2007年06月08日
これだけの想いがある。どうしても、他県に勝ちたい事情もある。そうした中で迎えた選抜大会。
会場入りしての公式練習中、本番を目前にしていやおうなく高まる気持ちとは裏腹に、時任は自身の鎖骨に激痛が走るのを感じていた。
本番までは本当に、時間がなかった。
「全国大会でこの痛みのある状態で、自分の中でかなり追い詰められていた」
絶対に勝ちたい事情がある。多くの人からの期待は、痛いほどに感じている。
後にそう語る時任の心境は、察するにはあまりあるものだった。
心身ともに追い詰められたこの状況で、彼は本番を迎える。
それから一月。今にして思えば、と時任は話す。
「ラインオーバーは方向を確認していれば出なかった。倒立も、いま思えばビビッてやってた。思い切りやってれば、できたんじゃないかと思う」
確かに、大会会場での彼は冷静さに欠けていたかもしれない。だからこれはミスの原因や言い訳としてではなく、ひとつの事実として知っておいてもらいたい。大会後になって初めて分かったことなのだが、この時、彼の鎖骨は折れていた。
走りから始まった練習は、基本徒手、バランス・倒立、タンブリング練習、簡単な団体分習と続いた後、構成作りにはいる。その間、彼らは常に声を出し続ける――――いや、その姿は叫ぶ、と言ったほうが正しいかもしれない。
小林工業の卒業生で、一昨年まで青森大学の主将として活躍していた日高コーチは、選抜の結果についてこう語る。
「(団体)2位には納得いかない。でも逆に、勝たなくて良かったのかもしれない。そこで慢心しないために」
練習中、ひときわ激しく、何度も何度も叫ぶのは主将の上畠。
その姿は、3年間の想いと選抜での悔しさを決して忘れまいと、自身と周囲に言い聞かせているようだった。
この負けは確かに、彼らをまた強くした。
構成作りでは「組み」と呼ばれる、接触を伴う大技を中心に構成を組み立てていく。
その中で持ち上げられる役を引き受けるのは、チームの中で比較的体格の小さい、2年の有村だ。何度も何度も持ち上げられたり、逆さになったりを繰り返すため、その顔は血が上って真っ赤になる。
マットをくみ上げて、その上で組みの補助をするのは時任。
積み上げたマットの高さは、2メートル以上になる。その上に立つとちょうど、体育館に高く掲げられた部旗を背負う形になる。
毎日、練習の始めと終わりに挨拶をする部旗。
彼が背負っているその二文字は、彼ら選手達と、そして監督がこれまで自身に課してきた言葉に、他ならない。
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2007年06月03日
宮崎県には男子新体操部のある中学校が3つある。高校でも「珍しい」と形容される男子新体操部は、中学になれば更に希少になる。そんな中で、一県に三校もの中学があることは、九州勢を「古豪」たらしめている所以である。なぜあえて「九州勢」という言い方をするかというと、それが必ずしも宮崎に、小林工業に安定した戦力をもたらす要因とはならないからである。
数少ない中学での男子新体操経験者である。他県の高校、とりわけ私学などは黙っていない。全日本ジュニアなどで好成績をおさめた選手は全国からオファーをうけるし、彼らもまた、県外に出る気持ちが強くなる。結果、現在の小林工業の3年生は、地元中学から進学した4名のみとなった。
小林工業はここしばらく優勝から遠ざかっている。今年の3年生は、中学まで同じ地元で新体操をしていた同輩達が他県に行って優勝しているのを、何度となく見てきた。その姿を見た周囲の人間からの、「あのメンバーがみんな小林に入っていれば…」という言葉も耳にしてきた。
その先に続く言葉は、彼らにはあまりに辛辣だ。
「大会で会うと、ライバル心がわく」と、3年の坂元は同輩について語った。
副主将の時任は「(同輩が)他県にいったことを考えると、絶対に負けたくない。自分達は地元でやっている仲間たちと、強い弱い関係なく、勝つんだ、という気持ちで」と、その心情を素直に語った。その言葉からは、悔しさと切なさとがない交ぜになったような、複雑な想いを感じた。そしてその想いは、部の総意でもあった。
小林工業では学年ごとに部誌を書くことになっている。その日の練習メニューと、感じたことなどを、選手達が毎日持ち回りで書くのだ。そこに「優勝」の二文字がおどるのを、何度も目にした。
その中で、選抜後におこなわれた祝賀会についてはこのように書いている。
「自分達の祝賀会には保護者や先生方、OBや地域の方々など100人近く来てくださって、とてもうれしかったです。
また、多くの方に応援の言葉をいただき、自分達がどれほど期待されているかが分かりました。
これからはその応援を一身に背負い、気を引きしめてがんばっていきたいです。」
「今年の九州は強い」という言葉を取材で行く先々で聞いていた。それによるプレッシャーはあるか、とたずねると、2年の岩下はそれよりも「祝賀会で保護者やOBから応援の言葉をもらったことによるプレッシャーが大きい」と答えた。
主将の上畠は「応援してくれる人の期待に、今年は絶対に、応えたい」と話した。“絶対”という言葉の力強さを改めて感じさせるような、そんな言い方だった。
そんな多くの人の期待を背負う中で、彼らが誰よりもその期待に応えたいと感じている相手は、唯ひとりだろう。
「優勝して、必ず喜ばせたい」。3年の水久保がその言葉を向けるのは、永野監督に他ならない。
監督について選手達に尋ねると、その第一声は必ず「厳しい」といった類のものだった。そしてその後に必ず「けど、」と付け足してから、言葉がつづく。
「けど、自分達を勝たせるために一生懸命」
「けど、自分達を育ててくれる」
「けど、自分達を勝たせるために、がんばってくれてる」
永野監督が小林工業に、単独で監督として就任したのは昨年のことだ。“単独で”というのは、それ以前は年長の監督とともにふたりで指導していたためである。
正監督としての経験はわずか一年だが、常勤講師の時代を入れると9年、永野監督は小林工業の卒業生であるから、現役の頃を入れるともう12年、小林工業にいることになる。誰よりも小林工業を知っているし、思い入れはまた、強い。
最近、監督は自腹でマイクロバスを購入した。遠方から来ている選手は、20時を過ぎると終電がなくなる。そうなったときに、選手を自宅に送り届けるために使われるのだ。
OBから、「先生、もっと遊んでくださいよ」と言われるほどに部活一筋。「自分のために、金、使ってないんじゃないですかね」との声があるほどだ。「あんなにしてくれる人、なかなかいないですよ」。
選手の勝ちへのモチベーションが高い小林工業だが、それを維持するには指導者の更に高いモチベーションが必要になる。一日の間に監督は「絶対に、勝ちます」という言葉を何度口にしただろうか。そのモチベーションの源は何かと尋ねると、「選手の将来のため」と答えた。
「勝てば生きていく上での自信になるし、たとえ負けたとしてもその努力は絶対に無駄にならない」。
言ってまた、その日何度目かになる「絶対に、勝ちます」を口にした。
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2007年05月31日
時任はその瞬間、すぐにそれがわかった。自分の足の親指が、三分の一ほど白いラインの上にのった。
音楽係として後方からそれを見ていた坂元は、線審が赤い旗を上げたのを見て初めてそれに気づいた。出たな、と。
3月27日、全国高校新体操選抜大会、団体演技。
優勝格と目されていた小林工業高校は、ラインオーバー(場外)と倒立のミス、バランスのふらつきなどにより減点をうけ、青森山田高校との同率準優勝となった。
「ミスがなければ、或いは…」その言葉は取材で訪れた先々で聞かれた。
それから1ヶ月ほどたった、5月上旬。小林工業の練習は「まだ、十分に空気をつくれていない」という主将の上畠の言葉が信じられないほどに、鬼気迫るものだった。それは単に、他よりも比較的早い時期に控えている県大会のためだけとは思えなかった。
小林工業の練習は「追い込む」タイプのものが多く、それは練習の始めに行う走りに象徴されている。1周ちょうど1キロの校庭の外周を、1年生は全力で1周、2、3年生は3周する。走りで足に負荷をつける、というのはよくあるものだが、小林工業ではそれに加えてマスクをして走る。酸素量を減らすことで心肺機能を高める、高地トレーニングの要領である。上畠が「相当、キツイ」と語るこれは、当然毎日おこなわれる。
そこからは基本徒手と呼ばれる、団体に入っている動きの練習、バランス・倒立、タンブリング練習、団体分習と、文字にするとあまりにも平凡な内容になってしまう。しかしそれに取り組む姿勢、それを取り巻く空気が、彼らが優勝格と目される理由を物語っていた。
まず基本徒手だが、これは部員を何組かにわけて、決められた動きをフロアの上で一組ずつ、順に行っていく。フロアの広さから言えば、二組くらいなら余裕で同時に動けるのだが、そこをあえて一組ずつ行う。その間、待っている選手たちからは、絶えず注意の檄がとぶ。「顔、あげろ!!」「重心!!」「胸!!」
つづく、バランスと倒立の練習。これは全員で一斉に、ぴたりと合うようにするのだが、こちらも一本終わるごとに、上級生から激しい檄や注意が飛ぶ。これは練習中通していえることなのだが、その檄が、滅茶苦茶に、怖い。迫力だけならば、その辺の大人よりもずっとある。
倒立の練習では、多くの場合、鹿倒立の状態で5カウントほどキープする練習をする。演技の中で実際止まるのが、高校では一般的に5カウントだからである。これを、小林工業の練習では7カウント静止する。これは全日本王者・青森大学と同じ長さである。
そしてやはりその間も、激しい檄や注意の声は飛び続ける。
小林工業の練習は、平日は放課後16時から、休日は朝9時から、長いときには20時頃までおこなわれる。小林工業には新体操専用体育館がない。そのため、毎週木曜にフロアをセットして、日曜には片付ける。月曜から水曜までは、簡易フロアを毎日セットする。トータルするとその準備に、1週間で6時間ほどとられる。
「毎週、6時間とられるんです。毎週一日分、練習をロスしているんです」
高校の部活としては比較的長時間の練習。それでも永野監督はそう語る。
それだけ、時間は惜しい。
そこまで貴重な練習時間である。そんな中であえて、時間をかけて一組ずつ、基本徒手を行う。
永野監督はこの練習についてやはり「はっきり言って、これは時間がもったいないんです」と語り、更にこう続ける。「でもこうすると、注意する側は言ったからには自分も意識してやらなければいけない。だから、自分も周りも良くなる。ただ言うだけの選手には、こっちから檄、とばしますからね」
基本徒手であえて割かれた時間にはこうした狙いがあった。そして選手たちも、それがどれだけ貴重な時間かを知っている。
「団体競技なので、自分だけうまくなっても仕方ないんです」
監督のその言葉に、あれだけ激しく飛び交う檄の理由が少しわかった気がした。
常にピリピリした空気が走り、大会会場か、それ以上の緊張感すら感じる練習。選手同士では行き届かないところでは、監督から、思わずこちらが身を縮めてしまうような激しい檄が飛ぶ。しかも練習は長時間にわたる。今どき珍しいタイプの部活だ。
これを単に「前時代的」とひと言で片付けてしまうこともできるかもしれない。ただ、学校の部活動自体が縮小傾向にあり、「怒られ慣れ」していない子どもの増える現代において、ただ古いだけの練習で果たして結果を残せるだろうか。
そこにあるのは、至極単純な「勝ちたい」気持ちと、少し複雑な事情だった。
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