2007年04月27日

青森山田高校 vol.2 -策士(前)-

 青森山田高校は指導者に恵まれている。

 監督は、国士舘大学で個人選手として活躍し、監督に就任してからもその独自のセンスと指導力でチームを全国大会で連覇に導いた、荒川監督。彼の残した大学時代の個人競技インカレ3連覇の偉業は、未だ他の誰にも達成されていない。その妻・直美さんも同じく大学時代に国士舘大で個人選手として活躍、現在はJAZZ DANCEのスタジオを運営している。度々山田高校で行われる彼女のレッスンは、「動きの幅が広がる」という選手達の言葉通り、チームの可能性を広げてくれた。
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 そのふたりが
 「団体は、先生がひとこと言うだけで、ガラっと良くなる」
 「あの人は、“勝負勘”もってるから」
 と絶賛するのが、総監督の尾坂監督。

 柔らかい笑顔でくだけた青森弁で話す、自然に親近感がわいてしまうような監督。


 今回のことは、この総監督の思いつきから始まる。







 3月上旬、異例の暖冬の中訪れた青森山田のフロアには、その気候とはうらはらに厳しい檄がとんでいた。


 「すごい弱いチームだ」
 「レベル落ちてるよ」
 「(分習が)流しにしか見えないよ」
 「こんなに悪かったっけ?」
 「これでは(選抜で)7番か8番だ」
 「目を覚ませ」

 -----選抜まで1ヶ月を切っていた。



 そんな中、団体メンバーの中でひとり、他のメンバーに比べてひときわ多く檄をとばされる選手がいた。新3年の柴田である。何度も何度も、細かい動きの指導を受ける。
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 一向に納得のいく動きをみせない柴田をみて、「くっそ~、苦しいー!!」と、尾坂監督。荒川監督からは冗談交じりに「責任とって下さいよ」との声。団体練習が終わる頃には「かちゃくちゃねぇ~!」と、頭をかかえてのけぞってしまった。

 「かちゃくちゃねぇ」とは、青森弁で「もどかしい」の意。


 というのも、柴田を団体メンバーに起用したのは、他ならない尾坂監督なのである。






 もともと団体で柴田のポジションにいたのは、新2年生の亀井。柴田は個人選手だった。

 亀井はタンブリングで他のメンバーに後れをとっていた。しかし動きの形は悪くないし、目に力のある選手で、審判へのアピール力もある。手足が長いために動きもよく映える。
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 だがしかし、如何せん器用なタイプではなかった。タンブリングの能力というものも、センスに関わってくる部分が大きい。上級生の祝(いわい)から「1ヶ月前に比べてだいぶ伸びた」との評価をうけるが、やはり他の団体メンバーにはまだ及ばない。




 そんな折だった。荒川監督が仕事で練習を留守にしてしまっている隙に、尾坂監督は亀井と個人選手の柴田を入れ替えてしまった。もともと、個人選手は器用で飲み込みの早い選手が多い。これが案外しっくりきてしまった。

 仕事から戻ってきた荒川監督は驚いた。だが、柴田の加わった団体の様子を見て、思った。「でも、これは丁度良いかも知れないな」





 厳しい檄の飛び交う団体分習を1時間ほどで終えると、選手達は休憩に入る。と同時にふたりの監督は肩を落としながら、まるで示し合わせたかのように「仕方ねぇなぁ」と声をそろえた。


 団体メンバーが休憩にはいったかと思うと、柴田はひとり、個人の手具を持ち、自分の曲を流していた。柴田はもともと、個人選手としての選抜大会の出場が決定していた。つまり今は“二足のわらじ”という状態だ。

 団体と個人を兼任しているからといって、フロア練習を特別にとれるわけではない。フロアを使った練習は、相変わらず時間が限られている。結局15分の休憩時間の間、一度も休むことのないまま柴田はまた午後からの団体練習に臨んだ。

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posted by reportage |22:48 | 青森山田高校 | コメント(1) | トラックバック(0)
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