2008年03月08日

半田中学校 -変化、工夫、極意-(後)

 事実、チームづくりは簡単ではなかった。現在鍋島コーチとともにチームを指導する杉江監督は、半田中男子新体操部の創設者でもある。しかし半田中に来るまでに8年の期間を要し、ようやく創部にいたったかと思えば、途中で新体操部のない学校に4年も勤めることになったりと、なかなか腰をすえての指導にたどり着けなかった。



 創部当時は多くの部でもそうであるように、人が集まらずに全国大会の出場を見送った。2年目にしてようやく全日本ジュニアに出場、そして3年目、早々にして半田中に転機が訪れる。二回目の出場となった全日本ジュニアでの惨敗である。


 人を動かすのは「負」の体験であることも多い。試合後に号泣した彼らもまた、その負の経験に衝き動かされた。実際のところ、この惨敗に終わった全日本ジュニアの前、彼らの練習に取り組む姿勢は決して「真摯」とは言えなかった。思い当たる節があっただけに、そこを克服さえすれば、結果を出せるというビジョンが見えたのかもしれない―――いや、それよりも単純に「悔しい」気持ちが、彼らの練習への姿勢を変えたのかもしれない。どちらにせよ、そのことは結果に表れた。翌年の全日本ジュニア、半田中はまさに前年の無念を晴らすかのような大躍進、一挙優勝に躍り出た。


 この影響で、競技の認知すら薄かった男子新体操部に、翌年には10名以上もの入部希望者が訪れた。しかし、今となっては30名以上の部員を抱え、どこよりも異彩を放つ演技からは、そうした泥臭い過去は感じられない。大敗を喫した時期を知る、30名の中のわずか4名の3年生だけが、かすかにその頃の名残を感じさせるのみである。
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 練習の合間、「面白いものを見せてあげるから」と杉江監督が立ち上がったのは、Bチームが団体練習に入る頃だった。一人、選手を呼び寄せると、開脚するように指示する。選手は左右に脚を開くのだが、新体操選手としては明らかに硬い。「こんなに硬いでしょう」と言うと、杉江監督はおもむろに選手にストレッチを施す。脚をまわしたり、背中を押したり、間接を曲げ伸ばししたり。時間にするとわずか3分ばかりのことだっただろうか。
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 再び開脚を指示されると彼の体は、今度は開脚の状態でぴたりと胸を床につけられるほど、柔らかくなっていた。最近、これを試合前に行うのだという。そして私に「コレ、誰にも教えてないんだけどね」と笑ってみせた。
 これだけの変化が実感できれば、選手としてはかなりのモチベーションアップにつながるだろう。それに何より、選手が皆これをできるようになったらと思うと、演技に対する期待はどうしても高まる。

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 しかし、こうした選手にみるように、中学生となるとほぼ全員が体操未経験者である。派手なタンブリングなどもちろん初めからできるはずもなく、地味な前転、後転にはじまり、全員で行う基本徒手は長時間に及ぶ。決して「楽しそう」には思えない練習についてこさせるには、宥めたりすかしたりしながら、うまく付き合っていかなければならない。そうした中で、昨年の全日本ジュニアでは4位。現在青森山田高校の一年生で、半田中出身の小林翔などは、二年の途中で入部、その半年ほど後には主将になっている。昨年の全日本ジュニアでは個人で2位に食い込み、大学生らの出場する全日本選手権にも出場を果たした。


 先にも述べたが、中学生はほぼ素人の集まり、ということになる。それも、めまぐるしい変化の時期を迎える、素人だ。だとするならば結果は、監督の手腕によるところが大きい。変化に対応するためにさまざまな工夫を凝らしているが、その中でも最も重要なこと、極意とも言えることがあるとすれば、何か?
「新体操を好きにさせることが、一番大事ですね」

 ―――なるほど、それは極意に違いない。






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2008年03月02日

半田中学校 -変化、工夫、極意-(前)

 兎角、変化というものは恐ろしい。


 スポーツの指導に関して言えば、中学生の指導というのは競技以外の要素の比重がとても大きい。何しろ、選手は成長期の真っ只中にあるのだ。一月で見違えるほどに身長が伸びたかと思えば、昨日まで懸命に練習に取り組んでいた選手が、途端にやる気を失ったりする。

 「そういう時期」と言ってしまえばそれまでだが、ひとつの演技の完成に向け、1年間の計画をたてる者にとって、この変化はあまりに恐ろしい。恐ろしいから、彼らは工夫を凝らす。




 愛知県は半田中学校の鍋島コーチの指導を見ていて感じたことは、その注意のポイントが非常に細かいということだ。つま先、体の引き上げ、姿勢。それは女子の細やかな演技指導に勝るとも劣らないものだった。しかし、コーチがこんな風に「手とり足とり」教えるのは、週に1~2回程度だという。それはただでさえ敏感で、周囲からの圧力にはある種本能的な反発さえしてしまうこの時期の選手たちの、やる気を削がないための配慮である。
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 細かい指導の中には、さらに繊細な心遣いがある。どうすれば毎回おなじところを注意しなくてすむか、どう叱り、どうほめれば向上心を高められるか。そのために全国大会のビデオを見せたり、コーチ自身が社会人大会に出場しているのも、そうした取り組みのひとつである。今年は団体で社会人大会に出場し、全日本選手権にも出場を果たした。全日本の会場で、半田中のOBにあたる青森山田高校の榊原が「あれ、自分らのコーチなんスよ」と嬉々として話すのをみていると、その影響のほどはうかがえた。

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 半田中の男子新体操部は現在32名の部員をかかえる。男子新体操部としては、中学ではもちろん、高校でも稀な大きな規模である。練習はその32名が、体育館の四分の一ほどのスペースで行う。団体演技の練習とタンブリング練習は二手に分かれて行われるが、それ以外の基本的な徒手練習は全員が一斉に行う。これだけの人数がそろってやると、単なる飛び込み前転にすらハッとさせられる。
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 先の鍋島コーチの細やかな注意は、普通であれば個人個人に指導するような内容である。それが、ここでは三十余名全員にむけて行われる。「徒手練習に2時間かけることもある」と話に聞いていたが、この指導ならそれもうなずける。そして改めて特異だと感じる。
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 そうした徒手練習を終えると、今度は団体演技を練習する者とタンブリング練習に入る者とに分かれる。半田中はA、B、Cの3つの団体チームを擁する。それが入れ替わ立ち代り、フロアに入る。

 このときAチームは新しく演技をつくり始める時期だった。昨年の演技をアップ程度に流しで動いてから、練習に入る。単なる流しなのに目を離せなくなったのは、それが昨年の全日本ジュニア選手権で、初めて彼らの演技を見たときの感覚を呼び起こしたからだ。

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 2007年10月、代々木体育館で開催された全日本ジュニア選手権に足を運んだ私は、正直なところさほど大きな期待はしていなかった。演技を見にというよりは、その中に面白い選手を見つけられれば、という思いで臨んでいた。だから、半田中のような演技が見られるとは考えていなかった。衝撃は、大きかった。


 半田中の演技の魅力は、2年の平岡の言葉に集約されている。「徒手の深さ」。アイリッシュ民族風の曲に合わせた徒手は、他のどことも似ておらず、とにかく見ていて楽しい。リズミカルで、時折その意表をついた動きにハッとさせられる。「こういう徒手もあったのか」と、3分の間、瞬きを忘れた。

 このときの順位は、小さなミスが続いたことから4位。昨年の優勝校としては不満の残る順位かもわからないが、しかしそんなことは大した問題ではないように思えた。中学とか高校とか大学とか、そんなくくりを超えた新しいジャンルを、確かに彼らは確立していたからだ。その発見に、心が打ち震えるのを感じた。
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 ―――無論、フロアで流しをしていた選手たちは新チームのメンバーであるから、そのときの面々ではない。ただその動きはそれを思い起こさせ、否が応でも期待を膨らませてしまう。ただ、その中で気になったことがひとつ。

「新チーム、身長が低い子が多いですね」。それも、大きなメンバーとの差が遠目にも見て取れるほどに。その問いに鍋島コーチは「ええ、伸びるのを期待してるんですけどね」と笑って答えた。まさに「成長期」、演技を仕上げるためにはそこまでを計算に入れなければならない。当然といえば当然のことなのだが、高校、大学チームでは思いもかけないことだけに、改めてこの年代のチームづくりの難しさを感じた。



posted by reportage |15:27 | 半田中学校 | コメント(2) | トラックバック(0)
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