2007年07月09日

京都市立紫野高校 -機能(前)-

「チームが機能する」というのは、団体において個々がそれぞれの役割を全うし、それらがうまくかみ合っている状態を指す。だとしたら、紫野高校はチームとして機能していると言えるだろう。それも、何というか、少し不思議なかたちで。





 例えば、練習中のこと。
「さぁ、しっかり!」「集中集中!」
練習中、もっとも声を出すのは主将というが相場だが、ここでは2年の廣庭がその役割をかって出る。
 タンブリングがうまくいけば、「よっしゃ!」と拍手。朝から晩までの一日練習がつづいた、連休の最終日、疲労がピークに達していたチームを「さぁ、声出して!」と真っ先に盛り上げたのも、彼だった。
20070709-00.JPG



 
 例えば、上下関係の希薄さ。
 強豪と呼ばれるチームには「フロアの上では学年の上下関係なく、指摘しあう」という気風があるが、そういうことではなくここでは日常的に上下関係がない。
「今のラスト、良かった」。個人演技の練習中、2年の小椋はまるで友達に話すように、3年の坂口に言う。ここではそうすることが自然な、そんな空気なのだ。





例えば、団体演技に対する意識。「団体と個人、どちらが好きか」と尋ねると、全員がもれなく「個人」と答える。多くのチームは団体演技を通じて改めてチームとしての意識を強めるが、ここではどうもそうではないらしい。





 とにかく、今まで目にしてきた「機能しているチーム」とは明らかに違う。それでも、このチームはなぜだかうまいこと調和を保っている。いったい何が、それを可能にしているのか。それらは練習を注意深く観察し、選手たちの性格を知れば、みえてくるものだった。





 まず、練習中のことに関して。
 これに関していえば、ひとえにタイプの違い、ということに尽きる。主将の山根は、自らあれこれ指示を出すタイプではない。練習中、もっとも声を出して雰囲気を盛り上げるのは2年の廣庭だし、下級生や中学生によく教える、面倒見が良いタイプなのは3年の坂口だ。代わりに山根は、そのどちらとも違う形で部を引っ張る。
 
 今年の紫野の団体の構成で、山根のパートは他の選手の3倍の運動量に相当する。彼のパートはタンブリングが多く、当然そこがもっとも消耗する部分なのだが、「ここのところ調子が良くない」と木学監督が語っていたその日ですら、その部分を1本の流しの中で何度も何度も練習した。取材で滞在した3日の間、私は練習中に、彼の口から「疲れた」といった類の言葉を聞くことはなかった。
20070709-02.JPG




 それから、上下関係の希薄さについて。
これは、京都体操協会が運営している新体操教室の影響が多分にある。

 現在の2年の小椋と廣庭はその新体操教室出身であり、その練習場所であった紫野高校には小学5年から出入りしている。高校入学前から3年のふたりとは一緒に練習してきた。それが高校に入ったとたんに「先輩・後輩」なることのほうが、彼らにとっては不自然な話だ。現に彼らは昨年(2006年)インハイ準優勝を飾った北村正嗣のことも「まーくん」と親しげに呼ぶ。

 そういったわけで、紫野高校は至極自然な形で「上下関係のないチーム」となった。
20070709-03.JPG


20070709-04.JPG




 それから、団体に対する意識。
 これは練習を見ていれば、納得のいく話だった。
 部の雰囲気は、先にも述べたように上下関係がないせいもあり、基本的にゆったりとしている。
「ぼちぼち始めようか」。朝8:30という、比較的早い時間に始まる紫野高校の部活は、木学監督のこの言葉をきっかけにがらりと雰囲気を変える。
 
「徒手!」監督が言うが早いか、走りもアップもすっ飛ばしていきなり、団体のバランスの練習から入る。そこから続けざまに上下肢、斜前屈、体回旋といった団体の部分練習を、ハイ次、ハイ次と、めまぐるしい速さでこなしていく。
20070709-05.JPG




それが終わるとすぐに団体の流し。
「今言われたとこ、各自で言ってけ!」曲を流して動きながら、先ほどの部分練習の確認。1曲終わると、間髪いれずにもう1曲。見ている側が苦しくなるほどに、まさしく息つく暇もない。選手たちも呼吸が荒くなり、思わず顔が歪む。が、そこにすぐに「しんどい練習しとんのやから、しんどいの当たり前や!出すな、そーいうの!試合で(雰囲気に)のまれんぞ!」と厳しい檄。
20070709-06.JPG


20070709-01.JPG




3分ほど、柔軟の時間を入れるとすぐにまた部分練習。続いてタンブリング練習。それが終わると10分ほど休憩をはさんで、すぐに団体の全通しを1本。また数分の休憩を入れて、全通し。これが三度、続く。ここまでがようやく終わると選手たちは息も絶え絶えに、ラストポーズをきめた場所から立ち上がることすら困難な状態。するとそこに追い討ちをかけるように「すぐに立ち上がれ!」


―――そしてこれが、個人に入るとまた一変する。
 「こうしてみたら?と提案する程度」だという監督の言葉通り、演技構成から練習法にいたるまで、ほぼまったくと言っていいほど、指示が出ることがない。
 「(流し)誰から?」「ジャンケン?」なんて言いながら個人演技を流す順番を決めるのんびりとした風景は、つい先ほどまでの団体練習とはあまりにもかけ離れていて拍子抜けしてしまう。
20070709-07.JPG


20070709-08.JPG


 これを見れば、団体としての意識が希薄だとかそいういうことではなく、選手たちが「個人のほうが好きだ」と答えたことにも納得がいく。
「個人は自分の自由にできるから」といった後で、少し遠慮がちに「…個人は怒られないから…」といったことにも。


posted by reportage |00:59 | 紫野高校 | コメント(0) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加