2009年10月13日

福岡大学-個性の交錯、連鎖(後)-

 木原の高校時代のチームはほとんどが中学時代からの持ち上がりメンバーだった。レギュラー同士は皆気心の知れた関係。全国有数の整った環境。練習は実にやりやすかった。

 高校3年になると、レギュラーメンバーは誘いのあった大学で新体操を続けるという。彼らが進学する大学に進めば、ある程度の能力の保証された、整った環境で再び演技ができる。だが、木原は彼らとともに演技をするよりも、別のチームとして競ってみたい、と思った。整った環境はいつしか、木原の中に「新しいものをつくりたい」という思いを芽吹かせていた。

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 こうして、それぞれの事情で福岡大進学を決めた選手たちが、チームを組むこととなった。

 出来たばかりのチームの中心は、自然に木原になっていた。まだ福岡大で団体メンバーが集まるかどうか分からない状態でも、木原は頭の中で団体の構成作りを始めていたほどに、熱心だった。演技はもちろん、6人集まることを想定して作り、昔の福岡大のビデオを見て、「福大らしい」動きを学んだ。同時に、ダンスなどから新しい動きも取り入れた。

 現在、練習場の壁に貼りだされている各自の目標も、彼が言い出して始めたことだ。「書いたらやろうって気になるので」。
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 今後の展望についてたずねると、「3年後には結果を出したい」と木原は言う。さらに、「来年は絶対、メダルを取りたい」と、静かだが力強く語った。「佐藤さんに、全国のメダルをとらせてあげたいので」。


 唯一の3年で主将の佐藤郁(かおる)は、今年突然入部してきた5人の新入生に、純粋に驚いていた。佐藤が1年の時も2年の時も、メンバーは団体が組めるギリギリの4人しかいなかったからだ。

 高校から新体操を始めた佐藤は、そもそも大学で続けるつもりはなかった。ただ、高校が同じ福岡にあったことから、度々福岡大で大学生に練習を見てもらうことがあった。見知った選手も多くいる、ということも手伝って、あくまで「大学(の勉強)ありきで」新体操を続けよう、とう気持ちになった。

 が、入部して愕然とする。高校時代とは桁違いに厳しい練習に、ついていくのも精一杯だった。高校時代に練習に来ていた時は、あくまで「お客さん」扱いだったことを実感した。江口監督自身も、当時の佐藤への指導を「めちゃくちゃ怒ったんですよ」と振り返る。しかし入部当初は当惑したその指導にも、「厳しくする理由がしっかりある」のだと、佐藤は気づき始める。そしてそう思えるようになるほど、練習は佐藤を確実に成長させていた。

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 そして3年になった年、彼にとっては唐突に集まった5人の新入生。経歴も動機も全く違う選手だったが、練習をともにするにつれ、確実にチームになっていった。練習の楽しみは、大きくなった。

 これからの目標についてたずねると、佐藤は「今年から(6人で)団体ができるようになったので、福大復活にふさわしい新体操ができるようになりたい」と答えた。「大学ありき」で入学した大学だったが、いつしか部活への思いは大きくなっていた。

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 集団が団結するためには、様々な要件がある。勝利への執念だとか、反骨精神だとか。ただ、ここではそれをひと括りにすることができないようだ。

 丸山は今のチームを「めちゃめちゃ明るくて、でもやる時はしっかりやる、切替のできるチーム」だと話す。練習では笑い声が聞こえることも多いが、その後にはすぐに気合の声があがる。めまぐるしく雰囲気の替わる練習は、それでも確実に「押さえるところは押さえている」、絶妙なバランスが取れていた。何より、実に楽しそうだった。練習が楽しい、ということは、チームがまとまる大きな理由のひとつに違いない。

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 「1年生の多いチームだけど、自分はやりやすい」と栄永が話すように、もしかしたら要因のひとつには、それがあるのかもしれない。同じ練習メニューをこなすのと同様に、皆が部旗をはり、ドリンクをつくり、体育館を片づける。無意識に、一体感は芽生えるはずだ。

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 廣庭は「考え方の違いが面白かった」と話す。練習の雰囲気づくり、勝つことへの意識、そういったものの違いが、新鮮に思えた。もしくは、それを「面白い」と思えたから、チームは調和が取れているのかもしれない。

 その全てが要件なのかもしれないし、全て違うのかもしれない。だた確かなのは、それぞれの選手が、それぞれの理由で、この環境、この練習、このチームに魅力を感じていることだ。始まりは多様だったものが、それぞれの過程を経て、ひとつの方向へ向かい始めていた。

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 動き出したばかりの新生チームが、今年8月、全日本インカレに初めて臨んだ。結果は4位。1年生がほとんどのチームとは思えぬほどに、見応えのある演技だった。攻める気持ちと、個性の集まったチームは、緊張感と笑顔が同居する独特の雰囲気があった。「挑むというのは、こんなに楽しいことだったのか」と思い出させてくれるような、そんな空気だ。

 或いはそれを周囲に感じさせることの方が、今の彼らには大きな意味をもつのかもしれない。その空気惹かれて、このチームで戦ってみたいと思う選手が、また現れるかもしれないからだ。


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2009年10月12日

福岡大学-個性の交錯、連鎖(前)-

 8月の全日本インカレのサブ会場で、ひと際声を張り上げる人物がいた。福岡大学の江口和文監督。監督と言うにはまだ若い彼は、そのはずで、今年の春に大学院を卒業したばかりだ。練習でも選手と見紛う程の動きを見せるし、選手以上に声を出し、練習を盛り上げる。それに呼応するように声を上げ、気を引き締めるのは、団体のうち5人が1年生というチーム。
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 一時期活動を休止していた福岡大学は2007年から団体を組み始めた。とは言っても、人数は団体が組めるぎりぎりの人数の4人であったから、6人での団体が組めるのは、再開後初のことだった。メンバー構成は1年が5人に3年が1人の、ぴったり6人。経歴、や出身、志望動機も異なる、実に多様な選手で構成されている。その、様々な選手で成り立つチームは、これまで見たどのチームとも違う雰囲気をもっていた。
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 志望動機は、驚くほどバラバラである。1年の栄永成晃は、熊本県は水俣高校の出身。水俣といえば、男子新体操では歴史のある高校のひとつだ。しかし九州は小林工業、神崎清明、鹿児島実業ら強豪校の集う激戦区。九州大会ですでに全国レベルの争いとなるこの地域で、栄永は全国優勝の経験がなかった。栄永の場合はその悔しさが、福岡大へ進む原動力となった。
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 兵庫県は西宮今津高校出身の丸山力は、高校で新体操を始めた。もとより、大学では新体操を続けるつもりはなかった。中学時代から目指していた教員になるために、福岡大に進学を決めたという。
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 個人選手として高校時代に全日本選手権の出場経験もある廣庭捷平には、他大学から特待の話もきていた。特待制度をおくような大学であれば、全国から集まる選手たちと切磋琢磨することが出来ただろう。それでも廣庭が福岡大を選んだのは、「人間的成長」に魅力を感じたからだ。
 多くの選手と刺激しあう練習にも惹かれたが、一人で練習を組み立て、常に自分と向き合わなければならないストイックな環境に身を置くことの方が、得るものが大きいと感じた。

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 中村優太の「ちゃんとした環境でやりたかった」という入部理由は、実に重みがあった。幼稚園の頃に体操に憧れて、小学校時代は家で一人、座布団をしいてバック転を練習。独学で宙返りまでできるようになった。中学校では新体操部に入部するも、環境に恵まれなかった。フロアはなく、マット運動用のそれしかない。仕方なく、自分で板とスポンジを買って簡易フロアを作って練習に励んだ。


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 望むものも、目指すものも違う。ただ大学入学後、彼らがの考えで概ね一致していたのは、福岡大の広い体育館、高い天井、常設されている練習フロアを「整った環境」だと考えている点だ。


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 一方で、神埼清明高校出身の木原正憲にとって、その印象は全く異なっていた。

 全国優勝の常連校である神崎清明には、県立ながら専用の体育館がある。フロアは1面と半分程もしける広さ。「日本一のチームを支えたい」とマネージャーも入ってくるほどだし、トレーナーが怪我を診てくれることもあった。自分で飲み物を作ったり、タンブリング板の上でしかタンブリング練習ができない今の環境からすると、自分が恵まれた環境にいたことを改めて実感した。

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 しかし、恵まれた環境から一線を画した彼こそ、チームに誰よりも強い思いを抱いていた。木原も廣庭と同様に、他大学からの誘いを断って福岡大への入学を決めていた。そこにもまた、彼なりの理由がある。


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posted by reportage |21:54 | 福岡大学 | コメント(1) | トラックバック(0)
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