。


これが、風変わりなアップに込められたもうひとつの思いである。














 それを知ってからこの練習風景を見ると、なるほど、新体操につながらないこともないな、と思えてくる。


しかし、風変わりのアップの理由はわかったが、もうひとつ、なぜ監督が部員とともに練習に混じっているのか、理由を聞くことができなかった。










「自分ができないことを、選手にやれとは言えないから」?
「選手とコミュニケーションをとるため」?


理由はいろいろあるのかもしれない。










ただ、アップの中で部員の誰よりも多く覗く、監督の白い歯を見ていると、それは実は「ただ、楽しいから」なのではないか、と密かに思ってしまった。





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2007年01月08日

青森山田高校 雑記2

2日間の取材を終えての感想は、「意外だった」のひと言に尽きる。

青森山田高校といえば、あらゆる種目において「スポーツ強豪校」のイメージがあった。

強豪校ゆえのプレッシャーがあり、それが練習にも緊張感をもたらしている。なんとなく、そんなイメージで考えていた。

しかし、実際のそれは、先に記したように、笑顔のこぼれるアットホームなもの。

全日本選手権で大学生と肩を並べ、周囲を感嘆させた演技はこうしたところから生まれるのかと思うと、やはり意外だった。










2日間の取材を終えた日。私は選手達に軽く挨拶をすると、フロアを後にした。

男子新体操のフロアは、体育館の一番奥にあり、出入り口からもっとも離れたところにある。
私は体育館を出るときの習慣として、館内に軽く礼をしてから出ることにしており、その日もそれに倣った。
すると、遠く離れた男子フロアから、ほぼ全員が同時に「したっ!」と挨拶を返してきた。



タンマ(体操で使用する滑り止めの白い粉)の煙る館内。男女の新体操部員、体操部員が行き交う中、遠くで私が体育館に礼をするのに、ほぼ全員が気づいたのである。



それは強豪校にあるべき姿だと、思った。

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2007年01月01日

青森山田高校 雑記1

私が取材に訪れた初日の夜、青森県内は雪に見舞われた。


関東から来たわたしにとっての初雪となったそれは、車の視界をさえぎるほどに激しいものだった。



そんな中、部活を終えた選手達は、寮まで自転車で帰っていく。

雪が深くなれば徒歩で通い、積もれば部活前に雪かきをしなければならない。


長くこの地に住まう人でさえ、毎日の雪かきは疎ましく思うと言う。




直美さんに何気なく、「みんな練習に来るの、嫌になったりしないんですかね?」と訊くと、「練習しかやることないからねぇ」と笑って答えた。





確かに高校や寮の近くには、学生達が遊ぶような場所はほとんど見当たらなかった。



あったとしても学校帰りに寄れるほど近くはないし、そもそも盆と正月くらいしか休みのない選手にとってはほぼ無縁の場所と言ってもいい。










「練習しかやることがない」


その練習に臨むにしても、ピーク時には車がすっぽり埋まってしまうほどの大雪が降るこの地域。通うことだけでも一苦労、雪をほとんど知らない選手にとっては尚のことである。さらに練習の前には、体育館前の雪かきが待っている。

関東や西のそれよりはるかに長い、こちらの冬。これが毎日続くのだ。


ここで新体操をするというのは、そういうこと。









そうした環境であることを知りながら、それでも青森山田に入りたくて、青森山田の新体操がしたくて、彼らはこの生活を選んだ。


最初は「大した覚悟だ」と、その気持ちに圧倒された思いだったが、いまにして思えば、それは違っていたのかもしれない。








練習中に度々こぼれる選手たちの笑顔。地味ながら、決して重くならないフロアの空気。


いま思えば、そこにあったのは覚悟なんてものじゃなく、ただ一途に、新体操が好きな気持ちだったのだと思う。

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