2007年04月15日

青森大学 vol.1-ウサギとカメ(後)-

 練習ではアップから選手についている中田監督だが、ことに練習内容に関してはほとんど口をださない。練習メニューも選手達がつくったものを見て、二、三アドバイスする程度。構成作りも同様で、選手達がつくったものを監督に見てもらい、OKが出ればその構成で大会に臨む。

 
 だが、そう簡単に監督はうなずかない。いつも3~4回はつくり直しをするという。今つくっている構成も、3回目のものだ。




 しかし、11月に全日本選手権が終わって、通常ならオフに入り、正月休みを経てから年明け、構成作りに入る。新年度最初の大会、東インカレは5月。3月中は高校選抜や各種式典があることを考えると、十分な練習時間は確保できない。その中で、そう何度も構成を練り直せるものだろうか?

 それが可能なのは、単純につくり始める時期が早い、それも半端ではなく早いためである。










 11月、全日本選手権の決勝で、選手達をアップゾーンからフロアへ送り出す瞬間、監督の頭のなかに浮かぶのはひとつの思い。
「さて、来年はどうしようか」

 この2、3日後には新しい構成を作り始めるのだという。しかしそれにしても、まだ今年の結果が出ていないのに翌年のことを考えているとは、と驚く私を見て、監督は「まぁ、不謹慎かもしれないが」と付け足した。


 
 ここまで自信をもって選手を送り出せるのは、そこに十分な裏づけがあるからだ。
「ジャパン(全日本選手権)までの道のり、その年のことは全て計算してやってる。不安はあるが、負けるような練習はしていないから」

 ともすれば、傲慢ともとられそうな言葉。しかしそれが、結果を出し続けているからこそ言える言葉であることを、監督は知っている。そして言った以上は、結果を出し続けなければならないということも。


 2003年からの全日本選手権4連覇。そこには確かにプレッシャーというものが存在していた。しかしそれは、わたしが想像していたものと少し違ったものだった。



 主将の岡が「負けたくない、あっと言わせたい」と語るのは、ライバルの国士舘大学ではなく、他大学の誰でもなく、中田監督だ。「日本一になる意識というよりは、先生を見返したい」のだと言う。



 4年の沖田は「去年より良い演技で、一味違うと思わせたい。今年の青大はすごい、と言わせたい」と言う。そのためには「優勝は大前提」なのだ。



 練習の姿勢からも感じていたのだが、彼らの目標は他大学に勝つことや、日本一になることの更にその先にある。そして、敵は常に自分達の中にある。




 こうした高い意識が青大の強さの秘訣だとしたら、その意識はどうやってつくられたのだろうか。練習内容にはあまり口出ししない中田監督が強く指導するのがそこである。


 それは、創部時に一番始めに、監督が選手たちに教えたこと。
「体操人(と中田監督は表現する)の前に学生。学生としての本分を怠らない」こと。
下の世代から「ああいうチーム、ああいう人になりたい、と思われる選手を目指す」こと。


 それは、決して珍しい教えではない。ただ、それが選手達に十分に浸透している。それが意識の高さにつながっている。



 創部時、中田監督が最初にとりかかったのは部則をつくること。全20条以上に及ぶそれは、まず監督の手で草案がつくられ、それに選手達の意見を求めるというかたちでつくられた。

 その中で、選手達から「パチスロ禁止という項目を入れて欲しい」という要望があった。当時、部の中には何名かパチスロをする者がおり、熱中しすぎると部の風紀の乱れにつながる、と考えたのだろう。しかし中田監督はそれを「幼稚なもの」として退けた。「それは部で決めることではなく、自分のモラルで決めること」。

 自分達の目指すものは、そんな低いレベルのものではない。創部時から、中田監督の意識はすでに高いところにあった。










 怪我に泣かされ、一度は大会から姿を消すも、昨年(2006年)の全日本で見事返り咲きを果たした大原。コンスタントに上位入賞を続けてきた有沢。こうした結果を出してきた個人選手に関しても「(彼らは)それをおろそかにしなかった」と、結果以上に、そうした部分を評価しているようだった。
 そして更に、こう続ける。



「先頭を行くチームは間違ったことはできない。俺らが間違えたら、(体操界は)ガラッと変わってしまう。体操界全体を考えて行動しないと」

 ここまで聞いて、ようやく私は監督の言った「使命感」の本当の意味がわかった。

「(部活は)行きたくない日もあるけど、使命感があるから」

 それは一監督としてのものなどではなく、日本のトップとして、体操界を背負うものとしてのそれだった。そしてその使命感、覚悟を選手たちも共有している。あそこまでの高い意識は、そこから生み出されているのだ。




 練習で見せる集中力、上下関係のないフラットな練習風景、人としての模範的な姿を求める部則、監督を「見返したい」という選手の言葉-----それらのことが、ようやくひとつの線でつながった気がした。





 全ては体操界を担う、という使命感のため。だから彼らの目標は、常に優勝のその先にある。











 ウサギとカメという昔話があるだろう。2匹が競争をして、ウサギが昼寝をしている間に、カメがゴールインするという、あの話である。

この話でカメがウサギに勝てた理由はなんだろうか。


ウサギが昼寝をしてしまったから?カメが休まず進み続けたから?

おそらくそれもある。でも根本的な理由は、そんなことではない。


ウサギが負けたのは、カメを見ていたから。
カメが勝てたのは、ゴールを見ていたから。



 ウサギが負けたのは、競争相手のカメを見ており、それが遅いのをあなどって昼寝したため。

 カメはただ、ゴールだけを見ていた。他の競争相手ではなくただ、自分が決めたゴールを見つめて、そこにたどり着くことだけを考えていた。だから、勝つことができた。


 誰に勝つためではなく、ただ自分の決めた高い高い目標に向かって、懸命に歩んでいたから。



 私はその答えを、青森大学に見た気がした。

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2007年04月12日

青森大学 vol.1 -ウサギとカメ(中)-

 わずか1時間ほどのフロアでの練習が終わると、続いて場所を2Fにうつして団体演技の構成作りに入る。

 監督について2Fの練習場に上がると、私はまた驚かされた。そこは日本一の演技が生まれるには、明らかに劣悪と言っていい環境だった。

 


 床面積の半分をトレーニングマシンで占められたその場所は、団体メンバー6人が、フロアを想定して隊形をつくるには明らかに狭い。

 床はわずか1センチほどの厚さのウレタンマットの上に、じゅうたんを敷いただけのもの。それも体操用でもなんでもない、薄く、幅のせまいじゅうたんなので、何枚もならべて敷きつめなければならない。さらにじゅうたんの境目はめくれ上がっており、今にも足をひっかけてしまいそうなフロアである。

 動きをチェックするために欠かせない大きな鏡は一応あるが、それもその三分の一ほどが割れてしまっている。

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 こんなところであの壮大な演技は生まれていたのかと思うと、ただただ驚くばかりだったが、聞けばこの練習場も、ついこの2ヶ月前ほどにできたばかりだという。それまでただマシンが乱雑に置かれただけだったこの場所を、選手達が整理してあつらえた。それ以前は体育館の廊下や走りに使っていた2Fテラスを使用していたというから、更に驚きである。
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 床は固く、滑りやすい木やビニールだし、廊下などは少し動けば隣の選手にぶつかってしまうほどの幅しかない。鏡は、手洗い所の前のものを使用するが、その場所も手を伸ばせば壁に当たってしまうような広さである。そんな場所で20名以上の部員が練習する姿など、想像すらできない。

 

 しかしこうした、時間的・設備的に限られた環境は、中田監督の求める「突発的なものに対応する力」を養うには適していたようである。昨年12月20日~1月13日の間に行われた、ドイツ遠征でその成果は表れた。



 

 今回青森大学が参加したのは、ガーラという、様々なアクロバットのエキスパートが集まってヨーロッパ各地をショーをしてまわるというもの。アートに関心の深いヨーロッパでは、来年のチケットが昨年の9月に完売してしまっている、というほどの盛況にあるイベントで、10万人以上もの動員数を誇っている。

 

 しかし基本的にプロの集まるこの興行、そのスケジュールはかなりタイトであった。様々な種目の選手がいるため、練習時間はかなり限られた。10分から20分のアップで2時間後に本番、なんてこともあった。公演は多い日には1日2回、それが終わればすぐにバスで移動、車内で日付けが変わり、翌日にまた本番、という日程が続く。
 
 


 何ヶ月も前から、大会での本番1回のために練習してきたこれまでとは勝手が違いすぎる。にもかかわらず、選手の口から「そこまで辛くなかった」という言葉が出るのは、日頃の変則的な練習の賜物だろう。





 「(求める能力は)突発的なものに対応できる力。それがないと勝てない」というのが中田監督の持論。





 ドイツでの遠征中、青大の演技の後、会場はものすごい歓声と、それだけでは足りないとばかりの地団太で埋め尽くされた。ドイツからは「来年もぜひ来て欲しい」と来訪を熱望されており、オランダ、ロシアなどからもオファーを受けている。
 

 国内の実績にくわえて、初の海外遠征での高評価、そしてなにより変則的な練習について「毎回なにをしようか、楽しみ」と語る主将の岡の言葉。


 その力は、確かについているようである。











大会日程、用語解説などはこちら→http://reportage.web.fc2.com/


posted by reportage |23:21 | 青森大学 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年04月08日

青森大学 vol.1 -ウサギとカメ(前)-

 「ウサギとカメ」という昔話がある。

二匹が競争をして、ウサギが昼寝している間にカメがゴールする、というあの話だ。
この話で、カメがウサギに勝てた理由はなんだろうか。


ウサギが昼寝してしまったから?カメが休まず進み続けたから?



私はその答えを、青森大学の中に見つけた気がした。





 2002年、東インカレ(インカレの東日本予選)に突如として姿を現した青森大学は、まだ大学のジャージすら揃っていない状態だった。
しかし、それが初出場のインカレでいきなりの団体優勝。
翌年はインカレに続き、国内最高峰の大会、全日本選手権でも団体優勝。それまでの福岡大学VS国士舘大学の構図に割ってはいるどころか、いきなりそれを飛び越えてしまった。
 まさに「彗星のごとく」とか「青天の霹靂」という言葉がぴったりくるこの出来事は、男子新体操界に衝撃を与えた。そして2006年の全日本選手権まで、青大はその王座を守り続けている。

 これだけの実績を知れば、誰だって青大の強さの秘訣を知りたがるはずだ。
私ももちろんそのひとりであり、それを知るべく、3月上旬、取材に訪れた。




 青大の部活に関して、まず始めに驚かされたことがひとつ。青森大学には練習場がない。正確に言えば、大学に新体操部の練習場所が、ないのである。
そのため、練習は近くにある青森山田高校の練習場を借りて行われる。

 この日、青大の選手が体育館に姿を現したのは昼前ころ。高校生がまだフロアを使用しているので、その間、同体育館の2Fテラスで走り、柔軟を行う。
決して広いとは言えないスペースを何往復もし、体を温める。柔軟では、中田監督自らが選手の足上げを行う場面もあった。
 大学生ともなると、監督が練習から指導する、というのは珍しい。だいたい演技ができあがってから、「通し」練習を見てもらう程度だろう。そんな中、まだまだオフシーズンのこの時期に、アップから選手の傍らに立つ中田監督の姿は意外な光景だった。
アップ1


アップ2



 高校生の練習が終わった13時半頃、フロアに入ると早速タンブリング練習が始まる。と、私は思わずびくりとしてしまった。

 空気が、変わったのだ。

 これは本当に、大げさな表現ではなく本当に、青大の練習が始まった瞬間に、確かに空気が変わるのを感じたのだ。

 まず、練習中に出す「ファイトー!!」の掛け声が格段にデカイ。うるさいほどのその声で、タンブリング練習の間、山田の体育館からは掛け声以外の物音はまったく聞こえなくなる。

 しかしそんな表面的なことより何よりも、練習に取り組む姿勢が違う。
 倒立前転に始まり、飛びこみ前転、前宙、バック転。やっていることは高校生のそれと大差ないのだが、全員が一斉に行うそれは、美しさ、ダイナミックさ、どれをとっても格段で、圧巻である。
 しかしそれ以上に感じたのは、選手たちのそのひとつひとつに取り組む真剣さが、明らかに違うということ。選手ひとりひとりが、この練習の貴重さを知っている。そんな感じだった。20070408-02.JPG


 
 実際のところ、練習時間はかなり限られている。
 平日の練習であれば、授業が終わった選手から体育館に集まりだし、全員集合するのがだいたい17時。それから高校生の練習が終わるまで、体育館2Fのテラスでアップなどをして待つ。19時頃、高校生の練習が終わるとようやくフロアに入れるのだが、練習は21時か、遅くても22時には切り上げられる。個人、団体それぞれの練習があるから、各1時間ほどの練習しかできない。


 「ファイトーー!!」絶えず響く掛け声の中、一本一本ていねいに行われるタンブリング練習は、大会会場のような、ピリリとした適度な緊張感をはらんでいた。

 「みんな、スワンのときの手、気をつけていきましょう!」
 そんな中、皆に注意を呼びかける選手がいた。新4年生の誰かかと思えば、呼びかけをした佐藤聖(ひじり)は、まだ1年生であった。こういった場面は、青大ではよく見られる光景だ。

 「フロアに入ったら、学年は関係ないので。考える人は、多ければ多いほど良い」。同じく1年の高岩は語る。「先輩も嫌な顔はしない」そうだ。

 昨年、団体のチームキャプテンを務めた斉藤も「強いチームづくりには必要なこと。互いに指摘しあえないと、強いチームはつくれない」と語る。創部わずか6年目のこの部には、体育会的な悪い慣習はない。


 タンブリング練習の後は、鹿倒立で7カウント、静止するのを10本。倒立の状態で1分間キープを1本。倒立でフロアのまわりを1周。フロアでの練習は以上で、わずか1時間ばかりのことだった。そしてその間ずっと、傍らには中田監督の姿があった。20070408-03.JPG


20070408-04.JPG


 訊けば、監督は会議などがある日以外はほぼ毎回、練習に顔を出すという。取材をしていてあらためて感じるのだが、選手に休みがないということは当然、監督にも休みがない、ということだ。青大の部活は毎週火曜が定休だが、その他のまとまった休みはお正月とインカレ後のお盆休みしかない。
 「部活は毎日同じことの繰り返しですけど、来るの嫌になったりしないんですか?」
 大学の監督がここまで練習に顔を出す、というのがどうしても珍しく感じてしまい、ついたずねてしまった。
 「行きたくない日もあるけど、使命感があるから」
 

 キッパリとした口調だった。私はこの言葉のもつ意味が、私が考えている以上に大きなものであることを、取材を通して知ることとなった。






20070408-05.JPG



男子新体操 用語解説、大会日程など→http://reportage.web.fc2.com/


posted by reportage |18:41 | 青森大学 | コメント(0) | トラックバック(0)
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