2007年07月28日
これだけの選手がふたり。そしてどちらも最終学年。たったひとりの個人インターハイ出場者は、関東大会の後に控える、神奈川県高総体最終予選会で決定する。関東大会の試技終了後、貝瀬監督が「(県高総体最終予選では)審判、やりたくないです」と言ったのもうなずける話だった。
昨年、インターハイ出場を果たしたのは蜂須賀だった。昨年の手具は棒と棍棒。棍棒は野呂が不得手とする一方で、「手具が小さい分、大きく動ける」と語る、蜂須賀のもっとも得意とする種目だった。しかしこの年の野呂の敗因はそれとは無関係に、「練習不足」という至ってシンプルなものだった。
野呂が新体操を始めたのは高校に入ってから。中学校までは器械体操部に所属していたが、高校進学をきっかけに、新体操の道を進んだ。持ち前の器用さで、野呂はその年の11月に行われた新人大会で優勝を果たした。
これが、いけなかった。新人戦とはいえ、新体操を始めて1年もたたずして獲った頂点は、彼を慢心させるには十分だった。
「これで勝てるんだ」。
そうした気持ちのゆるみは、すぐに練習にあらわれ、すなわちそれは結果にもあらわれた。2年次の関東大会の結果は「ボロボロ」。そこから「負けたくない、と思って」臨んだ同年の県総体最終予選では、蜂須賀、野呂、ともに落下のミスがあったにも関わらず、0.2もの差をつけられ、蜂須賀がインターハイの切符を手にした。
「この0.2は、ミスではなく実力の差なのだ」―――突きつけられた現実を、痛感した。
時間軸を戻して今年の6月、県総体最終予選。場所は大会の都合で、光明高校の体育館で行われることとなった。
いつもの場所で、いつものメンバーと、いつもの演技をする。ただひとつ違うのは、これで高校最後のインターハイ出場者が決まるということだ。
この日、貝瀬監督は関東大会での言葉通り、自らは採点せずOBに審判を任せた。どちらかを切ることは、ふたりの三年間を見てきた監督には酷だった。
試技順は野呂が1番、蜂須賀は4番と、多少間隔が空いていた。そのためふたりは試技の合間に、互いの演技を見る時間が十分にあった。それぞれ誰の演技のときでも、大学生さながらの激しい応援の檄を飛ばし合った。
ふたりに「相手の演技を見てるとき、何を考えていたか」とたずねると、どちらも「応援のときは何も考えずに、ただ応援していた」といった答えだった。
おそらくそれは本当だろう。ただ、互いの演技を見つめる視線が、いつもより真剣だったのもまた本当だ。
そして、わずか1時間半ほどで、結果は下される。
野呂 昴大 棒:9.275 リング:9.225
蜂須賀 竜太 棒:9.125 リング:9.175
最後のインターハイ出場権は、野呂が掴んだ。蜂須賀は棒でラインオーバーのミスで減点。関東に続き、ここでも「まさかのミス」に泣かされた。
しかし私の目から見て、ふたりの実力はほぼ均衡していた。ただ、唯一その差を挙げるとするならば「負けを知った者の強さ」ということに尽きる。
今でも、去年のインターハイに出場できなかったことについて野呂は「すごく悔しかった」と語る。あの日の負けの悔しさが、1年越しの思いとなって彼を勝利に導いた。
7月21日。インターハイを目前に控えたこの日の光明高校の体育館で、私はまた、「負けを知った者の強さ」を目の当たりにした。
光明の伝統で、夏は選手たちが自ら坊主頭になる。ただ彼に関して言えば、変化したのは姿だけではないようだった。
別に普段がふざけているというわけではない。おそらくインターハイが近い、ということもあっただろう。しかしこの日、約1ヶ月ぶりに見た蜂須賀は、練習に対して他の誰よりも「真摯」であるように見えた。
この日、インターハイの団体演技と同時に、野呂以外の選手はすでに国体予選の個人演技の練習に入っていた。国体は団体出場メンバーのうち4名が、棒・リング・縄・棍棒の一種目ずつ個人競技に出場し、個人と団体の点数を合わせて競われる。
棍棒での出場を予定している蜂須賀は、この日朝から頭痛と吐き気を抱えていたにも関わらず、個人練習で何度となくダイナミックなタンブリングを見せた。途中、具合悪そうに座り込んで頭を抱える姿を見せながらも、それでも個人の流しの後にはすぐにラストの確認。呼吸も整わないまま、何度も同じ動きを繰り返す。時折、ひとりフロアを抜けて貝瀬監督に動きの指導をもらいに行く。練習が終わりの時間に近づき「ハチ(の流し)で最後ね」と言われた後も、時間ギリギリまでタンブリング練習を行った。
光明高校には不幸なことに、わくわくさせてくれる選手がふたり、最終学年にいる。
どちらかが勝つということは、どちらかが負けるということ。その負けがまた選手を強くする。彼らは三年間、その繰り返しを演じてきた。
或いはその負けの輪廻こそ、私をわくわくさせてくれる源なのかもしれない。
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2007年07月25日
光明高校に2回目の取材に訪れた日、「面白い演技をする子がいるな」と思った。とにかく、手具操作が器用。演技の中に多分に盛り込まれたそれは、見る側を飽きさせない。素早さと間、その人目をひく緩急のつけた動きには、思わず見入ってシャッターを押す手を止めてしまう。それが、野呂昴大だった。
部の中でも、野呂は周囲に気を遣うタイプだ。ひとりひとり順に行うタンブリング練習で、野呂は自分の次の選手が誰であっても必ず、その選手の着地を確認するまでマットの隣に補助に立っている。高校始めの1年生がタンブリングに入ると「補助、補助!」と声をかける。
光明高校では週1回、地元の小学生を対象とした新体操教室を行っている。教えるのは高校生たちだ。その中でも面倒見の良い野呂のまわりには、いつも子供たちが集まってくる。あんまり集まってちょっかを出してくるから、身動きがとれなくなって「あー!!」なんて声をあげることもしばしばだ。
よく周りに気がつくということはそれだけ、まわりに左右されるということでもある。
大会会場で、蜂須賀は自然に集中力を高めていけるタイプだ。会場に入る前に、深呼吸しただけで、スイッチが入る。
一方で、自身を「雰囲気にのまれる方」だと語る野呂は、意識的に集中を高め、調整を図らなければならない。だとするならば今回の結果は、彼の調整への努力の賜物である。
「個人は動いていないと不安」だと語る野呂は、関東大会の公式練習でも、ピョンピョンと軽快にフロアを動き回った。学校の練習に組み込まれている、可動域を広げる運動“操体法”も、どこに行っても必ずやるように心がけた。
その成果あってか、一種目めの棒で種目別1位を獲得。しかし、二種目めのリングに入る前にそれを聞かされたことは、彼にとってプレッシャー以外の何者にもならなかった。
チームメイトの蜂須賀の演技についてすら、「自分よりうまく見える。でもここで自信をなくしたら、大きく動けなくなるから、見ないようにしてる」と語る選手である。1位ときいてのプレッシャーは、想像に難くない。
それを打ち払おうと、ここでも周囲の演技を極力見ないように努めた。その分、練習場で体を十分に温め、必ず一汗かいてから演技に入った。結果、リングの演技直前、彼はアップゾーンで自身が1位であることを忘れるほどに集中していた。
そして臨んだリングの演技。終盤の複雑な手具操作では会場を沸かせ、見事ノーミス。2種目を制し完全優勝を飾った。
野呂はどちらかというと調子に波のある選手。だとしたら、今の彼は完全に波に乗っている。
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2007年07月23日
光明高校の恵まれている点は、OBがよく練習を見に来てくれること、スプリング入りの立派なフロアがあること。それから、見ている側をわくわくさせるような選手がいることだ。
不幸な点は、それがふたり、しかも同じ最終学年にいるということ。
そのうちの一人目、蜂須賀竜太の演技の魅力は、ダイナミックなタンブリングと、シンプル且つ大きな動きの徒手。それだけで、十分に人を魅了することが出来る選手だ。
6月20日に行われた関東大会。昨年のインターハイ出場者である蜂須賀は優勝格と目されながら、棒、リングともにまさかのミス。順位は1年の佐々木のひとつ下、5位に沈んだ。だがあの関東大会の日、最も会場の空気を変えたのは、間違いなく彼だった。
関東大会個人種目には、関東地区から23名の選手が選出される。23名がそれぞれ2種目ずつ、それも男女あるわけだから、大会の後半には多少なりとも空気がダレてくる。
それが蜂須賀の演技が始まって数秒、散漫だった会場の意識が一斉に彼に向けられたのがわかった。人の意識というのは、ある特定の状況下では見えるのだ。そして彼は、その特定の状況をつくり出すことが出来る。
彼の演技はなぜ、そこまで空気を変えることができるのだろうか。おそらくそれは「隙のなさ」に起因する。
これは特に個人演技に関して言えることなのだが、どんな選手でも演技中、体の一部の集中が切れる、という瞬間が多かれ少なかれある。例えば両手で複雑な手具操作をしている時。投げ上げた手具が落ちてくるのを待つ瞬間。そんなとき、下半身や姿勢など、いわゆる「お留守」の状態になる。つまり、集中が体の細部に行き届かず、隙が生じるのである。
人を魅了する、雰囲気のある演技には極端にこれが少ない。
杉本清志、野田光太郎、大原秀一といった全日本を制した多くの選手は、この「隙」が限りなくゼロに近い。
これはある程度の努力と、そこからはセンスによるところが大きい。そしてファインダーを通じて、彼にはそのセンスがあるのだと感じた。
演技を連写で写真に撮っていると必ず、「カッコ悪い」ショットが何枚か混ざってくる。手振れやピントがずれているとかそういうことではなく、姿勢や体の状態として、「カッコ悪い」ショットである。
しかしこれが、殊に蜂須賀に関しては極端に少ない。ラストポーズの直前、手具を投げ上げた直後。普通では明らかにタイミングを逸したショットであっても、写真として使えるかは別として、それなりに様になっているのである。
彼の「隙のなさ」が全日本覇者と同じレベルだとは言わない。ただ、彼にはそれに近づくことのできる素質があることは確かだ。そしてそれが私の期待を膨らますのに十分なものだということも。
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2007年02月26日
光明高校に初めて取材の電話を入れたとき、貝瀬監督から「4人しかいませんけど、良いですか?」と言われていた。4人と言えば、団体も組めない人数だ。練習はきっと閑散としているのだろう、と想像していた。
中学生を入れてもたった5人で開始された練習。しかしながら、10時に始まって、昼休みを入れずにに午後まで行われるタンブリング練習までの間、フロアから「ファイトー!!」という元気な声が途切れることはなかった。
それは少ない人数を声で補おうという気張ったものではなく、ただ自然に、その場から生まれてくる掛け声だった。
またこの日は人数の面でも、閑散さはなかった。
練習の途中途中に、「こんにちは」の声とともに人数が増えてゆく。光明の卒業生である。
この日は卒業生のひとりが仕事で遠方に行くということで、その激励もかねて集まったのだと言う。ぽつりぽつりと集まった卒業生は5名、それに習いに来ている近所の小学生も合わせて、最終的にフロアには12人の姿があった。
現役生よりも卒業生の方が多いという、なんとも妙な構図の出来上がりである。
この日はたまたま人数が多く集まったと言う貝瀬監督だったが、何もない土日でも、1~2人、誰かしら卒業生が自然にやってくるという。
現在国士舘大学で新体操を続ける大原は、「今日は大学の方の練習は良いから」と、別の日にまたこちらに顔を見せた。
国士舘大学を経て現在社会人の村山は、「アイツは趣味で来てます」と貝瀬監督に言われるほどに、現役生顔負けに練習に加わっていた。
こんな風に卒業生が自然に集まってくる要因のひとつには、指導者との距離の近さ、というのがあるようだ。
光明高校には現在、千葉監督、貝瀬監督という2名の指導者がいる。両名とも部活を見ているが、現在、直接指導しているのは貝瀬監督である。
フロアでの練習中、舞台でのタンブリング練中、ファインダーを覗くといつも選手の近い場所に貝瀬監督の姿がある。
指導中はもちろんであるが、選手が遊んでいるときですら、その輪の中に貝瀬監督がいる。選手が黙々と補強をやっている最中に、監督がバランスボールを投げて邪魔しているシーンさえあって、思わず笑ってしまった。
この日、タンブリング練の後に個人・団体の構成作りをして、練習を終了したのが15時。しかしあいさつを終えた後、フロアを後にするものは誰もおらず、いつの間にか卒業生も含めた全員がフロア上で円状に集まっていた。
何が始まるのかと思えば--------バレーボールだ。
そしてその輪の中にはもちろん、貝瀬監督の姿が。
見ているとまるで練習よりもこっちが目的なんじゃないかというほど、選手も卒業生も、そして監督も夢中になってよく動き、よく笑う。
どうやらここでは3回落とすと罰ゲーム、という決まりらしい。罰ゲームは壁に沿って立ち、他の全員から1回ずつボールを投げられる、というもの。全員がかなり本気でボールを当てにかかるこの罰ゲーム、もちろん監督にも適用される。
「15時に練習が終わるのに、このせいで18時頃まで帰れなかったこともありますよ。“ダメです、先生が罰ゲームするまで終われないんです!”なんて言って」
笑いながら、貝瀬監督はそう話す。ここではあらゆる意味で、指導者と選手の距離が近い。もちろん、選手同士の距離も。
ここを流れる心地良い空気のわけが、少しだけわかった気がする。
私は人数の少ない部活動を見ると、「がんばってほしい!」とか、「どうやったら部員が増えるだろうか?」なんてことを懸命に考えてしまう。
でもことに、光明高校に関してはそんなことはなかった。
人数は少ないが、「この高校はきっと大丈夫だろう」と思える。
この心地良い空気に、きっと自然に人が集まってくる------そんな風に、思えるのだ。
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2007年02月23日
取材をしていていつも思うことは、ここから自分という存在を消して、空気みたいになれれば良いのに、ということだ。そうすればもっと、自然な彼らが見られるのに、と。
まぁこれはあくまでも例えの話だが、でももしも、本当に空気になれるとしたら、私はここの空気になりたい---そう思わせる心地よい何かが、ここ、光明高校の練習場には流れていた。
光明高校に取材に訪れた日、私は時間を勘違いして1時間も早く体育館に到着してしまった。入り口でしばらく顧問の貝瀬監督を待っていたのだが、やはり時間をもてあましてしまい、少し覗いてみようと練習場に足を向けた。
練習場を覗いてみると、私は一瞬あせってしまった。というのも、選手達がすでに手具を持って曲にあわせて動き始めていたからだ。
「もう練習が始まってしまったのか」と焦って時計を見たが、監督に言われた開始時刻の30分も前であった。
時間通りに到着した貝瀬監督にそのことを訊くと、「ああ、アレはただ遊んでるだけですよ」とのこと。そう言えば、流れていた曲もインカレなどで聞き覚えのある、大学生が使っていた曲だった気がする。
他の学校や選手の曲に合わせて演技を真似る姿は、男子新体操ではよく見かけるシーンである。
なぜ他校の曲をもっているかというと、大会で仲良くなった選手と互いに曲の交換をするのだという。互いをライバル視して“競う”意識の強い女子の新体操ではありえないことだが、こういったことが選手の競技に対する姿勢を象徴している気がする。
女子の新体操は、選手一人一人の競技に対する意識が非常に高い。
やるからには高得点を、上をめざす。0.025の点差が水をわける。そいういう世界だ。故に他の選手に対する意識ももちろん強くなる。
一方で男子の場合は、人と競って上を目指す意識はもちろんあるのだろうが、それよりも競技そのものを好きな気持ちが上回っているようだ。だから、良いと思う演技があれば真似てみるし、良い曲は他校のものでも欲しい。
多少の意識はあるだろうが、それでもそこまで敵味方意識なく、競技全体を愛せる姿勢がある。こういう姿をみると、これも男子新体操の魅力のひとつだな、と思う。
ひとしきり「遊んだ」後、練習は10時から開始される
練習自体はまだオフシーズンのせいもあってか、決して目新しいものがあるわけではなかった。。
軽く走った後、長座の状態で腕の力だけでフロアを往復、倒立での往復、3重とび、倒立腕立て、人を肩車してのつま先立ちなどなど。
決して目新しくはないが、自分や他人の体重を負荷にしたそれらは、地味にキツイ。
それが終わると、柔軟の後、今度はタンブリング練習のため体育館の舞台の上に登る。というのは、床に敷かれたフロアは4cmほどの厚さのウレタンの上にじゅうたんを敷いただけの簡易フロアのため、その上でタンブリングをすることが出来ないのだ。
タンブリングの出来るフロアを持っていないわけではないのだが、体育館は男子新体操部専用のものではないため、セットに時間のかかるちゃんとしたフロアを敷きっぱなしにしておくことができないのだ。
そのため、タンブリングは舞台の上に設けられた、狭い幅のタンブリング板の上で行われる。大会間近にでもならないと、タンブリングを入れての演技の練習は出来ない。
光明高校は私学であるが、私学の練習環境が必ずしも十分に恵まれているわけではないのだなと感じた。
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