2007年03月14日

2月24日 埼玉栄高校 vol.5

 選抜大会をほぼ1ヶ月後に控えたこの日、多くの高校でもそうであるように、埼玉栄高校でも団体のレギュラー争いが始まっていた。
団体レギュラー6名中5名はほぼ確定の状態、残り一席をかけて争っているのは2年の征矢(そや)と1年の高信(たかのぶ)である。

現在のところ、団体練習は高信を入れて行っている。だがまだ大会一ヶ月前であるし、この日の練習を見る限り、入れ替えの可能性はまだ十分にあるようだった。







 この日の練習は、午前中からすでに団体の分習(団体を4つのパートに分けて行う練習)に入っていた。9時から練習を開始して分習を終えたのが11時過ぎ。その後各自柔軟に入り、11時半、新チームとなってから初となる全通し(曲に合わせて団体演技を通して練習すること)を行う。
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埼玉栄の通しを初めて間近に見て、少なからず圧倒された。しかし初の全通しということで後半は疲れの色がみえていた。主将の青木が「最初はこんなもんか」と語ったのにも、何となくうなずけた。

通し終わるとすぐに、息も切れ切れのなか走って阿部監督のもとに集まり、講評をもらう。するとすぐに、また団体の曲が流れる。補欠の選手、征矢たちが通す番である。
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先ほどの迫力のある通しから一転、一気に広くなったフロアの中で、動きは先ほどのそれと全く同じことをする。人を持ち上げたりする「組み」の部分では、そこに人がいることを想定して動く。
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それぞれ通し終わると、レギュラー、補欠ともに阿部監督、橋本コーチの両名から講評をもらうわけだが、補欠の通しは阿部監督がレギュラーに講評している最中におこなわれる。



レギュラーほどしっかり見てもらえないのは当然のことだが、「あまりちゃんと見てなかったんだが…」で始まる監督の講評からは、やはりレギュラーとの大きな隔たりを感じずにはいられない。
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 征矢と高信の実力は、現在のところ均衡している。
タンブリングでは高信の方が上だが、彼は柔軟に大きな課題がある。体操は征矢の方が美しいが、こちらはタンブリングに課題を抱えている。一長一短、なのである。


 技術の面で均衡しているとすれば-----決定打になるのは、精神面である。







 征矢が新体操を始めたのは高校から。キャリアで言えば、中学時代から経験のある高信の方が上である。

 団体のチームキャプテンを務める山中は話の中で、「アイツ、すっごいがんばってるよな」と征矢のことを評した。

橋本コーチは征矢のことを「自分で自分を追い込むことができる選手」だと言う。たまにそれが行きすぎて、体を壊してしまうほどに。

「練習中心がけていることは?」という問いに、征矢は即座に「気持ちで負けないこと。意味のある練習にすること」と答えた。今まで訪れた全ての高校でこの質問をしてきたが、すぐに答えが返ってくる選手は少ない。





技術が均衡しているとすれば、決定打になるのは、精神面である。

 この日、全通しのあとの前後半(演技を前半と後半に分けて行う通し)では、監督から征矢が入るように指示された。


 入れ替わりを言い渡された高信は、「抜けろって言われて何も思わないのか?」と監督に言われ、押し黙ってしまった。





何も思わないわけはない。むしろ自分でも分かっていた。

「気持ちが先輩より入っていなかった」。

それだけに、何も言えない。






 前後半を1回ずつ行うと、この日の団体の練習は終了した。
午後の個人練習後は通常みな補強に入るのだが、団体の補欠は監督に呼ばれ、タンブリングの重点練習を行うこととなった。


 タンブリングを見ていると、やはり高信の方が上かな、と思う。課題の1回ひねりでは「良いじゃん、それそれ!」と、何度か阿部監督から拍手をもらうシーンもあった。ただ、「忘れないうちにやるんだよ!」との注意のもと、もう一度やろうとするとどうも上手くいかない。自分のものにするには、まだ時間を要するかもしれない。


 
 技術面では均衡、精神面では征矢がややリード。ただこの技術面の均衡も、近いうちにわからなくなる。というのは2年の征矢はこの後に修学旅行を控えており、丸々8日間、練習から離れるのである。
柔軟に課題のある高信だが、練習後にひとり追加される柔軟に加えて、寮でもそれを欠かさないという。この8日間が、ふたりに大きく影響することは間違いないだろう。

埼玉栄のレギュラーの行方は、まだまだわからない。
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 こうしてレギュラー争いを繰りひろげるふたりだが、そこにピリピリした空気は全くない。タンブリング練習を撮影したビデオを高信がチェックしていると、「オレにも見せてよ」と征矢が近づき、仲良く肩を並べて見入る。

 彼らは争うべき相手はお互いではなく、自分の中にあるということを知っている。そんな気がした。

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簡単な用語解説などはこちら→http://reportage.web.fc2.com/link.html


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2007年02月12日

埼玉栄高校 vol.4 -普通の高校生-

夕方。ファミレスで記事を書いていると、合コンらしいことをしている、高校生くらい年齢の集団に出くわした。


取材していると忘れがちだが、「ああ、これくらいの年の子はこういうものだったか」と、改めて思う。

そして、「こういうときは割り勘なんだろうか」などと、考えたりする。









埼玉栄の選手たちの印象として残っているのは、「人懐っこい」ということ。


突然カメラを携えてやってきた来訪者に、練習中は戸惑うようにチラチラとこちらを見ていた。しかし練習後のストレッチ中、彼らのひとりに話を聞いていると、いつの間にか自然に周囲に集まってきていた。


始めはお互いに緊張していたが、次第に色々なことを話してくれるようになった。その様子を見ていて思ったのは、当然かもしれないが、「仲が良いな」ということ。


レギュラー争いなんかはある?とたずねると、「あるある、ものっっすごくある!」なんておどけた調子で話す。



実際のところ、レギュラー争いはある。
高校1、2年生と、中学生も入れて15名。3年生も入れると20名ほどになる。男子新体操部としては、大所帯な方である。

試合に出られるのはうち6名。それ以外は全員が補欠である。
レギュラーが発表されると、それ以外の選手は「いつ、どこのポジションに入っても、すぐに動けるように」と、レギュラー全員の動きを頭に入れ、練習する。

フロアで練習するのはレギュラーの6人だが、それ以外の選手もフロアのまわりでまったく同じ練習をする。いや、全員分の動きを把握しなければならない分、レギュラー以上に練習していると言える。





 副キャプテンの石原は、今はレギュラーではない。現在の課題を「早くレギュラーに追いつき、追い越すこと」と語る。
彼らには全国の高校生と争う前に、身近なライバルとの争いが控えているのだ。






これは女子の話であるが、大学の新体操部になると、規模の拡大に伴い熾烈なレギュラー争いが起こる。それは部活にとどまらず、私生活に影響を及ぼすことすらあるという。




レギュラーになれなかった選手は当然、レギュラーのサポートにまわる。
どこのスポーツの世界にもあることだが、自分の立てない舞台を支えるというのは、辛いことである。



そのことについてたずねると、「まわりのケアや、みんなをまとめることは嫌いじゃないから。みんながやりやすい状態をつくりたい」と、さらりと言った。


それは決して諦めなどではなく、純粋にチームの「勝ち」を願うからこそ出た言葉なのだろう。
熾烈なレギュラー争いは彼らには無縁、とは言えないが、少なくともそれが原因でが仲たがいをするということはなさそうだ。







 意識してる高校や選手はいる?と訊くと、皆異口同音に口をついて出るのは「青森山田高校」の名前。「とにかく上手い」と口をそろえる。

なので、「以前取材に行ってきた」という話をすると、身を乗り出すように聞いていた。






「寮生活で、新体操以外あまりすることないらしいよ」

と言うと、

「すげー」。




「部活の前にいつも雪かきしてるんだよ」

と言うと、

「すげー」
「補強だ!」
「だから強いんだ!」



打てば響くような反応が返ってくる。

「ものすごい雪の中でも、歩いて通ってるんだよ」と言ったとき、「え!スキー通学じゃないの?」と答えたのには、思わず笑ってしまった。










埼玉栄高校は、全日本選手権で大学生、社会人と争うほどの実力を持つ。

迫力のタンブリング、キレのある動き、芸術性のある構成。一般人の我々からすると卓越したその身体能力に、思わず鳥肌が立つ。

それらを見ていると、彼らがあたかも特別な資質を持ったアスリートであるかのように思えてしまう。実際、そいういう選手もいるだろう。しかしほとんどの場合、そんなことはないのだ。



 始めたのは高校生からと言う選手がほとんどであるこの世界。始めたきっかけをきくと「バク転をしたかったから」なんて理由を耳にするのはよくあることである。そんな普通の高校生が、3年間努力して努力して、あの演技をつくり上げているのだ。


 会場で彼らを取りまく歓声が、血のにじむような努力の末に成り立っているということを、忘れないでいたい。












 気がつくと、合コンらしいものは解散し始めていた。お勘定はどうやら個別会計らしい。


こういう高校生活もありか、と思う。一方ででもやはり、部活に懸命になってる高校生活の方が好きだなと、大人ならではの身勝手な思いを巡らせていた。









そして今頃、疲れた体をひきずって家路についているだろう、彼らに思いを馳せた。


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2007年02月10日

埼玉栄高校 vol.3

12時をまわったころ。リスクの練習を終えると、選手達は昼休みに入る。
このとき、埼玉栄特有だなと感じたのは、
「飲み物を買ってきます」
「トイレに行ってきます」
など、練習場を出る際に必ず選手ひとりひとりが逐一、監督に報告をする姿である。
これは単なる体育会的な風習ではなく、「目の届かない練習場の外で何かあってはいけないから」という阿部監督の気遣いからくるもの。



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 昼休み中は、練習場のすみのテレビの前に集まって、大会のDVDを観ながら皆で昼食をとる。



「他に観るものないから」と選手達は話すが、おそらく何度となく観たDVDであろうに、度々画面に釘付けになっている姿を目にすると、思わず笑みがこぼれてしまう。





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 午後の練習はバーレッスンから始まる。とは言ってもこの人数がつかまれるバーなどここにはない。練習場のすみにあったトランポリンを中央に移動して、それにつかまって行う。

バレエの基礎の動きであるそれは、男子に取り入れられるようになった当初こそ奇異に映ったが、今ではよく見られる光景である。



平均台


 続いて、平均台を使った練習。足の幅よりも狭いそれの上で、バランスをとり、ターンをする。
それが終わると唐突に、思わず身が引き締まるような音楽が流れる。そして同じく唐突に、それに合わせて動き始める選手達。――――流れてきたのはもちろん、埼玉栄の団体の曲だ。


団体

 曲にあわせて簡単に動くのを3本、タンブリングなしで一曲通す“徒手通し”を1本。
多くの新体操選手がそうであるように、彼らもまた、曲がかかると思わず体が動く、といった感じだった。


団体の構成は昨年の暮れにほぼ出来上がっているそうだが、まだオフシーズン。この日の団体練習はこれだけであった。







 リスクの練習中や団体練習に入る頃、フロアの脇でよく見受けられたのは、高校生が中学生や小学生に指導する姿。彼らはすでに現役を退いた3年生であるが、3月までは部に在籍しており、練習にも顔を出している。というのは、全日本選手権で引退を迎えてからのおよそ3ヶ月の間に、3年生が下級生の団体の構成をつくるのだ。埼玉栄の習わしである。
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 新しいチームでの最初の大会は、3月下旬に大分で行われる高校選抜である。団体は選抜の演技をベースに多少のアレンジを加えながら、その後のインターハイ、国体、全日本選手権などを迎える。3年生が最後に残した演技構成は、その年一年、下級生によって演じ続けられるのである。


 3年生たちはさすがに全ての練習に加わるわけではないが、下級生の補助や、フロアの周りで声だしをする。この姿も、3月には見られなくなる。






新キャプテンの青木は「3年生が抜けて、不安が多い」とその心情を素直に語った。
3年生が抜けてチームの能力が落ちるのは当然のことだが、青木が懸念するのは「3年生がいなくなって、声を出す回数が減ったこと」だ。




 確かに、練習中にかけられる「ファイトー!!」という掛け声は、フロアのまわりからかかることが多いように見えた。世代交代の時期であるが、やはりまだまだ3年生にひっぱってもらう部分が多いようだ。



ただ青木本人も「声を出していくこと、団結力をつけていくことが課題」と口にするように、意識はし始めている。




新しいチームをまとめることは容易ではない。2月上旬には2年生が修学旅行で1週間ほど留守にしてしまい、思うように練習ができない現状もある。しかし大会は待ってはくれない。3月25日、その団結力が問われる日がやってくる。

それまでに、そしてそれを経てどう変われるかで、チームの真価は問われる。



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2007年02月03日

埼玉栄高校vol.2  -ファインダー越しに気づいたこと-

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9時から練習を開始して、1時間ほどのアップ。それが終わると15分ほどの柔軟。

特に体が硬い部員には、監督からの「愛の鞭」がふるわれるのも、新体操部ではよくある風景。





柔軟が終わると、いよいよ全員が手具を持っての個人演技の練習となる。

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このとき持つ手具は、棒、リング、縄、棍棒と、様々である。何を練習するかは、各自に任されている。


ここでは主に、手具を投げ上げ、タンブリングやターンをしてからキャッチする、“リスク”の練習を行う。










 全員がフロアで一斉に練習を始める。なんとか写真におさめようとシャッターをきるのだが、動きが早くてなかなかうまくいかない。



ファインダー越しに選手達を必死で追っていると、ふと、気がついたことがあった。ひとりだけ、やけにファインダーに飛び込んでくる回数が多いな、と思う選手がいた。




その選手には高校生にしてはうまいな、という印象をうけた。

しかし驚くべきことに、彼はまだ中学2年生だという。




中2にしては比較的背も高く、体格、技術ともに決して見劣りしない。
それもそのはず、彼、斉藤良輔は、中学生ながら昨年の全日本選手権に出場し、高校生はおろか、大学生、社会人と争っていた。




男子新体操の最高峰の大会であっても「緊張はしなかった」と語る斉藤。

インタビューの最中も決して言いよどむことなく、中2とは思えぬほどに落ち着いた態度からも、それが決して強がりや虚栄心からくる言葉ではないことが伺える。


栄高校での練習に加わるようになったのは小5から。しかし、新体操自体は小3のときから始めており、すでに5年のキャリアがある。

最近では男子新体操のジュニアクラブも増えたため、幼少期から経験している者も増えてきているが、高校から新体操を始めた者が多い埼玉栄のなかで、中2にして5年の経験は、かなりのアドバンテージになる。



昨年の全日本ジュニア選手権では、3位入賞を果たしている。橋本コーチも「今年1番、見ものな選手」と期待を寄せる、有望株である。

しかしそれらは、単に経験の長さのみからくるものではない。






中学生の部活は、基礎的な能力を向上させることに重きをおくことが多い。故に指導者に指示を仰ぎ、そのメニューをいかにストイックに、忠実にこなすか、ということが重要となる。


そんな中、彼はすでに自分で課題を見つけ、考えながら練習をする、という形を身に付けつつある。自主性を重んじる阿部監督の意向のせいか、彼自身の資質かはわからないが、この歳にしては意識は高い。


練習中に厳しい檄をとばす橋本コーチも「あいつは一番練習してますよ」と評価している。

ファインダーに飛びこんでくる回数が多かったのは、決して偶然ではなかったようだ。







今の目標は?とたずねると、こともなげに「全日本ジュニア優勝」という言葉が返ってくる。

昨年は3位だったのだから、当然の返答ではある。
だがその淡々とした様子には、もしかしたらそれは、彼にとっては単なる通過点でしかないのかもしれないと思わされる。




 リスクの精度が高いだけに、今後の斉藤の課題はタンブリングに絞られそうだ。しかしまだ14歳。焦る必要はないだろう。

彼の活躍する舞台は、これから先にまだまだ控えているのだ。

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2007年01月30日

埼玉栄高校 vol.1 ‐アップの裏にあるもの‐

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1月27日(土) 埼玉栄高校 vol.1

最寄り駅から歩くこと20分ほど。民家の間をぬって、ようやく現れた国道をわたったところに、埼玉栄高校はある。


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スポーツ校だけあって、スポーツ施設はさすがに充実している。
その中で男子新体操の練習場は、フロア1面で床がほとんど埋め尽くされてしまうほどの広さ。わずかばかりの壁とフロアとの間には、所せましと補強用のベンチプレスや平行棒、トランポリンなどがひしめき合っている。

以前は器械体操部と同じフロアを使用していたが、数年前から男子新体操専用フロアとして、この練習場を使用できるようになった。



午前9時過ぎ。私が練習場に入ったとき、すでに部活は始まっていた。
20名ほどの部員が、フロアの周りを走り始めていた。

栄中学校の新体操部員も混じっているため、まだあどけない顔の少年も、高校生とともに走っている。そしてびっくりしたのは、その中に阿部監督の走る姿があったことだ。



走り終えて汗を拭く監督に、「一緒に走るんですね」と訊くと、息を弾ませながら「ああ、できるときはね」と答えて、また選手の輪の中にもどっていった。その足取りは、40代半ばにしては明らかに軽快であった。


続いて、アップが始まる。もちろん、監督も交えてである。





そのアップの風景が、また一風変わっていた。

まず、バスケットボールほどのサイズの、トレーニング用の重たいボールを用意すると、一列に並んだ部員たちが、走りながら列の先頭から後ろへとパスをまわしていく。ラグビーの“ランパス”と呼ばれる練習である。

これをフロア全体を使って、体形を変えたりしながら数パターン行うと、次は二人一組になって、バスケのようなパス練習。

アンダースロー、オーバースローを繰り返した後に待っているのは、柔道の受身。前後、左右の受身の練習風景を眺める頃には、「一体これは何の競技の練習なのだろうか?」などと考えてしまった。









こうした風変わりな練習メニューの裏には、阿部監督のふたつの思いがある。



ひとつは、「新体操バカになってほしくない」という思いである。
これは、「新体操にばかりのめりこむ」という意味の新体操バカ、ということではない。






私の考える男子新体操の魅力のひとつは、競技そのものがまだ完成されていない、という点にある。

他の採点競技に比べて、ルールの拘束力も比較的弱い。そのため、競技者にゆだねられる「伸びしろ」の部分が多く、常に新しい演技が生み出される。大会でも、あらゆる学校が、どこよりも「新しい演技」を目指して、構成を試行錯誤し、切磋琢磨するのである。


2003年、青森大学がその「新しい演技」で全国を制してからは、よりそうした動きが活発になったように思える。








そうした背景の中で、阿部監督は「新体操はこういうものだ」という凝り固まった考え方で新体操を見る、「新体操バカ」にはなってほしくない、と考えている。



従来の新体操の練習では、体を使う“経路”(と阿部監督は表現する)が限られてしまう。

様々な競技の要素を取り入れることで、今まで使ってこなかった“経路”を開拓し、動きの幅を広げることが目的だと、監督は語る。




こうした練習を始めた当初、部員たちにはやはり戸惑いが見えたという。
ラグビーのランパスでは、はじめ部員達はパスを受けると、そのまま走らずにすぐに次の人にパスをまわしてしまっていたという。これは、彼らのそれまで経験してきた球技(恐らくバスケやバレー)の経験の中では、ボールを持ったまま走る、という習慣がなかったために起こったことである。この動きが彼らにとって、いかに“閉じられた経路”であったかという好例であろう。


これを開拓していくことが、この練習の目的のひとつである。






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 ランパスのアップの中では、当然ボールを落とすことがある。そうすると落とした選手は、フロアの隅で腕立て伏せを始める。

「落としたら腕立て10回」。これがこの練習のルール。



監督を交えてゲーム感覚で行われるこのアップに、はじめは無表情でこなしていた部員たちから、徐々に白い歯がこぼれ始める。


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ここに、監督のもうひとつの思いが込められている。










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 埼玉栄高校の新体操部は、その年齢層が多岐にわたることが特徴のひとつだ。


上は高校3年生が最年長だが、下には栄中学校の部員もおり、最年少には小学校中学年の子がいる。

小学生や、そこを上がったばかりの中学1年生と、大学入学を控える高校3年生とでは、その体格、能力ともに大人と子どもほどの差がある。しかしここでは、小学生も高校生も、新体操経験者も未経験者も、全く同じメニューをこなしている。

当然、同じことをやるのに、中学生は高校生よりも時間がかかる。だが、中学生は懸命にそれに喰らいついてくる。



「ヘタでも楽しく」。それが、監督のもうひとつの思いである。



例えヘタであっても、時間がかかっても、それが楽しければ自分から練習する。例え今はヘタでつまらなくても、楽しそうな先輩たちの姿を見れば、「早く自分も」と、奮起する気持ちが湧いてくる。


これが、風変わりなアップに込められたもうひとつの思いである。














 それを知ってからこの練習風景を見ると、なるほど、新体操につながらないこともないな、と思えてくる。


しかし、風変わりのアップの理由はわかったが、もうひとつ、なぜ監督が部員とともに練習に混じっているのか、理由を聞くことができなかった。










「自分ができないことを、選手にやれとは言えないから」?
「選手とコミュニケーションをとるため」?


理由はいろいろあるのかもしれない。










ただ、アップの中で部員の誰よりも多く覗く、監督の白い歯を見ていると、それは実は「ただ、楽しいから」なのではないか、と密かに思ってしまった。





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